09/01/11 19:28:25 eY66Zj+A
>>930
確かに、あなたの言うとおり、ロマン派以降の交響曲に比べれば、古典派の交響曲は、
かなり限定されたフォーマットのに沿って書いてればいい、といえる面はあったと思います。
無論、だからといって古典派の交響曲は個性がなくて面白くないというわけではなく、
そのような限定された枠組みの中でいかに工夫を凝らしているかが聴きものなのですが。
そのような理由以上に忘れてはならないのが、交響曲というもののとらえかたの問題です。
古典派までの時代は、交響曲(その他のジャンルもほとんどそうですが)とは、
ちょうど現代でいう流行歌のような扱いで、コンサートのたびに新しいのを一曲つくるのが
普通でした。そしてコンサートは、毎晩のように貴族の館などで気軽に開かれていました。
したがって、ハイドンやモーツァルトの時代の作曲家は、いやでも多作にならざるを得なかったのです。
これに対して、ロマン派以降の交響曲は、必要だから書くというよりも、作曲家自身が書きたいから書く、
そしていい作品が書けたと思ったら、コンサートを開く、という感覚に変わりました。
ロマン派以降の交響曲に匹敵するものを、古典派以前であえて探すとすれば、
オペラが比較的それに近い存在ということになるのではないでしょうか。
才能とか何とかよりも、交響曲を書く必然性や機会の多さの問題だと思います。