40代後半ひきこもり、頼みの綱の母親も他界し夜中に泣く「今から何かをやるなんてもう無理。絶望、無、今の不安といえば死に損なったことだけ」 [597533159]at POVERTY
40代後半ひきこもり、頼みの綱の母親も他界し夜中に泣く「今から何かをやるなんてもう無理。絶望、無、今の不安といえば死に損なったことだけ」 [597533159] - 暇つぶし2ch3:番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です
20/09/27 01:57:26.38 o0WfotZca.net
(ソースより抜粋)
長崎県内に住む山崎和人さん(仮名・40代後半)
家にこもるようになったきかっけは中学2年の時でした。
いじめを受け、不登校になりました。
その後、通信制の高校に進学しましたが、続かずに退学。
自宅からほとんど出ずに、家で好きなSFの本を読んだりテレビを見たりして過ごすだけの生活が続きます。
そして、16歳の時、アルコール依存症だったという父親が体を壊して亡くなりました。
家庭の経済状況は、苦しくなりました。
母親は、不登校の子どもがいる親の会に参加するなど、ひきこもる山崎さんのことを気にかけていましたが、ひきこもりが長引くにつれて、次第に何も言わなくなったと言います。
母親に対する気持ちをたずねると、伏し目がちになり、しばらくの沈黙のあと、少し早口になって、こう答えてくれました。
(山崎さん)
「母親に対しては、すごく申し訳ないと感じていました。自分が情けないと思う気持ちでした」
転機が訪れたのは、40歳を過ぎようとしていたころでした。
ひきこもり始めてから20年以上たち、母親は70代になっていました。
洗濯や食事などの家事をこなし、自分を支えてくれる、その姿を見て、ふと、自分も高齢になった母親を支えなければいけない、という思いが強く芽生えたと言います。
働こうと思い立ち、アルバイトに応募。人生で初めてのことでした。
(山崎さん)
「40手前で無職というのもこのままじゃいけないと思ったし、母親も年で、自分がしっかりしないといけないと思いました」
思い切って始めたアルバイト。当初は順調だったと言いますが、ある日、金属加工の作業中に手に大けがを負ってしまいます。
働きづめの状態も続き、患っていたうつ病も悪化。結局、1年ほどで退職しました。
ちょうどこのころ、みずから受診した病院で発達障害の1つのアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)と診断されましたが、「何一つ自分の生活が変わったことはなかった」と話す山崎さん。
この時も、自分に寄り添ってくれる人や支援はなかったといいます。
一方で、働きたいという気持ちを持ち続けていた山崎さん。
その後、知人の紹介でパン屋で働き始めましたが、職場の勤務管理や衛生環境などに疑問を感じ、再び1年ほどで退職。
そうした中、母親は80歳を超え、体調を崩すことも多くなっていきました。
そして去年、すい臓がんが見つかり、入院します。
長年、一緒に暮らしてきた母親の病気を知ってショックを受けた山崎さんは、毎日母親の病室に通い、朝から晩までそばにいて看病しましたが、2か月後の去年6月、母親は息を引き取りました。
たった1人の肉親だった母親を亡くした山崎さん。
孤独にさいなまれている今の心境を、ポツリポツリとつぶやくように打ち明けてくれました。
(山崎さん)
「放心状態で当時のことは記憶がありません。母親のために生きねばと思って生きていたのにその母親を失ってしまってはもう生きる意味はない。
今から何かをやるなんて、もう無理ですよね。絶望、無、今の不安といえば死に損なったことだけです」


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