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鉄道事故 - Wikipedia
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寝台特急日本海北陸トンネル列車火災事故
1969年(昭和44年)12月6日 6時20分
青森発大阪行き寝台特急「日本海」が北陸本線敦賀~今庄間の北陸トンネル通過中に最前部電源車から火災が発生。
機関士はとっさにトンネル内での停止は危険だと判断し当時の運転規則に逆らい、
トンネルを脱出して停車してから消防車の協力を得て消火作業を行い火元車両焼損だけで無事鎮火させた。
このことは、乗客の安全を守る機転のトンネル脱出として好意的に報道された。
ところが国鉄は、この犠牲者・負傷者ゼロをもたらした機転の利いた行為を運転規則の改訂に反映させるのではなく
「運転規則違反」だとして乗務員を処分し、後に急行「きたぐに」で起きる北陸線北陸トンネル列車火災事故の引き金を引いた
(「きたぐに」事故後に行われた運転規則訂正後に処分撤回)。
北陸線北陸トンネル列車火災事故
(急行「きたぐに」火災事故)
1972年(昭和47年)11月6日
北陸トンネル内を走行中であった、大阪発青森行き客車急行列車「きたぐに」の11号車食堂車(オシ17形)喫煙室椅子下から火災が発生し、
列車が当時の規則に基づいてトンネル内で停車した。
しかし、密閉された空間であるトンネル内であったことから、乗客・乗務員の多くが一酸化炭素中毒にかかり、30名が死亡、714名が負傷した。
この事故を教訓に、地下鉄や長大トンネルを走る車両の難燃化・不燃化の基準が改訂され、車両の防火対策が進められた。
事故の詳細については、北陸トンネル火災事故を参照のこと。