TRPG系実験室 3at MITEMITE
TRPG系実験室 3 - 暇つぶし2ch2:創る名無しに見る名無し
22/01/10 23:04:35.08 bv8kkCon.net
避難所用板
なな板TRPGよろず掲示板
URLリンク(jbbs.shitaraba.net)
TRPG系実験板
URLリンク(jbbs.shitaraba.net)
前スレ
スレリンク(mitemite板)

3:エール
22/01/10 23:19:49.77 bv8kkCon.net
なんか容量いっぱいになったみたいなので立てました。
前スレの383より進行中の企画が終わってないため引き続きお借りしますね!
前スレ>615
ありがとう。いつも好き放題やっちゃってごめんね。
これからの私の行動指針に関して、お姉ちゃんは避けて通れない道だから……。
なるべく早めに片付けるつもりだけどしばらくお付き合いください!

【企画:無限迷宮へようこそ(前回までのあらすじ)】
魔王が創ったという伝説のダンジョン『無限迷宮』へ足を踏み入れた銃士の少女、エール。
彼女はこの迷宮へ挑み行方不明となっていた姉カノンを探してやって来たのだ。
1階の草原エリアにて出会った迷宮育ちの冒険者、猫の獣人ダヤンと共に探索を続けていく。
紆余曲折を経て遂に姉がいるという9階に辿り着くが、果たして再会できるのか……!?
(※ちなみにいつでも新規参加者募集中です)

4:創る名無しに見る名無し
22/01/12 02:15:45.39 luadVkSY.net
大阪事件  
主犯格の三人ともう一人の仲間を連れ、大阪市中央区で無職の男性(当時二十六歳)を強盗目的で襲い拉致。
十九時間にわたって監禁・暴行を繰り返し、最後はベルトを使って絞殺した。
遺体にタバコの火を押し付けて死んだ事を確認した後、暴力団員に遺体の処分を相談。
結果、高知県安芸郡奈半利町の山中に遺棄した。
男性の遺体には凄まじい暴行の痕があり、鎖骨・肋骨三本の骨折、及び内臓破裂していた。  
木曽川リンチ事件
大阪での事件後、発覚を恐れて三人は地元の愛知県稲沢市に移動。
十月六日、不良仲間の家でシンナーを吸引していたところ、少年グループの一人である型枠大工の男性(当時二十二歳)が訪れた。
男性の彼女はKBに強姦されていたため、トラブルとなり喧嘩となる。
KBはKMやHGら仲間七人と共に、男性をビール瓶や鉄パイプなどで約八時間にわたって激しく暴行。
リンチはビール瓶などで殴打し、傷口をフォークで突き刺す・または面白半分で傷口にシンナーや醤油をかけて反応を笑うといった陰湿・凄惨なものだった事が判明している。
翌日未明には愛知県尾西市の木曽川河川敷で瀕死の男性を堤防から突き落とし、更に雑木林へ引きずりシンナーをかけた上で火をつけて殺害した。
遺体は十月十三日に同場所で発見されるが、火傷の痕はあまりにも痛々しいものであった。

長良川リンチ事件
十月七日の深夜、彼らは愛知県稲沢市のボウリング場の駐車場で物色しており、たまたま鉢合わせとなった二十歳の男性二人、十九歳の男性一人を襲って金品を奪った上に拉致する。
車の後部座席に押し込み連れ回し、現金11,000円を強取。
その後、岐阜県安八郡輪之内町の長良川河川敷で会社員の男性一人(当時二十歳)とアルバイトの男性(当時十九歳)の二人を鉄パイプなどで執拗に暴行・殺害した。
二人がぐったりするとやはりタバコの火を押しつけ死亡確認したが、その後も遺体に暴行を加え続けている。
一旦はその場を離れた少年たちだったが、「ツルハシでとどめを差しておけばよかった」と現場に戻っている。
遺体は翌日に同場所で発見されたが、両者の遺体は頭蓋骨や腕など全身骨折の上、身体の血管の大部分が損傷を受けて大量出血しているという無惨なものだったという。
身を守ろうとしたのか両腕の骨は砕けてボロボロになっていた。
その際、少年グループはもう一人の二十歳男性は解放している。
この男性の供述から犯行が明らかとなり、警察は少年グループを指名手配する。
このため、KMは十月十二日に出頭、十月十四日にKBも出頭した。
HGは逃亡したが、1995年一月十八日に大阪で逮捕され、他のメンバーも逮捕された。

5:ダヤン
22/01/13 01:21:59.89 IVK/iYQQ.net
ダヤンの案にエールも賛成し、サーカスを見に行く、
もといシュタインを探しにサーカスに行くことになった。
店の外に出ると、丁度ピエロがビラを配っていた。
>「10番区の広場で楽しいサーカスの公演が始まるヨー。
 子供も大人もご年配の方も、気軽にみんなよっといでなんだヨー」
>「広場でやってるんだ。よーし二人とも、サーカスまでレッツラゴーだよ!」
「よしいくぞう!」
これは多分最近流行っている掛け合いである。
仮にルシアが理解できなかったとしても、多分死語だからではなく、
高貴な身分なので俗な言葉が分からなかったためだ。
それはともかく、3人はサーカス会場までやってきた。
>「これじゃあ探すのも一苦労だね……とりあえずチケット買おっか」
列に並ぶこと1時間。
その間も、ダヤンが列に並んでおいてエールがルシアの知り合いを探したりもしたが、
さっぱり見つからなかった。
>「想像以上に人が多いね……ここは切り替えてサーカスを楽しもうよ!ねっ!」
>「すみません……エールさん、ダヤンさん。ご迷惑をお掛けしてしまって」
>「えへへっ、エールでいいよ。私達同い年なんだよ」
「オイラもダヤンでいいにゃ。
呼びにくかったらこっちもルシアにゃん……じゃなかった、ルシアって呼ぶにゃ!」
ちなみに、この”にゃん”とは、標準語で言うところの”さん”と”くん”と”ちゃん”を兼ねる猫種訛りにおける便利な敬称である。
そうして、ついにサーカスが始まった。
>「皆さんお待ちかねェェェッ!我らが『シルク・ド・エトワール』の公演を開始させて頂きますゥッ!
 夜空に煌めく星のような迫力のエンターテイメントをぜひ!ぜひ!最後まで刮目くださいィィィッ!!」
>「うわっうわっ。あんなに沢山大丈夫なのっ!?観てよダヤン、ルシア。凄いよ!」
「うにゃ!? 危にゃ……くにゃい、だと!?」
ダヤンもエール同様、サーカスに見入っていた。
ダヤンは猫でスカウトなので、どちらかというとサーカスっぽい技能を持っている方なのかもしれないが、
それだけに余計凄さが分かるのかもしれない。
>「えへへ~。どの演目も凄かったね。すっかり楽しんじゃったよ」
>「はいっ、とても楽しかったです。空中ブランコにはドキドキしました!」
「にゃん!」
暫しサーカスの余韻にひたる三人。
そして我に返ってきたところで、本来の目的を思い出すのであった。

6:ダヤン
22/01/13 01:23:15.15 IVK/iYQQ.net
「……あ、知り合いを探さにゃいとね」
それから周囲を探し回ったが、見つからず。
サーカスの時とは打って変わって意気消沈する三人。
>「……ごめんルシア、力になれなくて。どこにいるんだろうね……」
>「あ……いえっ……いいんです。運が悪かったんだと思います……」
「今晩はオイラ達と一緒に泊まるといいにゃ」
そんな会話をしていると、タイミングを見計らったかのように魔導士風の長髪イケメンが現れる。
>「シュタイン……!今まで……どこにいたんですか?」
>「姫様、大変申し訳ございませんでした。
 よもや人混みに流されてしまうとは……このシュタイン一生の不覚です。
 広場に来てからの一部始終は把握しております。いつでも合流は出来たのですが……!」
>「……折角できたご友人との仲睦まじき交流を邪魔することは、私には不可能でした。
 どうかお許しください。姫様が望むならばどのような罰も喜んで受けましょう」
実際にタイミングを見計らっていた!
それはそうと、ルシアはやんごとなき身分のようである。
「にゃにゃ!?」
>「ルシア……姫様っていったい……?」
>「あっ……いえ、それはその……」
>「バレてしまいましたか……姫様は高貴な身分なのです。
 ですが、故あってそれを隠されています。どうかご内密に」
ダヤンは、そりゃバレるよ!と心の中でツッコんだ。
そして、マスターが”人助けはしておくもんだ、助けたのが実は超偉い人だったり
いいことがあるかもしれないぞ”みたいなことを言っていたなあ、と思う。
まさにその通りになってしまった。
(よく言われる“回り回って自分に帰ってくる”と言いたい事は大体一緒だが、言い方が妙に具体的で生々しい)
>「エール、ダヤン、今日は助けてくれてありがとうございました。
 この恩は忘れません。必ずお礼させてください」
>「そんな……大げさだよ。一緒にご飯食べてサーカスを楽しんだだけなのに。
 友達と遊んでるのと同じ感覚だったよ。姫様を友達扱いするのは、失礼かもしれないけれど……」
「ルシアはお姫様だったんにゃね……!」
>「……嬉しいです。私……はじめて友達ができました」
「にゃは。もしずっと友達でいてくれたらそれが最高のお礼にゃあ!」
>「うん。私もダヤンもルシアの友達だよ!私達、あと4日はこの階にいるよ。
 何かあれば『夜明けの鐘亭』を訪ねてみて。いつでも助けになるからね!」
>「ありがとう……エール、ダヤン。また会いましょう!」

7:ダヤン
22/01/13 01:26:16.29 IVK/iYQQ.net
帰っていくルシア達を、エールと一緒に手を振って見送る。
ルシア達が見えなくなると、宿に戻って夕飯の時間までくつろぐことにした。
「びっくりだったにゃね~、まさかお姫様だったにゃんて」
そんな会話をしていると……
>「エール様、ダヤン様、人探しの件で冒険者の方から伝言を預かっております」
宿屋の店主がやってきた。
>「数日前に、探しているお姉様が城下町の外へ歩いていくのを見たと……」
>「本当ですかっ!?町の外に……!?」
>「え、えぇ……確かにそう仰っておりました」
明日の行動方針は決まった。
>「明日は城下町の外を探してみようよ。
 魔物と遭遇するかもしれないから、気をつけないとね」
「んにゃ。もし他の階に行こうとしてるんだったら行っちゃう前に捕まえないとにゃ!」
といっても目撃されたのは数日前とのことで、現実問題として、
もしもポータルに直行したのだとしたら今から行って追いつくのは厳しいのかもしれないが。
夕飯を食べつつ作戦会議に突入する。
地図によると、最も近いポータルは最寄りの農村のはずれのようだ。
転送されてくるなりあまりにのどかな風景に城下町エリアと分からず困惑する人が続出するらしい。
なんとなく掲示板を見ていると、ある掲示物が目についた。
「路線馬車路線図と時刻表……?」
どうやらこの街では、決まったコースを決められたタイムスケジュールに従って馬車が走っていて、誰でも格安で乗れるらしい。
路線馬車というそうだ。
街の中を移動するものが多くをしめるが、最寄りの農村に向かうものもあるようだ。
「そんなシステムがあるんだにゃ。都会は凄いにゃあ!」
とはいえ、カノンは街の外に出て行ったという目撃情報があるだけで
どこに向かったのかは分からず、実は城下町のすぐ近くを探索しているだけの可能性もある。
「うーん、どうするにゃ……?」
最寄りのポータルを目指すか、街の周囲を探索するか、あるいはその他か―
少なくともダヤンよりはカノンの行動パターンが予測できそうなエールに聞いてみた。
【祝! 新スレ突入!】

8:エール
22/01/15 00:05:47.40 psjd5saw.net
早々に平らげた皿を端において、エールとダヤンは明日の予定の話をしていた。
皿が運ばれてきた時にはパスタが乗っていたが、得意の早食いでもう片付けてしまった。
しばらくして、ダヤンが掲示板をまじまじ見つめてこう言った。
>「路線馬車路線図と時刻表……?」
「いわゆる乗合馬車ってやつじゃないかな……。
 都市部の間を行き来するのは駅馬車とかって言うよね」
『乗合馬車』とは不特定多数の客を乗せて、決まった路線を時刻表に従い走る公共交通機関のことである。
他にも道端で客を待って、客の指定した場所まで運ぶ『辻馬車』がある。
路線図を見る限り乗合馬車は城下町内だけでなく、街道を通じて農村まで運行しているらしい。
>「そんなシステムがあるんだにゃ。都会は凄いにゃあ!」
「こうもインフラが整ってると迷宮の中だってことを忘れそうになるね……。
 魔物に阻まれながらも9階を開拓してアクシズを興した人は凄いよ」
>「うーん、どうするにゃ……?」
馬車を使えば短時間で町から離れた農村まで探しに行ける。
あるいは馬車を使わずに城下町の周辺だけを探索するという案もある。
どちらを選ぶべきか。とはいえ妹のエールでもカノンの行動ばかりは読めない。
姉は気まぐれに吹く風のような人だ。今日は西でも明日は理由もなく南を目指すような人なのだ。
「折角だし馬車でポータルのある場所を潰していこうよ。
 町には張り紙を置いてるし、他の階に行ったかどうかだけは確かめるべきだよ。
 他の階へ移動してないならそれでいいし。移動しちゃってるのが最悪のケースだけど……」
他の階へ移動している可能性は考えたくなかった。話が全て振り出しに戻ってしまう。
というよりポータルを使われると、どこに転移したか分からないので追いかけようがない。
これ以上は考えても仕方ない。後は明日に備えて寝るだけだ。エールは部屋に戻って眠りに落ちる―。
次の日の朝。
朝食のフィッシュアンドチップスを食べていると思わぬ来訪者が現れた。
昨日出会い友人となった少女、ルシアだ。ワンピースを身に纏って、気恥ずかし気にこう話す。
「その……来ちゃいました。
 用は無かったのですが二人にまた会いたくて……」
そういえばルシアには姉探しで滞在していることを話してなかった。
友達なら特別な用が無くても会いに来ることぐらい、いくらでもあるだろう。
予定を急遽変更することもできるが、自分達の目的くらいは知ってもらっていい。
「どうしよう。私達、9階にいるお姉ちゃんを探してここまで来たんだ。
 今日はそのお姉ちゃんを探しに町の外に出るつもりだったの」
「そうだったんですか……!なら、私も微力ながらお手伝いします。
 昨日の恩を返したいです。何かできることはありませんか?」
そう言ってくれるなら、同行してもらってもいいかもしれない。
9階のポータル周辺で聞き込みを行うだけで、魔物が現れるような場所に赴くことはないはずだ。
いくら友達とはいえお忍びで外出中の姫様を危険な目には遭わせられない。

9:エール
22/01/15 00:08:47.59 l7LRQR5S.net
エールはルシアのお言葉に甘えて、一緒に行くことに決めた。
「ありがとうルシア。それじゃあ一緒にお姉ちゃんを探そう。
 準備するから外で待っててね、すぐ行くから!」
そう言い残して、部屋へ戻ると道具袋と魔導砲を用意して外へ。
忘れちゃいけないのが昼ご飯だ。さすがにルシアも持参していないだろう。
「ダヤン、ルシア、馬車に乗る前に昼ご飯だよっ。
 忘れたら非常食の乾パン食べるはめになるからね!」
エールも素人ながら冒険者なので携行食くらいは持ち歩いている。
とはいえ、今それを食う必要もあるまい。消費期限にはまだ余裕がある。
エールとルシアはパン屋でオススメのサンドイッチセットをそれぞれ買った。
「ダヤンは何にしたの?へぇ……結構美味しそう」
後ろからススッとやってきてダヤンが見ていた商品を一緒に眺める。
買うかどうかも分からないのに食い意地の張った発言だ。
そして準備を整え乗合馬車のある場所まで歩くと、程なくして馬車がやってくる。
町の外へ行く便だからなのかエール達以外の利用客はあまりいない。
城下町の門を潜って、馬車は外へと出ていく。
のどかな自然の風景が延々と広がる中を軽快に進む。
「……なんだかピクニックみたいですね。うきうきします!」
「そうだね。こんな平穏な冒険、無限迷宮に来てはじめてだよ!」
闇の欠片を持つ魔物とばかり遭遇していた今までが異常だったのかもしれない。
たまには友達と外へ出掛けるだけの気楽な日があってもいい。エールはそう思った。
「あ……エールは外の世界から来たんですか?」
「うん。地上の北方大陸からね。そこにはユールラズ王国っていうとっても大きな国があって……。
 そこが私の故郷なんだよ。北方大陸はいつも雪が降ってて……心まで凍えそうになる」
エールの脳裏によぎるのは分厚い氷と雪で覆われた故郷の情景。
生物を拒むような不毛の大地を思い出して、なんだか寒さまで蘇りそうだった。
「私……迷宮生まれなので、外の世界のことはよく知りません……。
 外は怖い世界……恐ろしい世界だと聞きます。人同士で無益な戦争を起こすこともあると」
「それは……なんていうか……きっと間違っていないけど、正解でもない……と思う」
エール達の住む世界は『多元世界』といって、様々な世界(宇宙)が集まって出来ている。
多元世界が内包する、あらゆる世界に通じる不文律は魔法と魔物が存在することだ。
それぞれの世界は古来より争いを生まないよう相互不干渉を徹底している。
他の世界の者と交流できる数少ない特異点がこの無限迷宮だ。
そして多元世界では、数千年に一度の周期でどこかの種族から『魔王』が誕生する。
―まるでそれが世界のシステムであるかのように。
この無限迷宮を生み出したのはおよそ1000年前にエールの住む世界から誕生した魔王。

10:エール
22/01/15 00:11:02.10 l7LRQR5S.net
無限迷宮を創りしその者の名を、魔王ルインという。神に等しき魔力を持つ人間の女性だ。
転じて、無限迷宮で生まれた者達は彼女の出身世界を特別に『地上』などと呼ぶ。
魔王ルインは多元世界を支配し、最後には神をも打倒し成り代わろうとしたという。
それを阻止したのが多元世界を観測し見守り続ける『そらの民』達である。
多元世界が混乱に満ちた時、全てを鎮め平和をもたらす存在―『勇者』を派遣するのが彼らの使命。
そらの民である勇者スピラと、各世界でそれぞれ仲間となった戦士、僧侶、魔法使い。
彼らは使命通りに魔王ルインを倒して、多元世界の歴史に新たな伝説を刻んだ。
だが本当の戦いはそれからだった。
多元世界から魔王の脅威が去って全て丸く収まったわけじゃない。
魔王が死んでも魔物は消えないし、国家間では火種が生まれて戦争を起こし始める始末。
貧困、飢饉、感染症のパンデミック。問題は矢継ぎ早に起きていく。
もし"各世界間は相互不干渉"という決まりがなければ、世界同士でも争いが生じただろう。
世界の負の側面を列挙すればきりがない。確かに世界が醜くなければ無限迷宮に定住する人もいないはずだ。
―迷宮の外に憧れるダヤンがいる一方で、迷宮の外を恐れるルシアがいる。
エールは地上出身者として、上手く言えるかは分からないが先入観だけでも取り除きたいと思った。
「……そうかもしれません……この無限迷宮にだって、怖いことはいっぱいありますよね。
 高階層へ行くほど魔物は強くなります。他の階へ移動するだけで、危険な階へ飛ぶ可能性だって」
「っそ……そーだよっ。そーなんだよルシアっ。地上にも良いところはあるよ。
 例えば……そうだなぁ……夜はお星さまが煌めいてすごく綺麗だよ!」
ルシアはエールの方を興味深そうに振り向いた。星。この無限迷宮にはないものだ。
夜の迷宮は月のような衛星がぽつんと浮かぶだけで無窮の暗闇が支配している。
「星は……話でしか聞いたことがありません。
 ここにはない綺麗なものも、外の世界にはたくさんあるんですね」
「うんっ。この迷宮を自由に出入りできたら、いつでも見れるのにね……」
話を続けているうちに、馬車の乗客が少しずつ減っていく。
そして遂に三人は終点のカーム村に到着した。この村の外れにポータルがあるらしい。
村では主に小麦などを育ているようだ。とはいえ収穫の時期ではないので殺風景なものである。
「すみません、この辺りでカノンという女性を見ませんでしたか?
 私にちょっと似てる……というか私のお姉ちゃんなんですけど……」
道行く農民の方に声をかける。が、冒険者が来た記憶はない、と一蹴されてしまった。
何度か聞き込みを続けるがどれも同じ返事で終わって正午を迎えることとなる。
「うーん。喜んでいいのかな……。
 今のところはまだこの階にいる可能性の方が高そうだけど……」
サンドイッチを頬張りながらエールは呟く。
9階の各ポータルに足を運ぶのは、カノンが他の階へ行ってないかの確認のためだ。
聞き込みで『見かけてない』と言われる方が喜ぶべきなのだが、ならどこにいるというのか。

11:エール
22/01/15 00:15:20.33 l7LRQR5S.net
雄大な自然に囲まれる中、三人で穏やかな昼食を摂っていた頃。
後ろの草むらが何やらガサガサと揺れ動き、エールは反射的に魔導砲を構えて筒先を向ける。
「―魔物ッ!?」
としか思えない。農村から程近いので現れないと高を括っていたが、出るときゃ出るらしい。
この9階で一番メジャーなのは突撃猪(タックルボア)で、人里離れているところに住んでいるという。
定期的に農村に現われては作物を荒らす面倒な魔物らしい。
角による突進しかしてこないが、その威力が脅威で鉄の盾もブチ抜く威力がある。
先手必勝か。相手が魔物なら待ってやる必要はない。エールは冷徹にトリガーに指を掛けて―。
「わ~~っ!?お待ちください!私ですっ、姫様の付き人シュタインです!」
がさがさっと茂みから飛び出してきたのは金髪を腰ほどまでに伸ばした優男であった。
シュタインだ。姫であるルシアの付き人がやにわに姿を現したのだ。
「……シュタイン!城で留守番をしているのでは無かったのですか……!?」
「姫様、それは方便です。このシュタイン影からずっと見守っておりました」
灰色の魔導衣に付着した葉っぱを払いながら、シュタインは平静にそう言い放った。
それより、と行方を捜している姉について言及する。
「エール様のお姉さまの件……私も心配しております。
 この9階にはポータルが5つあるそうですが、うち4つは農村などの近くにあります。
 最後の1つに関しては人里離れているので9階から他の階への移動に使うとは考えにくいですね」
そういえばそうだ。ポータル周辺で聞き込みを続けるとなるとあと3日くらいかかるだろう。
さいわい町の方は酒場の掲示板に懸賞金じみた似顔絵を張っているので問題ないはずだ。
「他の階へ行ってしまったか、まだ留まっているのか……。
 ……影ながら無事に会えることを祈っております。それでは失礼しました」
そう言ってシュタインはがさがさと茂みに消えていく。
こんな感じでルシアの行くところ行くところを見守っているのだろうか。
カノンが来ていないならこの農村にも用はない。
乗合馬車が来るのを待って、三人は城下町まで戻ることにする。
日が暮れるまで多少の時間があったので、その間は町を捜すことになった。
それでもカノンは見つからなかった。1日、また1日と時間が過ぎていく。
ルシアは毎日のように宿屋に訪れては捜索を手伝ってくれた。
そしてポータルストーン返却まで残り1日に迫った時のことだ。
「ああ、その人なら見たことがあるね。
 他の階へ行くみたいでさ。一人でポータルまで歩いていったよ」
よりにもよって最後に訪れた農村に住む青年の口から目撃したとの証言。
エールはがっくりした様子で、一言も喋らないまま帰りの乗合馬車に揺られていた。

12:エール
22/01/15 00:19:52.76 l7LRQR5S.net
ルシアも帰り、夕食も終え、部屋に戻ろうという時になって。
エールはようやくダヤンに向かって言葉を発した。
「……明日は5階に行こうよ。
 サイフォスさん達にポータルストーンを返さないと」
そして次の日、朝早くに宿屋を出るとポータルストーンを起動する。
足下に魔法陣が浮かぶと、浮遊感と共に周囲の景色が一瞬で変わる。
5階の拠点、鎮魂の町ネクログラードへと到着すると二人は教会へと向かう。
「はぁ~いい天気だな。休みすぎて身体が鈍っちまったぜ!体操でもするかな、ははは!」
などと仲間に話しながら、教会の前ででかい図体をリズミカルに動かす男がいる。
彼こそが冒険者協会のサイフォスだ。どうやら完治したらしく、かなり元気そうである。
「サイフォスさん、お久しぶりです。怪我も治ったんですね……!」
「嬢ちゃんとダヤンじゃねーか。6階の依頼は無事に終わったのか?」
「はいっ……色々ありましたけど、皆で力を合わせてどうにか退治できました」
エールはマミーを操り拠点を襲っていたカースドファラオを倒し、先に9階へ行ったことを話した。
そして今日までカノンを探したものの、すでに9階を立ち去ってしまっていたと。
「そりゃ難儀な話だ。それでわざわざポータルストーンを返しに?」
「はい。それでその……あの時はすみませんでした。
 私を庇わなければサイフォスさん達が怪我をすることも無かったのに」
「俺達の力不足ってだけさ。気にすることじゃない。
 それよか6階の依頼をこなしてくれてありがとな。報酬は20万メロくらいでいいか?」
仲間の僧侶がどっちゃり金貨の入った袋を二つ差し出す。
10万メロずつということらしい。代わりにポータルストーンを返却する。
サイフォスはそれを握りしめて真面目な顔でエール達に話し始めた。
「話を戻していいか?9階にはいなくてもお姉さんはまだそう遠くに行ってないはずだ。
 聞いたことがないか、ポータルは近い階に繋がる確率の方が高いんだよ」
「それは……どこかで聞いた記憶がありますけど」
「これも何かの縁だ。金だけ渡してさよならってのも気が引けるしな。
 俺達も熾天使のカノンを捜すぜ。まだ近くの階にいるはずだ、なぁにすぐ見つかるよ!」
エールの顔がぱっと明るくなった。
冒険者協会は無限迷宮内に存在する冒険者のギルドを纏める存在。
その情報網を活かせば、きっとカノンを見つけ出すことも不可能ではない。

13:エール
22/01/15 00:37:45.33 l7LRQR5S.net
単純な人数で言っても、ベテランの冒険者数十人が捜索に協力してくれるのだ。
これほど心強いことはない。そんな調子で話が纏まると、教会から一人の男が姿を現す。
塵一つない清潔な白衣。顔の右半分を覆う仮面。冷徹さを感じさせる顔立ち。七賢者のアスクレピオスだ。
「熾天使のカノンが、君のお姉さん……だったな」
アスクレピオスはゆっくりとエールの下までやって来て、静かにそう尋ねた。
エールは肯定する。冒険者協会の面々を治療していたのだから、当然彼も教会にいるだろう。
以前話した時には自身も誰かを探していると言っていたが……。
「……そういえば君達の名をまだ聞いていなかったな」
「……そうでした。私はエールです。こっちの子はダヤンと言います」
意外な話だが、何度か会っているにも関わらず自己紹介すらしていなかった。
アスクレピオスは表情筋を動かすことなく話を続ける。
「あの時言いそびれたが……私の探している人は、君と同じだ。
 私も熾天使のカノンを探していたんだ」
「え……?」
魔物に闇の欠片を配り、時に回収する謎の集団、七賢者。
その一人であるアスクレピオスがカノンと何の関係があるというのか。
彼らについて、"無限迷宮の主"なる人物に仕えること以外は何も分かっていない。
「私も君のお姉さんの捜索に協力しよう。
 見つけた時には、彼女の力を少しだけ借りたい。構わないか?」
エールはその申し出に即答できなかった。
魔物に闇の欠片を配る集団に属する者を仲間に加えて良いのだろうか。
だが彼は無償でサイフォス達の治療を買って出るなど、悪人とは思えない行動もとっている。
「……お姉ちゃんの力を借りて……どうするんですか?」
「端的に話すが、闇の欠片の研究過程で精神を汚染された仲間達を救いたい。
 それが私の目的だ。それには君のお姉さんの……五聖剣に並ぶ強力な『浄化の力』が必要だ」
声色はいつもと変わらなかったが、どこか逼迫したような語調だ。
カノンは昔から不思議な能力を持っていた。動物や自然と言葉を交わすことができたり。
湧き出た瘴気を浄化してしまう特別な力を持っていた。
その力を必要とする人達がいる。それを妨げる理由などないだろう。
闇の欠片は持っているだけで精神を汚染するので、姉の強力な浄化の力は役に立つはず。
なぜ闇の欠片の研究していたのか、頭の良い人の考えることは分からない。
傍迷惑な話だが、もしかすると闇の欠片を魔物に配るのも正気を失った結果だったのかもしれない。
「分かりました。ぜひ協力お願いします……!」
「感謝する。私は転移魔法で9階より下を探そう。君達は上の階を頼む」
「了解した。お嬢ちゃん達は9階にいてくれ。見つけたら戻ってくるよ」
サイフォスも気さくに返事をする。
迷宮攻略を目指す冒険者協会も、七賢者について詳しくは知らないようだ。
おそらくエール達と同じ程度の知識量だろう。そして今のところ敵対している様子もない。
それでも迷宮の攻略者と迷宮の主に仕える者が組む機会は早々ないだろう。
姉を見つけるという目的で、今ここに異色のタッグが生まれたのだった。

14:エール
22/01/15 00:39:58.31 l7LRQR5S.net
エールとダヤンはサイフォス達に連れられて再度9階まで戻る。
それからは『夜明けの鐘亭』で過ごしながら、
城下町を散策したり時折やってくるルシアと遊ぶ日々だった。
―そして3日後のある日のこと。朝早くにサイフォスが宿屋までやってくる。
と、いってもご丁寧に扉をノックしてやって来たわけじゃない。
鍵のかかってない窓を開けてこっそりとダヤンのベッドまで近寄る。
「ダヤン、起きろ……嬢ちゃんは流石に寝てるな。
 うっかり物音立てて起こすなよ、静かに行動するんだ……」
まだ早朝だ。エールは自分の借りた部屋で寝ている。
だがあまり大声で話したりすると目が覚めて会話が漏れるかもしれない。
宿屋の壁は薄い。それはサイフォスの望むところではない。
「……熾天使のカノンが見つかった。
 話をつけて、今は嬢ちゃんを10階で待ってる」
紛れもない吉報だった。
エールが知れば一体どれほど喜ぶことだろうか。
「折角だしサプライズで驚かせたいと思ってな。先にお前さんにだけ伝えた。
 お嬢ちゃんがびっくりしそうなタイミングで教えて、こいつを渡してあげてくれ」
サイフォスは鉱物質の光る球を取り出してダヤンの手渡した。
ポータルストーンだ。これで10階の花畑エリアへも楽に行くことができるだろう。
「最初だけは姉妹水入らずで話す機会を作ってやりてぇな。
 俺達は後でアスクレピオスの転移魔法を使って10階へ行けばいい」
だが、とサイフォスは話を続ける。
「ただ……熾天使のカノンは誰かに追われてるみたいなんだ。
 それで人目を避けてたみたいでな。俺達が護衛するから問題無いって話したんだが……」
その人物が何者なのかは謎だ。
もしかしたらカノンの居場所を嗅ぎつけて10階に来るかもしれない。
そうなれば戦いは避けられないだろう。
「ま、その辺は気にするな。姉妹の再会は邪魔されないよう俺が手を回しておくよ。
 とにかくダヤンはサプライズ係を頼むぜ。俺は宿屋の外にいるからな、頼んだぞ!」
サイフォスは手を振って窓を飛び出すと、豪快に石畳へ着地して宿屋の外へ。
果たしてサプライズ作戦はダヤンの手に委ねられたのだった。

【カノン発見。エールに伝える役割はダヤンに託される】

15:エール
22/01/19 18:31:36.06 6VNFI8EU.net
これはただのセルフ反省会だから無視していいんだけど……。
6階編の序盤で『砂漠の狐』が拠点を守るのに三人程度で小隊を組んでるって記述したけれど
歩兵の小隊って編成が30~50人なんだって最近知って「しまったぁ!」と思ったんだよね。
小隊より少ないのが分隊で10人程度だって(wikipedia知識)。知らなかった……そんなの……。
原因は軍事の知識とかないからモビルスーツとか戦車の小隊編成のイメージで書いちゃったせいなんだ。
『砂漠の狐』は冒険者のギルドだから雰囲気で小隊呼びしてたって苦しい言い訳はできるけど、
軍事に詳しい人が読んだら「?」になるなぁと思って。スリーマンセルとでも書いておけば良かったなぁ。
……私が気づいてないだけで他にもおかしな箇所はいっぱいありそうだけどね……失礼しました。

16:ダヤン
22/01/22 00:07:21.03 W06Md21g.net
>「その……来ちゃいました。
 用は無かったのですが二人にまた会いたくて……」
「また会えて嬉しいにゃー!」
>「どうしよう。私達、9階にいるお姉ちゃんを探してここまで来たんだ。
 今日はそのお姉ちゃんを探しに町の外に出るつもりだったの」
>「そうだったんですか……!なら、私も微力ながらお手伝いします。
 昨日の恩を返したいです。何かできることはありませんか?」
昨日は特別にお忍びでサーカスを見るために街に出ていたものかと思ったので
連日自由に出歩いて大丈夫なのだろうか、と一瞬思ったが、
来てくれて嬉しい気持ちが勝って細かいことは考えないことにした。
「じゃあ一緒に行ってもらおうにゃ!
道中は馬車で移動するし魔物に襲われることもにゃいと思うにゃ」
>「ありがとうルシア。それじゃあ一緒にお姉ちゃんを探そう。
 準備するから外で待っててね、すぐ行くから!」
トントン拍子で一緒に行くことになった。
>「ダヤン、ルシア、馬車に乗る前に昼ご飯だよっ。
 忘れたら非常食の乾パン食べるはめになるからね!」
「わーい! あ、あそこのベーカリーカフェのをテイクアウトするにゃ!」
>「ダヤンは何にしたの?へぇ……結構美味しそう」
ダヤンは猫っぽくアンチョビサンドを購入。
アンチョビを挟んだだけだと塩辛くなりそうだが、他にも色々はさんでお洒落に仕上がっている。
馬車に乗り、のどかな風景の中を進んでいく。
>「……なんだかピクニックみたいですね。うきうきします!」
>「そうだね。こんな平穏な冒険、無限迷宮に来てはじめてだよ!」
「本当だにゃ~、ここはいいエリアだにゃ~」
馬車に揺られながらとりとめのない会話などをし、話題は外の世界のことへ。
>「私……迷宮生まれなので、外の世界のことはよく知りません……。
 外は怖い世界……恐ろしい世界だと聞きます。人同士で無益な戦争を起こすこともあると」
「そうなんだにゃ!?
外は迷宮ほどモンスターがのさばってなくて、迷宮よりもエリア間の移動がずっとしやすいって聞いたにゃ~。
どっちが本当なんだにゃ!?」

17:ダヤン
22/01/22 00:08:43.13 8tYh1+pw.net
閉ざされた世界の者が自由を夢見て外の世界を目指したはいいものの
そこには残酷な真実が広がっていて、壁の中こそが実は外よりずっとマシな楽園だった―
とは色んな御伽噺でよくあるパターンである。
かといって、この世界がそのパターンに当てはまるかというと多分そこまでではなく。
平和な地域は平和だがそうでない地域は迷宮以上の修羅場もある地上と、
全体的に魔物が跋扈し高階層になるほど危険度が増す迷宮。
単純には比べられないが平均すると割といい勝負かと思われる。
同じ迷宮生まれでもモンスターの脅威に直接は晒されることなく平和に暮らしているルシアと
物心ついたときから冒険者として生計を立てているダヤンでは感覚が違って当然だろう。
>「それは……なんていうか……きっと間違っていないけど、正解でもない……と思う」
>「……そうかもしれません……この無限迷宮にだって、怖いことはいっぱいありますよね。
 高階層へ行くほど魔物は強くなります。他の階へ移動するだけで、危険な階へ飛ぶ可能性だって」
平和に暮らしているルシアも、この迷宮の危険性を知識としては知っているようだ。
>「っそ……そーだよっ。そーなんだよルシアっ。地上にも良いところはあるよ。
 例えば……そうだなぁ……夜はお星さまが煌めいてすごく綺麗だよ!」
>「星は……話でしか聞いたことがありません。
 ここにはない綺麗なものも、外の世界にはたくさんあるんですね」
>「うんっ。この迷宮を自由に出入りできたら、いつでも見れるのにね……」
「入るのは簡単らしいけど、出るのは大変にゃんだよね……。
脱出を目指して旅立った人も大抵戻ってくるにゃ」
迷宮内に街が出来ているのは、地上にいられなくなったり嫌になって、という理由の他に
単純に入ったはいいものの出られなくなる人が多いから、という理由もあると思われる。
あるいは、なかなか出れない→地上もそんなにいいもんじゃないし別に出なくていいか というコンボによるものかもしれない。
エールは、自分が知っているこの迷宮についての情報を教えてくれた。
おそらく、エールの出身世界で語られている伝承なのだろう。
「あれ……?
エール、オイラ達が“地上”って呼んでてエールの出身世界でもある世界はたくさんある世界のうちの一つにゃんだよね?
迷宮から脱出できたとして、ちゃんとその世界に出られるんだにゃ!?」
脱出自体が難しいうえに、どの世界に出るかもランダムだったらどうしよう。
迷宮出身でそもそも外を知らないダヤンはともかく、”地上”出身のエールはそれでは困る。
“地上”は迷宮の創造主である魔王ルインの出身世界なので、脱出時はそこに出るようになっているのならいいのだが。
「まあ、今気にしても仕方にゃいか。まずはお姉ちゃんを見つけてからにゃ!」
馬車は終点のカーム村に到着した。

18:ダヤン
22/01/22 00:10:35.86 8tYh1+pw.net
>「すみません、この辺りでカノンという女性を見ませんでしたか?
 私にちょっと似てる……というか私のお姉ちゃんなんですけど……」
目撃情報が無いまま昼を迎えた。
>「うーん。喜んでいいのかな……。
 今のところはまだこの階にいる可能性の方が高そうだけど……」
「きっと喜んでいいにゃ! 単に町の外を探検したくなったんじゃにゃい?」
そんな感じで昼食をとっていると、後ろの草むらに何かいるようだ。
>「―魔物ッ!?」
>「わ~~っ!?お待ちください!私ですっ、姫様の付き人シュタインです!」
「にゃーんだ、びっくりした……って別の意味でびっくりだにゃ!」
>「エール様のお姉さまの件……私も心配しております。
 この9階にはポータルが5つあるそうですが、うち4つは農村などの近くにあります。
 最後の1つに関しては人里離れているので9階から他の階への移動に使うとは考えにくいですね」
>「他の階へ行ってしまったか、まだ留まっているのか……。
 ……影ながら無事に会えることを祈っております。それでは失礼しました」
シュタインは何気に役立つ情報を提示すると、当然のように茂みの中に消えていった。
普通に一緒に来ればいいんじゃね?とダヤンは心の中でツッコんだ。
それから毎日3人で近い農村から順に訪れてカノンを探した。
最後に訪れた農村(つまりポータルが近くにある4つの農村の中では一番遠い)でついに目撃証言を得た。
>「ああ、その人なら見たことがあるね。
 他の階へ行くみたいでさ。一人でポータルまで歩いていったよ」
アカン方の目撃証言だった。
「うーん、他の階に行くならにゃんで一番近いポータルから行かなかったんだにゃ……」
エールによるとカノンは結構気まぐれらしいので、ぼやいたところでしょうがない。
今更カノンが入ったであろうポータルに入ったところで、行先が変わってしまっているだろう。
>「……明日は5階に行こうよ。
 サイフォスさん達にポータルストーンを返さないと」
「……そうにゃね。
もし出来れば別れ際に頼んで8階か10階にでも送ってもらうにゃ?」
この時のエールはダヤンの言葉の意図がすぐには分からなかったようだが、とにかく5階に向かう二人。
>「はぁ~いい天気だな。休みすぎて身体が鈍っちまったぜ!体操でもするかな、ははは!」
「サイフォスにゃん……! 元気になったんにゃね……!」
依頼を無事に達成した後にカノンを探していたことを報告し、一人10万メロずつの報酬をもらう。

19:ダヤン
22/01/22 00:11:51.96 8tYh1+pw.net
「にゃにゃ!? こんにゃにたくさん……!」
>「話を戻していいか?9階にはいなくてもお姉さんはまだそう遠くに行ってないはずだ。
 聞いたことがないか、ポータルは近い階に繋がる確率の方が高いんだよ」
>「それは……どこかで聞いた記憶がありますけど」
これは外から来た者にとっては都市伝説レベルの噂でも、迷宮暮らしが長い者にとっては、割と定説だったりする。
現にエール達も、1階→2階→4階→5階 と移動しており、偶然にしては出来過ぎているのだ。
「オイラもそう思ってたんだにゃ。後で9階の隣接階に送ってもらうことはできるにゃ?」
これは話が早い!とばかりに頼みを持ち掛けてみるダヤンだったが、
返ってきたのは期待を遥かに超える言葉だった。
>「これも何かの縁だ。金だけ渡してさよならってのも気が引けるしな。
 俺達も熾天使のカノンを捜すぜ。まだ近くの階にいるはずだ、なぁにすぐ見つかるよ!」
「サイフォスにゃん……。エール、良かったにゃね! きっとすぐ見つかるにゃ!」
いい感じで話がまとまったところで、教会からアスクレピオスが出てきた。
「あ、アスクレピオスにゃん。みんなを治してくれてありがとにゃ……!」
今更ながらに自己紹介する二人。
アスクレピオスは、自分もカノンを探していると告げた。
カノンの持つ浄化の力を借りたいという。
>「端的に話すが、闇の欠片の研究過程で精神を汚染された仲間達を救いたい。
 それが私の目的だ。それには君のお姉さんの……五聖剣に並ぶ強力な『浄化の力』が必要だ」
「五聖剣に並ぶ強力な浄化の力……!?」
何やらカノンは、凄い冒険者の上に、凄い力を持ってるらしい。
>「分かりました。ぜひ協力お願いします……!」
>「感謝する。私は転移魔法で9階より下を探そう。君達は上の階を頼む」
>「了解した。お嬢ちゃん達は9階にいてくれ。見つけたら戻ってくるよ」
「待ってるだけでいいのにゃ!? 果報は寝て待てにゃね!」
再度9階に戻り、ルシアと遊んだりしつつ平和に過ごした。
そして3日後の早朝。窓から侵入してくる者があった。
猫っぽく敏感に気配を察知し、目を覚ますダヤン。
(―泥棒にゃ!?)
>「ダヤン、起きろ……嬢ちゃんは流石に寝てるな。
 うっかり物音立てて起こすなよ、静かに行動するんだ……」
「にゃんだ~、びっくりするにゃ~……って何やってるにゃ」
泥棒では無かったが別の意味でびっくりした。

20:ダヤン
22/01/22 00:12:50.74 8tYh1+pw.net
「それににゃんで起こしたらいけないんだにゃ?」
もし同室で寝ていたら起きてしまったであろうと思われるが
幸い二人用の部屋が満室で、それぞれ一人用の部屋を取っていた。
>「……熾天使のカノンが見つかった。
 話をつけて、今は嬢ちゃんを10階で待ってる」
>「折角だしサプライズで驚かせたいと思ってな。先にお前さんにだけ伝えた。
 お嬢ちゃんがびっくりしそうなタイミングで教えて、こいつを渡してあげてくれ」
サイフォスはそう言って、ポータルストーンを渡してくれた。
「良かった、見つかったんにゃね……!」
>「最初だけはかのを作ってやりてぇな。
 俺達は後でアスクレピオスの転移魔法を使って10階へ行けばいい」
「んにゃ。まずはエール一人で行かせればいいにゃね」
>「ただ……熾天使のカノンは誰かに追われてるみたいなんだ。
 それで人目を避けてたみたいでな。俺達が護衛するから問題無いって話したんだが……」
「え、それ……大丈夫にゃ……!?」
>「ま、その辺は気にするな。姉妹の再会は邪魔されないよう俺が手を回しておくよ。
 とにかくダヤンはサプライズ係を頼むぜ。俺は宿屋の外にいるからな、頼んだぞ!」
「ちょっと待つにゃ……!」
何気に重要な情報をさらりと告げると、サイフォスは止める間もなく窓から飛び出していった。
「うーん、どうするにゃ……」
エールがびっくりしそうなタイミング、と言われても、
カノンに話を付けて待って貰っているのならあまり待たせるのも悪いし、
誰かに追われているというのも気になるところだ。
姉妹の再会が邪魔されないように手を回しておく、ということは
感動の再会の場を狙って襲撃してくる、ということもあり得る!?
手を回しておく、とは身代金受け渡し現場のように気付かれないように周囲に人員配置でもするのか……?
ならば、早いほうがいいとはいっても、その手配が済むぐらいまでの間はあったほうがいいのか。
まあ、サプライズの準備をしている間に自然にいい感じの頃合いになるだろう。
そんなことを考えながら、受付に行ってこの時間帯担当の店員に話しかける。
「ここの店員さんの制服を借りれるにゃ? 実は……」

21:ダヤン
22/01/22 00:13:58.42 8tYh1+pw.net
エールが起きた頃。
少し前に宿屋の店主が入ってきた時のように、宿屋の店員がやってきた。
「エール様、人探しの件で冒険者の方から伝言を預かっております」
「探しているお姉様を10階の花畑エリアで見たと……そこで貴女を待っていると」
「これを使って早く行ってあげてください。くれぐれも今度は逃がさないように」
店員はエールにポータルストーンを差し出した。
「わたくし達は後から行きますにゃ」
そう言い残して部屋を出て行った店員―に変装したダヤンは変装を解いて元の姿に戻ると、
宿屋の外で待っていたサイフォスと合流し、カノン発見を告げたことを報告する。
「渡したにゃ……!」
姉妹水入らずの時間を作るとはいっても、カノンが追われている以上、あまり時間を置くのも心配だ。
「アスクレピオスにゃんはどこにゃ?」
早く追いかけたいオーラを出すダヤンであった。

22:ダヤンPL
22/01/22 00:24:37.99 8tYh1+pw.net
>15
そうにゃんだ! 勉強になるにゃ~
ミリタリー分野は全然なので全然気にせずにさらっと流してたにゃ
超強いキャラを表現するときに「一人で一個大隊に匹敵」ってよく言うけど
「一個小隊に匹敵」でも十分強いんにゃね!

23:エール
22/01/22 15:34:28.56 UCoZn7VU.net
朝だ。起床の時間である。夢見心地が半分残った状態で起き上がる。
エールは顔を洗って歯を磨くとパジャマを脱ぎ、いつもの隊服に着替える。
そろそろダヤンも起きている頃だろうか。
確認すべく彼の部屋へ行こうとして、不意の自室の扉からノックが響いた。
誰だろうと思って扉を開けると待ち受けていたのは宿屋の店員と同じ格好をしたダヤンだった。
―なんか6階でも似たようなことなかったっけ……。
>「エール様、人探しの件で冒険者の方から伝言を預かっております」
「え……?は、はいっ!」
意図は分からないがエールは空気を読んで気づいてないフリをした。
正直に言ってしまうと背格好と声でバレバレではあるのだが……。
無粋な真似をしてはせっかくのダヤンの気持ちを無駄にしてしまうではないか。
>「探しているお姉様を10階の花畑エリアで見たと……そこで貴女を待っていると」
そこでようやく何かのサプライズ的なヤツだと気づいたのだ。
カノンの居場所が判明したことで、エールは今にも飛び跳ねたい気持ちになった。
そしてダヤンからポータルストーンを手渡された。おそらく返却したものを再度渡してくれたのだろう。
と、いうことはサイフォスもこれに一枚噛んでるのか、とエールは思った。
>「わたくし達は後から行きますにゃ」
そうして店員の扮装をしたダヤンは去っていった。
サイフォスは宿屋の外で伸びをしながら待っているとダヤンが来るのが見えた。
>「渡したにゃ……!」
「どうだい?お嬢ちゃんは驚いてたかい?」
サイフォスは上手く気を回したな俺みたいな感じでどや顔をしていた。
だが、ダヤンはカノンを追う謎の人物のことが気掛かりらしい。
>「アスクレピオスにゃんはどこにゃ?」
「遅くても昼までには来るだろうな。お姉さんの心配をしてるのか?まぁ無理もないよな。
 でも大丈夫だ。10階は俺の仲間が見回りしてるから、変な奴が来たらすぐに分かるぜ」
そんな話をしていると、宿屋の窓がばん!と開け放たれるのが見えた。
エールである。自分の部屋の窓から顔を出して、ダヤンとサイフォスに向けて手を振った。
「やっぱりそこにいた!ダヤン、サイフォスさん、ありがとう!
 お姉ちゃんは10階にいるんだね。びっくりしたよー!私、先に行くね!」
サイフォスは手を振り返すと、エールは窓を閉めた。
すると窓越しにポータルストーンが起動した時の魔法陣の光が見えた。
アスクレピオスが現れて、ダヤンとサイフォスが10階へ転移したのはそれから30分後のことである。

24:エール
22/01/22 15:37:17.44 UCoZn7VU.net
身体がふわっと浮いたかと思うと目の前の景色が一瞬で変わり、緩やかに地面に着地する。
エールの眼前に広がっていたのは、見渡す限りどこまでも続いている花畑だった。
優しく風がさぁ……と吹いている。花畑の向こうには人影が見えた。
さく、さく、と地面を踏んでエールのもとに近づいてくる。
白を基調とした軍服風のジャケットを着た女性だった。
スカートの下にはすらっとした長い脚に似合うニーソックスとブーツを履いている。
花畑が風で揺れる中で、銀灰色の長髪が緩やかになびく。
色彩様々な花びらが空を舞い散る。エールはしばらく呆けた顔で女性を見つめていた。
長かったような。短かったような。それまでの時間で募った想い。
不思議なものだ。今までは懸命にその背中を追っていたのに、いざという瞬間には足が止まる。
「お姉ちゃん……」
エールはやっとの思いでそう呟いた。
花吹雪が降る中で、カノンは顔を綻ばせる。
「……エール。久しぶりだね」
ああ、これだとエールは思った。
カノンは前触れもなくこの無限迷宮に挑み失踪状態となっていた。
言葉では言い表せないくらい心配した。何度眠れない夜を過ごしたか分からない。
なのに、いつもと変わらない様子で今ここにいる。
本当にマイペースで気まぐれで、大好きなお姉ちゃんに間違いなかった。
実感は遅れてやってきた。エールは探し続けていた姉と遂に再開できたのだ。
「お姉ちゃん……お姉ちゃぁん!」
気がつけば花畑を駆けだしていた。
そしてカノンの胸の中へ飛び込んで、力いっぱいに抱きしめる。
マシュマロのように甘い匂いはどうしようもなく懐かしい感じがした。
「心配させたみたいだね。でも大丈夫。ほら、この通りさ」
「うん……心配したよ!いっぱい心配したからね……!」
カノン―姉はいつまで自分を離さないエールの頭を撫でた。
幼い頃はよくこうしてもらっていた。両親は出稼ぎで家を留守にすることが多かった。
そんな時、自然と両親の代わりをしてくれたのがカノンだった。
だからエールは父と母がいない時でも一度だって寂しいと思ったことはない。
「歩きながら話をしよう。エール……いいかな?」
「うん。私もいっぱい話したいことがあるもん!」
エールはようやくカノンから離れると、二人は花畑の中を歩きだす。

25:エール
22/01/22 15:38:51.87 UCoZn7VU.net
白、桃、紫、黄色。グラデーションを描く花畑の中を歩いていく。
今までの階層には弱いながらも魔物がいたが10階には例外的に存在しない。
この花畑エリアは他の階より狭く面積にして約100平方キロメートル。
歩けば森や川もあって、のどかな自然が広がり動物たちが穏やかに暮らしている。
無限迷宮の中でも数少ない休憩ポイントと呼べる場所だ。
「お姉ちゃん、何で突然この迷宮に挑戦しようと思ったの?」
カノンの横にひっついて歩きながら、エールは疑問を口にした。
と、いっても、それは明確な答えを求めたものではない。他愛ない雑談だ。
カノンはどうも気まぐれというか、常に自由を求めている。
だからその行動は無計画な事も多い。何も考えないことを楽しんでいるのだ。
何かの拍子に突発的にふらっと立ち寄っただけの可能性も高い。
「ある時思っただけさ。どこまで行けるのか……どこまで目指せるのか……。
 今までそんなことに興味はなかったけど……なんだか急に試したくなったんだよ」
「もうっ。この無限迷宮ならいつまでも上を目指して力を試せるだろうけど……。
 お姉ちゃんでも危ないよ。迷宮を脱出できないまま過ごす人だっているんだからね!」
「うん……そうだね。私も100階までは頑張ったけど、降りてきてしまったよ」
100階でもおそろしく遠い階層に感じるが、それはエールの感覚が人並み故か。
いったいどのような魔物が跳梁跋扈していたのか気になるところである……。
エールは魔物がそれほど強かったのか尋ねようとすると鳥のさえずり声が遮った。
空を飛んでいた小鳥が翼を羽ばたかせると、カノンの肩にちょこんと止まる。
小鳥はカノンの顔の方を向いて、話しかけるように可愛い鳴き声を響かせる。
「何て話してるの?」
昔からカノンには不思議な力があって、動物や自然の言葉が分かるらしい。
それは2階で出会ったドルイド僧のような自然との交感能力に似たものだろう。
「『何の遊びをしているの?』って聞いてるみたいだね」
カノンが小鳥に人差し指を伸ばすと指に乗って何度か鳴いた。
エールは膝に手をついて小鳥まで顔を近づける。
「ごめんね、お話ししてただけなの」
小鳥は首を傾げたようにエールを見ると鳴き声を響かせて、飛び去っていく。
動物に好かれる才能も健在だなぁ、と思いながら遠くへ消えていく小鳥を眺めた。

26:エール
22/01/22 15:41:51.58 UCoZn7VU.net
エールはそれからカノンとずっと話を続けた。その多くは今までの冒険のことだ。
1階でダヤンという獣人の少年と出会い、一緒にここまでやって来たということ。
二人で色々な階を巡って、色々な戦いをして、色々な体験をしてきたと。
「時間は短かったけど……たくさんのことがあったよ。でも良い人達と出会えたの。
 お姉ちゃんと無事に再会できたのも、きっとその人達のおかげなんだ」
万感の想いがこもる。カノンと元の世界へ戻ることがエールの目的だ。
けどもしかしたらその説得が一番難しいかもしれない。カノンは自由気ままを好む。
村へ帰って一緒に暮らしたいと提案しても首を縦に振らないかもしれない。
「お姉ちゃん、故郷に帰ろうよ。私……お姉ちゃんとずっと一緒がいい」
エールはカノンの手を取って静かに握りしめた。もう離したくなかったから。
カノンはちょっとの間を置いて、穏やかにこう返した。
「うん。そうしよう、エールが望むのなら」
エールの顔はぱっと明るくなってついつい口が軽くなる。
ずっと考えていた故郷に帰ってからの将来設計を語りはじめる。
「良かったぁ……!故郷に帰ったら、私は軍に復隊するよ。
 配属先は前と同じだろうから遠征が無いかぎりいつでも村に帰れるし……。
 お姉ちゃんは今のまま冒険者を続けるの。でもあんまり遠くにいっちゃだめだよ!」
「……そうだね。村にはよく魔物が出るから退治の仕事には困らない」
「あと、さっき話してた仲間のダヤンのことなんだけど……。
 その子は迷宮育ちで外の世界を知らないから、ちゃんと生活できるか心配だなぁ。
 なるべく手助けしてあげたいな。あとは脱出の問題だね。地道にポータルを転移し続けるしかないのかな」
「……外の世界に繋がるポータルは魔法陣が虹色に光ってるそうだよ。念じた世界に転移できる。
 でもエール……故郷へ帰るのはちょっとだけ待ってくれるかな。やらなきゃいけないことがあるんだ」
アスクレピオスの件もある。いずれにせよ当面は迷宮に留まることになるだろう。
何の用事か聞こうとすると、カノンは突然身体を仰向けにして花畑の中へ身を預けていた。
花びらがはらはらと舞いエールは驚いて駆け寄る。
どうして今まで姉の不調に気付けなかったのだろう。エールは自分の愚鈍さを呪った。
その姿は眠ったように穏やかで神秘性すら感じさせたが、よく触ってみるとほんのり発熱していた。
ただの熱なのだろうか。ともかく診療所の医者か教会の僧侶にでも診てもらうか、せめてどこかで休むべきだ。
「お嬢ちゃん、どうしたんだ……?大丈夫か!?」
そう思っていた矢先、大剣を背負った髭面の大男が花畑を分け入って近寄ってくる。
サイフォスの声だ。隣にはダヤンとアスクレピオスもいる。
姉妹水入らずの機会を作ってくれた者達がこのタイミングでやって来たのだ。
「そ、その……二人で話してたら急に倒れちゃったんです」
「大丈夫さ……ただの貧血だよ。最近よくこうなるんだ」
カノンは小さな声で呟くが、アスクレピオスが無言で容態を確認する。
倒れているカノンの手に触れて魔力を送り込むと、体内で循環させた後に回収する。
そうすることでアスクレピオスはバイタルサインをはじめとした生体情報を正確に把握できるのだ。
「……この10階には拠点があったな。私の転移魔法でそこまで運ぼう。
 誰か抱えてあげてくれないか。自力では立ち上がれないはずだ」

27:エール
22/01/22 15:47:47.12 UCoZn7VU.net
サイフォスがどたどたとカノンに近寄る。
運ぶならエールとダヤンよりも大柄な彼が適任であろう。
「失礼、お嬢さん。しばらく我慢してくれよ」
お姫様抱っこで抱えるのを確認したところで転移魔法が発動する。
周囲の景色が変わって到着したのは10階の拠点、開花の町プリマヴェーラだ。
花畑エリアの名に違わず、町にある家屋はどれも美しいガーデニングで彩られている。
ちょうど庭園の手入れをしていた庭師がいたので診療所の類はないのかと尋ねる。
この拠点では5階と同じく教会の僧侶が病人の面倒を見ているらしい。
教会へ足を運んで事情を説明すると、こころよくその一室を貸してくれた。
ベッドにカノンを寝かせたところでアスクレピオスが口を開く。
「……さきほど容態を確認したが、君が倒れた原因はただの貧血ではない。
 私がこれから話すことは君にも覚悟が必要だ。望むなら他の者は外で待たせるが……」
「大丈夫だよ。何となく……分かっていたんだ」
カノンの言葉を聞いて、アスクレピオスは小さく頷く。
動悸がする。エールは両手で胸の辺りをぎゅっと締めつけた。
「カノン、君は白血病だ。自然治癒力を促進させる通常の治癒魔法では治せない。
 今の多元世界の医療レベルで考えても……治すのは不可能だと断言する」
一般的な治癒魔法の原理は、生物が有する自然治癒力の促進・強化だと聞いたことがある。
風邪をはじめとする様々な病気に対しても、免疫を強化する形で対処するのだ。
それでも極めれば尻尾を失ったトカゲがまたその尾を生やすように、失った腕の再生すらできる。
―だが、その原理で癌細胞に対処することは難しい。
白血病とは血液中の白血球が癌になってしまう病気のことだ。
カノンのそれは急性骨髄性白血病だとアスクレピオスは診断した。
エールはショックで倒れそうになった。すぐ後ろに壁があったのは幸運だろう。
きっと無限迷宮に訪れたのは、自身の病になんとなく気づいたからに違いない。
腕試しで迷宮の高階層を目指したのも、元気な間にしかできないことだからだ。
「……だが、私ならば治せる。私の治癒魔法の原理は普通とは違っているからな。
 『構築』と『分解』と呼ぶべきか。自然治癒力を促進させているわけじゃないんだ」
「どういうことですか……?」
縋るようなエールの言葉を聞き、アスクレピオスは説明を続ける。
一般的な治癒魔法が使えないわけではないが、と前置きしてこう話した。
彼は物心ついた頃から二種類の魔法が使えたらしい。
魔力を素に幹細胞を創りあらゆる人体の部位を再生する『構築』の魔法と。
人体に侵入したウイルスや細菌に照射して破壊する『分解』の魔法をだ。
彼はこの二つを操ることで今まで様々な病気や負傷を癒してきた。
創造と破壊を司ると言い換えてもいい―天から賜った才能。
原理的には、カノンに対しても白血病細胞を『分解』することで治療できる。
そして再発を防ぐため造血幹細胞を新たに『構築』して完治させるのだ。
「生まれつき感覚的に使えるだけで、私自身、理論化も術式化もできていない。
 治癒魔法の使い手ならば誰もが修得できる魔法ではないが……」
「お姉ちゃんを……治せるんですね……!?」
アスクレピオスは肯定した。それがどれほどエールに安心感を与えたか。

28:エール
22/01/22 15:51:58.76 UCoZn7VU.net
当事者であるカノンは超然とした様子でこう話す。
「それはよかった。私もまだ死にたくないからね。
 ……それで先生、いつ頃までこの状態は続くのかな」
「すまないが最低で数週間はかかるだろう。それまでは絶対安静だ。
 白血病細胞を残してしまうと再発する。全て『分解』するのは時間を要する」
カノンは自身の病気以外にも気にすべき事柄があった。
自分を追う謎の存在。エールに語ったやらなきゃいけないこともそうだ。
その意図を全て汲んだうえでアスクレピオスはこう言った。
「何の心配もしなくていい。君はすでに私の患者なのだから」

―――…………。
疑似太陽が沈み10階に夜が訪れる。
月に似た衛星がうっすらと暗闇を照らす時間がやってくる。
闇に紛れて、暗い花畑の中に漆黒の魔導衣を纏った男が姿を現す。
手品のように何の前触れもなく。おそらくは転移魔法によるものだろう。
つんつんの黒髪に、真紅の瞳。まだ20になって間もないくらいの若者だった。
男は童顔で遠目なら少年に間違えられたかもしれない。
男は花畑をゆっくりと進み、拠点を目指して歩いていく。
その途中、松明を持って見回りをしていた冒険者協会の人間に呼び止められる。
「そこのあんた、ちょっと止まりな。
 こいつカノンさんの命を狙ってるっていう怪しい奴に似てるぞ……!」
「特徴は一致してるぜ。悪いがここから先は通せないな。
 人違いだったら申し訳ないが通行止めだ。何しにこの階へ来たんだ?」
冒険者達は男を囲って質問を始めたが、男は無視して進もうとする。
慌てて道を阻もうとすると激しい閃光が迸って、冒険者の一人は気絶した。
「……話はそれだけか?先を急いでる。俺の邪魔をするな」
冒険者は確信した。この男がカノンを追う謎の人物だと。
覚悟を決めて飛びかかるが、暗闇の中で先程と同じ光が明滅するのみだった。
時を同じくして、10階拠点の教会。
アスクレピオスは早速カノンに対して白血病の治療を始めていた。
エール達は無力なもので、別室で待機してただ成功を祈ることしかできなかった。
今日の治療が終わったのか、アスクレピオスが部屋の扉を開ける音がした。
エールは別室から飛び出すと彼の下へと駆け寄る。
「今日の治療はもう終わりなんですか……?お姉ちゃんは?」
「寝ている。というより……治療のため魔法で眠らせた」

29:エール
22/01/22 15:55:04.90 UCoZn7VU.net
アスクレピオスは部屋の窓から外の様子を窺っているようだった。
そしてふいと視線をこちらへ移してエール達を見つめる。
「君のお姉さんを追う者が誰なのか……ようやく分かった。
 ……私の仲間だ。同じ七賢者の一人に違いない。この階に来ている」
「アスクレピオスさんがお姉ちゃんを探してたのって……その」
「ああ。闇の欠片の研究過程で、精神を汚染された仲間を……同じ七賢者を治すためだ。
 と言っても……分かりやすく人格が変異してるわけでも、かといって廃人なわけでもない」
エールが今まで見てきた精神汚染者は、どれも人格が明らかに変わっていた。
2階で出会ったドルイド僧アネモネや5階の死霊術師アクリーナなど。
変化球といえば4階の湖の乙女の人格が分裂していた例だ。
だがアスクレピオスの仲間である七賢者達はそれらと様子が違うらしい。
「人格は普段と変わらないが……何かに誘導されている気がするんだ。
 知らず知らずのうち……操り人形にされているような。あるいは私すらそうかもしれない。
 皆、特定の可能性や事実を無視して動く。私の弱い『浄化』では治せなかった」
カノンを狙うのも、その精神汚染が原因かもしれない、とアスクレピオスは話した。
ならば本来はカノン自身が出向いて『浄化の力』で精神を正常に戻せば済む問題である。
だが、その頼みの綱のカノンは病で絶対安静の状態だ。
「とりあえず、お姉さんに手出しさせるわけにはいかないな。
 恩があるのは承知の上で、先生の仲間は追い払わせてもらうぜ」
「戦力は多い方がいい。私も行く。話し合いで解決できればいいのだが」
サイフォスは大剣を背負うと仲間を引き連れて外へ出ていった。
それをしばし見つめて、アスクレピオスはその最後尾をついていく。
「私も行きます。なんでお姉ちゃんを狙うのか分からないけれど……!」
魔導砲を持ち出すとアスクレピオスの背中を追う。
教会を出て拠点の外へ行くと、そこには漆黒の魔導衣を纏った男がいた。
男はサイフォスをはじめとする冒険者協会のメンバーに包囲されている様子だった。
けれど数の不利に一切動じていない。真紅の瞳はゴミを見るような冷たさで冒険者達を見据えた。
「手厚い歓迎だな、だがお前達に用はない。この先に熾天使のカノンはいるのか?
 無駄かもしれんが忠告しておいてやる……黙って退け。痛い目を見ずに済むぞ」
「そいつぁありがとうよ。でもそうはいかない事情があるんだよ。
 カノンの姉さんは病気なんだ。怪しい奴を会わせるわけにはいかねぇな」
サイフォスが吐き捨てるように言葉を返す。相手が一人に対してこちらは数十人もいる。
大人気ないほどの過剰な戦力差―黒衣の男に対して人数が"少なすぎる"。
サイフォス率いる冒険者の全身には冷や汗が噴き出していた。
相対する彼が真紅の瞳に宿している、凍結しそうな殺気が肌に伝わってくるのだ。
腹に隠している暴発せんばかりの憎悪に、油断すると一瞬で焼き尽くされそうなのだ。
「……確かにそうらしいな。生体反応が微弱だったわけだ。
 だが安穏と死を待たせるつもりはない。奴は……俺が殺す。邪魔するな」
黒衣の男がゆっくりと近付いてくる。
冒険者達の危機察知能力が告げている。全力で戦わねばこちらが死ぬ。
後方のエールにもそれが伝わって本能的に魔導砲を構えて応戦しようとした瞬間。

30:エール
22/01/22 15:58:11.21 UCoZn7VU.net
緊張を破ったのは、進んで前に出たアスクレピオスだった。
男は歩みを止めると怪訝そうな表情で彼を見る。
「やはり君か……アレイスター。なぜ彼女を殺す気なんだ。
 話を聞かせてくれ。君のやろうとしていることは……果たして計画に必要な事なのか?」
「それはこちらの台詞だ。なぜお前がこの場所にいる。
 遊んでないで闇の欠片の回収を進めろ。回収が滞るほど計画に遅れが生じる」
両者はどこまでも一方的だった。アスクレピオスは何かを話そうとしたが、
アレイスターと呼ばれた黒衣の男のレスポンスの方が早かった。
「……さっき計画に必要かと聞いたな?答えてやる、必要だ。これで満足か。
 カノンという女は危険なんだよ。俺達の計画を壊しかねない……巨大な障害だ」
自分の姉が何か悪い存在であるかのような物言いに、エールは居ても立ってもいられなくなった。
魔導砲の引き金に掛けた指が震えている。それほどまでに恐ろしい相手なのだろう。
だが、勇気を振り絞ってエールは抗議の声を挙げた。
「なんで……?お姉ちゃんは何も悪いことなんてしてないっ!」
「あいつは俺達の計画に重要な『闇の欠片』を破壊し続けてたんだよ。
 通常の手段では破壊できんが、五聖剣並みの『浄化の力』ならそれができる……できてしまう。
 そして、そんな芸当は普通の人間には不可能なんだ。分からないだろうな、俺の言葉の意味は……」
アレイスターはふっと自嘲気味に笑った。
たしかに意味が分からない。彼の言う計画のことも。
闇の欠片という危険なアイテムを壊すことがなぜ悪いのかも。
「名乗っておいてやる。俺は神殺しのアレイスター。そいつと同じ七賢者だ。
 無知蒙昧な冒険者に理解しろとは言わんが、アスクレピオス。お前には分かるはずだな?」
仲間のアスクレピオスにそこを退けと。そう言ったのだ。
しかし答えは―『否』だった。アスクレピオスは無言で片手を翳して臨戦態勢に入る。
強硬な姿勢を見せていたアレイスターも彼の態度に動揺せざるを得なかった。
「正気か……?奴は邪魔な存在だ。それぐらい理解できるだろ?
 綺麗事だけでは計画を成し遂げられん。俺達に必要なのは『覚悟』だ……違うか?」
「覚悟ならある。だが私達の計画には翳りが生じているんじゃないか。
 闇の欠片は……魔王の力の残滓。所持によって生じる精神汚染。導き出される答えは……」
「もういい。その話は聞き飽きた。証明のできない問題に付き合う気はない。
 俺達は全員一致でこの計画を始めることに決めたんだ。後戻りはできない……!」
アスクレピオスの目的を聞いた時、エールは単に精神汚染で苦しんでいる仲間を助けるだけだと思った。
だが、七賢者を取り巻く問題はもう少しばかり複雑で面倒な事態のようだ。

31:エール
22/01/22 16:01:36.39 UCoZn7VU.net
彼らが闇の欠片の研究を行っていたのは、ただの知的好奇心からではないらしい。
先程から頻繁に出る『計画』というワード。なにか明確な目的があって研究していたと推察できる。
「計画って……なんですか。どんな理由があってお姉ちゃんを殺そうっていうんですか」
「なんだ。アスクレピオスと一緒にいるのに知らないのか?
 教えてやれよ。この迷宮が直面している危機についてぐらいな」
アスクレピオスは手を翳して警戒を保ったまま、静かに口を開いた。

「私をはじめ七賢者は姫様……いや、当代の無限迷宮の主に仕え、そして守護する存在だ。
 この無限迷宮が誕生して1000年程度経つが……その主は代を変えながら密かに迷宮を管理してきた」
彼の口から語れたのは、無限迷宮を管理する者のみが知り得る事実。
次元の狭間に存在するこのダンジョンは、際限なく階層を増やして現代まで存在している。
ただ―始まりがあれば終わりもある。
多元世界に無数に存在する宇宙にも、いつか終焉が到来する。
それはこの無限迷宮だって例外ではないということ。
「……結論だけ言えば、この無限迷宮は10年以内に消滅する」
エールは耳を疑った。アスクレピオスはもう一度繰り返す。
後10年以内に、無限迷宮の存在する次元の狭間は収縮に転じて消滅する。そう言ったのだ。
この迷宮に流れ着き、生活を営む人々をも飲み込んで。このダンジョンは消えてなくなる。
「この無限迷宮に来る人間は、冒険者か外の世界に居場所がない連中だ。
 消滅する次元の狭間と運命を共にするしかない……そこで姫様と俺達はある計画を考えた」
アスクレピオスの話を引き継いだのはアレイスターだった。
「その計画に重要になってくるのが『闇の欠片』なんだよ。
 欠片は魔王ルインの力の残滓。魔王ルインは天地創造をも可能とする魔法を行使できた。
 俺達はこう考えたんだ。欠片を必要なだけ集めれば、その力を手に入れられるんじゃないかってな」
魔王ルインの強さは神にも等しい圧倒的な魔法の力だった。
それを可能とする能力こそ上位存在の記録に接触できる『アーカーシャの鍵』の力である。
宇宙の始まりから現在に至るまでの、あらゆる事象が記された記録にアクセスできる能力。
魔法とは『想い』の力。それを補強するのは確たる理論だ。
世界の法則を完璧に知り理解できれば、新たな世界だって生み出すことができる。
比喩表現なんかじゃない。言葉通り宇宙の創造から―ゼロから世界を思いのままに創れるのだ。
「……闇の欠片で魔王の力を手に入れ新世界を構築する……。
 それが俺達と姫様の考えた計画……『プロジェクト・ジェネシス』の概要だ」
ぐっと手を握りしめて、アレイスターは重い覚悟を秘めた目でそう言った。
たしかに、後10年でこの迷宮が消滅するなら、新たな居場所の確保は急務だろう。
この迷宮に生きる人々が何人いるかは分からないが―。
『難民』達を受け入れてくれる世界が果たして存在するのか。分からない。
たとえ許容されたとして、多くの問題を抱える多元世界で無事に暮らしていけるのだろうか。

32:エール
22/01/22 16:04:41.11 UCoZn7VU.net
迷宮が消滅するという事実。新たな世界を創造する途方もない大きな計画。
ただ自分の姉を守りたいだけなのに。ただ姉と故郷に帰って平和に暮らしたいだけなのに。
不意打ちでスケールの大きな話を聞かされたエールは眩暈を覚えた。
「……アレイスター、やはり私達の計画には修正が必要だ。
 闇の欠片を持つことで精神汚染が起きる原因は……まだ解明できていない。
 以前にも話しただろう。闇の欠片は魔王の力だけでなく、意識の残滓でもあると」
「意識の残滓でもある闇の欠片を集めてしまうと、魔王が復活しかねない……だったか。
 だが、お前の唱える可能性には証拠が足りないだろうが。俺達には時間がない」
「理解できないな。なぜ……君ほどの男がこの可能性を頑なに否定するんだ?
 私達は研究の時に全員、欠片に触れてしまっている。自分が正気だと……なぜ断言できる」
魔王ルインの力の残滓たる欠片を集めることで、新たな世界を生み出すのが七賢者の目的。
だが、それは魔王復活の可能性を孕んだ危険な行為。だからアスクレピオスは仲間を止めようとしている。
けれど他の七賢者たちは闇の欠片の影響なのか耳を貸してくれない。そういう状況のようだった。
「仮に君の意見が正しいとしよう。それでも今の君は間違っている。
 姫様は……計画に生じる犠牲を良しとしないはずだ。七賢者である私達は、
 自らの裁量で行動する権限はあれど……計画の犠牲者を生むことは許されていない」
「……違うな。敵の排除を『犠牲』とは言わない」
アスクレピオスは話し合いによる解決は不可能だと悟った。
止めるなら戦うしかない。そう思った瞬間、何かが飛来して体中に激痛が走った。
うつ伏せに倒れると、口から一筋の血液が零れ落ちる。アレイスターの先制攻撃を食らったのだ。
エールは攻撃の瞬間を見逃さなかった。敵は懐から無数の小さな鉄球を取り出し射出したのだ。
結果、放たれた鉄球は余すことなくアスクレピオスの身体を深く抉った。
「裏切者が……お前では俺に勝てん。得意の『浄化』は魔物以外の生物にとって殺傷性は皆無。
 『構築』と『分解』だったか……それも戦闘では隙が大きすぎて役に立つ代物ではない」
そして身体に埋まったいくつもの小さな鉄球は治癒魔法を阻害する。
異物が埋まった状態で治癒を開始すると体内にそれが残されてしまうからだ。
これでアスクレピオスの動きはしばらく封じた。
「話はなんとなく分かったが……それでも俺はお前さんを止めるぜ。
 この迷宮が消えるからって人を殺していい道理はねぇ。本気で戦わせてもらうぞ……!」
サイフォスは大剣を構えた。他の冒険者も各々武器を手にじりじりと接近する。
冒険者ならば時として人間に剣を向けねばならない時もある。
エールもまたそれに倣い魔導砲の筒先をアレイスターに向けた。
「それがどうかしたか。俺の標的は熾天使のカノンのみ……他の奴に用はない。
 これでも節度を守ってるつもりなんだ。この花畑を踏み荒らさないのと同じように」
瞬間、エールやサイフォス達の武器がアレイスターに引き寄せられた。
保持もままならない異常な力で手を離れ、無造作に彼の足元へ転がっていく。
「な……なに、何が起こったの……!?」
まるで強制的な武装解除。
エールは無防備を晒して驚くことしかできない。

33:エール
22/01/22 16:07:42.63 UCoZn7VU.net
倒れたままのアスクレピオスが声を振り絞って呟いた。
「気をつけるんだ……あれは『魔法体質』だ……!」
魔法体質。エールはそれを銃士になる前の訓練生時代に聞いたことがある。
この世には魔力保有者に1000万分の1の確率で、DNAに術式が刻まれた特異体質の持ち主が生まれる、と。
歴史も文明も違う多元世界の各地で稀に発見され、その起源には諸説あるという。
あるいは神の贈り物とも、原初の魔法使いが残した人体改造の名残とも言われている。
「彼は自由に磁場を発生させられる『磁力体質』なんだ……。
 金属製の武器は全てアレイスターに無意味。魔法か素手で挑むしかない……」
「そっ、そういうのはよぉ……事前に言ってくれよ先生……!」
情けない声を発しながらサイフォスはステゴロで構えた。
エールの魔導砲はその部品の多くが金属製だ。だから磁力で引き寄せられたのだろう。
ダヤンの使っているダガーが何製か知らないが、金属製なら同じく敵の足元に転がっているはずだ。
アスクレピオスを負傷に至らせた鉄球飛ばしの原理も磁力体質を利用したものである。
方法は単純で手の中に強い磁場を作って鉄球を加速・発射したのだ。
いわゆるコイルガンと同じ理屈だ。
「もういいだろ。実力差を認識したなら失せるんだな。
 お前達では俺に敵わない……天と地ほどまでに力の開きがあるんだ」
アレイスターは再びカノンのいる教会目指して歩きはじめた。
だがサイフォス率いる冒険者協会の面々はどこまでも愚直だった。
死をも覚悟して素手でアレイスターに突貫する。
勝算はゼロじゃない。服装から魔法使い型なのは容易に推察できる。
ならば一か八か、相手の魔法を潜り抜けて接近戦をしかければ制圧できるかもしれない。
魔法使いはおしなべて頭脳労働、後方支援担当で、直接の殴り合いは苦手とする。
「よほど痛い目を見たいらしいな……ならば望み通りにしてやるッ!!」
だがそれは魔法を凌ぐのがそもそも困難という話に目を瞑った、無謀な作戦だ。
七賢者たるアレイスターの実力は本物。しかも彼は戦闘能力を買われて七賢者になったのだ。
迫るサイフォス達に放たれたのは閃光―いや―『電撃』だった。激しい稲妻が冒険者を包む。
アレイスターはその威力を気絶で済む程度に抑えている。
宣言通り、殺すのはあくまで計画に邪魔なカノンだけなのだろう。
冒険者協会の仲間達が瞬く間に電撃の光を浴びて吹き飛んでいく。
その光は後方にいたエールとダヤンにも迫り、稲妻という名の牙が襲い掛かる。

【カノンと再会を果たすも病気が発覚する】
【七賢者の一人、アレイスターがカノンの命を狙ってやって来る】
【今回はイベント戦なので次のターンで終わります。本格的な戦闘は次ということで!】

34:ダヤン
22/01/26 23:14:27.74 /pCWvVTp.net
>「どうだい?お嬢ちゃんは驚いてたかい?」
「んにゃ。驚いてたとおもうにゃ」
今回は変装とはいえ顔出しだったので、多分秒でバレていたと思うが。
(6階のときは顔まで包帯ぐるぐる巻きだったにも拘わらずすぐに分かっていた)
ダヤンの変装能力レベルでは、特定のコスチュームを纏うことで、
その集団の一員に見せかけるまでは出来るが
自分のことを良く知っている者の目を欺くのまでは難しいのかもしれない。
(もっとレベルが上がれば特殊メイクとか声真似で別人に変装も出来るのかも)
アスクレピオスは、まだ来ていないようだ。
>「遅くても昼までには来るだろうな。お姉さんの心配をしてるのか?まぁ無理もないよな。
 でも大丈夫だ。10階は俺の仲間が見回りしてるから、変な奴が来たらすぐに分かるぜ」
「それなら安心にゃね」
>「やっぱりそこにいた!ダヤン、サイフォスさん、ありがとう!
 お姉ちゃんは10階にいるんだね。びっくりしたよー!私、先に行くね!」
「また後でにゃー!」
満面の笑みで手を振り、一足先に10階に向かうエールを見送る。
それから30分ほど経ったころ、アスクレピオスが現れて、ダヤン達も10階に向かった。
転移した先は、花畑エリアの名に違わず、一面の花畑。
「綺麗なところにゃね~……」
少し離れた場所では、カノンらしき女性とエールが、仲睦まじそうに話しているところだった。
邪魔しないように見守る一同。
「エール、良かったにゃね―にゃにゃ!?」
ほっこりしていたのも束の間、カノンは突然仰向けに倒れてしまった。
(魔法学校の朝礼で学園長先生のおはなしが長過ぎるとよくあんな感じで倒れる生徒が出るって聞いたことあるけど……
カノンにゃんは屈強な冒険者にゃよね!?)
大事でなければいいのだが、只事ではない予感がする。
サイフォス達と共に駆けつける。
>「お嬢ちゃん、どうしたんだ……?大丈夫か!?」
>「そ、その……二人で話してたら急に倒れちゃったんです」
>「大丈夫さ……ただの貧血だよ。最近よくこうなるんだ」
アスクレピオスがカノンの手に触れている。魔法的な手法で容態を確認しているのだろう。
「安心するにゃ。アスクレピオスにゃんはとっても凄い治癒魔術師なんだにゃ!」
>「……この10階には拠点があったな。私の転移魔法でそこまで運ぼう。
 誰か抱えてあげてくれないか。自力では立ち上がれないはずだ」
>「失礼、お嬢さん。しばらく我慢してくれよ」
サイフォスがカノンを抱きかかえると、一同はアスクレピオスの転移魔法で10階の拠点へ移動した。
教会の一室を貸してもらい、カノンをベッドに寝かせる。

35:ダヤン
22/01/26 23:16:21.40 /pCWvVTp.net
>「……さきほど容態を確認したが、君が倒れた原因はただの貧血ではない。
 私がこれから話すことは君にも覚悟が必要だ。望むなら他の者は外で待たせるが……」
>「大丈夫だよ。何となく……分かっていたんだ」
(そんにゃに悪いのにゃ……!?)
まるで余命宣告でもされるかのような重々しい雰囲気に、息をのむ。
>「カノン、君は白血病だ。自然治癒力を促進させる通常の治癒魔法では治せない。
 今の多元世界の医療レベルで考えても……治すのは不可能だと断言する」
「そんにゃ……!?」
(よく分からないけど超ヤバイ呪いにゃ!? 大変にゃ……!)
ダヤンは治すのは不可能というフレーズに衝撃を受けつつ、
未開の地の原住民のような思考を繰り広げているが、無理もない。
迷宮の大部分の住人、はどうかは分からないが
少なくともダヤンのような低階層に留まっていた一般住人には、当然医学の知識なんてない。
病気は呪いやら祟りやら瘴気に当たったやらと理解されているし
あまり難しくない病気は、お祓いとか祈祷とか解呪と称する魔法で実際に治ったりする。
これはこの世界の魔法は、常人離れした思い込みパワーを持つ者の妄想力一本勝負とか
事実無根のトンデモ理論のゴリ押しでも発動してしまうためだと思われる。
もちろん実際に、医学的な系列の病気の他に、そっち系の系列の病気も存在するのかもしれないし、
もしかしたら同じ事象をどの側面から解釈するかの違いで、どっちも本当なのかもしれない。
少し話が逸れたが、エールやカノンは、告げられた病名を言葉としては知っている様子。
地上では、一般的に知られている病名なのだろうか。
>「……だが、私ならば治せる。私の治癒魔法の原理は普通とは違っているからな。
 『構築』と『分解』と呼ぶべきか。自然治癒力を促進させているわけじゃないんだ」
「それを早く言ってにゃ……!」
アスクレピオスは通常の治癒魔法とは違う原理の治癒魔法を使えるため、治せるらしい。
ダヤンは安堵のあまりずっこけそうになった。
ダヤンでそれなのだから、エールはその比ではないだろう。
“通常の治癒魔法では治せない””治すのは不可能”は”私ならば治せる”の盛大な前振りだったらしい。
>「お姉ちゃんを……治せるんですね……!?」
>「それはよかった。私もまだ死にたくないからね。
 ……それで先生、いつ頃までこの状態は続くのかな」
「ちょっと落ち着きすぎにゃ!」
エールとは対照的に超然としているカノンに思わずツッコんだ。

36:ダヤン
22/01/26 23:18:23.92 /pCWvVTp.net
>「すまないが最低で数週間はかかるだろう。それまでは絶対安静だ。
 白血病細胞を残してしまうと再発する。全て『分解』するのは時間を要する」
「うまくいけば数週間でいいんにゃね……! 良かったにゃね!」
治せない、と思いきやどっこい治せるというここまでの流れによって、
数か月と言われたらまあそんなものだろうな、
数年かかると言われたら気の長い話になるな、という感覚になっていたので
数週間と聞いて喜んでいるのであった。
カノンの言っていた“やらなきゃいけないこと”によっては、数週間でも長いのかもしれないが……。
>「何の心配もしなくていい。君はすでに私の患者なのだから」
アスクレピオスは全てを察しているかのように、カノンに語り掛けるのであった。
―夜。早速アスクレピオスはカノンの治療を始めており、
エールはカノンに付き添うことすら許されずに別室で待機していた。
それぐらい集中を要する治療ということだろう。
(せめて付き添ってあげたいにゃろうに……)
ダヤンもまた、そんなエールと一緒にいることしかできなかった。
不意に、扉を開ける音がした。
>「今日の治療はもう終わりなんですか……?お姉ちゃんは?」
>「寝ている。というより……治療のため魔法で眠らせた」
アスクレピオスは、窓の外を伺っているようだ。
「どうしたにゃ……?」
>「君のお姉さんを追う者が誰なのか……ようやく分かった。
 ……私の仲間だ。同じ七賢者の一人に違いない。この階に来ている」
「にゃに!?」
>「アスクレピオスさんがお姉ちゃんを探してたのって……その」
>「ああ。闇の欠片の研究過程で、精神を汚染された仲間を……同じ七賢者を治すためだ。
 と言っても……分かりやすく人格が変異してるわけでも、かといって廃人なわけでもない」
>「人格は普段と変わらないが……何かに誘導されている気がするんだ。
 知らず知らずのうち……操り人形にされているような。あるいは私すらそうかもしれない。
 皆、特定の可能性や事実を無視して動く。私の弱い『浄化』では治せなかった」
「オイラ達が見てきた人たちは分かりやすく人格が変異してたにゃけど……
七賢者の人たちはちょっと違うのにゃ?
超高レベルの術士だと普通の人とは作用の仕方が変わってくるのかにゃ?」

37:ダヤン
22/01/26 23:19:17.53 /pCWvVTp.net
>「とりあえず、お姉さんに手出しさせるわけにはいかないな。
 恩があるのは承知の上で、先生の仲間は追い払わせてもらうぜ」
>「戦力は多い方がいい。私も行く。話し合いで解決できればいいのだが」
>「私も行きます。なんでお姉ちゃんを狙うのか分からないけれど……!」
「んにゃ!」
というわけで大所帯で、カノンを追う七賢者の一人をお出迎えにいく。
>「手厚い歓迎だな、だがお前達に用はない。この先に熾天使のカノンはいるのか?」
「いにゃいからさっさと帰るにゃ!」
駄目元で言ってみるも、そもそもいると分かっているから来たと思われるので無理がある。
>「無駄かもしれんが忠告しておいてやる……黙って退け。痛い目を見ずに済むぞ」
>「そいつぁありがとうよ。でもそうはいかない事情があるんだよ。
 カノンの姉さんは病気なんだ。怪しい奴を会わせるわけにはいかねぇな」
一見すると一人に対してこちらは大勢、
だがサイフォスをはじめとするベテラン冒険者達に尋常ではない緊張感が漂っている。
ダヤンはぺーぺーすぎて彼らのように相手の実力を読むことすら出来ないが、
サイフォス達の様子を通してそれを間接的に理解した。
(もしかして結構ヤバいにゃ!? それもそうか、七賢者にゃしね……)
>「……確かにそうらしいな。生体反応が微弱だったわけだ。
 だが安穏と死を待たせるつもりはない。奴は……俺が殺す。邪魔するな」
どうやら生体反応を感知して追ってきたらしい。この態度、余程の恨みでもあるのか?
カノンがそれ程恨まれるようなことをするとはとても思えないが……。
そんなことを思いながら臨戦態勢に入ると、アスクレピオスが進み出る。
>「やはり君か……アレイスター。なぜ彼女を殺す気なんだ。
 話を聞かせてくれ。君のやろうとしていることは……果たして計画に必要な事なのか?」
>「それはこちらの台詞だ。なぜお前がこの場所にいる。
 遊んでないで闇の欠片の回収を進めろ。回収が滞るほど計画に遅れが生じる」
>「……さっき計画に必要かと聞いたな?答えてやる、必要だ。これで満足か。
 カノンという女は危険なんだよ。俺達の計画を壊しかねない……巨大な障害だ」
>「なんで……?お姉ちゃんは何も悪いことなんてしてないっ!」
>「あいつは俺達の計画に重要な『闇の欠片』を破壊し続けてたんだよ。
 通常の手段では破壊できんが、五聖剣並みの『浄化の力』ならそれができる……できてしまう。
 そして、そんな芸当は普通の人間には不可能なんだ。分からないだろうな、俺の言葉の意味は……」
彼の真意は分からないが、とりあえずカノンは普通の人間ではないらしい、ということは分かった。
が、彼女が持っているのが『浄化の力』なら、いい力なのではないだろうか。

38:ダヤン
22/01/26 23:20:26.17 /pCWvVTp.net
>「名乗っておいてやる。俺は神殺しのアレイスター。そいつと同じ七賢者だ。
 無知蒙昧な冒険者に理解しろとは言わんが、アスクレピオス。お前には分かるはずだな?」
>「正気か……?奴は邪魔な存在だ。それぐらい理解できるだろ?
 綺麗事だけでは計画を成し遂げられん。俺達に必要なのは『覚悟』だ……違うか?」
「一体何の話にゃ……?」
>「計画って……なんですか。どんな理由があってお姉ちゃんを殺そうっていうんですか」
>「私をはじめ七賢者は姫様……いや、当代の無限迷宮の主に仕え、そして守護する存在だ。
 この無限迷宮が誕生して1000年程度経つが……その主は代を変えながら密かに迷宮を管理してきた」
「無限迷宮の主……!?」
迷宮を作り出したのは魔王とされるが、それが倒された後も
無限迷宮の主という管理者のような存在がいるということらしい。
>「……結論だけ言えば、この無限迷宮は10年以内に消滅する」
「にゃんだって!? そんなの困るにゃ!」
>「この無限迷宮に来る人間は、冒険者か外の世界に居場所がない連中だ。
 消滅する次元の狭間と運命を共にするしかない……そこで姫様と俺達はある計画を考えた」
そこでアレイスターが話を引き継ぐ。
>「その計画に重要になってくるのが『闇の欠片』なんだよ。
 欠片は魔王ルインの力の残滓。魔王ルインは天地創造をも可能とする魔法を行使できた。
 俺達はこう考えたんだ。欠片を必要なだけ集めれば、その力を手に入れられるんじゃないかってな」
>「……闇の欠片で魔王の力を手に入れ新世界を構築する……。
 それが俺達と姫様の考えた計画……『プロジェクト・ジェネシス』の概要だ」
魔王が復活する可能性を危惧し、計画の修正が必要とするアスクレピオスと、
もう一刻の猶予もないとして計画を強行しようとするアレイスター、という構図らしい。
「どっちが正解かは分からにゃいけど……どっちにしても殺す必要にゃい!
闇の欠片が迷宮の皆にとって重要なものかもしれないことを伝えて
壊すのをやめてもらえばいいだけにゃ!」
ダヤンは思わず叫ぶが、おそらくそれで解決するなら苦労はしないのだろう。
先ほどアレイスターは、『浄化の力』を持つカノンの存在自体が危険、という口ぶりだった。
アレイスターの先制攻撃を受け、アスクレピオスがあまりにもあっけなく倒れる。
対話の時間は終わり、ということらしい。
(アスクレピオスにゃん!? 今までの半端ない強キャラオーラはどこいったにゃ!?)

39:ダヤン
22/01/26 23:21:50.68 /pCWvVTp.net
>「裏切者が……お前では俺に勝てん。得意の『浄化』は魔物以外の生物にとって殺傷性は皆無。
 『構築』と『分解』だったか……それも戦闘では隙が大きすぎて役に立つ代物ではない」
ダヤンの心の叫びに答えを提示するかのように、アレイスターが勝ち誇る。
魔物の制圧や重傷者の治療においては半端ないアスクレピオスだが、魔物以外相手の戦いはあまり得意ではないらしい。
それでもサイフォスは果敢に立ち向かおうとする。
>「話はなんとなく分かったが……それでも俺はお前さんを止めるぜ。
 この迷宮が消えるからって人を殺していい道理はねぇ。本気で戦わせてもらうぞ……!」
>「それがどうかしたか。俺の標的は熾天使のカノンのみ……他の奴に用はない。
 これでも節度を守ってるつもりなんだ。この花畑を踏み荒らさないのと同じように」
突然両手に持ったダガーが手からすっぽ抜け、アレイスターの足元に転がった。
見れば、エールやサイフォス達も同じような状況のようだ。
無事なのは、魔法使いの構える木製の杖だけ。
「どういうことにゃ……?」
>「気をつけるんだ……あれは『魔法体質』だ……!」
>「彼は自由に磁場を発生させられる『磁力体質』なんだ……。
 金属製の武器は全てアレイスターに無意味。魔法か素手で挑むしかない……」
クリスタル製やオリハルコン製という勇者様ご一行が持ってそうな素材の武器はおいといて、
一般に流通している接近戦系の武器は殆どが金属製。
よって、前衛職の大半が素手になってしまうわけである。
サイフォスとその仲間達も例外ではない。
>「もういいだろ。実力差を認識したなら失せるんだな。
 お前達では俺に敵わない……天と地ほどまでに力の開きがあるんだ」
わざわざご丁寧に忠告してくれるも、サイフォス達は、
ここで合理的に判断して被害を最小限に抑える選択が出来るほど利口なタイプではない。
無謀にも素手で立ち向かおうとする。
>「よほど痛い目を見たいらしいな……ならば望み通りにしてやるッ!!」
激しい稲妻が冒険者達を包み、気を失う。
さらに電撃は、後方にいるエールやダヤンにも襲い掛かる。
「大丈夫にゃあ!! 地面に足が付いていなければ電気が流れないから感電しにゃい!」

40:ダヤン
22/01/26 23:22:44.25 /pCWvVTp.net
ダヤンは襲い来る電撃を迎え撃つように、エールの前に躍り出るようにジャンプした。
襲い来る電撃にタイミングを合わせるのは至難の業だが、奇跡的に合っていた。そして……
「にぎゃああああああああ!!」
―普通に感電した。
「接地面が無ければ感電しない」というどこかで聞いた噂を間に受けてしまったようだが、
飛行系のモンスターにも雷の攻撃は効くので、これは単なる都市伝説であると思われる。
地面に叩きつけられ、ぐったりと倒れ伏すダヤン。
エールは、雷撃が貫通する仕様だったら普通に感電しているだろうし
前方で何かに当たったら止まる仕様ならもしかしたら難を逃れているかもしれない。
「まだ……にゃ!―スモークボム!」
煙幕がアレイスターの周囲に立ち込める。
気絶したかと思われたダヤンだったが、奇跡的にまだ意識があるようだ。
魔法が想いの力なら、魔法を受ける側の思い込みによってほんの少し威力が軽減されたりする事もあるのだろうか。
身体は感電して動かなくても魔法は使えるようで、
倒れたまま、少しでも足止めしようと悪足掻きを試みている。
「難しいことは分からにゃいけど……エールからカノンにゃんを奪うなんて絶対駄目にゃ!
エールはカノンにゃんを追いかけて危険な迷宮に飛び込んで……ずっと探してやっと会えたんだにゃ……!」
半ば懇願するように必死に訴える。

41:エール
22/01/29 22:46:04.92 GIULVyy1.net
襲い掛かる牙のごとき稲妻。エールはその光を見た瞬間、直撃を覚悟した。
だが神懸かり的なタイミングでダヤンが我が身を盾に目の前へ躍り出たのである。
>「大丈夫にゃあ!! 地面に足が付いていなければ電気が流れないから感電しにゃい!」
「はいぃ?」
エールは思わず頓狂な声を発してしまう。
たしかに、電気というのは普通、電気が通る状態でなければ感電しない、と聞いた記憶がある。
空気は電気を通さない絶縁体の一種らしいが、一方で地面は電気を通すという。
なので地面に触れてないなら感電せず負傷しないような気もする。
だが、落雷は絶縁体であるはずの空気中を通過して地面に落ちてくる。
これは絶縁破壊と言って、落雷の電場が強いために空気の絶縁が破れることで電気が流れるのだ。
アレイスターの放った電撃はご覧のように空気を通過する規模の威力である。
>「にぎゃああああああああ!!」
つまりジャンプして地面から離れていても普通に感電する。
幸運だったのはダヤンが壁になることでエールを守る役割は果たせたことだろう。
>「まだ……にゃ!―スモークボム!」
ダヤンは電撃を食らってなお意識を保ったまま魔法で煙幕を張る。
気絶する威力に調節したはずだが、獣人の耐久力を甘く見たか。それとも他に理由があるのか。
ともかく、アレイスターは心の中で自身の想定を超えたダヤンをむしろ評価した。
>「難しいことは分からにゃいけど……エールからカノンにゃんを奪うなんて絶対駄目にゃ!
>エールはカノンにゃんを追いかけて危険な迷宮に飛び込んで……ずっと探してやっと会えたんだにゃ……!」
「……そうか。お前は誰かのために命を懸けられるんだな。きっとお前達は良い奴らなんだろう。
 だが……計画の障害になるなら容赦する気はない。いくら懇願しても無意味だ」
アレイスターは視界不良にも関わらず余裕をもってダヤンの言葉に応じた。
隙だらけだ。エールは煙幕に紛れてアレイスターの後方へ移動し、側頭部目掛けて蹴りを放った。
武闘家ほどではないが銃士は体術も修めている。当たれば意識を刈り取る渾身のハイキックだ。
だが、その蹴りはアレイスターに命中せず『何か』に阻まれて弾かれた。
「くっ……魔法障壁っ!?」
エールは障壁に弾かれた勢いに乗ってバックステップで距離を取る。
蹴りを防いだそれの正体は魔法障壁の一種。物理攻撃も魔法攻撃も防ぐ電磁バリアだ。
「馬鹿が。何の対策もしてないと思ったか?全てお見通しだ」
エールはまだ煙幕が張られている内に全力でダッシュして電撃に備える。
機敏に動いて狙いをつけさせないようにするためだ。放たれた電撃はエールの手前に着弾する。
地面を抉る威力に吹き飛ばされて、ダヤンの横に転がり込みつつ着地した。
万事休すだ。実力が違い過ぎる。どうすれば倒せるのかまるで分からない。
魔導砲も使えない、体術も意味がない、話し合いでは到底解決できそうにない。どうすればいい。

42:エール
22/01/29 22:49:01.70 GIULVyy1.net
答えが出ないままエールは立ち尽くしていた。
しだいに煙幕が晴れていくと、アレイスターは冷たい瞳でエールとダヤンを見た。
その時だ。アレイスターが不意に上空を仰いだのは。
「……お姉……ちゃん……!?」
エールはうわ言のように思わず呟く。
青白い光の翼を広げて眼前に舞い降りたのは病に臥せていたはずのカノンだった。
カノンは周囲を確認する。冒険者協会の面々はアレイスターの電撃を浴びて、大半が気を失っているようだった。
「……ごめんね。眠っていたせいで気づくのが遅れたよ。
 守ってくれてありがとう。でもやっぱり……これは私の問題だから」
アレイスターは眉を寄せて、明確に憎悪と殺気を放った。
もしもエールがまともに浴びていたら身体が竦んでしまっただろう。
しかし目の前のカノンが盾となって受け流しているおかげで、平静を保っていられた。
「いい加減、私も覚悟を決めるよ。だから後は任せてほしい。
 闇の欠片の破壊と精神汚染の浄化は……やらなくちゃいけないことだから」
「はっ、殊勝だな。俺から逃げ続けていた奴の言葉とは思えん。
 悪いが計画を妨害するお前だけは始末させてもらう。抵抗する権利はくれてやる」
「うん……君達の目的は崇高だと思うよ。でも手段は考え直すべきかな。
 だから私は計画を止める。ここで……君の目だけでも覚まさせておくよ」
カノンの言葉を聞いてアレイスターは薄気味悪く笑う。
その時、彼の身体に流れる魔力が微妙に変化するのをアスクレピオスは感知していた。
―何かの魔法を発動したのだ。だが、負傷の身ゆえに忠告は間に合わなかった。
「思いあがった台詞だな。それが最期の言葉だ」
瞬間、まばゆい光の球体がカノンを包み込んだ。
明滅を続ける閃光と共に、火花が飛び散るような音が響く。
アレイスターがすかさず発動したのは雷系魔法のひとつ、パニッシュプリズンだ。
数億ボルトの雷の球体に対象を閉じ込めることで、敵を確実に感電死させる魔法。
発動の予兆が魔力の変化以外にないので回避も難しいのが大きな特徴だ。
まさしく雷の牢獄。数秒で原形も残らないほど炭化しているだろう。
そして10秒経ち、20秒経ち―やがてアレイスターは違和感を覚えた。
なぜ未だに雷の牢獄が発動し続けているのか。対象が死ねば自然と魔法は解ける。
つまりカノンはパニッシュプリズンの中で生きているということになる。
「ちっ、ならば出力を上げて……」
アレイスターは手を翳して雷の出力を更に上げようとする。
だが同時に、内側から光の翼が広がったかと思うと雷の牢獄が弾け飛んだ。
カノンは五体満足で変わらずそこにいた。優しく微笑んだまま微動だにしていない。
アレイスターの頭脳はすぐさまパニッシュプリズンを防御した方法を思いつく。
おそらく光の翼で殻のように自分を覆うことで、雷を全て防いだのだ。
「次は……私の番だね」
光の翼からいくつもの光の羽根が、矢のように飛来する。
アレイスターはその弾幕を咄嗟に電磁バリアで防いだ。

43:エール
22/01/29 22:53:32.03 GIULVyy1.net
飛行、防御、攻撃ができるカノンの光の翼は万能だ。
本人いわく余剰魔力が変形したものだそうだが、光の翼そのものは魔法ではない。
あれは、魔法の発動体と考えるべきだ。魔力そのもので術式を刻んだり魔法陣を作るのと同じ。
では何の魔法を発動しているのか。翼で空を飛ぶ以上は飛翔魔法だろうか。
ちなみに飛翔魔法は風を操って飛ぶ風系魔法の一種にカテゴライズされている。
だがそれでは防御と攻撃を行える説明がつかない。一体どのような原理を用いているというのか。
その答えは―斥力だ。翼から放出される魔力を斥力に変えて飛行している。
斥力とはつまり反発力のことで、磁石の同じ極同士を近づけた時に離れる力などが良い例である。
これで攻撃と防御の方法も説明できる。斥力を張れば攻撃も弾けるし、羽根から斥力を出して飛ばせば矢のようになる。
(磁力体質で魔導砲は封じているが……こんな攻撃手段まで残っているとはな)
羽根の雨を電磁バリアで凌ぎながら舌を巻く。厄介だが防げないわけではない。
それでもなお、カノンは羽根の弾幕を間断なく撃ち続けていた。
決め手を欠きながらも一歩、また一歩とアレイスターに近寄っていく。
羽根の弾幕も効かない以上カノンに残されているのは接近戦だけだ。
「弾幕を張れば俺が攻撃を緩めると思ったか!?甘いんだよ!」
アレイスターが手のひらを上げると雷鳴が響きカノン目掛けて落雷が迫る。
一発じゃない。何発も、断続的に雷が落ちてくる。これも雷系魔法のひとつ。
落雷を連続で浴びせるマーダーライトニングという魔法だ。
電磁バリアを張りながら攻撃魔法も使えるのは、アレイスターが高位の魔法使いである証左だ。
魔法とは『想い』の力であり、想像力と集中力を酷使する。複数の魔法を同時に扱うというのは、
たとえば右手と左手で別々の絵を描くようなものであり、高度な並列処理能力を要求される。
「馬鹿な……!?」
アレイスターは数歩後退して言葉を失った。
掠っただけでも即死する、必殺の落雷を全て避けられている。
狙いを定めて落雷を叩き込んだ瞬間に、カノンはすでにそこにいない。
攻撃のタイミングを先読みしているとしか思えない。
そしてカノンの手が届きそうな距離まで接近を許してようやく、
アレイスターは慌てて後方へ逃げた。距離を置いて仕切り直しを図る。
「……やはり、お前は危険な存在だ。強大な浄化の力に光の翼、そして類稀なる先読み能力……!
 俺は間違っていないかったんだ。お前は上位存在たる神々の使い……その転生者だな」
カノンはどこか困ったような表情をした。
構わずアレイスターが話を続ける。
「だがそれは新しく生まれる可能性を一つ潰したってことだ。
 お前は自分のために他人の命を犠牲にしたんだ。良心の呵責はないのか?」
「……自覚はしてるよ。昔のことは……朧気にしか思い出せないけれどね」
ぎり、と手を握りしめてアレイスターは空を飛んだ。
アレイスターは雷系魔法のエキスパートだが、他の魔法は基本しか習得していない。
特に風系魔法は苦手分野で、飛翔魔法も使えない。

44:エール
22/01/29 22:56:34.88 GIULVyy1.net
だが、アレイスターは雷系魔法を用いてイオン風を生成することで飛翔魔法なしで飛行できる。
いわゆるイオンクラフトの原理である。空高く上昇を続け、こう吐き捨てる。
「お前達はいつもそうだな……上から目線で好き勝手しやがる。
 下界で生きてる奴らには何やってもいいってのか……!?」
上昇するアレイスターの姿がどんどん小さくなっていく。
ある程度の高度まで飛び上がったところで静止すると、両手を頭上に掲げた。
「もういい。奴はこの魔法で……確実に殺す!俺の"神殺しの雷"でな……!」
アレイスターの頭上に真紅の雷球が形成されていく。
それはまるで夜空に浮かぶ赤い星のようにも思えた。
アスクレピオスは痛みを感じながらも驚きの声を出さずにはいられない。
「アレイスターのやつ……!私達をこの階ごと消し飛ばす気か……!」
エールは反射的に逃げることを考えた。
だが気絶している冒険者協会の人達やこの階で暮らす人々を避難させる時間はない。
ならば、最早残された選択肢は同じ魔法で相殺するか、さもなくばアレイスターを倒すしかない。
「でも……これだけ距離があれば磁力の影響は受けないね」
カノンの呟きでエールは今なら魔導砲が使えることに気がついた。
空中にいるアレイスターとはおそらく数百メートルくらい離れている。
いくら魔法体質といえど、それだけ距離があれば磁力の影響もないはずだ。
カノンは無言で手を虚空に翳すと、嵌めていた指輪が光を放つ。
空間魔法で指輪に格納していた魔導砲を取り出したのだ。
それはエールの使う魔導砲とまるで違っていた。
エールのものは臼砲にグリップがついたような外観をしているが、
カノンの魔導砲は巨大で砲身も長く、雪のように真っ白だった。
上空に目掛けて砲口を向けると、魔力の充填を開始する。
「今更何をしようと無駄だ……!諸共に消え失せろぉっ!!」
両手を振り下ろし、真紅の雷がカノン達へ降ってくる。魔法の名はクリムゾン・オールデリート。
『神性概念破壊魔法』とも呼ばれる、アレイスターが開発した神殺しの魔法だ。
『浄化』が魔物に特効なのと同じように、神や天使などの聖なる存在に特効を発揮する。
そして厄介なことに、この魔法は単純な破壊力においても普通の魔法とは一線を画している。
アレイスターはこの魔法で出身世界の管理機構たる神を殺し、『神殺し』の異名を得たのだ。
相対するカノンは充填を終えて神殺しの雷に狙いを定め、トリガーを引く。
「……―マーシフルストリームッ!!」
全ての魔力をつぎ込んで放った浄化の奔流が、一筋の光となって神殺しの雷を貫く。
アレイスターは自分の目を疑った。聖なる力を殺す最強魔法が、呆気なく敗れ去ったのだ。
神殺しの雷を霧散させてなお浄化の奔流は自身に迫ってくる。
「……くそっ!撤退する!!」
聖なる光を恐れたアレイスターは撤退を選択し、転移魔法を発動。
一瞬にしてその場から消え去り、間一髪で浄化の奔流は命中せずに天へ昇っていった。

45:エール
22/01/29 23:01:55.61 GIULVyy1.net
その日、10階で暮らす人々は見た。真っ暗な夜空に巨大な光の柱が立ったのを。
光の柱はやがてか細くなって消滅し、後に雪のような光が降り注いだ。
カノンは力尽きたように仰向けで花畑へ倒れ込むと、エールが急いで駆け寄る。
「はぁ……駄目だったよ。彼だけでも闇の欠片の影響を取り除こうと思ったけど……。
 今の私じゃこれが限界みたいだね。身体がいうことをきかないよ……」
「ごめんお姉ちゃん……!何もできなくって。結局お姉ちゃんに助けられちゃった。
 身体は大丈夫?病気なのに……!教会まで運ぶからじっとして―……」
言葉を言い終える前にカノンはエールの手を握りしめていた。
その手はうっすら透けていて、カノンの身体が光になって徐々に消滅していく。
「さっきの砲撃は本当に全力だったんだよ。これはその反動なんだ。
 だから……エール。悲しいけれどこれでお別れなんだよ。ごめん……」
悪戯をした子供が罰を悪くして謝るみたいな、そんな軽い言い方だ。
エールは怒ったり悲しんだりもせず、縋るようにカノンにしがみついた。
「そんなの……駄目。駄目っ!消えないで!消えちゃ駄目!私を……一人にしないで!」
「大丈夫だよ……エールなら一人でも上手くやっていけるよ。
 家にはお父さんもお母さんもいるじゃないか。エールは優しいからきっと……」
「私は別に優しくなんかない。私はお姉ちゃんの真似をしてただけだよ……!
 今までお姉ちゃんを探してたのだって本当は心配だったからじゃなくて……!
 お父さんとお母さんが流行り病で死んじゃったから……寂しかったから探してただけなの……!」
そうだったんだ、とカノンは言って、透けた指でエールの頬を伝う涙を拭った。
「……ね、エール。私は……本当のお姉ちゃんじゃないの。
 かつての私は自由が欲しかった。どこまでも広がるこの世界を好きに生きたかったの。
 エールの本当のお姉ちゃんは……そんな私の我儘を聞いてくれた。私に自由な人生を譲ってくれた」
カノンは告解するように話をした。
「だから……ずっとこう思ってた。本当のお姉ちゃんならこうするんだろうな……。
 本当のお姉ちゃんならエールに優しくしてあげたんだろうな……って」
それはカノンにとって罪滅ぼしのようなものだった。
だからといって、エールは自分が感じていた愛情まで嘘だと思えなかった。
もしカノンの言う通り、目の前のお姉ちゃんが本当の姉じゃなかったとしても。
今まで過ごしてきた日々までもが嘘だったわけじゃない。
「……そうなんだ。私には、二人お姉ちゃんがいたんだね。だから……お姉ちゃんは二倍優しかったんだ。
 お姉ちゃんがお姉ちゃんだってことに変わりはないよ……!私はお姉ちゃんに消えてほしくない……!」
「……ありがとう、エール。私なんかをお姉ちゃんだと言ってくれて。
 でも人生に別れはつきものだよ……だから。私で慣れておくんだよ……」

46:エール
22/01/29 23:06:24.73 GIULVyy1.net
カノンの身体が光になって消えていくと、それは集まって光の球体となった。
球体はエールの胸の中に飛び込むと吸い込まれるように溶けていく。
「お姉……ちゃん……行かないで……」
エールはふらふらと身体を揺らして、後ろに倒れた。
寸でのところで自己治癒を完了させたアスクレピオスが背を支える。
カノンの手を握っていたエールの手の中には、彼女の嵌めていた指輪が残されていた。
「……アレイスターはたしかに手加減していたようだな。
 皆、息がある……君も電撃を浴びていたが問題なさそうだ」
エールを抱き上げたアスクレピオスはダヤンの負傷の程度を見てそう言った。
電撃を食らって気を失っていたサイフォス達も意識を取り戻し、俄かに起き上がる。
「……どうなっちまったんだ?あの魔法使いは……追い払えたのか?」
現状を把握していないサイフォスはダヤン達にそう尋ねた。
即座に返事をしたのはアスクレピオスだった。
「カノン君自身が撃退した。だが……彼女は力を使い果たして消えてしまった。
 ……私は何も救えなかった。もう仲間を正気に戻すこともできない」
「……そうだったな。闇の欠片で新しい世界を創る計画だっけか。
 この迷宮もあと10年で消えちまう。身の振り方を決めねぇとな……俺達冒険者も」
サイフォスは蓄えた髭を撫でつけながら何やら考えていた。
そして一人で大きく頷いて、アスクレピオスとダヤンにこう話した。
「二人とも、行く当てがないなら一緒に20階の『城砦エリア』へ来ないか?
 そこには俺達冒険者協会の本拠地があるんだ。メシとベッドぐらいタダで提供するぜ」
それに、とサイフォスはつけ加える。
「会長なら……七賢者を正気に戻せる、そんな人物を知ってるかもしれん。
 あの人は若いけど顔が広いんだよ。エールの嬢ちゃんも気を失ってるみたいだし、面倒見るぜ」
「すまないがその厚意に甘えさせてもらおう。
 エール君の容態も私が診る。ダヤン君もそれで構わないな?」
話が纏まったところで、一同は散乱した武器を回収し、まだ倒れている仲間を起こす。
そうして準備を整えるとアスクレピオスの転移魔法を使って20階へと移動した。
転移すると一同は堅牢な城壁に囲まれた城砦の中にいた。
冒険者協会の者達にとっては本拠地のため、慣れた様子で城砦の中を進んでいく。
なぜ冒険者ギルドを束ねる組織の本拠地がこの階にあるのかというと、それは『篩』のためだ。
独力で20階まで来れる最低限の実力がなければ、仲間になる資格なしという無言の意思表示なのだ。
サイフォスはアスクレピオスとダヤン、気を失っているエールにそれぞれ空き部屋を貸した。
「……ダヤン君、きみはこれからどうするつもりなんだ?」
ベッドで眠るエールを看病しながらアスクレピオスはダヤンに問うた。
エールの姉を探して故郷に帰るという目的は破綻してしまった。
これからエールはどうするのだろうか。たった一人で地上に帰るのだろうか。
「……話した通り、この迷宮はじきに消滅する。
 身の安全を考えるなら外の世界へ逃げるのが賢明だ」

47:エール
22/01/29 23:12:54.12 GIULVyy1.net
この迷宮に根を張る者ほど、外の世界へ逃げるのをためらうだろう。
外の世界で居場所を失い、この迷宮まで流れ着いた者達はもちろん、
迷宮内に国を築いたり一定の地位を得た者は既得権益を捨てることに抵抗を覚えるはずだ。
七賢者たちの新世界を創る計画はその救済措置でもあるのだ。
だが、元々根無し草の冒険者ならばフットワークも軽い。
多くの冒険者は黙って迷宮からの脱出を考えるだろう。
「私の知る予定では計画がそろそろ次の段階に移行する。
 七賢者たちは外の世界に繋がる脱出ポータルを設置して『選別』を行うはずだ」
選別―すなわち外の世界へ逃げる者と、新世界へ行く同志を選り分ける。
その時に、七賢者は前者の人達のために脱出用のポータルを設置するらしい。
逃げるならそのタイミングだ。ダヤンの外の世界へ行くという目的にも合致している。
「……そうなんですか。地上にも帰れるんですね。
 でも私は……この迷宮に残って冒険者を続けます」
「……目が覚めたのか」
話の途中から目が覚めてエールにも聞こえていたらしい。
ベッドから身体を起こして、エールは話を続ける。
アスクレピオスは彼女の意思を確認するために黙って耳を傾けた。
「新しい世界を創るために闇の欠片を集めると、魔王が復活するかもしれないんですよね。
 お姉ちゃんはそれを止めようとしていました。でもお姉ちゃんは……いなくなってしまった」
握っていた手を広げると、そこにはカノンが嵌めていた指輪があった。
エールはそれを握り直して胸に手を当てる。
「もう……私の心の中にしかいない。だから私がお姉ちゃんのやり残したことをします。
 ……決めました。私は冒険者を続けて七賢者の計画を止める」
「エール君、それは簡単な問題じゃないんだ。ただ計画を止めれば、七賢者を倒せば済む話じゃない。
 計画を止めるということは、この迷宮で生活を営む人々の新たな居場所を奪うことにも繋がりかねない」
「きっと新しい世界を創る以外にも方法はあると思います。この迷宮自体が消滅するわけじゃない。
 たとえば次元の狭間ではないどこか……他の場所にこの迷宮を転移させるとか。別の解決策を探します」
アスクレピオスはしばし無言を貫いた。
喪失感から自棄になっているとか、軽い気持ちで言ったわけではない。
エールにはビジョンがある。意志もある。アスクレピオスにもそれが伝わった。
歴史が証明しているように、魔王ルインが復活すれば多元世界に恐ろしい災厄が降り注ぐだろう。
それだけは阻止しなければならない。そして最早、アスクレピオス一人で対処できる問題ではなかった。
「そうか。ならば……私も想いは同じだ。一緒に七賢者の計画を止めよう」
エールはベッドから抜け出して立ち上がる。そしてダヤンに頭を下げた。
今まで冒険に付き合ってくれた仲間に勝手なことを言わなければならないからだ。
「ダヤン……ごめん。私はまだしばらくこの迷宮にいるよ。
 一緒に外の世界へは行けない。今まで……付き合ってくれてありがとう」

【アレイスター撃退。カノンは力を使い果たして消滅する】
【20階の城砦エリアへ移動。エールは魔王復活の阻止を決意する】


次ページ
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch