08/03/13 04:25:50 ELcghI7Q0
以下、皇室財産の急増ぶりを先ほど引用した「日本の歴史21」から拾い上げてみた。
「・・・明治十四年の皇室料地わずか六三四町歩は、九年後の明治二十三年には三六五万四千町歩に
達していた。これはじつに六千倍で、その年の民有林野総面積八三八万五千町歩の半分に近い。
さらに、土地以外の株券と貨幣による皇室財産は、十五年の一七一万余円が、十七年十二月には日本銀行の
株式三五〇万円をくみいれ、さらに二十年に日本郵船の株式二六〇万円を収めて、同年末には小計七八八万五千余円の巨額にのぼっていた。
いかなる財閥も、さかだちしても追いつけない急激な膨張ぶりである。・・・」
(なお、この当時は、米一升が六、七銭で購入できた。どうしてもお金の概念がつかみずらいのですが、
当時の1円は 現在の1万円程度と考えると良いでしょう)
このようにして、国民や農民のお金が 皇室に集まる仕組みが出来上がってきた。
それと同時に軍人勅語・教育勅語等が準備されていく。明治の時代の大きな曲がり角のうちの1つであろう。
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