09/07/25 23:56:16 ZkFYznnr0
加害者の二の轍を踏まないようにして、権力犯罪にまで手を出す重大な過ちを犯さないこと、
まずそのための道徳や聖徳に対する十分な勉強がいる。
道徳を堅持したり、聖徳を推し進めたりするほうが結局は楽で楽しく、
犯罪を推進することのほうが結局は辛く苦しいという、人間の感覚の真理を見定める。
それによって犯罪が「やりたいけどすべきでないもの」から、
「したくないからやらないもの」に替わる。義務ではなく欲求によって犯罪を嫌がる、
人間の本性に根ざした善悪の分別。それがあって初めて「犯罪をしません」という誓約も
重みを帯びてくる。すべきでないからしないのではなく、したくないからしない、
性分として犯罪を忌避し、常に犯罪に対して消極的であり続ける。そこまでいくことでやっと
江戸300年や平安400年ほどもの泰平の世の中が主導的に創建されることとなる。
もちろんその時には、重大権力犯罪者など一掃されて、平穏無事な世の中にもなっている。
善悪苦楽の本質を見定めた人間が統治する世の中。犯罪も病気も自制される世の中となる。