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(引用)
「ヤッターマン」についてファンのみなさまに報告
話しは21年前に遡ります。1986年11月20日、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストンNASAを、
私と、私の親友・諏訪道彦君は、ワクワクと探訪しておりました。諏訪君(以後・すわくん)と私の
出会いは「ロボタン」というアニメでした。そのEDの作詞を私が担当し、そのプロデユーサーが、
すわくんでした。
二人は同じ愛知県、しかも同じ三河人同志、すぐにうちとけ、ドラゴンズ話しにも花が咲き、
すわくんは新しいアニメのグッズができればすぐに中野の我が家を訪れ、トレードマークの
ジュラルミンのケースからテレカなどを出してはニコニコしておりました。そのうち私が1ヶ月の間、
アメリカに渡ることが決まり、当然得意の三河弁で「どうだん、あんたもアメリカにいきゃへんかん?」
とすわくんを誘いました。答えはもちろん、「いくいく、いっしょんいこまい」でした。そして、私は
一足先にニューヨークに入り、後から来米したすわくんと、肩組み腕組み、アメリカ大陸横断の
旅に出るのでした。
ニューヨークをアムトラックで出発して、フィラデルフィア、ワシントン、国内線で冒頭のヒューストン、
そしてディスティネーションは、カントリーウエスタンの町ナシュビル。最後にニューヨークに戻る
飛行機の窓から見た摩天楼の夜景は、この世のものとは思えなかった。
そして21年が経ち、そのすわくんから電話が来た。「ひさしぶりに、山本さんとお仕事できます!」って。
それがこの度の読売テレビ・タツノコプロ制作の「ヤッターマン」、という、ちょっと長い前振りでした。
いろいろな不安や疑問が、歌手・山本正之のファンのみなさまに、今、存在しているかもしれません。
ここに、その、みなさまの気持ちを大切にした、新作「ヤッターマン」の、始動からここまでの、報告を
いたします。シークレット期間が明けたので(笑)。