16/12/11 15:13:11.18 Kwee3SsF0.net
友達(キムプンスン)のお母さんは酒屋をしていた。そして彼女が
「今のような苦しい生活をしている必要はないじゃないか。私の
言うところに行けばご飯がたくさん食べられ、豊かな生活ができる」
と言いました。ですが私は「嫌だ」と言って(ブンスンの店から)
飛び出て来ました。それから何日かたったある日の明け方、
キムプンスンが私の家の窓をたたきながら「そうっと出ておいで」と
小声で言いました。私は足音をしのばせてそろそろとプンスンが
言う通りに出て行きました。母にも何も言わないで、そのまま
プンスンの後について行きました。
彼女に付いて行ってみると川のほとりで見かけた日本人の男の人が
立っていました。その男の人は四十歳ちょっと前ぐらいに見えました。
国民服に戦闘帽をかぶっていました。その人は私に包みを渡しながら、
中にワンピースと革靴が入っていると言いました。それをもらって、
幼心にどんなに嬉しかったかわかりません。
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この1993年の元慰安婦の証言が2015年にはこう変わる
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1943年、16歳の夏の日だった。 李さんは「鼻と口しか見えない
帽子をかぶった軍人が私たちを連れて行った、当時、遊びだと思った」
と話した。どこに行くのかどうして連れて行くのかも知らなかったと
いうことだ。李さんは「窓がない汽車に私たちを乗せた」、
「行きたくなかったので家に帰ると言ったら、再び殴られた。
あまりにもたくさん打たれて、歩く事も出来ない位だった」と話した。
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