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大阪府立門真西高等学校卒業後はミュージシャンになる夢を抱いて上京したが挫折[4]。帰阪後父親の勧めで警察官の採用試験を受けるも軽度の色覚異常を理由に不採用とされた。その後は飲食店などで働き、2003年(平成15年)から中国・上海で日本人駐在員向けのラウンジを経営し始めた。その際に中国警察から受けた理不尽な仕打ちや反日暴動の経験から「日本は中国に舐められている」と感じるようになり、次第にナショナリズムに傾倒していった[7]。
2006年(平成18年)頃に帰国した荒巻は小林よしのりの著作や産経新聞などを読み漁り、かつて彼が反発した父親と同様の右派イデオロギーを身に付けた。また大阪・北新地でラウンジ「BLACK brick」を経営していくうちに、店を訪れる性質の悪い客を話しぶりや顔つきから在日韓国・朝鮮人であると考え(在日認定)、嫌悪感を一層募らせるようになった[8]。