09/01/16 18:39:48 39v+kLuF
>>284
いろいろ言いたい事はあるが、
モーツアルトのような作曲家が後にも先にもない、というのは
作風を継承する作曲家がいるとかいないとかいう意味ではない。
モーツアルトの作風を真似ることができたからといって、
彼のような作曲家になるのとは意味がちがうだろ。
シンプルエレガントな作風なのだから、真似るだけなら、音楽教室の先生でもできる。
しかし、それは、お釈迦様の手のひらで踊るにすぎない。
ベートーベン以降の作曲家が彼のコピーでないのはあたりまえだ。
しかし、ベートーベンの作風、技量、様式、曲想がどれほどオリジナルで高度なものであれ、
少なくも部分的には、才能とすさまじい努力があれば、
それらは、たとえば学問のように学習し習得可能なものなのである。
そうであればこそ、ベートーヴェンは以後の時代の源流となったのだ。
他方、モーツアルトは、それほど努力しなくとも作風を真似られる。
そんなに凝った和声法や器楽法を使っているわけでもない。
同時代のウイーンあたりの作風は、たしかにどれも似たり寄ったりだ。
繰り返すが、様式、技術や作風は学習して習得可能なものである。
にもかかわらず、晩年のモーツアルトと同レベルの音楽をオリジナルに作り出すことはほとんど不可能だ。
様式や作風、技量という定義では片付けられない習得不可能な違いがあるのだ。
それを、センスの違いと呼べばいいのか、他にいい言葉があるのか漏れにもわからない。
また、違いを判別する絶対の基準が漏れにあるわけでもない。
逃げるようだが、美とは定義不可能なものだからという他ない。