17/02/08 03:14:12.72 onk2pPi/.net
……あれから三日が経って、私はアスガルドを囲う外壁の上に立っていた。
今朝、とうとうソルタレク冒険者ギルドの軍団と思しき集団が見えたと、伝令が入った。
地平の奥に見える、十を超える馬車が、ゆっくりと近づいてくる。
……あれくらいの規模なら、門を破る事すら出来ずに退却させられるかもしれない。
門の前にはユグドラシアの皆さんが用意した非殺傷爆弾が仕掛けてある。
攻城兵器などを持ち出して、門に近づけば……きっと愉快な光景が見れる。
ずっと落ち込んだままの私の気持ちも、晴れるかもしれない。
……けど、どうやらそう上手くはいかないらしい。
罠を読んでいたのか他の目的があるのか、馬車隊は門を避けて外壁の周囲を迂回する。
……私もそれを追うように走る。
何にせよ、こちらがする事は変わらない。
どうせ城壁を破る事なんて出来ないんだ。城壁から徹底的に嫌がらせをしてやれば……
不意に、凄まじい衝撃音が響いた。
思わず足を止めて外壁の下を見る。
停止した馬車の上に……半裸でムキムキの……いや、なんだアレ。
見た目のインパクトが凄すぎて一瞬思考が止まっちゃったけど、今の衝撃音はあの人の仕業っぽい。
防御魔法を施されたこの外壁を揺るがすほどの……え?あの、もしかして……殴ったの?
……恐ろしい威力だけど、流石にこの壁を破る事は出来なかったみた……うわぁ!また揺れた!
ま、まさか……この一撃、奥義とかそういうのじゃなくて……れ、連発してる!
……一際大きな衝撃音。
そして……石が砕け、崩れ落ちる音。
う、嘘でしょ……い、いや、呆けてる場合じゃない!
敵が市街へと雪崩れ込んでる!
「外壁班!二班一組で上空からの攻撃を凌ぎつつ追走を!
空からの攻撃を肩代わりして、迎え撃つんです!地上班を孤立させるな!」
ユグドラシア謹製の伝言のオーブにそう叫び、私は城壁から飛び降りる。
まっさかさまに地上に落ちたら死は免れないけど……私はレンジャーだ。
既に「道」は見えている。
飛び渡る先は、最も近い建物の屋根。
そして一歩、二歩、三歩と走るが……傾斜が急過ぎる。
走り続けられない。私は背中から倒れ込み、屋根を滑り落ちる。
この先は……数多くの露店が建ち並ぶ、いつ訪れても賑やかな白夜通り。
最も今は皆、ユグドラシアへ避難してる。けど、露店を片付けてる暇なんて無かった。
私は滑り落ちる勢いのまま、露店のオーニング……布屋根に飛び移る。
猛烈な速さで流れていく景色、強烈な落下の感覚……・そして布が私の体を跳ね返す反動。
よし……五体満足。
上手く距離も稼げた。追いかけよう。
……何かまた、とんでもない破壊音が聞こえた。
あの筋肉男が何かまたやってくれたとすれば……もっと急がないと。
私は街路を走りながら、空を見上げる。
上空を飛ぶアルゲノドン……厄介な物を持ってきてくれた。
だけど……利用する分には、すごく便利だ。
352: ◆ejIZLl01yY
17/02/08 03:14:41.32 onk2pPi/.net
前方に見える、積まれたままの木箱……商品の保管箱かな。
だとすれば、それなりに重いはず。つまり安定していて……踏み台にはうってつけ。
全身のバネを使って跳び上がり、次はお店の看板、次は窓枠……思いっきり腕を上に伸ばす。
建物の屋上の縁を掴み、よじ登る。
上を見上げ�
353:黷ホ……うん、沢山のアルゲノドンが見える。 息を整えつつ宝箱を開く。取り出すのは、ショートスピアと鉤縄。 それらを……合成。流れるマナを解きほぐし、より合わせ、一つの存在として作り直す。 ついでに毒も塗っておこう。バーンアントの毒だ。 この毒は受けても死んだり痺れたりはしない。ただ傷口が、焼けるように痛むだけ。 よし、出来た。 後はこれを【不銘】に番え……上空へと射かける。 ……うん、命中。 突如襲いかかる激痛に、アルゲノドンが暴れ狂う。 まさに無我夢中といった様子で、制御も利かずに猛進していく。 私はロープを掴んで、その勢いに引っ張られるように宙に飛び出した。 ……っと、いけない。壁にぶつかる。 体をよじって壁を躱し、そのまま壁の側面を走るようにしてアルゲノドンに追従。 立ち昇る黒煙が見えてきた。 多量のマナを含む煙……ゴーレムが破壊されたのか。 だけど、追いついた! 私は思いっきり壁を蹴っ飛ばして……その勢いでロープスイング。 大きく弧を描いて敵地上部隊の頭上を飛び越え……屋上に着地。 激痛と、私が大きく跳んだ慣性で体勢を崩したアルゲノドンが建物に突っ込んだ。 ……運が悪くなければ、生きてるだろう。 その事に感慨を抱いてる暇はない。間髪入れず、軽銀爆弾を放る。 たちまち炸裂する火柱が、敵の進路を遮った。 もっともあの防壁を殴り壊す相手に、どれほどの意味があるのかって感じだけど……。 どのみち、私一人で勝てる相手じゃない。 「……兵を退いて下さい。あなた達は、この戦いで何を得るって言うんですか」 ……だから私がここですべきなのは、足止め。 「富ですか?それとも名声?……それがなんであれ、この街の平和と、 人々の暮らしを壊してまで得る価値があるとは、私には思えない。 どうか兵を退いてもらえませんか」 そして……覚悟を決める事だ。
354: ◆ejIZLl01yY
17/02/08 03:20:43.72 onk2pPi/.net
「……慎重に、答えて下さい。ユグドラシアは魔道の怪物。あなた達は、今その口の中にいる」
これは半分嘘で、半分本当。
私はユグドラシアの戦力を代表して語るような立場じゃないから、そういう意味じゃ嘘。
だけど慎重に答えて欲しいってのは、私の本心。
誰かを守る為に、誰かを殺す。
何かを成し遂げる為に、何かを奪う。
そういう手段を取る覚悟。
あるいは、取らない覚悟。
ジャンさんティターニアさんがくれた猶予で、私は結局何の答えも出せなかった。
だけどこの状況、もうどう転んでも後には引けない。
だから……私は今、ここで、覚悟を決める。
私は宝箱からポーション瓶を取り出し、その中身……オオネズミの血を呷る。
私自身の魔力と、魔物の魔力が混ざり合い……体が作り変わる。
獣の毛皮に包まれた人外の容貌。
「あなた達も、こうはなりたくないでしょう?立ち去る事を強くオススメします」
まぁ、私にそんな呪いじみた事は出来ないんだけどね。
この見た目も文句も、脅しには丁度いいよね。
もし、これでもまだ退いてくれないのなら……今度は人外の力が、役に立つだけだ。
……今まで、何度も使ってきた力だ。
そんな、急に副作用が出て来る訳……ないよね。
【ひとまず足止め。道徳のお時間。
それと……またもやすみません!
やっぱり私は「なんでもする?じゃあ戦力に追加な!」って柄じゃないので
パトリエーゼさんには今回もやんわりな感じのリアクションしか出来ませんでした……】
355:ジャン ◆9FLiL83HWU
17/02/09 21:41:41.57 c8qHjzco.net
斥候と思われるオークたちを無力化したところで、先程助けた長身の女性が突然喋りだした。
>「敵の集団がここを襲撃しているみたい! 「エーテル教団」の名前を知りませんか?
ティターニア師、恐らくは彼らはその構成員じゃないかと思います!
上からだけじゃなく、建物の方からも…数は、たぶん100人近く!」
エーテル教団。ジャンはその名を聞いたことがあった。
他の冒険者と一緒にある漁村に滞在していたとき、ちょうど同じ宿にいた信者に勧誘されたのだ。
ジャンとその冒険者は両方断ったが、信者は執拗に勧誘を繰り返し、やがて他信者を引き連れて漁村を襲撃した。
幸い素人の集まり程度だったため二人で難なく退けられたが、その後漁村にはしっかりと教団の支部が建設されていたという。
>「あたしの本名はパトリエーゼ・シュレディンガー。
教団の幹部で“黒曜のメアリ”と呼ばれたあのメアリ・シュレディンガーの妹です。
怖くって教団から逃げ出してきたの。お願い、何でもするから、あたしに居場所をください。
そして…みんな、“友達”になって! 裏切られてばかりで怖いの!」
おそらく、彼女は行く先々で教団の追手に襲われたのだろう。
居場所を作っては追い出されたことが幾度もあったのだろう。
ソルタレクの冒険者ギルドの襲撃を自分に来た追手と勘違いする辺り、かなりの重症だ。
だが、ただでさえ指環を狙う者たちにこうして狙われている現状、
ジャンの冷静な部分は警鐘を鳴らしていた。
(これ以上厄介事を抱え込む気にはなれねえぞ、ただでさえよく分からん組織に追っかけられてる最中なのにまだ抱え込む気かよ)
確かにこれは正しい。下手をすれば街中で指環を狙った者に襲撃されかねないような現状、
エーテル教団とかいう怪しい宗教に構ってはいられないのだ。
しかし、ジャンのもう一つの部分はこう考えている。
(どうせそのエーテルなんたらも指環狙いで来てるんじゃねえのか。どっかの勢いに乗じて漁夫の利を狙うってのもよくある話だ。
もしかしたら指環を奪うためにその姉ちゃんに何か仕掛けてるかもしれねえが、そうなりゃティターニアにでも解呪してもらおうや)
二つの異なる意見を脳内でまとめている間、ラテが説得してくれていたようだ。
最近不安定なところが見られたラテだが、こうして他人を落ち着かせ、語り掛けることができているのだから一定の区切りはつけたのだろう。
「あー……パトリエーゼ……だったか?俺からも話がある」
部屋の隅にあった椅子を引き寄せ、どっかりと腰を下ろしてパトリエーゼに話しかける。
なるべく落ち着いて、今日の天気にについて話すような態度で。
「今俺たちは敵に追われてる。あんたと同じだ。それに危険なところばかりに行く。誰も行ったことがないような場所だ。
これから敵はどんどん増えるだろうが、それでも来るのか?友達にはなれるだろうし、居場所もあるかもしれないが、それでも本当に一緒に行くのか?」
大体のことはラテが言ってくれた。自分が言うべきことはこれくらいだろうと考え、ジャンは返答を待つことにした。
356:ジャン ◆9FLiL83HWU
17/02/09 21:42:14.39 c8qHjzco.net
それから三日。ソルタレクの冒険者ギルドによる斥候と威力偵察がしばらく続く中
ジャンは、ユグドラシアの正門に学生謹製のゴーレム部隊やアスガルドの冒険者たちと共に待機していた。
単純な命令しか効かないが、土と石で作られた肉体は動く城壁そのものだ。
住民たちを既に避難させ、敵を一か所にまとめやすいように瓦礫で横道を塞ぎ、一本道だらけになった市街地は
このゴーレムにとって最適な戦場と言えるだろう。
意外なことに、アスガルドの冒険者ギルドは協力を約束してくれた。
前から噂になっていたソルタレクの暗殺者が実在したこと、冒険者ギルドに所属するジャンがそれに殺されかけたことなども影響しているが、
もっとも大きい理由は一番の顧客であるユグドラシアが狙われているということだ。
こうしてユグドラシアとその周辺は要塞化されつつあったが、ジャンはふと嫌な予感がして城壁の上で待機していたラテに、
連絡を取ろうと伝言のオーブに話しかけようとしたその瞬間に、轟音が響いた。
街全体に響くような、幾度も続く轟音。即座に来たラテからの伝言が、何が起きたかを明確に教えてくれていた。
>「外壁班!二班一組で上空からの攻撃を凌ぎつつ追走を!
空からの攻撃を肩代わりして、迎え撃つんです!地上班を孤立させるな!」
城門をこじ開けて突入するのではなく、まったく予期しない方向からの突入。
さらにタイミングを合わせてやってきた飛翔魔獣の群れによる上空からの襲撃。
「……ラテッ!慌てるんじゃねえ、指揮してんのは俺たちじゃねえぞ!
ティターニア!城壁が突破されたみてえだ、様子を見てくる!」
屋上から屋上へ飛び移るラテを横目に見ながら、自身も城壁から侵入してきた部隊を叩きに行く。
こうなった場合、市街地に潜伏している冒険者部隊と共に仕掛ける手はずとなっていた。
既に表通りから聞こえてくる戦闘音を聞きながら、露店が数多く集まる通りへと出た。
その瞬間見たのは、強靭なゴーレムが宙を舞い吹き飛ばされる姿。
そして凄まじい速度で路面に叩きつけられ、見事に粉砕されたゴーレムだったものだ。
あまりに現実離れした光景にジャンは目を見開いたが、直後に駆け付けたラテの行動にも驚かされた。
>「あなた達も、こうはなりたくないでしょう?立ち去る事を強くオススメします」
火柱が通りに吹き荒れる中、ヒトの姿を迷うことなく捨てたラテ。
その肉体は魔物の如き容貌だが、心は最後まで争いを止めようとしている。
「……やめとけや、ラテ。冒険者に良心を期待するもんじゃねえ。
街を焼いて戦利品を頂くのは傭兵だけじゃないんだからな」
指環を腰の袋から取り出し、左手の中指に嵌める。
軽く左手首を振れば、あっという間にアクアの大剣が水流と共に姿を現した。
「城壁をぶち抜いたのは誰かは知らねえが、こっから先は通せねえんだ。
悪いが依頼の前金だけで勘弁してくれや」
アクアの大剣を正眼に構え、腰をわずかに落とす。
目の前で構え出したソルタレクの冒険者部隊を睨みつけ、ジャンはアスガルドの冒険者たちが
こちらに気づくまでの時間稼ぎに徹するつもりだ。
【ラテさんと一緒に楽しい遅滞防御戦闘のお時間です!】
357:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/11 07:35:44.06 VFS1GnfL.net
>「あぁァ! 死にだくねエエエ!!!」
パトリエーゼを狙っていたオークが突然何故か外に走り出たかと思うと凄まじい爆音が響いた。
所詮は捨て駒だったということか。
「―プロテクション!」
とっさにすでに倒れている3体のオークに向かって魔力障壁の魔術を展開。
通常は防御のために使う魔術だが、今回は爆発の被害を防ぐためだ。
それでも色々飛び散ったが、怪我人が出るのは防ぐことができた。
ああ、掃除が大変だな―等と場違いなことを思う。
普段はそんなに意識しないのだがラテのような者と接するとよく分かる、
やはり長い時を生きている間にそれなりにスレてしまったようである。
>「あぁ……あ、ありがとう、皆さん」
一件落着したかと思ったら、扉の外から慟哭が聞こえてきた。
>「よくも……!」
怒りに燃えるラテがカムイに視線を落としたかと思うと、何故かカムイを取り落した。
早くも犠牲者が出てしまったのかという事それ自体と、それに対するラテの動揺を思い
二重の意味で一瞬肝が冷えたが―幸い犠牲になったのは人ではなかったようだ。
「ラテ殿落ち着くのだ……彼女達はゴーレムだ」
ラテを落ち着かせ、オークが転送されてきたらしき魔法陣の痕跡を調べているパトリエーゼの方に行く。
>「ワールドノット! これは、それにオークの臭い……!」
彼女はそういうと、杖を振りかざして魔方陣を“相殺”して見せた。ティターニアは目を見開く。
「そなた、高位術士なのか……!?」
パトリエーゼはそれには答えず、酷く混乱した様子で何やら叫びはじめた。
>「敵の集団がここを襲撃しているみたい! 「エーテル教団」の名前を知りませんか?
ティターニア師、恐らくは彼らはその構成員じゃないかと思います!
上からだけじゃなく、建物の方からも…数は、たぶん100人近く!」
>「……落ち着いて下さい。首府からアスガルドまでは、かなりの距離があります。
大軍で来るとなれば、時間はもっとかかりますよ」
「うむ、今回我々に襲撃をかけているのはソルタレクの冒険者ギルドらしいからな。
“少なくとも直接は”構成員ということはないだろう」
裏で手を引いている可能性は否定できないがな―という言葉を言いかけて飲み込む。
エーテル教団―秘宝を探しているとか、“魔女”がいるとかいう噂。
嫌でも”指環の魔女”の名が想起されるというものだ。しかし無駄に不安を煽る必要はない。
可能性はいくらでも想定できるが、考えても無駄なら今は目の前の敵に集中すべきだ。
358:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/11 07:36:45.62 VFS1GnfL.net
>「あたしの本名はパトリエーゼ・シュレディンガー。
教団の幹部で“黒曜のメアリ”と呼ばれたあのメアリ・シュレディンガーの妹です。
怖くって教団から逃げ出してきたの。お願い、何でもするから、あたしに居場所をください。
そして…みんな、“友達”になって! 裏切られてばかりで怖いの!」
唐突にこんなことを言い出したパトリエーゼに、ラテがここにいてもいいと語りかけ、
ジャンが危険をおしてまで本当に一緒に来たいのかと問いかける。
二人の話がひとしきり終わった後、ティターニアが自分のターンとばかりに唐突に講釈をし始めた。
「ところでパトリエーゼ殿、このようなものを見た事はあるだろうか?」
その手に持っているのは、正八面体の模型のようなもの。
各頂点と中心にそれぞれ違った形のシンボルがあしらわれ、それが棒で繋がれている。
よく見るとそれぞれのシンボルは炎、水等の属性を現しているようだ。
「世界を構成する属性を現した模型だ。まずこの正方形部分を形作る4つが地水火風―一般に四大属性と言われるものだ。
上下の三角の頂点が光と闇―見ての通り四大元素と同じ平面には並ばぬ属性だ。
そしてこの中心にあるのが“エーテル”……全ての属性の中心にして未だ全貌は解明できておらぬ。
「虚無」とも「全」とも「生命」とも言われておるな」
ティターニアが使う魔術の中では、“エーテルストライク”や”プロテクション”等がエーテル属性にあたる。
プロテクションは習得自体は初級の魔術だが、その強度には術師としての力が如実に反映される。
「このエーテル属性は特殊な属性でな、あるレベルのこの属性の魔術を使おうと思えば
同程度のレベルまでの全属性の魔術を万遍なく習得しなければ使えぬ。
先ほどそなたがやった魔法陣の相殺……あれが出来るのは高位魔術師だけだ―”普通は”」
長居前置きを終え、ようやく核心に切り込む。
「もしやそなた、エーテル属性だけに特化しておるのではあるまいか?」
現時点で確証はない、勘と言えば勘―しかし限りなく確信に近い勘だ。
あの魔法陣相殺ができる程の高位魔術師なら、普通は引く手数多のはずだ。
しかしパトリエーゼからは、落ちこぼれ扱いされて居場所が無くなった生徒のような印象を受ける。
そして既存の型にはまることができない者を落ちこぼれとして切り捨てる風潮を
真っ向から否定するのがユグドラシアという学園であり、ティターニアという導師であった。
ともあれ、パトリエーゼはティターニアの問いを、概ね肯定することだろう。
そうするとティターニアは一方的にはしゃぎ始めるのだ。
359:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/11 07:39:12.43 VFS1GnfL.net
「興味深い、実に興味深い! それは凄いことだぞ……! エーテルとは見ての通り中心の属性。
他の属性を習得せずしてエーテル属性を使えるとは、もしやそなたには最強の素質が眠っておるのかもしれぬ……!」
(実際にはパトリエーゼのエーテル特化の魔術が神聖魔術に属するものであるとするなら
「エーテル属性だけ使えるなんて凄い」という、元素魔術の体型を前提としたティターニアの理論は全く成り立たず、思い込みで暴走しているだけになるのだが
ここで重要なのはパトリエーゼが変人導師に興味を持たれてしまったということである)
そして、悪戯っぽい笑みを浮かべて告げるのだ。
「さて、先刻友達になってと言ったな。残念ながら友達にはなれぬ。
―学者にとっては興味の対象というの�
360:ヘある種恋人以上のものだからだ……って何言わすねん!」 パトリエーゼにいきなりツッコミを求めるのは酷なので、自らツッコミをしておいた。 気を取り直して真面目な表情を作り、いったん建前として戦力外を言い渡す。 「我々はソルタレクの冒険者ギルドの襲撃を迎え撃つことになる…… 当然ながら命の危険もある、戦い慣れしていなさそうなそなたは安全な場所に隠れておくのが賢明であろう」 そこまで言って、また微笑んで今度は本音を告げる。 ティターニアは魔法陣を相殺したパトリエーゼの力量を見て、十二分に戦力に成り得ると踏んでいた。 そして彼女が落ちこぼれ扱いの人生で失った自信を取り戻すには、多少の荒療治が必要だろうとも。 「もしどうしても共に戦いたいというのなら……自分の身は自分で守ると約束してくれるなら。 折角の貴重な研究対象に死なれては困るのでな。”プロテクション”は使えるか? 使えぬなら教えよう、そなたほどのエーテル属性の使い手ならすぐに覚えられようぞ」 *☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*
361:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/11 07:42:11.93 VFS1GnfL.net
それから三日の時が流れ、いよいよソルタレク冒険者ギルド本隊が到着と相成った。
ティターニアは戦況に合わせて最適な場に投入されるべく、ユグドラシア内部の指令本部で待機していた。パトリエーゼも一緒だ。
まず、巨大な砲撃音のようなものが何度も響き渡り始める。
一人一つずつ貸与された伝言のオーブから、伝令担当のパックの声が聞こえてきた。
『マントでマッチョでフンドシ一丁の漢が壁を打つ! 打って打って打ちまくるゥ!』
その日、壁は壊された――巨人ではなくマッチョなエルフによって。
続いて、オーブからラテとジャンの声が聞こえてきた。
>「外壁班!二班一組で上空からの攻撃を凌ぎつつ追走を!
空からの攻撃を肩代わりして、迎え撃つんです!地上班を孤立させるな!」
>「……ラテッ!慌てるんじゃねえ、指揮してんのは俺たちじゃねえぞ!
ティターニア!城壁が突破されたみてえだ、様子を見てくる!」
強引に外壁に開けられた穴から雪崩れ込んできたのは、航空部隊が30騎ほど、地上部隊が70名ほど―侵入してすぐに大通り組と裏道組に分かれた模様だ。
弓兵クラスの航空騎兵の襲来を受け、本丸防衛に配置された複数の術士が連携してユグドラシア全体を覆う巨大な風の障壁を展開。
飛び道具による攻撃を防ぐ魔術”ミサイルプロテクション”の超大規模版だ。
道幅のある大通りには魔導工学導師操る女性型巨大ゴーレムが満を持して出動―
こちら側の防衛網を潜り抜けてきた猛者たちに、胸部の二門砲塔―通称”ロマン砲”が炸裂する。
巻き込まれたものを魅了《チャーム》の状態異常に陥れる、最恐の非殺傷性攻撃だ。
魅了の便利なところは、眠りや麻痺と違って味方側を巻き込んでも特に大きな問題は無いので、混戦の最中にも撃ちこめる事だ。
表通りの方は制圧できるのは時間の問題だろう。
問題は……裏通りの方の部隊を迎え撃ったゴーレム(こちらは通常仕様)が、一人の筋肉男によってにべもなく投げ飛ばされたようだ。
ティターニアが投入されるべき場所は決まった。
空間魔術を専門とする導師の手によって、転移術がかけられる。その最中、ティターニアはパトリエーゼに手を差し出して言った。
「パトリエーゼ殿、ここにいれば安全だ。共に来れば危険に晒される、それでも良いなら、この手を取れ―」
次の瞬間には周囲の景色が塗り替わり、丁度ラテが駆けつけて説得を始めたところだった。
「……兵を退いて下さい。あなた達は、この戦いで何を得るって言うんですか」
「富ですか?それとも名声?……それがなんであれ、この街の平和と、
人々の暮らしを壊してまで得る価値があるとは、私には思えない。
どうか兵を退いてもらえませんか」
「……慎重に、答えて下さい。ユグドラシアは魔道の怪物。あなた達は、今その口の中にいる」
ラテはそこまで言って魔物の血を飲み、人外の容貌と化す。
ミライユとの戦いの時にも使っていたが、魔物の血は頻繁に服用すると危険を伴う。
「そこまでせずともそなたは十分強いではないか……」
後でもう暫く飲まないように止めておこう。そう思うが、ふとこんな考えが浮かぶ。
もしや異種族の血も混ざらなければ特殊な血筋でもない平凡な人間であるラテは
そこまでしないと自分達に付いて来られないとでも思っているのかと。
そもそも人間ではないティターニアは、当然ながらそのままで人外の力を持つ。
高い魔力に優れた魔術適性、老いぬ体に半永久的な寿命―
半分ではあるがジャンだってそうだ。あの膂力と耐久力は純粋な人の身では持ち得ぬ物。
362:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/11 07:45:20.10 VFS1GnfL.net
「あなた達も、こうはなりたくないでしょう?立ち去る事を強くオススメします」
更に、魔法の殿堂を襲撃なんかしてネズミーランドの住人になっても知らんぞと脅しをかけるラテ。
確かに魔力には溢れているが夢があるとは言えない光景である。
>「……やめとけや、ラテ。冒険者に良心を期待するもんじゃねえ。
街を焼いて戦利品を頂くのは傭兵だけじゃないんだからな」
>「城壁をぶち抜いたのは誰かは知らねえが、こっから先は通せねえんだ。
悪いが依頼の前金だけで勘弁してくれや」
ジャンがアクアの大剣を構えて戦闘態勢に入る。
ジャンの横に進み出るティターニア。
「やれやれ、要塞を守るゴーレムは魔法の笛を吹いて眠らせるのが風流というものではないのか。
筋肉で破壊とは相変わらずの脳筋だのう、ノーキン・ソードマン!
フンドシ一丁と噂を聞いてまさかとは思ったが……真に遺憾ながら我がエーテルセプターとそなたのマントの魔力が共鳴しておるわ」
エーテルセプターは神樹の枝から作られた杖。ノーキンのフンドシ&マントと同じ素材ということになる。
ノーキンからは中年の貫禄が漂っており、ああ自分も年取るはずだわと一瞬思いかけて、
いやいや、エルフに中年という概念はあっただろうか!?と我に返る。
マッチョなので貫禄が付いて見えるのだろう、ということで自分の中で一応納得しておいた。
エルフはおしなべて若い容姿をしており、若いと言ってもガチのピチピチから麗しい妙齢まで個人差はあるが、大体人間から見ると20歳~30歳前後に見えるらしい。
ちなみにティターニアはノーキンが物心付いた時には既に今の姿をしていたと思われるが、
エルフの感覚で言うところの同年代の範疇なのか、もっと遥かに年上なのかは定かではない。
「ツッコミどころは多々あるが……その子はまさか誘拐してきたのではあるまいな。犯罪臭半端ないぞ」
そう言って、ノーキンの傍らにいるケイジィを示す。
あんなイカしたファッションの可憐な美少女が、壊滅的ファッションのマッチョエルフに好きで付いて回るはずがない。
そう勝手に結論付けたティターニアは、可及的速やかに幼女誘拐犯をタイーホせんと魔力の縄による捕縛の魔術を放った。
「幼女誘拐犯許すまじ! ―ルーンロープ!」
【では全員が一か所に集まったのでここからノーキン殿にローテーションに入ってもらおう!
パトリエーゼ殿は出来る限りフックを作ってみたつもりなのでなんとか食いついてオナシャス!】
363:ノーキン&ケイジィ ◆AOGu5v68Us
17/02/13 20:24:29.10 J+5VRhUT.net
<アスガルド大通り>
ユグドラシア襲撃に乗り込んだ地上部隊と航空部隊の混成隊は待ち構えていたアスガルド防衛戦団と交戦に入っていた。
敵戦力は魔術学院の術士達とアスガルドの冒険者達。
純戦闘員としての数の利はこちらにあるが、敵には練度となにより地の利がある。
第三・第二隊の戦術目標は敵の漸減と陽動とは言え、拮抗を維持することさえ過酷な戦況だった。
「クソ、またゴーレムが出てきやがった!一旦退いて後衛の火力と合流しながら前線を押し上げろ!」
「爆撃支援はまだか!地上の武装じゃあの装甲は抜けねえぞ!」
「術士の殆どはユグドラシアの護りに入ってるはずだ!路地をうまく使って側面から叩け!」
飛び交う矢と爆弾、唸る剣戟、爆ぜる魔法の炎……。
襲撃部隊の戦線を維持していられる理由の一つはアスガルド防衛団が積極的に攻勢に出てこないことだ。
戦場を広い大通りからその先の路地に移せば街に甚大な被害が出る。大規模な攻撃魔法は使えない。
襲撃隊は言わば街を人質に取りながら、白兵によるゲリラ戦を展開することで練度の差を補っていた。
しかしそれでも所詮は寄せ集め、いつまでも士気軒昂とは行かない。
「クソ、冗談じゃねえ!アスガルドの冒険者共まで出てくるなんて聞いてねえぞ!端金で命まで懸けられっか!」
「でもよぉ……マスター直々の命令で成果出せなかったら俺たち今度こそ食い詰め者だぞ」
襲撃に参加している冒険者達はいわゆるコモンクラス、ギルドの最底辺を這いずる落伍者達だ。
冒険者とは名ばかりの、大規模な事業に一山いくらで動員される廉価で代えの効く粗雑な戦力である。
彼らにとってこの襲撃は言わば最後のチャンスだった。
途中で逃げ出せばただでさえ低いギルドでの評価は更に落ち、契約不履行により作戦にかかるコストの損害賠償まであり得る。
もっと最悪かつ可能性が高いのは、"使えない"という烙印を押されギルドを除名されることだ。
古竜復活で浮つくこの時勢において一攫千金を夢見て冒険者に転身する者は多く、全体的にどこのギルドも人が余っている状況にある。
そんな中で、不名誉除籍された冒険者を雇い入れようなどと考える数寄なギルドはほぼ皆無と言って良い。
ろくなバックもなしにモグリで冒険者を続けられるほどこの稼業は甘くなく―行き着く先は、やはり食い詰め者だ。
実績も得られないまま加齢により冒険者を引退し、傷んだ身体の治療もできないまま路上生活を営む者の姿を彼らは知っている。
「俺はごめんだぞ……首府の地下道でネズミと一緒に残飯にありつく生活なんざ……!」
「路地裏で通行人に食い物と小銭をねだる未来なんか……!」
「なんの為に冒険者になったってんだ……!」
襲撃に加担する冒険者達は、みな例外なく追い詰められていた。
借金や負傷、己の無能、漠然とした将来への不安。首にかかる焦燥感と言う名の吊り縄が、彼らを死兵に変えた。
「コモンクラス舐めんなあああああッ!!」
剣士達が咆哮する。僧侶達が彼らの肉体を祝福で強化する。弓兵達が爆薬混じりの矢を雨のごとく降らせる。
魔術師は魔法の雷を縦横無尽に奔らせ、盗賊が痺れ薬をばら撒き、遊び人が踊りで仲間達を鼓舞し―
寄せ集めの冒険者達の命を振り絞るような吶喊が、アスガルドの防衛線をこじ開け押し込み始める!
「前方、新手のゴーレムが出現!胸部に二門の巨大砲塔!!」
アスガルド防衛戦団の後方に巨大な少女の形をしたゴーレムが立ちはだかる。
その凶悪な威力を想像できる砲塔が、突撃する襲撃部隊を捉える!
「ビビんじゃねえ!あんなでけェ大砲、味方のいる所にぶっ放せやしねえ、虚仮威しだ!」
「乱戦に持ち込めばあんなもんただのガラクタよォ!!」
ゴーレムは普通に砲撃してきた。
極�
364:セの桃色をした光線が襲撃者達を……それと剣を交える防衛戦団ごと薙ぎ払う!!
365:ノーキン&ケイジィ ◆AOGu5v68Us
17/02/13 20:24:49.42 J+5VRhUT.net
「馬鹿なァ!味方を巻き込んで撃ってきやがっただとォ―」
桃色光線に撃たれた者達が胸を押さえて倒れ込む。
光線に物理的な破壊力はなかったが、対象者を苦しめる謎の効果があるようだ。
幸運にも砲の範囲から逃れた者達が青ざめて路地へと退避する。
「おい!大丈夫か!?ありゃ何の光線なんだ、呪詛の類か!?」
倒れ込んだ味方へ声を掛ける冒険者達、撃たれた者達は膝をついて胸を掻きむしる。
「ぐ……が……胸が……苦しい……!!」
すわ、新手の病原性呪詛か―息を呑む味方を端に、被害者達は空を仰いで叫んだ。
「トキメキで胸が苦しい!これが……恋……!?」
「恋……だと……!?」
あまりに突拍子もない事態に激しい剣戟を繰り広げていた戦場が停止した。
撃たれた者達は何かを抱くように剣を手放した両手で空を掻き、その目はどこか遠くを見ている。
否、視線の先は少女型ゴーレムだ。
「あのゴーレムを見てるだけで心臓がドキドキする!顔が熱い!頭が甘くしびれる!!」
「なんて可愛らしいデザインなんだ!見ろよあの鋭角な傾斜装甲!あのインビなフォルム、堪らねぇぜ!!」
「お友達になりてェ!文通から始めてェ!!」「見つめ合うと素直にお喋りできねェ!!」「会いたくて震えが止まらねェ!」
屈強なむくつけき剣士達は兜を脱ぎ、前髪を撫で付けながらもじもじして上目遣いにゴーレムを見る。
あるものは内股でくねくねし、あるものは即興で恋心をしたためた詩を朗読し始めた!!
度肝を抜かれたのは正気の連中である。
「おい馬鹿戻ってこい!戦場で敵から目を離すな!敵のド真ん前だぞ!死にたいのか!?」
必死に声を上げながら骨抜きにされた味方を守るべくアスガルド防衛戦団の方を見る。
「美少女ゴーレムっていいよね……」
「いい……」
「お前らもか―!?」
光線に巻き込まれた防衛戦団の冒険者達もまた、剣を降ろしてニヤニヤしながらゴーレムへの愛を語らっている!
もはやどっちが狂っているのか分からない地獄のような光景が展開されていた。
「こいつは最早洗脳だろ!有無を言わさず精神を汚染する、なんて凶悪な魔法なんだ……!」
「そうだな……俺たちは心を縛る恋という魔法に掛けられてしまったのかも」
「てめえは黙ってろ!!」
大国の地方都市、その戦火たなびく大通りで……新たな恋物語が幕を上げる―!!
● ● ●
366:ノーキン&ケイジィ ◆AOGu5v68Us
17/02/13 20:25:54.75 J+5VRhUT.net
うっちゃったゴーレムが爆煙混じりに四散するのを満足げに見ていたノーキンは、前方の空を横切る何かを気が付いた。
「む!あれは何だ!鳥か?飛翔器か!?」
「第二隊のアルゲノドンだよ!大通りに送ったはずなのになんでこんなところに?」
ギルドの紋章入りの鞍を付けた飛翔魔獣アルゲノドンが、交戦機動の速度で飛んでいる。
巨大な猛禽に竜の翼膜を合わせたような凶相が、苦悶の叫びを挙げている。
手綱を握る弓兵は必死にそれを抑制しようとしていたが、諦めたのかやがて空中で飛び降りて落下傘を展開。
重りのなくなったアルゲノドンはさらにスピードを上げた。
「こっちに向かってきたよノーキン!撃ち落とす!?」
「まぁ待てケイジィ。何かがぶら下がっているぞ」
アルゲノドンの足のあたりに小ぶりの槍が刺さり、その柄尻から生えるロープに人影が繋がっていた。
人影は吊られながら器用に家屋の壁を蹴って軌道を修正しつつ、やがて手近な屋上へと降り立った。
下から振り回された哀れなアルゲノドンがそのままその辺の家に突っ込んで動かなくなる。
人影は自身の巻き起こした一部始終を一瞥して、懐から何かを路上にばら撒いた。
無数の軽銀爆弾。目を灼くような閃光と共に、ノーキン達の進路が炎に包まれた。
>「……兵を退いて下さい。あなた達は、この戦いで何を得るって言うんですか」
「ほらぁ!あんな派手なぶっ壊し方するからもう気づかれちゃったじゃん!陽動とはなんだったのか!」
「ううむ、吾輩の完璧なるスニークを看破するとは優秀な猟兵である。流石ユグドラシアは層が厚いな!」
自分の軽挙妄動を棚に上げながらノーキンは新たなる敵対者を見る。
アルゲノドンにぶら下がってやってきたのは小柄な猟兵風の女だった。少女と言っても良いほどに若い。
しかしこの複雑な街中でこんなにも早くノーキン達に追いついてきた手腕は熟達した猟兵のそれだ。
若さは侮る理由にはなるまい。
>「富ですか?それとも名声?……それがなんであれ、この街の平和と、
人々の暮らしを壊してまで得る価値があるとは、私には思えない。どうか兵を退いてもらえませんか」
「だってさノーキン。どーする?捕捉されちゃった以上増援なんてすぐ来ちゃうよ」
>「……慎重に、答えて下さい。ユグドラシアは魔道の怪物。あなた達は、今その口の中にいる」
「ほう。質問に質問を返すようで相済まないが若輩よ!退かねばどうなると言うのだ!」
猟兵風の返答はシンプルだった。
彼女は赤い液体に満たされたポーション瓶を呷り、肉体を変化させてゆく。
肌の毛穴が開き、そこから太く強靭な獣毛が生まれ、指先には硬質な爪が形成される。
年若き少女は、凶悪な獰猛さを宿した鼠のような獣人へと変身した。
>「あなた達も、こうはなりたくないでしょう?立ち去る事を強くオススメします」
猟兵風の突然の変貌に配下の冒険者達が一様にざわめく。
ある者は果敢にも槍を構え、ある者は自分も獣に変えられるのではないかと魔法による防護を展開。
部隊の足が止まる。動揺が支配する場で、ケイジィは辟易するような表情を作った。
「うえええ……なにあれ。ユグドラシアって人間をあんな風にする研究とかしてるの?ダーマみたい!」
「いいや逆かも知れぬ!獣が人間のふりをする技術など、いかにも頭のイカれた導師共が考えそうではないか!
ユグドラシアは魔道を横道に逸れ過ぎた者達の受け皿というかゴミ箱的なところがあるからな!」
ノーキンは悠然と猟兵風を指差して叫ぶ。
367:ノーキン&ケイジィ ◆AOGu5v68Us
17/02/13 20:26:34.45 J+5VRhUT.net
「貴様の愚問に答えよう!何を得るかだと?吾輩は冒険者だ!得るものは金に決まっておるだろう!!
知らぬのか?金は天下の回りものと言ってな、ヒトが社会で生きていく上で不可欠なる最重要物資であるぞ!」
「ええぇ……」
ケイジィが半目で手の平を手首ごと高速回転させるのを横にノーキンは両腕を広げた。
「良いか若輩、金は全てに優先する!人々の安寧は金より重い?誰が決めたのだそれは!吾輩ではないぞ!
街一つ脅かして大金が得られるならば、それは立派な経済活動だ!」
二者が二様の反応を返す中、おそらく猟兵風の仲間であろう大男が路地を抜けて追いついてきた。
>「……やめとけや、ラテ。冒険者に良心を期待するもんじゃねえ。街を焼いて戦利品を頂くのは傭兵だけじゃないんだからな」
緑色の硬質な肌に、口からはみ出る二本の牙。容貌は人間のそれを逸脱している。
猟兵風が鼠の獣人ならば、この戦士風の大男はオーク混じりの亜人だ。
「獣人に、亜人……しばらく離れているうちにユグドラシアは余程と人間の改造に執心していると見えるな。
いや結構なことではないか!肉体を強化するにあたりより強靭な生物の利点を取り入れるというのは利に適う!
貴様の毛皮はオオネズミのものだな?
368:生半な剣では貫くことも能わぬ硬毛は冷熱にも耐え堅牢である! オークの発生器官は特殊な音律で術士を圧するのだったか?これも素晴らしい。――どちらも吾輩には不要であるがな!」 ノーキンが的外れな分析を聞かれてもいないのに謳う中、戦士風が腰の袋から何かを出す。 太い指に嵌められたのは……指環。瞬間、凄まじい魔力の迸りと共に水が生まれ、戦士風の手元に大剣を創り出した。 ケイジィが弾かれたように傍で手を引く。 「……ノーキン、あれ!」 「これは驚いた。この胸筋に吹き付ける魔力の波濤……『指環』ではないか!貴様が持っていたとは! しかしその様相、水の指環か。ユグドラシアにあるとすればテッラの大地の指環だと睨んでいたのだがな」 「イグニスのやつもこいつが持ってたりしないかな」 「であるならば僥倖ここに至れり。全ての手間が省けるというものよ!」 >「城壁をぶち抜いたのは誰かは知らねえが、こっから先は通せねえんだ。悪いが依頼の前金だけで勘弁してくれや」 水気走る大剣の切っ先がこちらに向く。 ノーキンは犬歯を見せて笑い、拳を突き合わせる。 「いいや押し通るとも!こちらも些か事情が変わった!貴様を打ち倒し、その指環を貰い受けよう!」 両雄が戦闘態勢へと入り激突の一歩を踏み出すその刹那、横合いから彼のよく知る声が闖入した。 >「やれやれ、要塞を守るゴーレムは魔法の笛を吹いて眠らせるのが風流というものではないのか。 筋肉で破壊とは相変わらずの脳筋だのう、ノーキン・ソードマン!フンドシ一丁と噂を聞いてまさかとは思ったが…… 真に遺憾ながら我がエーテルセプターとそなたのマントの魔力が共鳴しておるわ」 ジャンの傍に立ったのは白衣姿のエルフだった。 長く艷やかな金髪、碧眼にかかる眼鏡は知性を思わせる美貌だが、ノーキンは彼女の素性を知っている。
369:ノーキン&ケイジィ ◆AOGu5v68Us
17/02/13 20:27:02.92 J+5VRhUT.net
「……ぬ。そういう貴様は相変わらず年甲斐のない乳臭い格好だなドリームフォレスト!久しいぞ!!」
「誰あのひと、知り合いなのノーキン」
「ティターニア・ドリームフォレスト。ユグドラシア、ひいてはエルフ魔法界における有名人だ。異端児という意味でのな。
優秀な導師ではあるが如何せん頭のネジがイカれ方向に振り切れているユグドラシアの狂人代表のようなものだ」
「ううーん……とりあえずノーキンの類友ってことはよくわかったよ」
「まぁ聞け。ヒトに限らずエルフもまた積み重ねた年齢で相応の貫禄を宿すものだが……あの女はアレで吾輩より年上であるぞ」
ケイジィは絶句しながらティターニアとノーキンの両方に何度も視線を左右させて、驚愕を言葉にした。
「キャピキャピエルフおばさん……!!」
>「ツッコミどころは多々あるが……その子はまさか誘拐してきたのではあるまいな。犯罪臭半端ないぞ」
「はぁっ!?ちょっと失礼過ぎるでしょこのおばさん!
ノーキンはね!娘に家出された悲しみを似たような女の子の人形で紛らわそうとしてる哀れな中年なんだよ!?」
「失礼なのは貴様だ」
>「幼女誘拐犯許すまじ! ―ルーンロープ!」
好き勝手しゃべくるケイジィの頭を平手ではたいたノーキンの肢体にロープが巻きついた。
ルーンロープ。魔術により織られた縄は術者の意のままに動き、容易に断ち切れぬ強靭さで相手を拘束する。
ノーキンは両腕ごと簀巻きにされた。
「そこのポンコツが言ったようにこのケイジィはヒトを模したただの魔導人形よ。
利害の一致から共に旅をしているに過ぎぬ……余計な詮索はするなよドリームフォレスト」
同郷であるティターニアはノーキンの出奔の原因となった事件についても知っていることだろう。
ロープに縛られたまま彼は言外に詮索無用の釘を刺した。
「……さぁ!待たせたな若輩諸君!旧交の温め合いは終わった。待望の命のやり取りの再開だ!
吾輩昔はこの国の軍人でな!重要な技術拠点でもあるこのアスガルドの戦略地理については熟知している!
例えば�
370:Xの下水道普及率はユグドラシアを中心に6割程度!この辺りはまだ汲み取り式で用を足しているな!」 言いながら彼は自由な片足をゆっくりと上げる。 「すなわち!――多少派手に地盤を割っても復旧に問題はないということだ!!」 瞬間、硬質な轟音。ノーキンの足元から前方へかけて扇状の亀裂が石畳に入った。 亀裂の元は踏み締めた彼の片足――武闘家のスキル『震脚』。 強烈な踏み込みによる反作用で肉体を硬く引き締める技だが、ノーキンの脚力で行えばそれがそのまま破壊を起こす! 亀裂はラテと呼ばれた猟兵風や指環を持つ戦士風の立つ場所まで届き、次いで地割れの如き崩壊が足場を襲った。 「ノーキン・スピニング☆アクセル!!」 震脚の反作用をそのまま片足を軸とした右回転に変換、ノーキンはその場でバレエのように高速回転する。 ルーンロープが凄まじい勢いで巻き取られ、それを手繰るティターニアもまた強烈に引っ張られるだろう。 魔術でどれだけロープを伸ばしてもその分だけスパゲッティのように巻かれ、やがて彼女の足は地を離れる。 「瓦礫の彼方へ飛ぶがよい!」 モーニングスターの先端と化したティターニアを遠心力で彼方へと放りながら、ノーキンは自身に巻き付いた縄を解いた。 古典的な縄抜けの技術。予め力を込め膨張させておいた筋肉を脱力することで肉体の体積を減らし、縄を緩めたのだ。 空中のティターニアへ向かって拳を構える。 「ノーキン・クレイショット☆ブロォォォォッ!!」
371:ノーキン&ケイジィ ◆AOGu5v68Us
17/02/13 20:27:27.35 J+5VRhUT.net
エーテルメリケンサックの形成した魔力の塊が、正拳の速度でティターニア目掛けて打ち出された。
着弾の結果を見届けることなく連れてきた冒険者達に指示を出す。
「第一隊、下がれ!路地を迂回しユグドラシアを目指すのだ!」
予め取り決めていた指示通り、冒険者達が煙幕を張って路地の中へ散り散りに消えていく。
手下30人はここで使い潰して良い兵力ではない。ユグドラシアを制圧するにあたって重要な人員だ。
幸いにも敵はティターニア含め三人、ノーキンとケイジィならば食い止められる。
猟兵風の先程の言動から、彼女の目的は大通りの戦力が陽動部隊を鎮圧するまでの時間稼ぎであるとノーキンは読んでいた。
ならばここでこのまま遅滞戦闘を続行すれば良い。陽動が潰える前にユグドラシアへ30人が辿り着けばこちらの勝ちだ。
「ケイジィ、貴様はあのネズミ女を止めろ。吾輩は指環を取りに行く」
「あいあいさっ。がんばるからね」
「知っている」
ケイジィの輪郭が薄れ、溶けるようにして姿を消す。
足場の崩壊で動きを封じたラテと戦士風の二人は既に態勢を立て直していることだろう。
ノーキンは腕を回しながら大股で彼らへ向かって歩いて行く。
「良き戦いを期待して名乗ろう!我が名はノーキン・ソードマン!そして我が傀儡ケイジィ!
我々はユグドラシアを制圧しソルタレクの完全なる支配下に置くことを目的としている!
支配下に置いてどうするのかは吾輩の知るところではないが、受けた注文には応えてみせよう!」
とは言え大方想像はつく。
ユグドラシアは極めて重要な技術拠点でありながら特定国家に帰属しない独立した場所だ。
その研究成果や育成された術士を正しく国に還元したならば、ハイランドは瞬く間に大陸最強国家に躍り出るであろう。
換言すればユグドラシアはどこか一国に肩入れしないことで、大陸国家間のバランスを調整し過度な戦争を防いでいるとも言える。
ソルタレクがユグドラシアの中枢を手に入れれば、その力は必ず戦いの場で振
372:るわれる。 そう遠くない未来、帝国やダーマ、大陸の全てを巻き込んで覇権を巡る大戦争が起きることだろう。 いつかは。そして、かならず。 「そしてオークの若輩よ!貴様の持つ指環は吾輩が個人的に探し求めていたモノだ。 くれと言ってもくれぬであろう?ならば冒険者らしく、盗掘品の奪い合いといこうではないか!」 瞬間、ひび割れた石畳が更に爆ぜ、ノーキンは疾風の如く一歩を踏み込んだ。 彼にとっての『一歩』だ。鍛え込まれた脹脛筋が生み出す跳躍は実に二十歩分の距離を一度に詰め、戦士風の眼前に肉迫する。 ノーキンの左手が風を巻きながら踊り、戦士風が構えた大剣の刀身を掴んだ。刃が食い込み、掌が僅かに出血する。 「吾輩の皮膚を断つとは実に業物である。だが剣を断ち切るモノもあると知っているか?」 間髪入れずに右手が閃いた。 「――我が手刀だ!!」 耳を劈くような破砕音と共に、横合いから打ち込んだノーキンの手刀が、水の大剣を半ばから叩き折った。 そのまま手刀の慣性で軸足を回転させ、 「そしてこれが我が足刀だ!!」 渾身の後ろ回し蹴りを戦士風の胴へと叩き込んだ。 「指環を渡して貰おう!それは吾輩の目的に必要なのだ!」 ● ● ●
373:ノーキン&ケイジィ ◆AOGu5v68Us
17/02/13 20:27:55.05 J+5VRhUT.net
「うわちゃあ、あばら粉砕コースだよあの亜人!死んだねありゃ!」
ステルス魔術によって不可視となったケイジィは足音を消しながらラテなる猟兵風へと接近する。
獣を宿したあの姿が単なるハリボテでないならば、ラテはオオネズミの特質を備えているに違いない。
例えば嗅覚や聴覚。そして髭の触覚による僅かな風のゆらぎの感知。
視覚に頼らずケイジィを捉える方法は指の数だけ思いつく。
(だから一つ一つ潰そうねぇー)
手袋を外し、薬指を噛む。
自動修復機能付きの人造皮膚が破れ、その下の噴出スリットが顔を出した。
ケイジィ―ダーマ製骸装式魔導人形KG-03の五指にはそれぞれ5種類の呪詛毒生成機構が備わっている。
薬指に内蔵されているのは暗黒大陸原産サカゴマイマイの接触毒。
極めて強力な幻惑作用があり、触れた者の平衡感覚を上下左右逆さまに感じさせる効果を持つ。
ケイジィはそれを水の魔術で希釈し霧状にしてラテの足元へと振り撒いた。
霧はすぐに揮発し、吸い込んだり粘膜で触れればすぐに効果が顕れる。
嗅覚と触覚はこれで封じられるはずだ。
あとは、聴覚。
「ね、ね、獣人のおねーえさん!」
ラテの回りを跳ねるように飛び回りながら声を掛ける。
言葉に意味はないが、聴覚の集中を奪えればそれで良い。耳を塞がせれば儲けものだ。
「さっきお金や名誉より街の皆の暮らしが大事みたいなこと言ってたけどさ!
それならどーしてあの時ノーキン達をおどかして退かせようとしたの?
ここにいるのはギルドのアサシンだよ?プロが退けって言われて簡単に退けるわけないじゃん!
―ちゃんと殺さなきゃダメだよ、敵は」
ラテがあの時、軽銀爆弾を通路塞ぎではなく襲撃隊そのものへと投げつけていたら。
あるいは前に回って勧告などせずに、後ろから一人ずつ殺していたら。
練度の低い襲撃隊は瓦解なり、少なくとも恐れで足を止めていただろう。
そうした手段に訴えなかったラテの選択を、ケイジィは甘さだと見ていた。
「ケイジィ知ってるよ。"殺すぞ"って脅しはね、相手を殺したくないから使うんだって。
ホントに殺すつもりならわざわざ�
374:サれを伝える必要ないもんね。世界で一番優しい言葉だよ、きっと」 ラテは襲撃隊に立ちはだかり、その異貌を以って彼らを脅した。 それは、彼女の中に殺意が存在せず……あわよくば穏便にことを納めんとする覚悟の不在の証明だ。 「敵を殺さない優しい優しいおねーさんは、一体誰を守れるのかなぁ。 アスガルドの街の人たちは、きぃっとケイジィ達を殺して欲しいと思ってるよ!殺されたくないもんね!」 ケイジィの腕から迫り出した刃――仕込みの毒ナイフがラテの足首を狙う。 塗られているのは神経毒。 致死量が多い為命を奪うには深く刺さなければならないが、代わりに即効性が優秀で僅かに擦過するだけでその部位の機能を奪う。 まずは足を止め、返す刃で首を穿つつもりだ。 【陽動部隊:アスガルド防衛団と交戦中。女型ゴーレムのロマン砲で被害者多数】 【ノーキン:裏道の部隊を路地に逃がす。 ティターニアを一本釣りし空中にいるところを能筋拳で狙撃。 ジャンに肉迫し、アクアの大剣を手刀で叩き折りジャンの胴体へ後ろ回し蹴りをぶち込む】 【ケイジィ:ラテを毒ガスと言葉で幻惑し、足首を狙って神経毒ナイフの一撃】
375:創る名無しに見る名無し
17/02/15 20:45:12.51 3FqVxMz8.net
URLリンク(68.media.tumblr.com)
376:創る名無しに見る名無し
17/02/18 01:05:25.80 Nr3JD94C.net
ティターニアと共に戦場に転移してきたと思われるパトリエーゼだが、
(むしろ差し出された手を掴もうか逡巡している間に手を引っ張られて強制的に連れてこられた可能性もあるぞ)
ノーキン達は特に彼女を意識する様子はない―
ナチュラルに地味で気付かれていないのか戦力外とみなされて放置されているだけなのかは分からないが
今のところアウトオブ眼中のようだ。
つまり今ターンは敵の攻撃を受けずにフリーに動けるということだ。
エーテル属性の魔術等を使って味方の防護に入ってもいいし、ノーキンかケイジィに不意打ちでの攻撃を仕掛けてもいいだろう。
決して好戦的ではなく皆に友達になってと言ったパトリエーゼなら、まずは味方を助けに動く可能性が高いだろうか。
エーテル属性特化型のパトリエーゼがプロテクションを使えばノーキンの鉄拳にも幾らかは対抗できる……かもしれないし
あるいは魔法陣を相殺したのと同じ類の術でラテにかけられた呪詛毒の解呪が出来る……かもしれない。
逆に周囲の意表を突いて攻撃に出るのももちろんいいだろう。
377:創る名無しに見る名無し
17/02/18 01:26:45.06 zwuzE9OK.net
くっさ
378:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/19 15:12:20.59 t7HCYCqQ.net
『色を消せ。あんたの魔力から色を取り去るんだ。そうすることで、より強い純粋な魔力が生まれる。
“エーテル・ネクトル”はもう飲んだ? 朝起きたら必ず飲むようにって、言ってあるはずだけれど』
姉さまが掃除の時間、殆ど見えない魔力の塊を操りながら、小鳥や蝶たちを撃ち落としていた。
特に蝶を、執拗に。
「はい、姉さま。この後も修行に付き合ってはもらえないのですか?」
姉さまはこちらを見ずに、眉を顰めて言う。
『あんたに構ってる暇はないのさ。また虐められたのかい? それよりこっちは“蝶”を潰す準備がいるんだ。
私の宿敵である、“黒蝶騎士シェリー”を圧倒するためにね』
……
いけない、また考え事をしてしまった。
最新の噂では、ヴィルトリア帝国の多くに教団支部が建ち、その裏では兄さまの騎士団の暗躍があり、
連邦では首府ソルタレクが教団の手に落ちつつあると聞いている。
はい、頑張ります。姉さま、兄さま。今はもうしばらくは会いたくないけれど。
世界を一つにするために。平和で、誰もが幸せな……
>「だけど……居場所なら、ここにありますよ。何もしなくたっていい。
ここは皆優しいし、安全です。
ずっといようと思ったら……流石にちょっとは働かなきゃ、駄目でしょうけど」
>「何かをするから、居場所があるんじゃない。
居場所があるから、その為に何かをする。世の中の、大部分は、きっとそうやっと回ってます。
何かをしようと思えるまで……この居場所にいてみたら、どうですか」
ラテさんが優しくあたしを受け入れてくれた。いや、受け入れたというより、
あたしに居場所を“提案して”くれたんだ。
「ありがとう、ラテさん。あなたは歳は変わらないように見えるのに、凄く立派に見える。
きっとあたしが、何も知らな過ぎたんですね。これからお世話になります! よろしくね」
姉さまたちとは違う。あの人たちは有無を言わせない。この子は選択肢を授かる。
そういった環境で育ってきたんだ。
あたしも悲観してばかりいないで、次の道を探さなきゃ。そして、ここに恩返しをしないと……
そう言ってローブに付いたオークの肉片を払い、ローブを水で濡らす。
「はあっ…!」
全身からローブの布地へと届くようにエーテル力を放つ。これによって水は属性分解され、
汚物とともに浄化され、すっきりとローブが綺麗になっていく。
「そうだ、ここの洗濯係なんて、どうかなぁ……」
>「あー……パトリエーゼ……だったか?俺からも話がある」
379:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/19 15:14:15.10 t7HCYCqQ.net
独り言を言って作業をしていると、ジャンさんが椅子を持ってきて話しかける。
>「今俺たちは敵に追われてる。あんたと同じだ。それに危険なところばかりに行く。誰も行ったことがないような場所だ。
これから敵はどんどん増えるだろうが、それでも来るのか?友達にはなれるだろうし、居場所もあるかもしれないが、それでも本当に一緒に行くのか?」
ジャンさんは“敵”というものが何なのか教えてはくれなかった。
その代わり、あたしに“一緒に行く”という選択肢をくれた。
敵はどんどん増える。そう、あたしはどこに行っても敵ばかり作っていた。
姉さまや、兄さま、そしてソルタレクのギルドマスターからも、離れれば何らかの攻撃を受けた。
「構いません! あたしが本当に欲しいのは友達だけじゃなくて居場所。 ジャンさんは顔はその…怖いけど、
今の話を聞いて、本当は優しいのかも、って思ったの。さっきは怖かったけど…」
オークたちを一瞬で肉塊にしてしまった時のことを思い出していた。
あの時のジャンさんはそれこそオーク以上にオークだった。
思わずジャンさんに抱きつく。
ここでも同じように裏切られ、ジャンさんから暴力を受けるようなときは、その時はその時だ。
ラテさんもああ見えていじめっ子だったりするかもしれない。でももうあたしに居場所はここしかない。
―実際に、こうして襲撃から救われたのだから。
その後、どうやらあたしは取り乱していたらしい。
気が付くと例の部屋の例の椅子にいた。ティターニア師が傍にいる。
もうオークたちの死骸は片付いていた。あたしも手伝うべきだっただろうか。
>「うむ、今回我々に襲撃をかけているのはソルタレクの冒険者ギルドらしいからな。
“少なくとも直接は”構成員ということはないだろう」
テーブルに突っ伏しながらも、師の話を聞いている。
>「ところでパトリエーゼ殿、このようなものを見た事�
380:ヘあるだろうか?」 「世界を構成する属性を現した模型だ。まずこの正方形部分を形作る4つが地水火風――一般に四大属性と言われるものだ。 上下の三角の頂点が光と闇――見ての通り四大元素と同じ平面には並ばぬ属性だ。 そしてこの中心にあるのが“エーテル”……全ての属性の中心にして未だ全貌は解明できておらぬ。 「虚無」とも「全」とも「生命」とも言われておるな」 「はい、姉さ…メアリ・シュレディンガーの居た場所には、あちこちにそれが置かれていました。 それと何か今の状況に関係があるんですか?」 >「このエーテル属性は特殊な属性でな、あるレベルのこの属性の魔術を使おうと思えば 同程度のレベルまでの全属性の魔術を万遍なく習得しなければ使えぬ。 先ほどそなたがやった魔法陣の相殺……あれが出来るのは高位魔術師だけだ――”普通は”」 >「もしやそなた、エーテル属性だけに特化しておるのではあるまいか?」 おおよそ当たっている。さすがだ。 ティターニア師はもしやあたしの解除魔法だけでそれを見破ったというのか!?・・ 「……はい。ご存知かもしれませんが、“エーテル・ネクトル”というものを毎日飲まされ、 それまでに高めてきた魔力を周囲に“色を消せ”と教えられ…姉からは“黒い蝶を落とすための力を”と 言われて育ってきました。もしかすると、そうなのかもしれません…」 そう言うと師は声色を変えて天を仰いで叫びはじめた。人が変わったかのように。 変態という噂は本当なのかもしれない。 >「興味深い、実に興味深い! それは凄いことだぞ……! エーテルとは見ての通り中心の属性。 他の属性を習得せずしてエーテル属性を使えるとは、もしやそなたには最強の素質が眠っておるのかもしれぬ……!」 「最強…!?」
381:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/19 15:15:30.04 t7HCYCqQ.net
つい高揚してしまった。貶されてばかりで育ってきたあたしにとっては、師の言葉は途轍もなく強く響いた。
>「我々はソルタレクの冒険者ギルドの襲撃を迎え撃つことになる……
当然ながら命の危険もある、戦い慣れしていなさそうなそなたは安全な場所に隠れておくのが賢明であろう」
「もしどうしても共に戦いたいというのなら……自分の身は自分で守ると約束してくれるなら。
折角の貴重な研究対象に死なれては困るのでな。”プロテクション”は使えるか?
使えぬなら教えよう、そなたほどのエーテル属性の使い手ならすぐに覚えられようぞ」
「はい、協力します。極力は、この敷地の修復や回復になると思いますが…
あたし、人を殺したりしたことはないし、そんなことはしたくはありません。
でも、ここがあたしの居場所だから…今度はあなた方を守る側になりたいんですっ!」
師と握手を交わす。そしてその日から部屋を宛がわれ、あたしはまず、
ユグドラシア全体の見回りをして、残り4つあった魔方陣を発見し、消し去った。
そして、あとは洗濯係をしながらぼろぼろになった箇所を見つけては修復作業をした。
ジャンさんたちが手伝ってくれたけど、あたしも実は筋力には自信がある。
石を積んで張り合わせたり、防護魔方陣、探知魔方陣を張りなおしたりを手伝った。
その時、奥まった場所で干された洗濯物を浄化していると、後ろから不意に声をかけられた。
「お前さん、それはそのままにしておいてくれんかね?」
あたしは驚愕した。茶色のローブに同色の帽子を被った長身で白髭の老人、その姿は。
姉の組織とソルタレクのギルドで見た人物そのものだったからだ。
「ムーアテーメン学長様…?」
そう、人間にもエルフにも属さず、人間よりも長生きしている人間。
世界で数人しかいないという「仙人」「アヴァタール」「賢者」と呼ばれているこの人こそこの地の長で、
ティターニア師たちのヘッドであるダグラス・ムーアテーメンだった。
教団では「危険人物」、確かうる覚えだったけど、ソルタレクでは「ターゲットリスト」に入っていたはずだ。
まさかこんな好々爺だったとは。
「地水火風、光と闇の宿るものを勝手に浄化すること、それ即ち“破壊”とも言う。
お前さんに悪意は無いのだと思うが、止めてやってくれ。このジジイにはこのオンボロが丁度良いでな」
「あなたは…」
「まま、腰掛けなされ」
その後、ムーアテーメン学長とは色々と話をした。そして、掃除をするのならもっと動き易い格好で、
ということで、ヒラヒラした格好の服装に着替えさせられた。特別な魔法効果もあるという。
「結構この格好、派手で目立つような気もするんですけど、これで掃除ですか?」
本では見たことがあるが、「メイド服」というらしい。
ローブと違いしっかりと袖口を覆っているし、スカート丈も膝上なのでいざという場面では動きやすいけど…
(サイズが合ってないのかきついし、足が太いのがバレバレで、体の線も見えるし何か格好悪いかも…)
382:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/19 15:16:13.91 t7HCYCqQ.net
「おぉ、なかなか似合っとるぞ。それはこの歴史ある施設を守る者としてのあらゆる機能を備えた服じゃ。
魔力も込められた特別製であるし、おぉ…本当に生き生きしとる。生まれ変わったようじゃ」
「あ、ありがとうございます…!」
途端、学長の表情が硬くなる。
「近いうちに襲撃がある、とワシは踏んでおる。ワシもすっかり衰えたが、いざとなれば前に出て戦う所存じゃ。
その時はワシよりもティターニアたちを優先して守ってやってくれ。あやつもまだまだヒヨっ子で、教えるべきことを知っておらぬ。
こっちは心配するな。おぬしら若いモンは、無駄死にするな。生きるのじゃ。」
あたしはスカートを広げて膝を付いてお辞儀をすると、そのまま去っていった。これも本に書いてあったはず。
師も学長もジャンさんもラテさんも必ず助けてみせる。でも―
まさかの三日後、そんなことが起きるなんて。
―
>「……ラテッ!慌てるんじゃねえ、指揮してんのは俺たちじゃねえぞ!
ティターニア!城壁が突破されたみてえだ、様子を見てくる!」
あたしは気が付くと、居眠りをしていたらしい。ジャンさんたちの声で目が覚めた。
あちこちで悲鳴や怒声が上がる。
どうやらアスガルド市街では戦闘が繰り広げられ、地面を抉る音や爆発音、それに伴う金属音が聞こえる。
座ったまま様子を見ると、中庭では上空から来た敵に対抗するユグドラシアの術士たちが応戦する姿があった。
敵は魔獣とも魔鳥とも言われるアルゲノドン、数はおよそ30といったところだろう。
人が乗っている。兄さまが「竜騎兵」と言っていた種類ものもだ。
あたし達が張った魔法陣が若干障害になっているみたいだけど、敵の攻撃力は高く、それを突破して
25以上の敵が上空まで到達してきた。
「くそ、あれは火薬か! 一旦中庭の部隊は第二学棟まで引けぇ!」
中庭で爆発したそれは仲間の研究員らしき魔術師をあっという間に四散した死骸に変える。
指揮を執っているユグドラシアの魔法兵が思わず怯み、後方に下がって敵を迎え撃った。
地水火風、色とりどりの魔法の弾幕が竜騎兵たちを襲い、そちらも怯んだのか作戦を変えたのか、
一部はアルゲノドンごと降下し、制圧を図ってきた。
「オラオラガリベンども! 俺らギルド員の底力を見ろよォ! お宝のためなら皆殺しだぜ!」
「くそっ、敵の勢いが強い…!」
既に四、五人が犠牲にもしくは戦闘不能になっている。対して相手の数は20は残っている。
場合によっては学長のいる棟も危ない、
空中からは尚も激しい火薬と魔法による爆撃が続く。
383:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/19 15:22:15.29 t7HCYCqQ.net
目の前の若い研究員が今にも杖を剣で折られ、その命を落とそうとしていた。
さらに後ろからももう一人が槍を持って突撃してくる。救援の位置は離れていて、あたしが入らないと間に合わない。
ここは兄さんに鍛えられたことを思い出さないと…
「はぁっ!」
猛ダッシュで救援に駆けつけ、回し蹴りを敵の腹に叩き込む。兄さんが「鳩尾」と言っていた場所だ。
いつも「殺すための戦法」として叩き込まれた。今日は助けるために、それを使うんだ。
さらによろめいた敵の首めがけて、錫杖を振り下ろす。ゴキッ、という鈍い音が響き、首が変な方向に曲がって敵が倒れこんだ。
「すまない…まさか君に助けられるとはな」
「いえいえ、それより、その方をどこかに安置してください。後で助けなきゃ」
敵は白眼を剥いて口から血を吐いていたけど、助かるはず。
次を何とかしないと。敵が空中でチャージしながら、氷属性と思われる魔法を放つ。
すぐにあたしは錫杖を掲げると、上に向けて放った。意識を集中させる。
―エーテリアル世界よ、悠久の時を越えて我が手に力を…!
―“カラーレス・ウィンド≪無へと帰する風≫!!”
あたしの杖から放たれたそれは、どの属性の攻撃よりも速く、瞬時に敵の魔法を包み込み、
それを相殺しながら魔力ごと爆散させる。これが“無”属性魔法、いわゆるエーテルだ。
「うわぁぁぁ!!」
敵がアルゲノドンと共に中庭に落下し、騎手があたしの傍に落ちる。
もがいている間に跳躍して頭めがけて回し蹴りを放った。これも兄に教わった方法だ。
骨が砕ける音を確認すると、後ろへと下がり、再び舞い上がろうとしているアルゲノドンの細い首目掛けて錫杖を降ろす。
気絶したアルゲノドンの首を後ろから来た増援が刎ねた。
「助かった。君、なかなかやるメイドさんだな。名前は?」
「パ…パトリシアと申します。それよりその敵さんを安全な場所へ運んでください。
あたしは助けに行かないと… お世話になった皆さんを!」
頭の割れた敵兵を運ぶように言われて困惑していた術士さんだったけど、体勢を立て直したことと、
敵が一気に怯んだことを確認して、また敵に対抗するみたい。
ごめんね、敵の兵士さんたちの治療は任せるから、あたしはティターニア師たちが心配なの。
でも、敵の一部の舞台が気になる方向に向かっていった。後で必ず助けにいきます。ムーアテーメン学長!
>「貴様は相変わらず年甲斐のない乳臭い格好だなドリームフォレスト!久しいぞ!!」
>「幼女誘拐犯許すまじ! ―ルーンロープ!」
>「ノーキン・クレイショット☆ブロォォォォッ!!」
なんと、城壁の一部を破壊して入ってきたのは、ノーキンという筋肉ムキムキのエルフさんと、女の子の二人組みだったみたい!
そんなに悪い人たちじゃないんだけど、三人が危ない。
この格好じゃ後ろまで回りこむのも大変だけど、やらなくちゃ。
エーテル教団の術士というのは、遠隔操作が得意でもある。
このあたりは姉さんに教わったことだ。
384:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/19 15:24:57.12 t7HCYCqQ.net
「お待たせしました。パトリエーゼ、ティターニア師と皆さんと、大事な場所を守るために参戦します。
ノーキンさん、すぐに降伏し、撤退しなさい!」
あたしが現れた位置は三人の少し後ろの場所だ。服装が恥ずかしいけど。
ノーキンにもはっきり見えるよう、片足と片手を挙げて杖も使って独特のポーズを取る。
これは教団に居た頃、メイドさんに関する絵本に載っていたもののマネだ。
地面は酷く割れていて、片足で立つのは大変だったけど、何とかやってみせた。
そして詠唱する。敵に見えないようにノーキンと女の子の周囲にいくつもの魔法陣を張る。
このポーズはただのギャグじゃない。杖を使って詠唱をするのにもってこいだ。
自分さえ標的にならなければ。
あっという間に上下左右のあらゆる角度に6つの魔法陣ができた。
魔力は結構消耗したけど、その疲れが分からないように我慢する。
女の子が動いた。
>「ケイジィ知ってるよ。"殺すぞ"って脅しはね、相手を殺したくないから使うんだって。
ホントに殺すつもりならわざわざそれを伝える必要ないもんね。世界で一番優しい言葉だよ、きっと」
あたしは杖にエーテルを込めると、ラテさんのすぐ近くの魔法陣へと移送させるように念じる。
「あたし、人を殺したことがないから詳しいことは分からない。でも…
このラテさんという人は、人を助けるために必死だって、それだけは分かります!」
>「敵を殺さない優しい優しいおねーさんは、一体誰を守れるのかなぁ。
アスガルドの街の人たちは、きぃっとケイジィ達を殺して欲しいと思ってるよ!殺されたくないもんね!」
385:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/19 15:25:39.06 t7HCYCqQ.net
「ラテさんっ…させない!」
その凶刃を錫杖「白夜のページェント」で受け、同時に女の子の鳩尾めがけて回し蹴りを放ち、
目の前に立ちはだかる。
「ふんっ…あ!」
若干とはいえ、受けきれず攻撃が脚に掠ってしまった。
普段のローブならまだしも、この格好はあちこちが無防備すぎるんだ。
出血は殆ど無いけど、神経毒が塗られていたみたいで、じわじわと集中力を奪っていく。
「くっ…さぁ、皆さん、この二人を止めましょう! ユグドラシアのために…!
ノーキン、あなたは早いうちに降伏し、襲撃の目的を話しなさい。私は人殺しをしません」
とりあえず啖呵を切る。そして大声で叫ぶのは実は囮。
さっき杖を振るわなかったのには大きな理由がある。
魔法陣の中の一つでは、今でも遠隔操作で詠唱が続けられている。
どこから攻撃を放つかは敵さんにも予想はできないはず。
姉さま―黒曜のメアリが得意としていた無属性の大魔法、
“セフィア・トルネード”≪刻滅の大旋風≫が。
この魔法は範囲に入った者たちの精紳に大ダメージを与えるとともに、
強力な気絶の追加効果をもたらすという強力なものだ。
敵の地上兵たちもユグドラシア内部へと侵入しつつある。中が心配だ。
でも、ノーキンの人望もなかなかみたいで、敵の一部がこっちの援護に向かってきているみたい。
「ノーキン様! 援護に来ましたぞ!」
あたしは杖を手放さないように構えたまま跳躍すると、肉薄してきた敵の一人にエーテルの力の一部を込めて
回し蹴りを叩き込んだ。敵のグァ、という声とともに鎧が割れ、途端的は魔法陣に吸い込まれるようにして
あらぬ方向に飛び出して学院の柱の高い位置に頭をぶつけて兜を潰し、血を流しながらズルリ、とゆっくり地面に倒れた。
「あっ…」
魔法陣の仕組みが少しバレてしまったかな、と思ったけど、皆さんがきっと何とかしてくれる…はず。
【遅くなりました】
【パトリエーゼはメイド服に着替え、爆撃組と交戦し、その後はそのままティターニアさんたちの方に合流、戦闘にお邪魔します。
パトリエーゼが片脚に掠り傷、軽い神経毒。
爆撃組とユグドラシア防衛隊の戦いは拮抗、しかし裏道から多数の増援が参加し、
このまま行くと防衛隊不利で学長が狙われつつあります。
裏道に行った部隊のうち数人が戻ってきてノーキン&ケイジィを援護】
386: ◆ejIZLl01yY
17/02/21 01:16:01.61 DtpOYNo4.net
>「貴様の愚問に答えよう!何を得るかだと?吾輩は冒険者だ!得るものは金に決まっておるだろう!!
知らぬのか?金は天下の回りものと言ってな、ヒトが社会で生きていく上で不可欠なる最重要物資であるぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、私の心の中で、何かが潰えた気がした。
>「良いか若輩、金は全てに優先する!人々の安寧は金より重い?誰が決めたのだそれは!吾輩ではないぞ!
街一つ脅かして大金が得られるならば、それは立派な経済活動だ!」
いつもの私だったら、その天下と社会を作っているのも人ですよ、とか言ってたんだと思う。
だけど、駄目だ。言葉が出てこない。
ただ肺と心臓を押し潰すような息苦しさだけが、私の胸中を満たしている。
>「……やめとけや、ラテ。冒険者に良心を期待するもんじゃねえ。街を焼いて戦利品を頂くのは傭兵だけじゃないんだからな」
あぁ、やっぱり、そうなんですね。
あの筋肉男も、他の冒険者達も、退く素振りなんてこれっぽっちも見せてくれなかった。
あくまで、壊し、奪いたいんだ。
だったら……。
>「やれやれ、要塞を守るゴーレムは魔法の笛を吹いて眠らせるのが風流というものではないのか。
筋肉で破壊とは相変わらずの脳筋だのう、ノーキン・ソードマン!
私は宝箱に左手を忍ばせ……しかし不意にティターニアさんの姿が眼下に現れる。
>「幼女誘拐犯許すまじ! ―ルーンロープ!」
先手を取ったのはティターニアさんだった……が、あの筋肉男は、いけ好かないけど強い。
魔力の縄に縛られてもなお自由な足を使って……地面を踏み砕く。
その破壊の余波は私が立っている建物にまで及んだ。
崩れ落ちる建物の瓦礫を飛び石のように足場代わりにして、私は地上へと着地する。
筋肉男がその敵意の矛先を、ジャンさんとティターニアさんへと明確に向けた。
だけど、私は援護には入れそうにない。
>「ケイジィ、貴様はあのネズミ女を止めろ。吾輩は指環を取りに行く」
>「あいあいさっ。がんばるからね」
私には……どうやら別のお相手がいるようだ。
姿を消し、魔力も隠蔽されている。
だが……今の私には魔物の力がある。獣の卓越した五感が。
いる。私の周囲で、機を伺いながら、しかし素早く距離を詰めてくる。
宝箱に潜らせた左手が、追加の爆弾を掴む。
そして……私の足元に、何かが振り撒かれた。
それが何かはすぐに察しがつく……毒だ。
吸い込みはしない。だが強烈な毒と言うのは、皮膚に触れただけでも体に害を及ぼす。
体がよろめく。一瞬遅れて投擲した爆弾は、ケイジィと呼ばれた人形とは全く違う方向へ飛んでいった。
>「ね、ね、獣人のおねーえさん!」
しかし人形はまだ勝負を仕掛けてはこない。
387: ◆ejIZLl01yY
17/02/21 01:17:38.72 DtpOYNo4.net
>「さっきお金や名誉より街の皆の暮らしが大事みたいなこと言ってたけどさ!
それならどーしてあの時ノーキン達をおどかして退かせようとしたの?
ここにいるのはギルドのアサシンだよ?プロが退けって言われて簡単に退けるわけないじゃん!
―ちゃんと殺さなきゃダメだよ、敵は」
どうやら、私が完全に隙を晒すのを待っているらしい。
私にとっては好都合だ。色んな意味で。
>「ケイジィ知ってるよ。"殺すぞ"って脅しはね、相手を殺したくないから使うんだって。
ホントに殺すつもりならわざわざそれを伝える必要ないもんね。世界で一番優しい言葉だよ、きっと」
この状況を逆手に取れるかもしれないし、
「……えぇ、その通りです。私は、人を殺したくない。それの何が悪いんですか。
あなただって、殺されたくないでしょう?それに、ノーキンさん、でしたか。
もしあの人が殺されたら?その事が恐ろしいとは思わないんですか」
それに彼らとの会話は、まだ私にとっては途中だ。
「なんで、ここなんですか。奪うなら、もっと別の場所から奪ってくればいい。
冒険者なら魔物からでも、ダンジョンからでも、富と名声は手に入る。
どうしても奪い合いがしたいなら……せめて悪党同士で奪い合っていればいい」
そして。
「なのに、なんでここなんだ!人の命と、街の平和を奪って、それを金にするような真似がなんで出来る!
私には理解出来ない!私は、人を殺したくない!私は……誰も殺したくなんか!」
>「敵を殺さない優しい優しいおねーさんは、一体誰を守れるのかなぁ。
アスガルドの街の人たちは、きぃっとケイジィ達を殺して欲しいと思ってるよ!殺されたくないもんね!」
「……なかった」
これで、会話は終わりだ。
右の足首へ地を這うように迫るナイフを、半歩引いて躱す。
同時に、魔力の布……【スニーク】や【ファントム】に用いるそれを、左手で放る。
動きを阻害するほどの強度はない。ただ纏わりつき……その輪郭を明らかにさせる。
この人形は完全に姿を消し去っていた。
嗅覚も触覚も封じられていた。
音も、あれだけ声を張り上げていたら、聞こえる訳もない。
ならなんで避けられたのかって?
そりゃ……私は魔物の力を宿す以前に、レンジャーだから。
前にも書いたけど、レンジャーは訓練時代に、第六感を磨く訓練をさせられる。
第六感……魔力の流れを感じ取る感覚だ。それが俗に言う盗賊の鼻って奴だね。
魔力を隠蔽したって、隠せばそこには逆にマナの空白が生まれる。
レンジャーはそれを見逃さない……まぁ、私の場合このドーピングなしじゃ怪しいけど。
でも、それでも毒で体の制御を失ってたはず?
お生憎様、私はレンジャーだし、トレジャーハンターだ。
ダンジョンに潜っていれば、プリーストの支援なしで毒に曝される事もある。
対策は当然取ってある。指に嵌めたアンチエレメントの指輪もそうだし……技術だって学んだ。
毒を扱うレンジャーが、己の毒を体内に入れない為の技術。アイテムの合成と同じ要領だ。
体内に入り込んだ毒を、爪や髪……今ならこの毛皮に合成し、血中に溶け込ませずに排出する。その時間は十分あった。
388: ◆ejIZLl01yY
17/02/21 01:20:26.28 DtpOYNo4.net
……さて。私が半歩引いたのは、回避の為だけじゃない。
回避運動であり、予備動作でもある。
オオネズミの瞬発力を最大限に活かして……この右手を振り下ろす為の。
【スニーク】を被せ暗器と化した手斧を、振り下ろす為の。
分厚い刃に重さ。それにこの人形自身が飛び込んでくる勢い……かなり深く、斬り込めるだろう。
>「ラテさんっ…させない!」
瞬間、私の目の前にパトリエーゼさんが飛び込んできた。
私を、庇おうとして?……なんて馬鹿な事を!
咄嗟に手斧を手放し、放り捨てて、同士討ちを避ける。
……確実に首を狙おうと、隠密を暴いたのは失敗だった。
「……無茶な事しちゃ、駄目ですよ。あなたが欲しがった平和な居場所は、この戦いの先にあるんだ」
私はパトリエーゼさんの肩に手を伸ばし、後ろへ退かせる。
毒にやられているなら、無茶に動き回れば余計に毒が回る。
一度解毒に専念させてあげないと。
「そういうのは私がやりますから」
にしても、うーん……不意打ちは失敗しちゃったか。
でも、いいや。もう一つの攻撃は、きっと成功してる。
「げぼっ……がぁぁっ……!」
……ほら、少し遠くから、くぐもった悲鳴が聞こえてきた。
あの人形の声じゃない。痛覚があるのかも分からないし、そもそも防御しながらの蹴りじゃ大した威力は出なかっただろう。
悲鳴が聞こえてきたのは、ソルタレクの冒険者達が駆け込んだ路地から。
路地から戻ってきた何人かが、血を吐きながらその場に倒れた。
あの筋肉男が周囲を盛大に破壊してくれたとは言え、横道は元々、瓦礫や廃材で封鎖されていた。
そんなに素早くは通り抜けられない。
そんな路地に無理矢理逃げ込む隙を隠す為、奴らは煙幕を張っていた。
だからただでさえ通りにくい路地が更に通りにくかっただろうし。
自分達が通ろうとしているその路地に、追加の、毒の煙幕を投げ込まれてたとしても、そんな事には気付けなかっただろう。
さっき投げた爆弾は、元々あの人形を狙った訳じゃない。
路地に駆け込んだ冒険者達を狙ってたんだ。
その毒はアケディアと呼ばれる蛇の毒。
怠惰の名を持つその蛇の魔物は、他の蛇みたいに獲物を丸呑みにしたりしない。
牙を突き刺し、毒を注ぎ込むと……その獲物は、体の中から溶けていくからだ。
そしてそのまま、溶けた獲物の中身を啜る。
まぁ毒煙幕を吸い込んだくらいじゃ、全身が溶けたりはしないだろうけど……少なくとも肺や喉は駄目になる。
息が出来ず、自分の血に溺れるのは、きっと想像を絶する苦しさだろう。
奴らの中にはプリーストも混じっていたけど……それでも何人かは、その手から零れ落ちる。
だけど、そんな事、知った事か。
……ジャンさんは、彼らに良心なんて期待するなと言った。やっぱり、そうだったんだ。
あの筋肉男も、他の冒険者達も、退く素振りなんてこれっぽっちも見せてくれなかった。
389: ◆ejIZLl01yY
17/02/21 01:21:49.44 DtpOYNo4.net
>「くっ…さぁ、皆さん、この二人を止めましょう! ユグドラシアのために…!
ノーキン、あなたは早いうちに降伏し、襲撃の目的を話しなさい。私は人殺しをしません」
「目的ならもう、聞きました。あなた達は……あくまで奪い、殺したいんだな。この街から、私達から」
だったら……
「だったら、もういい。その代わり、私にも良心を期待するな」
私は深く息を吸い込む。
「ソルタレクの冒険者ども!聞こえるか!私は警告したぞ!ここは怪物の口の中だと!
それでも踏み込んだのはお前達だ!だったら……報いを受けさせてやる!
苦しめて、誤った選択を後悔させて、もう取り返しが付かない事を絶望させて!」
なんて……これは全部、嘘なんだけどね。
だって私はあの人形の相手をする為に、ここから離れられない。
だけど……この場を離れた冒険者達に、そんな事は分からない。
分かるのはただ……仲間達が己の血に溺れ、死んでいったという事実。
つまり……毎度おなじみの【ヒュミント】だ。
ただ今回は、恐怖を植え付け、萎縮させる為の、だけど。
会話は、さっき切り上げた。だからこれは、そして今から紡ぐ言葉も、ただの私の意思表示。
「……殺してやる」
……まぁ、今のままじゃちょっと無理そうなんだけどね。
パトリエーゼさんが間に入っていなかったら、さっきの斬撃、私は凌ぎ切れていなかった。
【ヒュミント】で情報的に優位に立っていて、なお、それでやっと、
人形相手に有効打になるか分からない一撃と、毒の種類次第では掠めただけで終わりの一撃で相打ち。
これが……私の実力だ。
魔物の力をこの身に宿して、やっと一流の冒険者達の背中が見えてくるくらい。
だけどあの筋肉男も、アイツが傍に置いているこの人形も、一流のその更に先にいる。
私は、弱い。今のままじゃ、勝てない。
幸いにも人形が蹴っ飛ばされた事で距離は開いた。後ろに向けて地面を数回蹴る。
逃げる訳じゃない。ただ、私じゃ勝てないなら……もっと、私以外の力を使うだけだ。
さっき私に振り回されたアルゲノドンは、このすぐ近くに墜落した。
お腹を槍でぶっ刺されて、私がそれにぶら下がって、傷口は散々引っ掻き回された。
だから獣の鼻が、強い血の臭いを嗅ぎ取っている。
……あった。瓦礫の下から溢れる、魔物の血……。
私はそれを両手で掬い上げ、口に運んだ。
ぎしぎしと軋みを上げながら、また、体が作り変わっていく。
オオネズミの毛皮はより軽い羽毛と羽根に。
体も、もっと軽く……それでいて、力はもっと強く。
この巨体で自由に空を飛び回り、自身の何倍も大きな獲物をも屠る、軽く強靭な筋骨格。
遥か上空からでも、凄まじい速度での飛行の最中でも、獲物を見逃さない鷹の目。
気分は、まるでハルピュイアってとこかな。なんだか、自分が自分じゃないみたいな高揚感。
まぁ、気分だけだけど。なんたって私は元が弱い。これでもまだ勝てるかは分からない。
……ふと視線を落とした血溜まりの中に映る私の双眸は、血よりも更に紅く染まっていた。
390: ◆ejIZLl01yY
17/02/21 01:23:09.65 DtpOYNo4.net
「……人形のあなたには、奪う命がない。その人格すらも、どうせ作り物なんでしょう」
だけど不思議とその事に何の感慨も湧かない。
そうだ。ミライユさんが死んだ時、私はこう思ったはずだ。
リアリストになりたいって。無感動でいた方が、辛くないって。
だから……これでいいんだ。
「だから、せめてあなた自身を奪います。
奪われる苦しみを、学んでこの世から消えていくといい。
あなたも、あの男も」
鷹の目が、人形を睨む。
不銘を抜き、矢を三本取り出す。
弦を引き絞り……射掛ける。
間髪入れず、地を蹴り前進。更にナイフを投擲。
矢とナイフには【ファントム】を被せた。
十を超える私の幻影……その中に、本物はない。
次の瞬間、人形の背後に現れる私……それも、幻影だ。
頭上越しに投げた軽銀爆弾……今度は間近で食らわせてやる。
そして私自身は……【スニーク】を纏い、人形の頭上を取っていた。
半壊した、しかし崩壊を免れた建物の残骸。
鼠の瞬発力に、猛禽の身軽さ……建物をよじ登るのは簡単だった。
不銘には既にショートスピアを番えてある。
どこを射抜いてやろうか。
頭か。いや……あの人形に奪われる苦しみを教えてやるなら、まずは足か。
それがいい。手足を地面に縫い止めて、軽銀爆弾で焼き尽くしてやろう。
炎に呑まれ、自分が消えていく感覚を味わいながら、この世からいなくなればいい。
今度は、邪魔も入らない。
……そこまで考えて、私は気付いた。
私の口元が……筋肉が引き攣るほどに、まるで牙を剥いた獣のような、笑みを描いていた事を。
おかしい。これじゃまるで……私が奪う事を楽しみにしていたみたいじゃないか。
それに、それに……私は今、何を考えていた?
パトリエーゼさんは、私を庇おうとしてくれたんだぞ。
それを、邪魔だなんて……。
カムイの刀身に、さっきの血溜まりに映った、紅い眼が脳裏をよぎる。
違う。そんな訳ない。今までだって何度も使ってきた奥の手だ。急に副作用なんて、そんな訳……。
そんな訳ないと……言い切れない。心臓が、嫌な感じに暴れている。
私の意識が一瞬、戦闘を忘れた。
指が滑る。弦を限界いっぱいまで引き絞る事なく、ショートスピアが放たれた。
気の抜けた射撃だ。あの人形を仕留めるどころか、足を縫い止める事も出来ないだろう。
居場所もバレてしまう。
だけど私の意識はまだ、この戦場に帰ってこれていない。
【雑兵どもはビビってろードーピング倍プッシュだー
なんかやりたい事だけやらせてもらっちゃっててちょっと申し訳ないかも】
391:ジャン ◆9FLiL83HWU
17/02/21 19:58:31.30 azsa/4+5.net
>「すなわち!―多少派手に地盤を割っても復旧に問題はないということだ!!」
ルーンロープの束縛をものともせず、ノーキンは足一つで石畳を砕いた。
さらにその衝撃はジャンのいる場所まで届き、吹き飛んだ石片が散弾のようにジャンの身体へぶつかっていく。
幸いアクアの大剣による防御と鉄の防具によってそれほど傷は負わなかったが、視界を塞ぐには十分な量だ。
石片と共に巻き上がる砂埃が収まったとき、ジャンの視界にいたのはノーキンただ一人だった。
ラテはおそらくノーキンの隣にいた少女と既に戦闘を開始したのだろう、二人ともここにいない。
ノーキンの後ろにいた冒険者部隊は既に別の順路で移動を開始したようだ。
つまり……ある程度こちらの狙い通りだ。
アスガルドの冒険者部隊はユグドラシアを囲む市街地に潜み、学園へ通じる裏道、裏口、通用門を全て確保している。
あの数ならば、いずれ学園にたどり着くまでに全滅するだろう。ここを知り尽くしているのはノーキンだけではないのだ。
>「そしてオークの若輩よ!貴様の持つ指環は吾輩が個人的に探し求めていたモノだ。
くれと言ってもくれぬであろう?ならば冒険者らしく、盗掘品の奪い合いといこうではないか!」
ノーキンは力強く堂々と名乗り、踏み込んできた。
見た目からは想像もできない俊敏さにジャンが思わず目を見張った、その直後。
>「吾輩の皮膚を断つとは実に業物である。だが剣を断ち切るモノもあると知っているか?」
ジャンの目の前に現れたかと思うと、両手で構えているはずのアクアの大剣を片手で掴み、止めてみせたのだ。
ハーフオークとはいえそこらの生物に負ける腕力ではないと自負していたジャンにとって、これは久しくなかったことだった。
(コイツ…!親父かそれ以上の腕力してんな!)
さらにただの筋肉馬鹿ではない。そうジャンは直感で感じた。
ならば一旦引いて指環の力で対抗するしかない、そうジャンが考え距離を離そうとした瞬間だ。
>「―我が手刀だ!!」
ただの手刀によってアクアの大剣は容赦なく砕かれ、思わず構えが乱れた隙を突かれる。
>「そしてこれが我が足刀だ!!」
鉄の胸当てにはヒビが入るほどの衝撃が加わり、ジャンはあっけなく吹き飛ばされた。
通りにあった青果店の、先日までは売り物だった大量の果
392:物にぶつかり、欠片の中にジャンは沈む。 だが、ジャンの身体には傷一つついてはいなかった。砕かれたアクアの大剣が圧縮された水流となり、 ジャンの身体をノーキンの一撃から守ったのだ。だが、鉄の胸当てまでは守り切れなかったようだ。 「……痛ぇなオイ、この胸当て結構高かったんだぜ」 ゆらりとジャンは立ち上がり、指環の力を再び解き放つ。 指環から放たれる激流はジャンの腕と足に纏われ、それぞれ美しい水の波紋を描いた紋様を持つ防具となった。 「こっちも名乗らせてもらう。冒険者のジャン・ジャック・ジャンソンだ。 指環は渡せねえ。あの世か牢屋、どっちかに行ってくれや」 荒波のごとき激流を体に纏わせ、滑るようにノーキンへとジャンは突撃する。 まずは姿勢を低くし、なめらかな動きで足払いをかけた。さらに姿勢を崩したところで膝蹴りを胴に叩きこみ、顔面に右手による殴打。 常人ならばまず昏倒するか骨を砕く一撃だが、さらに指環の力によって打撃を加えた箇所に水流をまとわりつかせる。 仮に意識を保ったとしても、意のままに動かない水流によって動きは制限される……はずだ。 (この筋肉野郎に小細工が効くかどうか分かんねえが……やらんよりはマシだ!)
393:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/22 23:28:13.66 XwPus/33.net
>「……ぬ。そういう貴様は相変わらず年甲斐のない乳臭い格好だなドリームフォレスト!久しいぞ!!」
>「誰あのひと、知り合いなのノーキン」
>「ティターニア・ドリームフォレスト。ユグドラシア、ひいてはエルフ魔法界における有名人だ。異端児という意味でのな。
優秀な導師ではあるが如何せん頭のネジがイカれ方向に振り切れているユグドラシアの狂人代表のようなものだ」
>「ううーん……とりあえずノーキンの類友ってことはよくわかったよ」
全くの嘘ではないが若干盛ったり尾びれ背びれが付いたティターニアの情報を織り込みつつ
ノーキンと謎の少女との軽妙な掛け合いが繰り広げられる。
「ま、まあ……ロマン砲等冗談半分で提案はしたが……まさか本当に作ってしまうとは思わなんだ。
そういえば古代魔法文明時代の様子を推測した論文は発表当時は爆笑の渦を巻き起こしたかの。
空飛ぶ船が妙にツボにはまったらしい」
>「まぁ聞け。ヒトに限らずエルフもまた積み重ねた年齢で相応の貫禄を宿すものだが……あの女はアレで吾輩より年上であるぞ」
>「キャピキャピエルフおばさん……!!」
「言いたいことは分かるがキャピキャピは少し方向性が違うと思うぞ。
それに逆だ、ノーキン殿の方がエルフとしては若年にして重厚な雰囲気を身に着け過ぎなのだ」
エルフの貫禄とは内側から滲み出るオーラのようなものであり、通常は外見自体に貫禄が付くわけではない。
同僚エルフ導師には外見が老けない種族特性を最大限悪用し、ウン百歳でミニスカツインテールで魔法少女を気取っている輩などもいる。
それに比べればティターニア等かなり落ち着いている方……というのはどうでもいいが
とにかく、100歳でようやく成人とされるエルフとしては、140や150と言えばまだまだ若いはずだ。
一説には、人間と結ばれると老化するようになる―
という説があったのをふと思い出すが、何しろ事例が希少なため真偽は定かではない。
ルーンロープで拘束されて尚、ノーキンは落ち着き払った様子で語る。
>「そこのポンコツが言ったようにこのケイジィはヒトを模したただの魔導人形よ。
利害の一致から共に旅をしているに過ぎぬ……余計な詮索はするなよドリームフォレスト」
「魔導……人形……だと!?」
よくよく目を凝らしてみれば肌が人造物のように見えなくもないが、外見の精巧さもさることながら。
あの軽妙な掛け合い、表情の動き― まるで生命が宿っているかのよう。
西方大陸はもとより中央大陸の技術レベルをも軽く超えている。
このレベルの魔道人形を作れる国があるとしたら……。興味は尽きないが、今はそれどころではないようだ。
394:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/22 23:30:05.00 XwPus/33.net
>「……さぁ!待たせたな若輩諸君!旧交の温め合いは終わった。待望の命のやり取りの再開だ!
吾輩昔はこの国の軍人でな!重要な技術拠点でもあるこのアスガルドの戦略地理については熟知している!
例えば街の下水道普及率はユグドラシアを中心に6割程度!この辺りはまだ汲み取り式で用を足しているな!」
>「すなわち!―多少派手に地盤を割っても復旧に問題はないということだ!!」
ノーキンが足を踏みしめると、盛大に地割れが走る。
それはいいのだが、(いや良くはないが)特筆すべきは魔術も何も使わずに本当に単に足を踏みしめただけだということだ。
>「ノーキン・スピニング☆アクセル!!」
そのままノーキンが華麗に高速回転を始め、ティターニアは気付けば宙を舞っていた。
いくらここが夢と魔法の学園都市とはいえ、なんという刺激的すぎるアトラクションであろうか!
>「瓦礫の彼方へ飛ぶがよい!」
>「ノーキン・クレイショット☆ブロォォォォッ!!」
ノーキンが正拳突きのポーズで拳を突き出し、エーテル属性の魔力が打ち出される。
魔法装具エーテルメリケンサックを介した物理攻撃から魔法攻撃への変換―
建造物を破壊する場合や肉体派の敵に対しては、魔法攻撃に変換した方が大きなダメージを与えられるのだが、
物理防御が弱い反面魔法防御に優れるティターニアにとってはこれはせめてもの救いだった。
とはいえ、アスガルド外壁の破壊にも使われたその技の衝撃は相当のものである。
とっさに発動を間に合わせたプロテクションで和らげて尚、ド派手に吹っ飛ばされる。
危うく文字通り瓦礫の彼方に飛ばされ暫し戦線離脱するところであったが、
ノーキンにほどかれたルーンロープの端を適当な構築物に巻き付け、なんとか戦場に踏みとどまった。
浮遊の魔術で落下の衝撃を和らげつつ地面に降り立つ。
ちなみに眼鏡は一連の空中散歩を経ても飛んでいくどころか何故かずれもしない。
そのような方向性にも無駄に高性能な魔装具である事が伺えるのであった。
眼鏡は無事だが今の攻撃を食らい流石にノーダメージというわけにはいかず、口の端から流れる一筋の血を手の甲でぬぐう。
「自分の血を見たのは数十年ぶりだ……と言いたいところだがそういえばこの前魔導書の紙の縁で指切ったわ」
不敵な笑みを浮かべ余裕を装うが、常にジャンをはじめとする鉄壁の前衛達に守られてきた純魔術師系クラスであるティターニアが
ここまで派手なダイレクトアタックを食らうのは稀有なことであった。
2対3、数の上ではこちらが有利だが……
ジャンは水の指環の力を解放して尚圧され気味で胸当てが砕かれており、ラテは姿見えぬケイジィの言葉に翻弄され、冷静さを失いつつある。
ケイジィはツッコミ�
395:ィ喋り人形としての性能もさることながら、戦闘力も飛びぬけた魔導人形であった。 それもおそらく能力の傾向は暗殺者系――あの格好は敵を油断させるためのものだろう。 それにしてもあの言葉攻めは、今のラテにとってはそんじょそこらの毒以上に猛毒だ。 読心能力でもあるのか、あるいは言動の端々から彼女のトラウマを読み取ったのか……どちらにしても脅威。 ここで大地の指環をはめるべきか――ティターニアは暫し逡巡する。 ノーキンの発言から、彼が指環を狙っているのは明らか。 こちらが水の指環に加え大地の指環まで持っていると知れれば、更に本気になってしまうことだろう。 そんな時だった、パトリエーゼが駆けつけたのは。
396:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/22 23:33:02.50 XwPus/33.net
>「お待たせしました。パトリエーゼ、ティターニア師と皆さんと、大事な場所を守るために参戦します。
ノーキンさん、すぐに降伏し、撤退しなさい!」
独特の戦闘服、通称メイド服に身を包んだその姿は、ほんの数日前とはまるで別人のよう。
杖を掲げ独特のポーズで制止するパトリエーゼの艶やかな黒髪が、魔力の波動に揺れる。
あっという間に周囲に6つもの魔法陣が展開された。
「パトリエーゼ殿、来てくれたのか……!」
パトリエーゼのエーテル属性特化の魔術は、元々は狂気の教団によって開発された哀しき力―
彼女はそれを、流れ着いたばかりのユグドラシアを守るために惜し気もなく使ってくれている。
エーテル・ネクトル―継続して服用することでエーテル属性の魔術への適合値を飛躍的に上昇させる劇薬。
それだけに心身への負担が非情に大きく、継続的な服用者の心神喪失や突然死等が後を絶たない。
その危険性たるや人体実験ともいえるもので、当然ここユグドラシアでは禁忌とされている。
パトリエーゼがその事故例の中の一例にならずに済んだのは、運よく元々の素質に恵まれていたおかげであろう。
>「敵を殺さない優しい優しいおねーさんは、一体誰を守れるのかなぁ。
アスガルドの街の人たちは、きぃっとケイジィ達を殺して欲しいと思ってるよ!殺されたくないもんね!」
>「ラテさんっ…させない!」
パトリエーゼはなんと、ケイジィとラテのレンジャー系クラス対決の最中に躍り出て
ステルス魔術で姿を消したケイジィの攻撃を杖で受け止め回し蹴りを放ち、ラテを庇って見せた。
それを見たティターニアは驚愕した。
卓越したエーテル属性魔術だけではなく、本格的な前衛での戦闘術まで身に着けているというのか。
それにあの身のこなしはどこかで見覚えがある―そう、帝国騎士のものだ。
それはパトリエーゼが帝国騎士団に所属していたことがあるということを示していた。
>「……殺してやる」
昏い決意を瞳に宿したラテが、アルゲノドンが墜落したあたりに歩み寄る。
ティターニアは、ラテが何をしようとしているのか分かってしまった。
「ラテ殿、やめ……」
なんとしてでも止めようとラテの方に駆けだすが、その進路上にノーキン達の援護に駆けつけた雑兵数名が割り込んできた。
397:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/22 23:36:47.85 XwPus/33.net
>「ノーキン様! 援護に来ましたぞ!」
「退け、今はそれどころではない!」
一人はパトリエーゼの魔法陣に吸い込まれて自爆し、残り数名も適当な魔術で蹴散らすのは大して時間はかからなかったが、タイミングが最悪だった。
それはラテが魔物の血を―アルゲノドンの血を飲んでしまうには十分すぎる時間だった。
すでにオオネズミの血だけでも副作用が出かけていたのだ。
その効果も切れぬうちに重ねてアルゲノドンなどという更に高位の魔物の血を飲んでしまったら……
>「……人形のあなたには、奪う命がない。その人格すらも、どうせ作り物なんでしょう」
>「だから、せめてあなた自身を奪います。
奪われる苦しみを、学んでこの世から消えていくといい。
あなたも、あの男も」
血よりも紅い真紅の双眸、口許に浮かべた凄惨な笑み―今や精神までも魔物の血に侵食されていることは明らかだった。
そしてそのことに気付いたラテ自身の心の動揺を現すかのように、彼女の手元が狂い始める。
魔物の血の侵食においても、戦闘においても、このままではどちらの意味でも危険だ。
「―ピュリフィケーション」
ラテによっていったん引かされたパトリエーゼに駆けより、肩に手を触れて解毒の魔術をかける。
そして背伸びしてパトリエーゼの耳元に口を寄せ、ラテに聞こえぬように小声で囁く。
本当はティターニアの方が遥かに年上なのだが、まるで幼い少女が大人に秘密の頼みごとをするような、不思議な絵面となった。
そしてたまたまパトリエーゼが大柄だったからそうなったにすぎないその絵面は、奇しくもティターニアの今の心境を正しく表しているのだった。
「頼む、ラテ殿を助けて……救ってやってくれ……! 我ではもう救えぬ……」
それは心からの懇願。学長がまだまだ未熟だと言った通り、導師の威厳もへったくれもあったものではない。
しかしそれは単に藁にもすがる心境から出た言葉ではもちろんなく、出会ったばかりのパトリエーゼに託したのはそれだけの理由がある。
理由の一つめは、単純にパトリエーゼがエーテル属性の魔術の扱いにおいてはティターニアを超える力を持っていること。
魔物の血は一種のとても強力な呪いだ。ああなってしまっては、自分の解除できる範囲を超えている。
しかしエーテル―全ての魔力を打ち消す虚無の属性を統べるパトリエーゼならばあるいは―
もう一つは、精神的な理由。
人の説得においては、何を言うかよりも誰が言うかの方が遥かに重要なことが往々にしてあるのが現実だ。
ラテがいくら説得しても無意味だったミライユが、メルセデスの前にはいともたやすく陥落したように。
人間の尺度で言えば長い年月を生きすぎたティターニアの言葉はラテの心に届かなくても、
同年代の少女であるパトリエーゼならば可能性はあるかもしれない。
とにかくこうなってしまってはラテの事はパトリエーゼに託し、自分は自分の出来ることをするだけだ。
ジャンの方を見れば、指環の魔力を全身に纏って防具として使う算段のようだ。
となれば、武器は自らの肉体自体ということだろう。
398:ティターニア ◆KxUvKv40Yc
17/02/22 23:39:26.50 XwPus/33.net
「―エーテリアル・ウェポン」
いつもは武器にかけている強化魔術を今回はジャンの体自体に、いつも通りにかける。
毎度おなじみのファイアウェポンやダークウェポンといった属性付与兼強化の術の系列だが、
一つだけ違うところがあるとすれば……今回はそのエーテル属性版。
エーテルは虚無―そして全という側面も併せ持つ。
これは理論上は存在するが通常は不可能とされている、全ての属性の魔力を同時に付与するに等しい魔術なのだ。
その無謀な挑戦は功を奏し、ジャンの体が魔力のオーラを纏う。
不可能とされている術が何故成功したか、それはパトリエーゼによって展開されている六つの魔法陣の力の賜物に他ならない。
>「こっちも名乗らせてもらう。冒険者のジャン・ジャック・ジャンソンだ。
指環は渡せねえ。あの世か牢屋、どっちかに行ってくれや」
ジャンの全ての属性が合わさって最強に見える攻撃がノーキンに炸裂する!
399:ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Yc
17/02/24 00:14:43.25 oXpkJgdQ.net
早い物でこのスレももうすぐ500kbだが
ここを立てて以来スレ立てをしていないのに何故か「このホストではしばらくスレが立てられません」が出てしまった。
雛形を置いておくのでどなたか可能な方にスレ立てをお願いしたい。
400:ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Yc
17/02/24 00:17:02.26 oXpkJgdQ.net
【スレタイ】
【ファンタジー】ドラゴンズリングⅢ【TRPG】
【本文】
―それは、やがて伝説となる物語。
「エーテリア」と呼ばれるこの異世界では、古来より魔の力が見出され、人と人ならざる者達が、その覇権をかけて終わらない争いを繰り広げていた。
中央大陸に最大版図を誇るのは、強大な軍事力と最新鋭の技術力を持ったヴィルトリア帝国。
西方大陸とその周辺諸島を領土とし、亜人種も含めた、多様な人々が住まうハイランド連邦共和国。
そして未開の暗黒大陸には、魔族が統治するダーマ魔法王国も君臨し、中央への侵攻を目論んで、�
401:ユ視眈々とその勢力を拡大し続けている。 大国同士の力は拮抗し、数百年にも及ぶ戦乱の時代は未だ終わる気配を見せなかったが、そんな膠着状態を揺るがす重大な事件が発生する。 それは、神話上で語り継がれていた「古竜(エンシェントドラゴン)」の復活であった。 弱き者たちは目覚めた古竜の襲撃に怯え、また強欲な者たちは、その力を我が物にしようと目論み、世界は再び大きく動き始める。 竜が齎すのは破滅か、救済か――或いは〝変革〟か。 この物語の結末は、まだ誰にも分かりはしない。 ジャンル:ファンタジー冒険もの コンセプト:西洋風ファンタジー世界を舞台にした冒険物語 期間(目安):特になし (1つの章は平均二か月程度) GM:なし(NPCは基本的に全員で共有とする。必要に応じて専用NPCの作成も可) 決定リール・変換受け:あり ○日ルール:一週間 版権・越境:なし 敵役参加:あり(ただしスレの形式上敵役で継続参加するには工夫が必要) 名無し参加:あり(雑魚敵操作等) 避難所の有無:なし(規制等の関係で必要な方は言ってもらえれば検討します) 新規参加者は常時募集していますので、参加希望の方はまずはこちらのテンプレで自己紹介をお願いします。 (単章のみなどの短期参加も可能) 名前: 年齢: 性別: 身長: 体重: スリーサイズ:(大体の体格でも可) 種族: 職業: 性格: 能力: 武器: 防具: 所持品: 容姿の特徴・風貌: 簡単なキャラ解説: 過去スレ 【TRPG】ドラゴンズリング -第一章- ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1468391011/l50 【ファンタジー】ドラゴンズリング2【TRPG】 ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1483282651/l50
402: ◆ejIZLl01yY
17/02/24 01:58:49.21 rXzp6YfF.net
スレリンク(mitemite板)
ほい!立てときました!
403:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/24 18:01:23.56 vS4leVsa.net
>「……無茶な事しちゃ、駄目ですよ。あなたが欲しがった平和な居場所は、この戦いの先にあるんだ」
ラテさんがそっと肩に手を添え、あたしを後ろへと引かせる。
>「そういうのは私がやりますから」
役に立てたようで嬉しいと同時に、寂しくもあった。
「分かったわ。無駄死にするな、とここの学長さんにも言われているし、なるべく援護に回るようにします。
敵が見えています。私には。それを皆さんで共有しましょう」
「≪エーテルサーチ!≫」
ケイジィの姿がエーテルの力で露になり、ステルス効果が打ち消される。
実際には見えているようにしているだけで、打ち消しているという訳でもないのだけれど。
あたしはさらに魔力のチャージを続け、せめてもの一撃を放てるようにした。
相手は強敵だ。このまま市街や学長側の援護にもいきたいけど、彼らは“友達”なのだから。
が、状況は変わった。
ラテさんが先走ったようで、アルゲノドンを撃ち落とすと、その力を吸収しはじめた。
ラテさんの毛皮がみるみるうちに禍々しい羽根や皮膜に変わる。そしてその目は―既に人間のそれを超越していた。
「どうして、こんなことに…!」
飛び掛ってくるノーキンの部下たちに蹴りを入れ、柱や魔法陣を利用して一人ずつ無力化していく。
この人たちにも人生があるのだから、優しくしなきゃ。
柱の一本が倒れて崩れ、その一人を潰して、内蔵が出てるけど、きっと終われば何とかしてくれる。
ケイジィの背後をついたラテは禍々しいオーラをまとっている。
あたしは混乱した。とりあえず離れた場所でジャンさんと一緒にノーキンと対峙するティターニア師を見る。
>「退け、今はそれどころではない!」
>「―ピュリフィケーション」
「あっ…毒が…」
今まであたしを蝕んで動きを鈍らせていた毒が除去された。
これはエーテルの力による「中和」だ。あたしには使えないこともないが、この速度で出すことはできない。
ティターニア師が急にあたしに近づくと、背伸びをしながら耳元で囁く。
>「頼む、ラテ殿を助けて……救ってやってくれ……! 我ではもう救えぬ……」
それは真剣そのものの懇願だった。
先ほどまでは余裕の表情をしていた師が、これほどまでに追い詰められるとは。
逆にその師の友情、仁義というものに痛切に感動した。
404:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/24 18:02:10.64 vS4leVsa.net
「わかりました。きっとこれも運命なのでしょう。
エーテリアル世界が分裂したのも、ここであたしがラテさんのために身を張るのも」
杖を構え、大魔法をなおも詠唱しながら、残りの魔力を賭けて飛び上がり、ラテさんを後ろから羽交い絞めにする。
「…“無色の抱擁”≪エーテルクルセイド≫…!!」
ラテさんを羽交い絞めにしたあたしは、短時間でラテさんに宿った禍々しい属性を吸収していく。
そこには地や風、闇といった様々な属性が交錯し、禍々しい姿を像造っていたに違いない。
「あたしが、全部吸い込んでやる…!」
エーテルの器と化したあたしは、ラテさんからその能力を奪わないように、その禍々しい姿を、
ラテさんの人間の姿に完全に戻した。
つまり、ラテさんの攻撃能力を損なわないまま、侵食を食い止めたのだ。
全身に痛みが走り、彼女が今まで感じてきていた苦痛のようなものが走る。
「今だ…!!」
それを素早く大魔法詠唱の方へと上乗せする。そして研ぎ澄まされた魔力は、
濁流をもって敵をターゲッティングし、巨大な竜巻となって襲い掛かる。それは目の前にいるケイジィと、魔法陣で多段反射しながら、
突如遠く離れたノーキンを襲った。
「いきます。―“黄昏の大旋風”≪セフィア・トルネード≫…!!」
たちまち「無」属性の大魔法が放たれ、それは旋風状になって敵を襲った。
強烈な破壊力は鎧や岩も砕き、同時に相手の精神力を潰滅させる、絶対的な「虚無」の魔法。
―
―そのときだった。
『―ムーアテーメンより。敵襲じゃ!こやつらは今街を襲っている連中とは訳が違う。わしらで対抗してみるが、
余裕があったら援護頼む』
学長さんからウィンドボイス、いや、エーテルボイスのようなものが放たれた。
発信源は空中というより、この建物そのものに魔法がかけられ、それが発信源になっているみたい。
「今、助けにいきます…!」
あたしはノーキン&ケイジィと対峙する師たち三人にその場を任せると、いち早く
先ほどラテさんから「吸収した」能力の一部である浮遊能力を利用して、残る魔力を全力で消耗しながら学長のいる一号棟へと向かった。
「三人とも、うまく打ち負かしてくれてるといいな…でも、これはあたしの仕事だから。
本に書いてあった。メイドさんっていうのは、ご主人の危機が迫ったら何が何でも駆けつけなきゃならないから。
だって、この服装をくれたのは、学長さんだし…!」
405:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/24 18:06:53.05 vS4leVsa.net
あたしがこの前学長さんと一緒にお話した場所あたりに駆けつけると、
フードを被った男たちが魔術学院の学生や護衛の兵士さんたちと戦っていた。
数が多すぎるし、あの身のこなし、まるで戦闘のプロみたい。
―少なくとも冒険者ギルドから派遣されてきたメンバーではない…!
でもこの服装の集団、どこかで見たことが…
まだ建物の外だし、学長さんの姿は見えないけど、やれるだけやってみせる。
あたしが足止めして、流れを変えて撃退してやる!
「ほう…こいつもここの兵の一人か? どうする?」
「始末しろ。あの方の命令だ。女でも容赦するな」
「させないっ!」
背後に回りこむ敵のフードを被った兵を杖で殴り、そのまま精神力を破壊して気絶させる。
気絶してるだけ…だよね?
次に横から飛び掛ってきた相手がいたけど、何とか魔法陣を展開して、それを使って一度弾き飛ばすと、
思い切り頭を踏んづけて、動かなくなったのを確認する。
「あれは強敵だ。二人か、三人以上でかかれ!」
少しずつ押し返してくれればいいな、と思ったけど、もう学院の人達は逃げるか、やられるかで、
気がついたら周りにはあたししかいなかった。
あ、魔力が尽きた。それでも戦う。そろそろ向こうでの戦闘が終わって、師やラテさんたちが助けに来てくれるから。
兄さまに教えられた。
昔のある組織の兵は槍が使えなくなったら剣を抜いて戦い、剣が仕えなくなったら拳で戦い、拳で戦えなくなったら歯で戦った―と。
腕をやられ、杖を遠くに弾き飛ばされた。もう取りに行くのは難しい。
大事なのは、どうやって敵を一人でも多く減らすか。教えられた通りに、人間の体の弱点は知り尽くしてる。
倒れた敵さんから剣を貸してもらうと、それで兄さまと訓練した頃を思い出しながら、剣で相手の頭や首、胸のあたりを狙い、
そして後ろに回りこまれたら回し蹴りで目や鳩尾や脚を狙った。
弓や魔法を相手には敵さんの体を使って盾にして、その場を凌いだ。
そうして何分経っただろう。
406:パトリエーゼ ◆.ioWGZt2uA
17/02/24 18:10:45.49 vS4leVsa.net
―目の前が倒れた人間で一杯になっていた。
あちこちが真っ赤に染まっている。あたしの視界は真っ赤だ。
全身が痛い。あちこちに刺さった矢や傷があるから、神経毒や麻痺毒が回ってきてるんだろう。
意識が落ちる。あたしもう駄目かも。
せっかく貰った服装もボロボロに破けて、もう裸も同然だ。
これじゃ、学長やティターニア師たちに見せられないや。
意識が飛びかける寸前のこと。
建物の中から大事そうに何かを抱えて出てくる黒い鎧の男の人を見た。
どこかで、何かの本を見て知ったことがある。あれは…
「―それは…“無の水晶”≪エーテル・クォーツ≫…
まさか、貴方は、あの“クリスタルドラゴン”を…そんな…」
その“黒騎士”は口の端を吊り上げて答えた。笑っているようにも聞こえる。
「さぁな。これは“器”に過ぎん。“種”がなくてはただのガラクタだ。
と、お前がまさかここにいるとはな。とりあえず…」
そんな、まさかここで貴方に…!?
「―死ね」
ドン、と強く重い一撃が放たれると同時に、あたしはついに地面に倒れ伏した。
最後にあたしはその見知った黒騎士の姿を目に焼き付けた。彼が踵を返す光景が最期になった。
(ティターニア師、ラテさん、ジャンさん、学長…あたしは、ここが最後の場所で良かったのかな…?
皆さん、どうかご無事で…!)
殆ど動かなくなった両腕を前に組んだところで大勢の敵が群がってきた。
「殺されたホセたちのカタキだ!」「被害状況は? 何人殺された!?」「くそっ、俺の目が…」
「その女を殺せ!!」「いや、もっと、もっと苦しめてから殺してやれ……」
敵の殺気に満ちた声を聴き終わらないうちに、意識はそこで途切れた。
そして―あたしは死んだ。
【パトリエーゼ死亡で退場です】
【まず、ノーキンさんには途中割り込みになったことをお詫びします。
急な多忙の関係で途中退場することになり、本当に残念ですが、ありがとうございました。
大魔法の効果、学長の安否、黒騎士の正体などについては後は全て皆さんのご判断にお任せします】
【では、素晴らしい物語になることを期待して、さようなら】