08/10/21 02:32:02 +69bY+nK
後、堤の解釈が面白い。
最後の「どうして?」は石神に取って自分の犠牲を何故台無しにするのか?とか、
何故、自分達の幸せを捨てる様な真似を?とかの意味の他にも、
愛を理解出来ていない石神にとって、やす子の献身的な行為は理解出来なかった。
という解釈だったとするのならば、この映画の冒頭にあった、やり取りで、
天才湯川にとっても「愛」は理解出来ない存在であり、彼等にとって最後迄不可解な存在が「愛」という事になる。
そう考えると、この映画は二人の天才が初めから終わり迄、唯一?理解出来ない「愛」という概念に振り回されたと言える。