16/10/13 18:01:51.10 e0rPV1Lk0.net
「泳げない人間は沈めろ」「労働者は年収100万円以下で当然」
非情な言葉を口にする一方、自分はこれといった苦労も努力もした事はない。
日本有数の資産家になった柳井正のユニクロは、その始まりが元非合法組織の構成員で、解放運動とも深い関わりを持っています。
柳井正は事あるごとに労働者を侮辱したり、日本人を批判する発言をしているが、そのルーツは江戸時代の身分制度にありました。
柳井正は父親からユニクロの前身「メンズショップ小郡商事」を受け継いだが、元は叔父の「小郡商事」が始まりだった。
柳井の叔父の柳井政雄は日本の部落解放運動の活動家で、解放運動から政治家に転じ、山口県議会議員を勤めました。
中央政界にも人脈があり、山口出身議員の後援会会長をつとめ、総理府同和対策協議会や同和対策審議会委員も勤めた。
実業家としても成功し、38歳で1946年「小郡商事」を創業、弟の柳井等(柳井の父)が洋服事業を担当していた。
1949年に「メンズショップ小郡商事」として独立店舗を開業して1972年に現在の社長の柳井正が入社しました。
柳井政雄の叔父(つまり柳井正の父の叔父でもある)柳井傳一は部落解放運動の先駆けである全国水平社の創設メンバーでした。
全国水平社は1922年に創設された部落解放組織で、江戸時代の身分制度の最底辺に位置した人たちの集まりとされています。
日本の慣習や制度を打ち破る事を信条とし、自然に反政府活動や日本人に批判的な人と協力するようになった。
水平社は水平(平等)より権力を握って日本の支配層を目指す運動に変化し、部落解放同盟に変化していきました。
つまりユニクロとは部落解放同盟の創設に参加した一族が創業した会社であり、柳井一族は筋金入りの部落運動活動家という一面を持っています。
社長の柳井正の数々の反日発言や、日本と日本人を敵視する思想、言動は柳井一族の出自から受け継いでいます。
言うまでもなく現代の柳井正も父や叔父から、解放運動人脈を受け継いでいると考えられる。