幻想入りの話しを書くスレat MITEMITE
幻想入りの話しを書くスレ - 暇つぶし2ch2:創る名無しに見る名無し
14/03/16 00:44:04.04 p10oboPW.net
降って沸いた妄想

仲魔達が幻想入り

広大無辺なるアマラ宇宙、その中に、ある小さな歪みが生まれた。
それは、次々に他の世界へと飛び散り、楔となってアマラの渦を堰止めた。
ある時はボルテクス界に、ある時は魔界に、ある時は荒廃した未来に……
渦の中にいる者はこれを知ることはなく、止めることもできない。やがて、
堰止めたられた渦の中から、弾き出される者たちが現れた。
これは、その弾き出された者達が、アマラの堰を切るまでの、大きくも儚い物語
 サブタイトルは『真・女神転生外伝』か『東方交差天』
シナリオ
1 仲魔達がそれぞれの世界のエンディングから飛ばされてくるシーン
2 幻想郷パート、ここで見慣れぬ仲魔達と幻想郷民の邂逅
3 舞台裏 紫にぼっちゃんもしくはダークおじさんから過去が説明が入る※1
4 元の世界に帰りたい仲魔達が博麗神社に駆け込む
5 紫から異変を解決すると帰れると伝える、仲魔達「コンゴトモヨロシク」※2
6 以下最後の一人まで続く。
7 最後の仲魔とラスボスが戦闘※3
8 異変解決、そして誰もいなくなる
9 いつものように、壮大に何もなかった! となる

※1 過去が改竄されたことで確定していた未来の存在だった仲魔達が「なかったこと」にされる。
そのまま消えるはずだったところを、なんやかんやで幻想入りする。
※2 一つの世界の異変を解決すると仲魔が一人消える『ぼくらの』方式
※3ぶっちゃけスティーブンとアキラな。
 出演する仲魔達(予定)
真・女神転生Ⅲノクターンから 妖鬼 オニ
デビルサマナー ソウルハッカーズから 造魔 ジード
真・女神転生ifから 魔人 アキラ
真・女神転生から 魔獣 ケルベロス(パスカル)
メガテンシリーズのどれかにヒーホーズ
他メガテン以外で仲魔モンスターがいるゲームから好みでいくつか
 むしゃくしゃしてやった。書くかは未定。誰か書いてもいいのよ。

3:創る名無しに見る名無し
14/03/16 04:20:27.94 bMens6wY.net
もちろん【実話】
最初の5ページまで読めばわかる
逆にそれ以外は読まなくていい
URLリンク(estar.jp)

4:創る名無しに見る名無し
14/03/17 00:41:11.95 D5Sdsfw1.net
※書き手の知識不足やオリ設定があります。ご容赦ください。


プロローグ
 ―フフフ、なあんだ。始めからこうすれば良かったんじゃないか―
 薄暗い、いや、一つの灯りを除いて何もない暗室の中で、男が呟いた。

―そもそも悪魔なんか“いない”のが普通なんだから。
手元のキーボードを病的な速度でタイプしていく男は、やはり病的な風貌をしていた。
痩せ細った体を真っ赤なタキシードで包み、髪は脱色している訳ではない白髪、
顔は若いような、老いているような、判断しかねる造りをしている。

安楽椅子に座り長くも短くもない足を組みながら、どこか虚ろな両目は眼鏡越しに正面のモニターへと注がれている。
様々な幾何学模様や魔法陣の中に、タイプに合わせてどの国の言葉でもない文字や記号が入力されていく。
―これで文字通り、この世から悪魔なんてモノは存在しなくなる。思ったよりもずっと簡単だったな。
弛緩したようなだらしなく空いた口から、もう一度笑い声が漏れる。

―悪魔消滅プログラム、スタートっと
エンターキーを軽く叩く音がすると、彼の後ろにあったリンガと仏壇が一体化したような怪しげな物体の表面に、
モニター内を走り回る文字と同じ物が点灯した。

 ―いいぞ、成功だ……!
 静かな内に、微かな恍惚を滲ませて彼はモニターと自作の“輪転機”を交互に見やる。
速度がある一定に留まると、今度は発行し、放電するようになる。

 一体どのような原理でそうなっているのか、彼以外に分かる者がいるのかはさて置き、
輪転機は少しだけ宙に浮いた。そして最後に激しく明滅したかと思うと、
空を裂くような甲高い音を残して、彼の目の前から消滅した。

―これでおしまい。ふう、面白かったけど、ミロク教典もあまり大したことなかったな。
達成と余裕と、僅かな倦怠感を含んだ呟きは、他に聴く者もいない部屋の中に霧散した。

―あーあ、また何か面白いこと、ないかなあ。
足を組み替えながら彼、スティーブンはそう一人呟いたのだった。

5:創る名無しに見る名無し
14/03/18 00:33:37.15 Qfj+NYI7.net
一章「飛沫」
一つの世界があった。
生きとし生ける者全てが、己の我が儘を他人に強いることに全てをかける世界が。
名はボルテクス界
一つの戦いがあった。
生きとし生ける者全てが、己の我が儘を他人に強いるための戦いが。
一言では到底収まるはずのない、しかし一言で現す他にない戦いが。
後に『背理のコトワリ』と名付けられしその戦いを制したのは、皮肉にも、
押し付けられた我が儘にただ反発しただけの、一匹の自由な悪魔と
その仲魔達であった。
この世界から飛沫が弾き出されまでの顛末は、ボルテクス界終焉の後先にまで遡る。


「愚かな……コトワリ無く我が力を解放したとて、何の救いがあろうか。
おまえはまた、新たな苦しみの国を生み出すのだ……
おお……悪魔よ………ヒトよ…………」
 コトワリを生み出すための存在、大いなる光が、命を失おうとしている。
眩い光が辺りに満ち、カグツチ塔が震える。

「……終わった、のか……」
仲魔の誰かが言った。崩れ去る煌天を前に、全ての全てを賭けた戦いの後に。
「ざまあ見やがれってんだ、クソお天道様がよ!」

疲れきり天を仰ぐ者、勝利を叫ぶ者、喝采を上げる者、安堵する者、嘆く者、
倒れ伏す者、自失に暮れる者、今まさに多くの者が生まれ、消えようとしていた。

天の怒りに触れながら、その威光に膝を付かなかった者達は、
今まさに最後の刻に立ち会っていた。
塔は吹き飛びこそしなかったが、皆知っていた。
これは小康状態ですぐに次が来ることを、その時が本当の最後であると。

「………………………………………………………………」
 彼は沈黙を貫いたまま、意思の光が宿る瞳を、いずこかへと注いでいる。
其の名は「人修羅」かつて人の身でありながら、
悪魔の戯れによって悪魔へと生まれ変わった存在であった。

6:創る名無しに見る名無し
14/03/18 00:35:38.36 Qfj+NYI7.net
多くの者がそうであるように、人修羅もまた静かに感慨に浸っていた。
その人修羅に声をかける一匹の仲魔がいた。

「なあ、本当に良かったのかよ」
 オニだ。他に言い様がないほどオニだった。それほどまでに目の前の存在はオニである。
全身真っ赤な色をした巨躯に、いつ見ても窮屈そうな、
これから祭りにでも行くかのような法被を纏っている。

「なんつーかよ。その、まさか勝てるとは思ってなかったんだよ、本当は、オレ」
「………………………………………………………………」

 人修羅が仲間に向き直る。オニは格の高い悪魔ではない。
本来ならばこの戦いに付いてこれるほどの力は無かった。だが、
良くも悪くも人間臭く、良く言えば地に足のついた、悪く言えばスケールの小さい
この仲魔は、他の仲魔同様奇しくも人修羅の人間としての心を支え続けてきた。

 オニは、気落ちしているようだった。いつになく弱気だった。
率直な表現をすれば、寂しそうだった。
「なあ!今からよ、コトワリ、創っちまったらどうだ!?」
「何を言ってるんだお前は」

 横から口を挟んだのはクラマテングである。オニと並び、
コッパテング時代から人修羅と旅をしてきた古株である。
叩き上げで幻魔にまで上り詰めた後は、その類まれな魔道で多くの窮地を退けてきた。

「戦いは終わったし、コイツの気持ちも変わらんし、オレも一緒じゃなかったのかよ。
それとも何か?この期に及んで怖気づいたのかよ」
 仲魔の間でだけ変わりないフランクな口調で、クラマテングは問うた。

「ばっ、そ、そんなんじゃねえよ、そんなんじゃねえけど……」
「オニちゃん、寂しいんでしょ」
「ば!」
 いきなり核心を突いたのはクイーンメイプだ。仲魔の中では一番始めに
人修羅の仲魔に「なってくれた」悪魔である。
実に多芸で幾度となく人修羅を助けたが、一番の助けとなったのは、
ピクシーの頃から何も変わらない性格だったろう。

7:創る名無しに見る名無し
14/03/18 00:36:43.24 Qfj+NYI7.net
あたしもね、寂しいよ。ちょっとだけ」
 臆面もない彼女に、オニは頭が上がらない。意地を張っても意味がないから、
何かあるといつもオニのほうが先に折れるのだ。
「……ああ」

「ああそうだよ!寂しいよ!もっと戦って!旅して!冒険して!
もうひと暴れしてえよ!ずっとそうしていてえ!
オレら全員でずっとそうしていてえ!」
 オニが真っ赤な顔を更に赤くして白状する。他の仲魔達も寂しそうな笑みを浮かべる。

「いいじゃねえかよ!オレだけでもよ!別の世界に行っちまって、
そこでよろしくやってもよ!世界のことなんか分かんねえし、
そこまで関わり合いにならなくってもいいじゃねえか!」
 オニは半泣きだ!

「お前なあ……」
 クラマテングは舌打ちすると、頭をかいてそっぽを向いてしまった。
「お前らは違うのかよ!パールバティ!クーフーリン!サル!ヒーホー!
リリス!パズス!ワンコ!ランダ!」
 オニは仲魔の名を呼ぶ。しかし皆オニを見て、肯定も否定もしなかった。

「チクショウ……」
 オニは項垂れた。皆の気持ちも、自分の我が儘も分かっているのだ。
しょげかえる彼の頭をクラマテングが法螺貝で殴った。会心の響きが木霊する。
「痛え!」
「勝って終わりならそれが一番いいじゃねえか!男らしくねえぞ!じたばたすんな!」
「でもよう……」

 なおも食い下がるオニの肩を、人修羅が叩く。この少年はいつも何も言わない。
あってせいぜいウンとかスンくらいだ。
 そんな人修羅の、ついさっきまで引き締まっていた眉間の辺りが伸びていた。
いつものどこかのっぺりとした野面に戻っていた。

「お、おめえ……」
 オニは知っている。

8:創る名無しに見る名無し
14/03/18 00:37:33.37 Qfj+NYI7.net
こういうときの人修羅はなんだかんだで喜んでくれているということを。
同時に思い出す。絶対に自分の前言を撤回するような悪魔でもないことを。

 人修羅は、オニをじっと見つめた後、力強く頷いた。
安心させるような意味がきっと含まれているのだろう。
もしかしたら侘びの気持ちもちょっとくらいはあるかも知れない。
 何にせよ、オニは観念した。

「こ、心の友よ~!!!」
 自分よりもずっと小柄な人修羅に抱きつくと、オニはわあわあと泣き出した。
皆その光景を見てそれぞれの反応を返す。
 万感の想いを胸に、今度こそ世界は、再び光に包まれた。

9:創る名無しに見る名無し
14/03/18 00:38:27.35 Qfj+NYI7.net
メールが届いています
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」・・・・・・・」
 文字化けしてしまっているようだ。


「これでよし」
ボルテクス界が消え、世界は元通り自由な日々を取り戻した。
あの日戦った仲魔達も散り散りになり、それぞれの道をまた歩み始めた。
オニもまた然りである。伝手を頼って人修羅のパソコンのメールアドレスを
突き止めた彼は、挨拶のメールを出した。

今度は別の悪魔召喚士にスカウトされ、そこでもうひと暴れすることになったこと。
もしよければ、今度は人修羅もデビルサマナーになってみないかということ。

そういった色々な事柄が順序も何も無くごちゃまぜになった文章を、
オニは慣れない携帯電話に悪戦苦闘しながら作成し、送信した。
壊れないよう小さすぎるボタンを押し続けた指先が痛かったが、彼は満足そうだった。

「オレもハイテクって奴に慣れないと戦えなくっちまうからな。
差し当たっては、今度ガン反射でも覚えてみるとすっか!」
 そう意気込む彼の足元に、突如として妖鬼召喚用の魔法陣が浮かび上がる。

「お、そろそろか。さて今度はどうなるかな、
いきなり合体材料ってのは流石に勘弁だけども……んん?」
 青い光の文字の中に吸い込まれながら、オニは違和感を覚えた。
魔法陣の中に溶け込むのではない、まるでどこかに引きずり込まれているような
この不吉な感触に、彼は心当たりがあった。魔法陣の文字の色が毒々しい赤に変わる。

「おい……!こいつは……まさかっ!アマラ経ら」
 言い終わる前に、オニは召喚用魔方陣の中に引きずり込まれ、この世界から姿を消した。

彼は、彼の元に送り返されてきたメールのことを、まだ知らない。

10:創る名無しに見る名無し
14/03/19 00:23:45.57 PCW3Y6w2.net
一人の女性がいた。ある大いなる者の「死」として生を受けた女性が。
意外にセクシーな彼女は、一人の少女と、一人のデビルサマナー、
そしてその仲魔と仲間達と共に、退化した人々の精神を守るため、
或いは大いなる者を眠らせるために戦った。

戦いの舞台となった場所は「天海市」と呼ばれた人工島。
あまりにも短い時間に、あまりにも多くのことがあった場所。
あまりにも多くの人が、あまりにも自分の精神が弱くなってしまったことに
気づかないまま、いつしか過ぎ去っていった。

いつからか、ずっと現代と呼ばれ続ける時代の一つ。
この世界の「飛沫」は、彼女の歌が鳴りやんだ、その少し後に生まれた……


「今日来たのはそれが理由か、だが本当に良いのかね?」
 そう問いかけるのはこの豪華客船、水上ホテル「業魔殿」の船長ヴィクトルその人だ。
 屍人のように白い肌に白い髪、中世ヨーロッパの船長を思わせる服装と言動、
 瞳は赤く爛々と輝いている。傍から見ればホテルの
 計らいの一つと思われるだろう。しかしこの船長は至って本気である。
 そして彼にはもう一つの顔がある。悪魔同士が行う合体についての研究者という顔が。

そして二人が今いる場所は、業魔殿の地下にある悪魔合体施設だった。
出航を間近に控えた業魔殿は、新月の晩から静寂を受け入れていた。
「…………」
 ヴィクトルと話しているのは一人のデビルサマナーだ。緑色のジャケットと
 微妙なサングラスが特徴的な青年で、ハッカー集団スプーキーズの一員でもある。
彼はつい先日まで新米だったが、今では天海市に起きた人々の魂、
「ソウル」を巡る奇妙な事件の数々を解決した歴戦の勇である。彼は頷いた。

「確かに造魔に関して扱える施設はそう多くない。
君のCOMPにインストールされているソフトをもってしても、
不測の事態に対応出来る訳ではない。しかし、かの人形もまた、
君と共に戦ってきた仲魔だと思うのだが……」
「COMP」とは、デビルサマナーが扱う悪魔召喚プログラムが
インストールされた携帯型コンピューター端末のことである。

11:創る名無しに見る名無し
14/03/19 00:26:05.83 PCW3Y6w2.net
ヴィクトルは不服そうだ。無理もない、彼の言う「造魔」とは
科学と魔道によって、人工的に生み出された謂われなき悪魔である。
最近の彼の研究対象であり、成果でもある。それが自分に
預けられるというのだから。能力に不満がある訳ではなく、

彼は旅に出る際に身一つで挑んでみたいと仲間に別れを告げているらしかった。
「決意は固い、か。分かった。一先ずジードは私が与ろう。
しかし忘れるな、君がサマナーで、ジードの主である以上
君の呼ぶ声に、此奴は必ず答えることだろう」

「…………」
彼は深々と頭を下げると、自らの悪魔召喚プログラムがインストールされた
銃型コンピューター「GUMP」をヴィクトルに手渡した。

「COMPを自作してみる、と?」
目の前の青年がハッカーでもあることを思い出し、ヴィクトルは苦笑した。
「それにも挑戦してみるというのか。よかろう、若かりし日の挑戦は
 何物にも代え難い。やってみるがいい」

 彼はこの数ヶ月の間に、あまりにも急激に成長しすぎた。過程で
 飛ばして来たものを、確かめる意味合いもあるのだろう。
 人生で何よりも早く過ぎる時期を、そのように使おうと決めた
 このサマナーの精神は、魂と共に大きく、強くなっていた。

「もう行くのか?」
 彼はまた頷いた。今の彼は丸腰だ。COMPも仲魔も、
相棒であった黒き魔女もいない。それでも新たな一歩を踏み出していく、
その背中のなんと雄々しいことか。

「……ああ、そうだ。行く前にメアリにも声をかけてやってくれ。
 たぶんだが、「君達」が来るのを、待っているだろうから」
 彼は頷くとヴィクトルの前から、この昏い一室から、
華やいだ夜の中へと去っていった。
 いつも隣にいた女性の姿がなかったが、そこには不思議と
寂しさを感じるようなことはなかった。

12:創る名無しに見る名無し
14/03/19 00:28:52.36 PCW3Y6w2.net
「ボン・ボヤージュ。デビルサマナー」
ヴィクトルは青年の背中にそう声をかけると、手近なテーブルに腰掛け、
受け取ったGUMPをチェス盤のような物の上に翳した。
COMP専用の解析機で、これとヴィクトルの私室にある機材とで
COMPの改造、修理を行うことも出来る。

「そしてお前は今一度、眠りにつくがいい」
 ヴィクトルはチェス盤の台座の部分にあるボタンを一つ押した。
 データが吸い出され、中に入っていた造魔ジードは悪魔合体用の
 試験管内へと召喚された。

「―――――」
 人間の良く似た、しかし人間ではない悪魔、首輪と鎖に繋がれたジードは
 何も言わずにヴィクトルを見つめた。試験管内に液体が満たされていき、
 眩しく光ったかと思えば、次の瞬間にはジードの姿は既になかった。

 代わりに、中の液体が揮発して外へと排出された後には、
 人形がひとつ残されていた。

 血通わぬ土くれにして命の息吹を秘める異形の人形、
 ドリー・カドモンが。

13:創る名無しに見る名無し
14/03/19 23:47:43.60 PCW3Y6w2.net
 そこに行けばどんな夢もかなうというよ 誰もみな 行きたがるが
 遥かな世界 何処かにあるユートピア、素晴らしいユートピア
 生きることの苦しみさえ消えるというよ。どうしたら行けるのだろう、
 旅立った人はいるが あまりにも遠い 心の中に生きる幻なのか

「アウトだホ!」
「グワーッ!」
 振り回した拳が危険な賛美歌を考案した同族の顔面を強かに穿つ!
「た、タイトルは、ヒホダーラだホ……」
「余計ダメだホ!」
「グワーッ!」
 振り回した拳が危険なタイトルを考案した同族の顔面を強かに穿つ!

 ここはどこか、広大にして茫漠たるアマラ宇宙のどこか。ある者は
 妖精郷の一つだと言う。違う。ある者は何処かの施設を間借りしているではと
 疑う。違う。ここは厳然として存在する世界、しかし何がと断定も
 言及もしにくい、大いなる存在でさえ手をつけかねる混沌の世界であった。

「宇宙と異世界進出まで果たしておきながらなんという体たらくだホ!」
 同族にツッコミを入れた、可愛らしい帽子を被った雪だるま、
 妖精ジャックフロストは怒りも顕にぷりぷりしていた。
 そう、ここはヒーホー界(仮)。その名の通り「ヒーホー」という
 特徴を備えた悪魔達の世界である。

 全体的に狭い。歩いて行けばどこまでも行けるのだが、景色は子供が
 クレヨンで書きなぐった絵のようで、しかも『近すぎる』のだ。
 雑なセットのような空間が、とてもそうは見えないが、どこまでも
 広がっている。ちなみに足元の緑色は芝生で、残りの大部分は
 空とか地平線らしい。遠くにお城が一つだけ建っている。

14:創る名無しに見る名無し
14/03/19 23:49:51.28 PCW3Y6w2.net
「アレを見るホ!」
 ジャックフロストが天を指差す。頭上にはオレンジ色の太陽らしき
 落書きが浮かんでいる。殴られた悪魔、マントにトンガリ帽子を装備した
 カボチャのヒーホー、ジャックランタンが顔を抑えて呻く。

「前が見えないホ……」
「心の目でもいいホ!」
 ジャックフロストの無茶な言い分に、渋々といった様子でジャックランタンは
 上を見た。フロストのつぶらな黒目はキラキラと輝いている。

「メディアに露出して今やオイラ達は押しも押されぬ悪魔界のアイドルだホ!
 プリクラ、漫画、アニメ、トレカ、ボードゲーム、ドラマに劇場版!
 チョイ役だって立派な出演だホ!オイラ達は日々各界で活躍してるホ!」

(ドラマはオイラ達出てなかったと思うし、劇場版P3だってオファー
 あったかホ?いや、言わないホ。余計なこと言うとまた
 打たれるホ。ていうか太陽関係ないホ……)

 ランタンはフロストに辟易していた。彼の言い分は分かるし、
 自分もハロウィンしか出番がないとはいえ、逆を言えばハロウィンに
 出られるヒーホーは彼だけだった。あまりに多忙で他のフロスト達も
 デビューさせたら、仕事を取られるどころか倍増の嬉しい悲鳴を上げたこともある。

「そんなオイラ達に足りないものはなんだホ!言ってみるホ!」
「キャラソンだホ!」
 ランタンは即答した。そこは彼も同意見だったからだ。
 フロストは満足げに頷いた。

「そうだホ!ここまで来て黒歴史モノのキャラクターソングやエンディングテーマ
 の一つもないのはまずいホ!だからこうして持ち込み用の歌を考えているホ!」
「でも上手くいかないホ……そもそもルシPは喋っても声の露出は控えろって
 言うし、どっちかというと公募の企画でも通さないと、
 流石にオイラ達だけじゃ厳しいってもんだホ」

15:創る名無しに見る名無し
14/03/19 23:50:47.80 PCW3Y6w2.net
「話しは聞かせてもらったホ……」
「あ!噂をすればホ!」
「ルシP!」

 ランタンとフロストが指さした先、クレヨンの太陽から金髪のカツラ、
もしかしたら自毛だろうか、とにかく髪の生えた雪だるまが降臨した。
その名もルシファフロスト。ジャックフロスト達の神であり、
アマラ宇宙中にヒーホーを手配する、ヒーホー界(仮)の創造主でもある、
 敏腕プロデューサーだ。

「そろそろ封印が解けられてもいい頃だとはルーシーも思っていたホ」
「本当かホ!?」
 フロストががっぷり組み付く。一回り大きいルシファフロストもまた
 フロストの腰を掴み、相撲を始める。
「ノコッタ!ノコッタホ!」
 ランタンが行司に回る。

「声優の力を借りれば更なる飛躍も、恥ずかしい歴史も思いのままだホ。
 キングとも協議の結果、今度の仕事の結果次第では歌の手配をしてやるホ!」
 キングとはフロスト達の王様であるキングフロストのことである。
 ヒーホー界のヒエラルキーはルシファフロスト、キングフロスト、以下団子と
 なっている。中には独立した者もいる。

「本当かホ!?」
 寄り切りを拒んだフロストは敢えて体勢を崩すことでルーシーを
 転ばせようとする。ルーシーはそこで組合いを解いて
 フロストに激しいうっちゃりを浴びせた。

「グワーッ!」
 フロストは倒されてしまった。息も絶え絶えである。
「ルシPの勝ち!」
「ホー!」
 ランタンが勝者であるルーシーの手を取る。

16:創る名無しに見る名無し
14/03/19 23:52:18.95 PCW3Y6w2.net
「神の力でオーディションも開いてやると約束するホ!それで文句ないかホ?」
『ホホー!』
 平伏するランタンとフロスト。彼らの目にはメディア展開からの
 マスコットのスピンオフ、主人公作品までの道筋が見えていた。

「さあ、事務所で準備を整えたらさっさとロケに行って来るホ!
 キングがお腹を丸くして待っているホ!」
『ホホー!』
 二人はお城へと駆け出した。


「よく来たホ、お前たち!」
 果たして、お城では彼らの王様、魔王キングフロストが玉座の間で待っていた。
 ルーシーのような金髪、金庫にしか見えない体、立派な杖に赤いマントに大きな体、
 いかにも大物感漂う彼の前には何故かマボガニー製の机が置かれていた。

「王様!早く次のロケに送ってくれホ!」
「ご所望なら世界だって救って見せるホ!」
 功名に逸る二人を諌めるようにキングは言った。
「がっつきすぎホ!まずは今回のミッションを伝えるホ!」
『ごくり』
 生唾を飲む二人。

「今回の仕事は今まで通り世界を救うことだホ」
「ヒホ!ということはまず今回のヒーローと仲間になるホ!」
 経験上一番の安全策である他力本願を悪びれることなく言い放つランタン。

「いや、今回人間のヒーローはいないホ。お前らだけでやるんだホ」
「え?」
 フロストが凍りつく。元々凍っているが、動きが止まる。
 彼らははっきり言って弱い。強い同族も数多いが、彼ら自身は
 強くもなんともない。

「今後のスピンオフが張れるかどうかのテストと思って頑張るがいいホ」
 そう言うと、おもむろにキングの体の金庫が開いた。中にはいつも大量に
 入っているはずの他のフロストがおらず、よくわからない空間が広がっていた。

17:創る名無しに見る名無し
14/03/19 23:53:56.07 PCW3Y6w2.net
「無理だホ!オイラ達だけでクリアとか無理ゲーすぎるホ!」
 抗弁するフロストに頷くランタン。
「安心するホ、これをやるホ」
 キングは雪の結晶を模した自分の首飾りを外すと、それをフロストへと投げた。

「それで他のヒーホーを呼ぶことが出来るホ!安心して主人公になって来るホ!」
「そ、そういうことなら、まあ」
「大丈夫かホ?」

 自分が主人公、仲魔を呼べるということに多大な安心感を覚えた二人が
 胸を撫で下ろした矢先、唐突に辺りが暗くなる。
 見上げればキングが空高く飛び上がり、ボディプレスを繰り出していた。

「さあ、とっとと行って!ちゃっちゃと帰ってくるホー!」
「ま、まつホ!まだロケ先のこととか聞きたいことがメチャメチャあるホ!」
「そんなことは行けば分かるホー!」

「ヒーーーーーーホーーーーーー!!!」
「ジャ、ジャックフロスト~~~~~~!!」
 ギリギリの所で回避していたランタンが叫ぶ。かくして、
 キングの腹へと吸い込まれてしまった妖精ジャックフロストの
 新たなる冒険の旅が始まった。

 彼の未来への展望が蜃気楼と消えるか否か、それはまだ、誰も知らない。

18:創る名無しに見る名無し
14/03/21 00:44:43.46 SCBEz9bt.net
 オレ、何やってるんだろう。
「大将、餅巾着二つね!」
「ハイヨロコンデー」
 あ、お客さん待ってるな。小皿に餅巾着二つっと。
「ヘイお待ち」

 確かオレは三か月前に召喚事故に遭って、ここに飛ばされてきたんだよ。
 それで、テングのお嬢ちゃんにここを紹介してもらって。
「へへ、キタキタ!」
「お客さん、餅巾着好きっすね」
 最初に常連になってくれたこのお嬢さんは土蜘蛛の娘さんだ。この子の
 クチコミのおかげでなんとか屋台も軌道に乗った。

 何でもここは幻想郷っていう、東京のどこかにある妖怪達の隠れ里らしい。
 アマラ経絡に飛ばされたオレはテングの縄張りだとかいう山に落っこちた後、
 鬼はこの地下に来る決まりだって言われて。

「おやっさん、ゆで卵三つ!」
「お嬢ちゃん本当ゆで卵好きだねえ」
 八咫烏のお嬢ちゃんにゆで卵をよそって出す。タッパ※はあるが中身は子供だ。
 地獄鴉だけど八咫烏でもあるとか良く分からないことを言っていたが、
 ひょっとしたらどっちかがイケニエに使われたのかもな。

 ……そうだ。この地下に隔離されてこの旧地獄街道に来たんだ。
 そして、食い扶持を稼ごうと思って地下の、というか幻想郷の食文化の
 貧しさに活路を見出したオレはこうして飯屋の屋台を始めたんだった。

「ごちそうさん!お代置いとくよ!」
「まいだりー!」
 お勘定をさっと片付けてカウンターを拭く。ここでお題は二の次で仕事第一って
 態度が誠実さを前に出すんだ。へへへ。そう、オレは、


 おでん屋のオヤジになっていた……

19:創る名無しに見る名無し
14/03/21 00:45:45.76 SCBEz9bt.net
 店を仕舞ってからは、昼でも夜でも薄暗い地下を屋台と共に歩く。
 この幻想郷の中でも取り分け危険だったり、他の妖怪といざこざを
 起こしすぎた奴らがここ、つまり地下に来るらしい。鬼もその一つみたいだ。
 
 幻想郷の歴史は明治辺りで止まってるようで、ここはその貧民窟って訳だ。
 住めば都と言ったって、いい場所な訳がねえ。だからオレは酒が主食でなおかつ
 女性率の高い幻想郷で需要の見込めるおでん屋を始めた訳だ。

 無論苦労はあった。元手は無いし、屋台は自作だし、おでん槽だってカッパを
 紹介して貰うまでの道のりは長かった。何より幻想郷には海がないってんで、
 具材、特にカツオと昆布を手に入れるまで何度嫌な汗をかいたか分からねえ。

 しかしその甲斐あって、今じゃなんとかやって行けてる。
 さあ、今月の上がりを納めて今日は終わりだ。仕込みもあるから、
 早いとこ済ませちまおう。

 オレの前にはでっかいお屋敷が一つ、でーんとそびえ立っていた。東京の高層ビルほどじゃないが、それでも随分ご立派だ。ここは地霊殿。旧地獄一帯の顔役らしい
 さとりっていう妖怪がここにいる。さっきのお客で来た鴉のお嬢ちゃんもここの
 務めだっていうんだから、世間って狭いよな。

「すいませーん!」
 オレが大声を上げると、正面の大きな扉が開いた。身成のよさそうな黒猫が
 一匹顔を出す。

「これ、今月のみかじめっす。よろしく頼んます」
「にゃー!」
 差し出された茶封筒をくわえると、猫はさっと中へと引っ込んでしまった。
 これで今日の仕事は終わりだ。

 昼でも夜でも薄暗い地下を屋台と共に歩く。後は仕込みをして、次の営業時間まで
 寝るだけだ。オレは自分が借りている長屋へと急いだ。
 残った具材のいくらかを処分して、新しい具材を足して、出汁も多少入れ替える。
 具材の在庫を思い出しながら歩いてると、不意に誰かから呼び止められた。

20:創る名無しに見る名無し
14/03/21 00:46:21.73 SCBEz9bt.net
「すいません、まだやってますかホー?」
「おっと、丁度さっき終わっちましてね。あまりで良けりゃお出ししますが」
「お、お願いしますホ!ありがとうございますホ!」

 なんか懐かしい口調だな。まあヒーホーの一人くらい幻想入りしてたって
 不思議じゃないかもしんねえが。そんなことより椅子出さねえと。
「助かったホ、見知らぬ土地で食いっぱぐれるところだったホ……」
「大変でしたねえ」

 ってことはオレと同じく新参か?まあ余所者はどこだってしんどいよなあ。
「ってあー!」
「なんだよ、脅かすないって、お、おめえは!」
 忘れもしねえつぶらな瞳、その実沢山の複眼!変な帽子に八重歯にほぼ二頭身!

「オニだホ!」
「ヒーホーじゃねえか!」
 なんだ、ついこないだまでパーティ組んで一緒に世界を救った仲魔じゃねえか。
 こいつも幻想入りってのをしちまったのか?けっこう知名度あったと
 思ったんだけどな。

「こんなとこでどうしたホ!でっかい段平はどこに置いてきたホ!
それにその格好!何ちゃんと袴なんか穿いてるホ!頭に白い帽子被んなホ!
微妙にしっくりキテルのがなんかムカつくほ!」
「おめえこそ、どうしたんだよ。ここって隠れ里らしいけどよ。あれか?
 おめえも召喚事故にでも遭ったのか?」

 オレ達はお互いの現状について情報交換した。

「なるほど今度はこっちで仕事か、こんな隠れ里にまで来るたあお前も
 営業熱心だなあ。ほれ、ハンペン」
「ごっつぁんだホ。おいらこっち来てまだ一ヶ月だけど、
肝心の異変ってのが全然起きないホ。物語が始まらないと解決も出来ないホ」

熱々のハンペンを頬張りながらヒーホーの奴が愚痴り出す。
以前大丈夫なのかと聞いたら「オフの時は」とかいう理不尽な返事をもらった
ことがある。

21:創る名無しに見る名無し
14/03/21 00:47:40.25 SCBEz9bt.net
「なんとか草の根妖怪ネットワークっていうのを頼ってそれっぽい
 場所を教えてもらったけど、どこも起こした異変は解決済みで
 ここが最後だったけど、アテが外れて東方、いや、途方にくれていたホ……」

 煮崩れ気味の大根と入れ替え予定のこんにゃくをよそってやる。
 ついでに「魔王」って酒の残りも注いでやるか。
「まあ飲めや」
「ごっつぁんだホ」

「そうかあ、でもよ、オレみたいに妙なことになってる訳じゃねえんだ。
 待ってりゃその内に異変ってのも起きるだろ。で?どこ回って来たんだよ?」
 仕事の一環とはいえ、異変のあった場所に行って来るとはこいつも
 変なところでタフだ。ボルテクス界でも口八丁と逃げ足で結局最後まで
 付いてきたし。

「まず紅魔館だホ。門番の人にアポを取って聞いたけどかなり前に解決されてたホ」
「ああ、あそこな。赤すぎて目に痛いんだよな」
「知ってるのかホ?」
「仕入れ先だよ」
 
 買い付けは主に昆布とモルジブフィッシュだ。これのおかげで
 オレは屋台をやれている、いわば生命線だ。なんでも敷地内に海を作ったらしいが、
 そこで海産物の養殖に手をつけて交易の品目にしているんだそうだ。

「そうかホ。次に冥界だホ」
「空の上にあるって聞いたけど、おめえ飛べたっけ?」
 ブレス打つとき手をパタパタさせて宙に浮くが、それだけだしなあ。
「関係者のかたが人里に買い出しに来ていて聞いたホ、あんまり申し訳
 なさそうにしてたから、ちょっと気の毒したホ」

「お、そうだ永遠亭行ったか?オレあの辺で竹炭貰って来るんだけどよ」
「いったホ、コミュ障の因幡の白兎から聞いたけどそこももう終わってたホ……」
 コップに入った魔王をぐいと飲み干すヒーホー、見た目に反して
 飲みっぷりはいいんだよな。こいつは。

22:創る名無しに見る名無し
14/03/21 00:49:31.13 SCBEz9bt.net
「妖怪の山は?オレあそこの畑からも仕入れてるだけどよ」
 芋と大根、蓮根、といった根菜類だ。野良の動物が捕れることもある。
「なんか人から聞くたびに悪役がコロコロ変わって話にならなかったホ。
とっくに解決してたし、しきりに自分達をやっつけた人をディスってたホ」
 ゆで卵と、牛スジの代わりに鹿を使った鹿スジを出したやる。
「ごっつぁんだホ」

「命蓮寺行ったか?噂じゃ寺が変形して宝船になるそうだぜ」
「お台場じゃねえんだ!って鵺の子から追い返されたホ」
 そこも解決済みだったらしい。暖簾の先に吊るされた白熱電球の明かりに
 照らし出されたヒーホーの顔は余計がっかりしてた。

「あ、あと神霊廟にも行ったホ。とは言っても観光用のコース内だけど」
「あそこなんか邪教の館っぽいよな」
 御霊が奥でうろちょろしているらしい。もしそうならサマナーからすれば、
 いや、サマナーでなくても独り占めした場所だろう。何にせよ解決済み。

「空飛ぶ城はよ?」
「紅魔館に帰りに人魚さんから聞いたホ。まあそれも人伝てだけど、
 どっちみちまた空振りホ!ジャガイモとがんも欲しいホ!」
「ほいよ」
 よそってやるとムキになって口に放り込む。まんだらメロンやお菓子の
 長靴があれば喜んだろうなあ。

「ここもダメで心当たりは全滅、もうクタクタだホ……」
 酒に酔って弱音を漏らしたヒーホーがカウンターに突っ伏す。
「まあ焦っても仕方がねえわな。気長に人里辺りで待ってたらどうだい」
「うう、また振り出しかホ、ていうかオイラ住むとこないホ」

「情けない声出すんじゃねえよ。男だろ?よし、じゃあこうしようぜ
 オレも今度は地上にで屋台をやるから、おめえはそれ手伝えよ」
「いいのかホ!?」
 勢いよく跳ね起きるヒーホー、現金な奴だ。

「その代わり、しっかり客引きすんだぞ?
「任せて欲しいホ!」
 くるりと一回転して右手を上げる。これがこいつの決めポーズだ。

23:創る名無しに見る名無し
14/03/21 00:50:25.93 SCBEz9bt.net
 皿を片付けた後、オレ達は二人で長屋へと向かった。色々と身支度も
 しなきゃいかんし、まず寝ようってことになった。

「でもオニはすごいホー。まさか地上にまで拠点を持ってるとは思わなかったホー
 カタギにはオイラ達みたいなアイドルにはないパワーがあるホ!」
 ヒーホーが上機嫌な様子で騒ぐ。旧地獄の町並みは明治というよ江戸の城下町って
 風情だった。夜通し飲み明かす連中も少なくないから、明かりはまだそこかしこに
 あった。

「何勘違いしているんだ」
「ホ?」
 ヒーホーが首を傾げる。大事なことだから、覚悟を持って貰わないとな。

「オレは地上に家なんか持ってねーぜ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ヒーホーがオレを見つめる。酔いが覚めたのか顔色が白い。

「それってやっぱり野宿ってことじゃないかホー!」 ホー! ホー!
 ヒーホーの絶叫が、夜の地底に木霊した。

24:創る名無しに見る名無し
14/03/22 00:30:25.32 ig1102hc.net
「なんとか無事、地上に出れたなあ」
「お、おま、おまえの体力、お、おかしいホ……!」
 野原に大の字で横たわり息も絶え絶えなジャックフロストがオニを批難する。
 ここは間欠泉地下センター傍の洞穴、から少し出た場所である。
 今は木々の枝葉も色を落とし、鈴虫の羽音が聞こえ始める季節。

 出会ってから後、長屋に戻った彼らは次の日に地霊殿の主こと古明地さとりに
 地上へ移る旨の書類を提出すると、数日かけて長屋を片付けてから
 屋台と共に地上へと戻った。
「なんだよ、あれっぱかしの縦穴登っただけでもう息が上がったのかよ」
「活線コンプの耐カンストと一緒にすんなホ!この脳筋!」

 無理からぬことである。本来地底までは、空を飛んで移動することが前提
 の深さだ。一応飛べない妖怪の為の道もあることはあるが、それでも
 勾配の険しい螺旋状の穴である。太陽の光が届かないこともあった、
 フロストは己の精神のうめき声をこの数時間、ヘビーローテーションで
 聞く羽目になったのだ。

「まあそう言うなよ。おまえのおかげすぐにでも商売が始められるんだからよ」
「さ、流石に休ませてくれホ……」
 フロストが凍らせたおかげで出汁は溢れることなく地上まで運ぶことが出来た。
 在庫の野菜や他の具材を積んだ新品の台車はフロストが引いたのだが、余程
 堪えたのだろう、体からは二リットルほど水分が失われていた。

「ほら、水分補給」
「い、いきかえるホ~!」
 渡された竹の水筒から水を浴びるように飲み干すフロスト。
 それから深呼吸をして息を整えると、オニへと向き直る。

「でも、こんなにあっさりと行き来しちゃって良かったホ?」
 フロストは心配だった。地底の妖怪は地上に出てはいけない掟があるらしく、
 余所者とはいえ地底の妖怪に含まれるオニが、こうして出てきたことで
 何がしかの危険を呼び寄せはしないかと。

25:創る名無しに見る名無し
14/03/22 00:31:49.60 ig1102hc.net
「大丈夫じゃねえか?オレ達は元々外から来たんだし。最近じゃその線引きも
 随分といい加減らしいぜ?」
 オニは知らないが、地底に封印されていた妖怪は長い間封印されていたことで、
 地上の人妖からだいぶ忘れられていることもあり、けっこうな数が地上に出ていた。

「でも、手続きだって書類一枚で済んじゃったし」
 地霊殿はさとり妖怪こと古明地さとりの住居であるが、地底の怨霊、
 旧地獄にあった灼熱地獄、そして地上まで溢れ出た間欠泉地下センターの管理を
 請け負っている(人材を抱えている)重要施設でもある。

 閻魔からの依頼もあったとかなかったとかいう由緒もあり、人間で言うなら
 地霊殿とその主は大地主であり、暗黒街の受付窓口であり、公務員の宿舎という
 混沌としていながら、その実大層恐ろしい場所なのだ。

 そんな場所に対して紙切れ一枚の報告でよいのか?社会人としての面子という
 ものにも理解があるオニとフロストは不安になったものだが、使いの黒猫は逆に

「さとり様は忙しいんだよ。皆そういう決まりを作っても全然守らないからさ。
 逆に手順を踏んでくれたほうがありがたいと思うよ。いやまあ、
 こっちだって顔も見ないで『もう行っていいよ』っていうのは心苦しいんだけどね」

 と言われる始末。

「お役所が良いって言うんだから良いんだろ。心配すんなって。おめえの
 台詞を借りるなら、オレ達は今、主人公なんだぜ?」
 日は既に西の空へと沈もうとしている。夕日に目を細めつつオニが答える。

「確かにお互いそれっぽい経緯があったホ。でも主人公になったってことは、
 鼻血も出ないような大事に巻き込まれるってことだホ。オイラ達には
 ボウケンシャーみたいな目標がないからそれしか残されてないホ!」
 半ば確信めいた口調でフロストが断言する。

「つってもおめえ、それが最初の目標なんだろうが」
「そうだけどホ……」
「そう悩んでも仕方あんめえ、ここは一つ、屋台の知名度をあげて、
 一日も早くその異変とやらに巻き込まれるよう頑張ろうぜ」

26:創る名無しに見る名無し
14/03/22 00:32:39.58 ig1102hc.net
「……そうだホね。このまま何もしないでとりあえず五年待つような
 エンディングはまっぴらごめんだホ!」
 オニの言葉に、フロストは勢い良く跳ね起きると台車から具材を下ろしにかかる。

「ってか、本当にもう店開くのかホ?せめてビラの一つも配ってからとか、
 疲れたから明日に延期とかでいいんじゃないかホ~!」
「馬鹿言え、こうしてる間にも材料の鮮度は落ちてんだ。ほれ、このまま
 準備しながら人里まで行くぜ!」
「ヒ~ホ~」

 オニ達は屋台を押しながら人里へ向かう。途中で魔法の森の近くで倉庫ないしは
 空家じみた家屋に差し掛かる。この店の名前は香霖堂。幻想郷の骨董品店である。

「あれ?店主さん留守だな」
「ここがどうかしたのかホ?」
「いや、ここってジャンクショップみたいなんだけどよ、オレの段平とおでん槽を
 物々交換してもらったんだよ。挨拶の一つもしたかったんだが」

「ホー!」
「グワーッ!」
 怒りのこもったフロストの拳が会心の響きを伴って鬼の顔面を穿つ!

「お前自分の獲物をなんちゅうもんと交換してるホ!!鉄火場を共に駆け抜けた
 一振りを!暗夜剣使えないホ!お前格闘系のスキル何か持ってるのかホ!?」
「そんな怒るなよ、まあ聞けって。人間の言葉にこういうのがある」
 目が釣り上がり顔を真っ赤にして怒るフロストをオニはなだめようとする。
 そして次のように言った。

「武器よさらば……てな」
「ホー!」
「グワーッ!」
 怒りのこもったフロストの拳が会心の響きを伴って鬼の顔面を穿つ!

「謝るホ!名著に謝るホ!」
「分かった悪かった!でもそのおかげで今に至るんだから勘弁してくれよ……」
 オニは顔を摩りながら謝る。しかし

27:創る名無しに見る名無し
14/03/22 00:35:08.43 ig1102hc.net
「あったまくんなあ。なんかあったまくんなあ・・・!
 フロストはやる気だ!

「もうこうなったらお店を繁盛させてとっとと買い戻すホ!
 早く人里に乗り込むホ!」
「お、おう。ちょっと待てって……これでよしっと」
 オニは代金を書き留めておくためのメモ帳に走り書きで簡単な挨拶文を書くと、
 以前店主が座っていた机に貼り付ける。

「オッケーよし行こう!」
「働きすぎて泣いたり笑ったりできなくしてやるホー!」
 そして二人は意気込みも新たに人里へ向かい歩みを進めた。

そしてまた一週間が過ぎた

 ある秋の日、天気 晴れ 気温 日差しが強く暖か 風 強くとも涼しくない
 そんな日。

「号外!号外!号外ですよー!」
 蠅のように五月蝿いゴシップ記者が薪の代を方々に撒き散らす。
 昔は邪魔だと思ったものだが、今では冬を凌ぐ大事な燃料だ。
 月日と現実は人の思考を容赦なく変えていくものだと彼女はしみじみ思った。

「境内じゃなくてせめて郵便受けにでも投げなさいよね、ないけど」
 上空のカラステングが勝手に押し付けていった新聞、『文々。新聞』を拾いながら
 彼女、博麗霊夢は呟いた。全体的に紅白の出で立ちにリボン、何故か脇を出している。

「どれどれっと」
 以前は読みもしなかったものだが、こういうときは知り合いが
 見たか聞いたかとやって来るので、一応見出しにだけは目を通すようになった。
 たまに累が及ぶような記事か書かれていることもあるのが厄介だ。

『人里にオニ襲来!新たなる異変の兆しか!?』
 一面の写真には屋台でべろべろに酔っ払って突っ伏した鬼の少女が写っている。
「あんの糞馬鹿ぁ!」
 まだ夏の名残が感じられる中秋、博麗神社の巫女、霊夢は幻想郷の空へと飛び出した。

28:創る名無しに見る名無し
14/03/23 00:57:58.89 aZrQUEZ9.net
 草木も眠る丑三つ時、月明かりの下、自前の白熱電球が屋台の軒先に吊るされて、
 辺りを微かに照らし出す。立ち上る湯気と具の煮える匂いが、近づく者を魅了する。

「うへへへ~。オヤジぃ、まんさくもう一本!」
「え、一杯じゃなくって!?」
 オニが驚きながらももう一人の鬼の少女に酒を出す。彼女の名は伊吹萃香。
 幻想郷に長いこと住んでいる鬼だそうで、地底にも行かず風来坊を気取っている。
 この屋台を嗅ぎつけて来た日にオニを見た途端、やたらと嬉しがっていたものだ。

「いやー、まさかここでも同族に会うとは思いもしなかったっすよ」
「私も私も、まさかこんな馬鹿げた話があるとは考えもしなかったよ!」
『ガハハハハハハ』

 そんな彼女はここ数日間、オニ達の屋台に入り浸っていた。
「ありがたいですけど姐さん、流石に飲みすぎじゃありやせんかい?
 なにせ朝寝て夜起きたらもうウチ来るって生活がもう何日も続いてますぜ」
「いいんだ!黙って酌しな!」
「まあこれも名物だと思えばいいホ、こう連日終わりまでいられるのは困るけホ」

 ジャックフロストがとくに気にせずに言う。屋台は人間の里のすぐ外、魔法の森側の
 出口に横付けしてある。まさに目と鼻の先に人間の住処がある。
 問題がないのか言われれば大有りなのだが、中には入っていないので
 その線で言い張りながら営業を続けるほかない。

「オニのおでん屋だから客もオニっていうのは説得力があっていいホ。
 それにオイラも呼び込み以外の時間も持てるようになったし」
 仕入れた蓮根の本数を数えながらフロスト楽観的なことを口にする。
 妖怪お断りという人間の里に、少なからぬ緊張を持っていたのは
 つい先日のこと。

 かなりの数の妖怪が人間になりすまし、中には座敷童のように公然と
 街中を歩いている者もいる始末。そしてその座敷童に頼んで里の中での
 買い出しを頼むのがフロストの新たな役目だ、本人曰く仕入れ部長と呼べとのことだ。

29:創る名無しに見る名無し
14/03/23 00:59:13.82 aZrQUEZ9.net
「昨日もテングが来て取材していってくれたホ!宣伝効果もばっちりだし
 なんのかんので怖いもの見たさで来てくれるお客さんも出てきたし、
 後は異変が起きるのを待つだけだホ!」

「あんたたちさ~昨日もそう言ってたけどぉ、悪いことは言わないから、
 とっとと帰ったほうがいいよ。あのテングはとんだインチキ記者だからね。
 今頃どんな書かれ方してるかわかんないよー」
 コップに注がずに瓶から酒を一気に飲み干した萃香が、緩やかな警告を発した。
「テングは教えたがりの知りたがり、でもちゃんと人に教える誠実さってのとは
 無縁だからねえ。早けりゃ今日にも良からぬ輩が来て営業停止になっちまう」
「え、それマジなのかホ!?」

 首を360度回転させたフロストが上ずった声を出す。
「姐さん、それ本当ですかい」
「マジマジ。だからこうして食いだめしてるんじゃん」

 二人の焦りをよそに、外見だけ子鬼が箸を弄びながら頷く。
「いやー、同胞に会うのも久しぶりならおでんを食べるのも久しぶりだったからね。
 つい嬉しくなって長居しちゃったよ。たぶんもう二度とないだろうし」

「そ、そんな、オイラ達、ここのところ随分真っ当な商売しかしてないのにホ……」
「いったいどうしてこんなことに……」
 オニは若干青ざめながら、先日のテングとのやりとりを回想した。



「ごめんくださーい!おでんもらえますかー?って、あやややや!
 もしかして、いやもしかしなくても鬼のかたですか!?それにこちらは妖精、
 随分と個性的な組み合わせですね、え、あれ?ここっておでん屋台ですよね?」


 暖簾をくぐったカラステング(♀)は、二人を見るなりけたたましくまくし立てた。
 白シャツ黒スカートに下駄に頭巾、モダンな雰囲気漂うテングで新聞記者だと
 自己紹介してきた彼女の名は射命丸文。山のテングの中間管理職でもあるらしい。
 人間の里の、初日の開店直前、日が沈む前に彼女はやってきた。

30:創る名無しに見る名無し
14/03/23 01:00:10.25 aZrQUEZ9.net
「あ、はい!そうですホ!おでん屋ですホ!ご丁寧にどうもですホ!オイラは
 こういう者ですホ!」
 フロストは頭の帽子の中から名刺を取り出して文に渡した。『フロスト芸能事務所』
 と達筆で印刷されたカタイ印象を与えるしっかりとした名刺だった。

「あ、これはどうも。ええ、と……。と、とりあえずビールを一杯お願いします」
『ハイカシコマリー!』

 そうして文におでんを供しながら、彼女からのインタビューに答えたのだ。
「ええと、店主さんはオニ、ですよね」
「はい、そうです!自分ここじゃ新参なんでコンゴトモヨロシクお願いします!」

 オニは勢いよく、体育会系のノリで答えた。これはフロストとの事前の打ち合わせ
 の結果決まったことであった。接客業をするに当たり、接客態度のレクチュアを
 徹底的に叩き込まれたのだ。
 現状これが一番の安全策だと力強く宣言したフロストは断言した。

「それがまた、どうしておでん屋台を地上でやろうと?あ、ありがとうございます」
 厚揚げと竹輪を盛り付けた皿を渡しながら、オニは言った。

「へい、元々地底でおでん屋をやってたんすよ。皆食いたいって言ってたけど、
 やってるとこが全然なかったもんで、『よし!それじゃオレが!』ってなもんで」
 おでん槽の下部の引き出しを開けて薪と炭を追加する。余談だが、この為に彼らは
 予め道中で柴刈りをしており、炭もそのときに作っていた。

「地上に来たのはこいつの探し物を手伝うことになったからで」
「オイラ、異変を探してるんだホ!」
「ほうほう、異変を。あ、お酒とジャガイモ追加で」
『ハイヨロコンデー!』

「異変って、またなんでそんなものを?」
 異変とは妖怪が幻想郷に起こすものである。解決は幻想郷独自のルールに則って
 成されるが、始まりはそれとは別になんの関係もない。

「オイラ、これから起こる異変を解決するのが今回のお仕事なんだホ!
 これが終わらないと歌手デビューさせてもらえないホ!」

31:創る名無しに見る名無し
14/03/23 01:01:04.93 aZrQUEZ9.net
「まあこいつには借りもあるし、ちょっとくらいなら付き合ってやっても
 バチは当たらないと思いやしてね。ほら、義理とか付き合いって大事ですから」

「なるほどなるほど」
 いつのまにか取り出したのか、黒革の手帖にメモをとりながら文は頷いた。
 それと同時に目の前の妖精が騙されているのだとも思った。それもそのはず、
 物語の勇者が魔王を倒すのと同様に、幻想郷の異変は巫女が解決するものと
 決まっているのだ。
「いやあ、いいお話が聞けましたよ。おでんも化かしの類じゃなかったし。
 久々にちゃんとしたものを食べさせていただきました」
 一通り食べ終えた文は上機嫌だった。手帖の軽くめくりながら、何やら考え込む。

「うーむ、ここを記事にしちゃうと流行ってしまいそうですねえ」
「ぜひ!ぜひそうしてくださいホ!そしたらお代もおまけしちゃうホ!」
「あ、こら勝手に!」

 その時、文の目が獲物を見つけた猛禽のようになったことにオニは一抹の不安を
覚えた。結論からいうとそれは正しかった。

「本当ですか!?書きます書きます!書かせていただきます!いやー今日は
 本当にツイてます! ご安心を、すぐに人が集まるようにしてみせましょう!」
「ホホー!」

 平伏して感謝したフロストを見て文は益々機嫌を良くしたようだ。何やら頷くと
 とても満足そうに空を飛んで帰っていった。
 その日の客は文一人だけだったが、次の日から四人、八人、一六人と倍々に増えて、
 オニは杞憂かとお思い、また文に感謝もしたのだが。

「これが今日の新聞だよ」
 萃香から本日の号外を渡されて、意識が今に呼び戻される。読んで二人の目が飛び出す。

「ど!どどどどどどどどどどどど、どうしてこうなるホ!」
「お、おおおおおおおおおおおお、おち、おっ、落ち着け!」
 二人が狼狽える様子を面白そうに見ながら、萃香は大根をかじる。

32:創る名無しに見る名無し
14/03/23 01:01:48.36 aZrQUEZ9.net
「オニ襲来って、オイラ達ナマモノとコラボはしてもチュンソフトとはまだ何も……!」
「え、ていうか写真にオレ達写ってねえじゃん!構図的に姐さんしか写ってねえじゃん!」
 理不尽に浮き足立つ二人、そこで萃香がおもむろに立ち上がった。

「まあ、つまり、あれだよ、お勘定」
『アッハイ』
 払いを済ませた萃香は、頭の角を自分の術で消すと、里の入口をくぐる。


「じゃ、私はお暇するから。お前らも早く逃げるんだよ、いいね」
『アリガトウゴザイマシター!』
 そのまま姿が見えなくなったのを確認してから、彼らは改めて慌てふためいた。

「こここ、これってどういうことだホ?どういうことだホ!?」
「いやたぶんコレ、姐さんのとばっちりじゃねえか」
「そんなんわかってるホー!」
 
 慌てつつ二人は店を片付けにかかる。出て行けと言われるだけならいいが、
 店の備品や材料、出汁に何かあっては目も当てられない。会話が成立しない相手からの
 不意打ちほどキツイものはないことは、オニもフロストも経験済みだ。

「とりあえず屋台だけでも避難させるホ!場合によっては戦闘も辞さないホ!」
「……どうやら遅かったみてえだ。ヒーホー、おめえは先に行け!
 デカイ気がまっすぐ近づいてくる!」
「ホ!?」

 まるで少年誌のような台詞を吐くと、オニは天を見上げた。月の輝く夜空を、
 小柄な物体が高速で飛来してくる。ソレは、屋台を挟んで反対方向へと降り立った。

「見つけたわよ萃香!出てきなさい!」
(全然見つけてないホ!怖いホ!)
「いるのは分かってるのよ!往生しなさい!って……ん?」

 ゆっくりとこちらに向かって歩いて来たのは、紅白の巫女服に身を包んだ少女だった。
 しかし二人はこの少女からアリスのような恐ろしさを肌で感じていた。
 

33:創る名無しに見る名無し
14/03/23 01:02:31.41 aZrQUEZ9.net
 霊夢は返事がないので機嫌を悪くすると、萃香の足取りを探るべく、
 暖簾をくぐった。そして、彼らと目が合った。
「………………………………………………………………………………」
『………………………………………………………………………………』

沈黙、そして。

「出たわね妖怪!覚悟しなさい!」
 人間 博麗霊夢 が 一匹 出現 した!!

34:創る名無しに見る名無し
14/03/25 00:49:38.64 edVp5lyL.net
(たぶん、良からぬ輩ってのはこいつのこと、だよな……)
(アナライズしたらレベルがカンストしてるホ、怖いホ……)
 一足で飛び退いた霊夢は裾から御札を数枚取り出すと、油断なく二人を睨む。
 オニとフロストの脳裏では魔人戦の音楽が早くも流れ始めていた。

「しょ、少々お待ちくださいホ……」
 フロストはそう言うと、オニと共に屋台を片付け始める。
 椅子を畳み、窓口の珊の部分に戸板を嵌め、火を消し、明かりを落とし、
 少し遠い所に移動させる。

 そのまま逃げずに二人は戻る。目の前の人間は彼らが何度か見た、
 ニュートラルな存在に見えたからだ。カオスよりもダークよりもライトよりも
 ロウよりもある種ずっと危険な人種、皆殺しの風来坊に。

(あの凶悪な顔を見るホ。残酷な目だホ、レベルのために蠱毒皿でテングを
 乱獲する輩の目だホ)
(魔人だってもうちょっと余裕があったぞ。露骨に殺気丸出しじゃねえか)

 ヒソヒソと内緒話をしながら相手の出方を伺うフロスト達。霊夢は依然として
 厳しい表情で彼らを見ている。
(どうするよ?客商売やってる以上オレたちゃ戦えねーぜ!)
(オイラに任せるホ、交渉スキルには自信があるホ!)

 意を決したフロストが霊夢の前へと進み出る。
 
 どうする?

 フロスト>TALK ○ 霊夢

『……アタシになんかよう?』

 フロスト>ほほえむ

「ギャハハハハ!絵に書いたようなバカ!」
 霊夢は機嫌を損ねたようだ・・・

35:創る名無しに見る名無し
14/03/25 00:50:22.69 edVp5lyL.net
一方でフロストは、オニにしか見えない後頭部に凄まじい青筋を浮かべていた。
因果応報めいた罵声がトラウマを刺激しアイドルの、マスコットの自負を
粉々に踏みにじる。オニが慌てて駆け寄る。

「おい、大丈夫か!?代わるか!?」
「ま、まだやれるホ……!」
 フロストはヤル気だ!

どうする?

フロスト>TALK ○ 霊夢

『あんたって妖怪でしょ? こんなところでいったい何してんの?』

>修行のためだ
>ナンパしてる
>わからない
>おでん屋をやってる

「おでん屋をやっているホ!」
「ギャハハハハ!絵に書いたようなバカ!」



「コロス……コッローース……!」
 因果応報めいた罵声がトラウマを刺激する!フロストはヤル気だ!
しかしフロスト達のターンはこれで終了である。

霊夢
龍の眼光

「イヤーッ!」
「ああ、やばいぞ!雄叫びくらい使っとけばよかグワーッ!」
 霊夢の瞳が妖しく光ると、手に持った御札がバンテージのように拳に巻かれる。
 そしてそのまま稲妻の如き勢いでオニに痛烈なボディブローを食らわせた!

36:創る名無しに見る名無し
14/03/25 00:50:51.83 edVp5lyL.net
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

龍の眼光
霊夢の光が妖しく光る!
「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」
「グワーッ!グワーッ!グワーッ!グワーッ!」

あまりにも激しい連打!連打!連打!いかに物理に特化して打たれ強いオニといえど、
 何度も攻撃されては堪らない!しかも攻撃の一つ一つが会心の手応えなのだ!
 月明かりの下に浮かび上がる形相たるや、どちらか悪魔か皆目検討がつかぬ!
「た、耐えるホ!頑張って耐えるホ!」

 霊夢に無視されたフロストがオニにエールを送る。彼女は見るからに前衛と思しき
 オニを真っ先に潰すと決めた。フロストは戦いの役に立たぬと踏んだのだ。
 その読みはだいたい正しい。

 一度のラッシュで倒しきれなかったことに舌打ちをすると、彼女は一旦距離を
 取る。膝をついたオニにフロストが駆け寄る。

「魔石だホ!しっかりするホ!」
 帽子から取り出した回復用品を口に放り込みながら、力の入らなくなった足を
 バシンバシン叩く。拳闘式のリカバリー術である。

「おう、スマネエ……」
「流石に頑丈ね。イライラするわ。よく見たらあんた達、ここらじゃ見ない顔ね。
 どうせ外から来た新顔なんでしょう」
「ど、どうして分かったホ!」

 フロストの問いに霊夢はようやく笑った。もっとも感情面ではその反対であったが。
「やっぱりね。こちとら最近あんたらみたいなのが増えてから、やたらと駆り出されて
 面倒くさいったらないのよォ!」

「理不尽だ!」
「オイラ達、真っ当な商売してるホ!」
「うるさい!ここじゃ妖怪は人間の敵なの!取り入ろうとかされると迷惑なの!」

37:創る名無しに見る名無し
14/03/25 00:51:32.13 edVp5lyL.net
龍の眼光×2
「あ、ずるいホ!次のこっちの番のはずだホ!」
「うっさい!とっとと消えてなくなりなさい!」
「待った!屋台は、屋台だけは勘弁してくれ!」

ボム×8
『グワーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!』


悪魔の悲鳴が夜の静寂をズタズタに引き裂くと、一つの影が空へと上り去っていく。
後には仲良くボロ雑巾のようになったオニとフロストが横たわっていた


「生きてるか……」
「食いしばり持っててよかったホ……」
 際どいところで生き残った彼らは、痛む体を摩りながら起き上がる。

「ひでえ目に遭ったぜ……」
「けど、屋台は無事だし、得るものもあったホ」
「得るもの?」

 頭に疑問符を浮かべるオニに対し、焦げてジャアクな色合いになったフロストが
 答える。

「あんチクショウめ、さっきこう言ってたホ『あんたらみたいなのが増えた』って」
「だから?」
「つまり、これが異変だホ!オイラ達みたいなのが来てるってことだホ!
導かれし者たちだホ!」

 熱を帯びた口調でフロストがはしゃぐ。いくらなんでも話が飛躍しすぎだと
 オニは思ったが、これで意外と馬鹿にならない正解率を誇るのがヒーホーの戯言だった。

「探すホ!仲魔を!そして伝説へ至るホ!オイラの勘だと108人くらい集まれば
 何かが始まるホ!こうしちゃいられないホ!」
「探すったって、どこ探すんだよ」
「幻想郷全部だホ!」

38:創る名無しに見る名無し
14/03/25 00:52:14.37 edVp5lyL.net
 無茶苦茶な言い分だったが、一度スイッチが入ったフロストを止められる者はいない。
 オニは溜息を吐くと、切れて血が滲む口元を拭った。
「……しょうがねえな。そろそろおでんの仕入れにも行かねえといけねえしな」
「ホ!?」

 傷だらけの顔が月の光に照らされる。今夜は綺麗な三日月であった。愚鈍と獰猛と友愛
 を行ったり来たりしている男が、ニヤリと笑った。

「もうひと頑張りすっか!」
「あ、ありがとうだホー!」

 両手をブンブンと振り回すと、フロストは感謝の言葉をオニへ送った。
 そして、そんな二人のことを見つめる影が二つあることを、彼らは気づかずにいた……

39:創る名無しに見る名無し
14/03/28 00:43:07.47 UUx9ix4q.net
 翌朝、痛む体に鞭打って、オニとフロストは屋台を押しながら、一路紅魔館への道を
 歩いていた。登る朝日は柔らかく、行き過ぎる風はたおやかである。
「あ~、やっぱり魔石1個じゃあんまり回復しないホ……」
「こんなときにピクシーやパールバティがいればなあ」

 現状で彼らの体力は、最大値のおよそ三分の一だ。護衛対象のある旅で早くも
傷だらけの二人、なんとも心細いものである。人里からいくらか離れた辺りで、
バックアタックに注意しながら進む彼らは前方に佇む人影に気がついた。

「あいや待たれよ、そこ行くお二人さん!」
 その人物は先に口を開くと、歌舞伎のように片手を力強く前へと突き出して
 見栄を切った。

「な、なんだホ!?敵かホ!?オイラ今度こそはやってやるホ!自社パロでも
 なんでもやってやるってんだホ!」
「落ち着け、まずはトークでマークの確認とアナライズが先だろ」
「落ち着けはこっちの台詞じゃ、まあ無理もないことじゃがな」

 その女性はポーズを解くと、メガネをかけ直してから大仰に首を振った。外見は
 一見して若い女性、萌黄色をした厚手の着物に身を包み、チェックのマフラーを
 巻いた姿は少女というには些か過ぎた風格を醸し出している。

「お主たち、昨夜博麗の巫女にボコボコにされた二人組じゃろ?しっかと見ておったぞ」
「そ、それがなんだホ!」
 狼狽するフロストをちらりと見た後、女性はオニを見る。とくに何も考えていない、
 見る者の毒気を抜く邪気の欠片もない顔がそこにはあった。

「噂を便りに来てみれば、なるほど中々に面白そうな連中じゃのう」
「噂?」
 オニが首を傾げる。文々。新聞のことを踏まえて、現在どんな風評被害に
 巻き込まれているのか、考えたくなかった。

「うむ。曰く、幻想郷を駆ける韋駄天が出た、台頭する新しい屋台、良いほうの赤鬼。
 ざっとこんなものじゃが」
「オイラは?オイラはないのかホ!?」

40:創る名無しに見る名無し
14/03/28 00:44:49.57 UUx9ix4q.net
「お主は確か、溶けない雪だるま、とか雪だるまっぽい奴とか、そんなじゃったが」
「が、がっかりだホ~」
 悄気返るフロストを横目に、女性は人差し指を伸ばして説明を始めた。

「まあ、幻想郷じゃオニは珍しい上に危険という意味で知名度も高い。それに加え、
 お主はこの短期間にめぼしい場所を巡り、仕入れ先を獲得、そして人里で商いを
 したとなれば、いやでも注目されるじゃろう」
「いや、生活のためにしただけで、仕入れ先だってたまたま運が良かっただけだぜ」

 そう言って手を振り答えるオニを、今度は値踏みするように、女性は視線を這わせた。
「幸運の一言に尽きたとしても、結果が残っておれば、そこばかり見てしまうのが
人のサガというもんじゃよ」
「それは分かったけどホ.それでオイラ達になんの用だホ、おばちゃん」

 ころころと笑っていた女性の頬が、気分を損ねたフロストの一言によって引きつる。
「お姉さんじゃぞ?坊主、長生きしたかったら、女子にかける言葉には気を配らぬと」
「オイラこどもだからわかんないことにしとくホ!おばちゃん!」
「ほっほっほっほ……この糞餓鬼めが!」

 女性は怒気と共に、隠していた本性を現した。獣の耳と牙と、爪とそして大きな、
 とても大きな狸の尻尾であった。
「あ、こいつ魔獣だホ!」
「む、し、しまった!」

 フロストに指摘され、彼女は慌てて頭と尻尾を押さえた。しばしばつの悪そうな顔を
 すると、やがて観念したのか、溜息を一つ吐いた。
「あー、まあなんじゃ、見ての通り、わしはしがない狸の化生じゃ。実のところ、
 わしも幻想郷じゃ新参でな。会ってみたかったというのが、まあ半分じゃ」

 彼女は後頭部をぽりぽりと掻く。苛立たしげな物言いには何かを失敗した
 という雰囲気が滲んでいる。
「もう半分はなんだホ?仙狸のおばちゃん」
「仙狸?よしとくれ、わしはアレよりはもう少し恥じらいというものがある!」

 狸の女性は大仰に腕を組み、やれやれと首を振る。
 いかにも『一緒にして欲しくはない』といった感じだ。

41:創る名無しに見る名無し
14/03/28 00:45:48.61 UUx9ix4q.net
「確かに女の妖怪としちゃ実に正当かつ伝統的じゃ。けどわしはそれとは別の方法で
 ちゃーーーんと、今日まで上り詰めて来たんじゃ!」
 ころころと表情の変わる様子は全体に芝居がかっており、オニとフロストは
 どこか捉えどころと落ち着きのない言動に早くも思考が止まりつつあった。

「別の方法ってなあ、なんだい?まさかまともに修行してとか、高名な坊さんの
 下で逆に妖怪退治したりとかかい?」
「コレよ、コ・レ!」

 オニの質問に対して声を潜めると、彼女は掌を裏返し、人差し指と親指で
輪っかを作る。お金である。
「もう一つの磐石な煩悩に目をつけて、わしは金貸しとして今日まで来たんじゃ」
「つまり男漁りの分、もう一段階パワーアップの手段を残しているって訳だホ!」
「ちゃんと修行して御霊合体を考えるとⅢ段階じゃねーかな」

 ちなみに二人は御霊合体まで終了している。見た目とカーストの位置に反して
 高い力を有しているが、物の考え方は低カーストから抜け出せていない。

「それでよう、話しを戻すがよう、オレ達に何の用なんだい、狸のお嬢さんよう」
「おじょ、お、コホン!ま、まあ、アレじゃ、新参のわしは、ここでまた一旗
 上げようと思ってな、色々な妖怪に声をかけておるのじゃ」

 お嬢さん呼ばわりに女性の機嫌が露骨によくなる。お世辞に弱いようだ。
 オニとフロストは彼女のいいたいことが分かったが、遮ってバトルになったら
 嫌なので、皆まで言わせることにした。

「そして最近注目株であるお主らと行動を共にすることで、幻想郷内の
 他の勢力と、そのう、関係を持ちたいと、こういう訳じゃ」
『え?』
 二人は顔を見合わせる。そして女性を見る。

「傘下に参加しろって話しじゃないのかホ?」
「そんなスケールの小さいことではいかんのう坊主」
 ダジャレにまったく取り合われなかったフロストは悔しそうに歯噛みする。
 挑発の意図があったようだが流石にあからさま過ぎたのだろう。

42:創る名無しに見る名無し
14/03/28 00:47:54.81 UUx9ix4q.net
「お主らだけならたった二人じゃが、お主らの人脈とならば話しはもっと大きくなる。
しかも商いが地盤とくれば、わしの得意分野。食を通じて益々大勢の胃袋、ひいては気持ちも
がっちり掴める!これがどれほどの好機かお分かりか?」
どうやらコネ欲しさにいっちょ噛みしたいということらしかった。実に正直である。

「勿論、お主らにも悪い話ではない。わしもわしで子飼いの者達を通じて
幾らかの情報筋を持っておる。探し物となれば、役に立てるやもしれんぞ?」
喋っている内にヒートアップする人がいるが、彼女もそうらしい。
自分の売り込みの口上唱えている内に乗ってきたようだ。
二人はもう一度顔を見合わせた。

「要は仲魔になりたいってんだろ?別に構やしねえぜ」
「話しが長いホ」
「く、こ、これだから短絡的な男はいやじゃ、風情がないわい」

 自分のペースがまったく通じないことが面白くないようで、彼女は
 またすぐに不機嫌になってしまった。
いいわいいいわい。それなら勝手についていかせてもらうとするわい!」
 そう言うと、彼女は屋台の傍まで来ると、改めて二人とともに歩き出した。

「そういやあよ、おめえ、いつになったら名乗ってくれんだ?」
「え?あ、あ!」
 オニ言われて漸く気がついたのか、彼女は口に手を当てて盛大に目を見開いた。

「これは確かに不躾じゃった、あいすまぬ!」
 そこでまたも芝居がかった動きで飛び退ると、右掌を下手に出して、
 左手を腰へと回し、カッと正面に見栄を切る。

「言われて名乗るも烏滸がましいが、あ!どちらさんもどうぞお控えなすって!」
 右手を引いて腰に付け、今度は左手を前へと突き出し、首をぐるりと回す。
 一回転と同時に左足を上げて一歩踏み込む!
「不肖、魔獣二ッ岩マミゾウ!今後とも、あ!ヨロシクお頼み申す!」
『ヨ!日本一!』
 二人の相の手に彼女、二ッ岩マミゾウは爽やかな片瞬きを返す。
 魔獣 二ッ岩マミゾウが仲間になった。

43:創る名無しに見る名無し
14/04/01 00:19:05.67 dcV7c/Gv.net
 三人組となったオニ、ジャックフロスト、マミゾウは仲良く秋の陽の下を歩く。
 先ほどのやりとりから、日は既に一番高いところへ登り、これから緩やかに
 沈んでいくことだろう。

「それで、お主らはどこへ行こうとしていたんじゃ?」
 居住まいを正しならマミゾウが尋ねる。今は耳も尻尾も出しっ放しだ。
「紅魔館だよ。そこで屋台に必要な海産物を仕入れがてら聞き込みをするんだ」
「おお、あの赤い悪魔の屋敷へか!?」

 オニの素っ気ない返答に驚くマミゾウ。紅魔館とは幻想郷にある霧に湖と呼ばれる
 場所の畔にある、目に悪いほど赤い屋敷だ。館というよりも城の様相を呈しており、
 住民も人間はほぼいないので、悪魔城の別名さえある危険区域である。

「先にカッパに会って屋台を見てもらおうかとも思ったんだけどよ。まあ近いから」
「カッパって、お主カッパとも面識があるのか?」
「そりゃお前、このおでん槽が使えるのもあいつらのおかげだしな」

 オニは気遣わしげな視線を屋台に向ける。霊夢のボムから庇いきれなかった分が
 容赦なく屋台を痛めつけたのだ。故障箇所はまだないが、心配であった。
 それとは別に、フロストの脳裏にあることが引っかかった。

「お前コレ物流ショップで交換してもらったって言ってなかったかホ?」
「そのままじゃ動かせなかったから、修理はそっちを紹介してもらって頼んだんだ」
「ほほう、カッパはおでん槽の修理もできる、と」

 二人の会話を聞いて、マミゾウが腰に吊るした台帳の一枚にメモをとる。
「しかし、よもや幻想郷で昆布とはのう。海はないというから色々と
 諦めたものもあったが、いやはや、中々どうして」

 顎に手を当てて唸るマミゾウ、急に表情が引き締まり、どこか遠くを見つめ始める。
 どこかとは?商いという神も悪魔も降り立たぬ荒野へ。

「でもお前、なんだって紅魔館に行くことになったんだホ?」
「そうじゃのう、おでん屋台を始められた経緯も気になるぞ」
「ああそれはな、話せば長くなるんだが……」
 少し湿った風が、妖怪の山々から紅葉を運んでくる。オニは3ヶ月前のことを回想した。

44:創る名無しに見る名無し
14/04/01 00:20:05.21 dcV7c/Gv.net
「はい!これで水中に沈んでも問題なく使えるようになりましたよ!」
「いやあスマネエ助かったぜ」
 オレは例のジャンクショップで手に入れたおでん槽をカッパに直してもらってたんだ。
 本当にオカッパ頭だったんでちょっとだけ驚いたな。

「よし、これでようやくタネのほうに移れるぜ」
「修理の他に、改造もしたくなったら、また来てくださいね!」
 そしてオレは使い物になった屋台を引いて山を降りた。夏の信仰争奪戦とかいう
 祭りがあって、人里に妖怪が出入りしてたのがラッキーだったな。

 そこで出店と客層をそれとなくリサーチしたり、幻想郷のことを知ったんだ。
 工場なんかないから、屋台をやるなら全部自前じゃないとダメってのが地味に
 辛かった。

「私も無縁塚に行ってみようかなあ」
「君子危うきに近寄らず、やめとけって」
 無縁塚ってのは幻想郷の端っこで、外から色々な物が流れついて、
 簡単に言やあ、淵とか溝ってところらしい。

 で、この幻想郷ってのは妖怪の他にも、外で忘れ去られた物もやってくるって
 話しでよ。それを聞いて屋台の残骸でもないかって出発したんだ。
 まあ結果から言うと、あのジャンクショップでいきなり見つけて
 段平と交換してもらったんだよ。

「号外!号外!今日の試合結果の速報だよー!」
「いよいよ大詰めみたいですね」
「宗教戦争ねえ、本当、好きだよなあ」
 
 いよいよベスト4が出揃ったとかなんとか書かれていたが、オレは興味がなかった。
 ガイア教徒とメシア教徒の抗争とかコトワリの件とか、いい加減腹いっぱいだろ?

「オレにはこっちのチラシ広告のほうがよっぽど大事だ……て、んん?」
「どうかしたんですか?きゅうりの特売とかあると嬉しいですけど」
 オレはチラシの隅の一コマに目が行ったんだ。そこにはこう書いてあった。

45:創る名無しに見る名無し
14/04/01 00:21:15.78 dcV7c/Gv.net
『幻想郷に海の幸!紅魔海運始まる!電話一本でお望みの海産物取り寄せます!』
「お問い合わせは紅魔館海運営業部まで」
「コレ、いかにも胡散臭いですよね~」

 オレには藁にもすがる思いでそれを見た。割高だろうがなんだろうが、
 一当たりしてみる価値はあると思ったんだ。もしもアズミやフォルネウスあたりが
 出てきたらとか考えないでもなかったが。

「よし、次の目的地が決まったぜ」
「お店、開けたらいいですね」
「おう、ありがとうよ!」

 そしてオレは山を降りて霧の湖へと向かったんだ。中身の入ってない屋台は
 めちゃめちゃ軽かったから抱えて走るのもそんなに疲れなかったな。
 そんな訳で、途中で妖精にからまれて難儀してる職漁師の爺さんを助けたり、
 ホブゴブリンと妖精の小競り合いを仲裁してるうちにオレは紅魔館に着いた。

 この間がだいたい2,3週間くらいのことだったかな。
 で、件の館に付いたら庭いじりしてた受付嬢にチラシを見せてアポとってよ、
 中に通された後、サキュバスの娘さんから相談をさせてもらってだ、
 昆布とカツオ手に入りませんかって聞いたんだよ。そしたら

「現在『紅魔海』、紅魔館で作った海では赤い海産物を中心に取り扱っておりまして、
 お客様のご注文の品はまだ当社ではまだ取り扱っておりません」
「ああ、そうですか」
「まことに、申し訳ございません」

 正直がっかりってほどでもなかったな。まあカニとエビとタコとタイは
 あるってのは意外だったがな。しょうがないからおでん屋を止めて
 ちゃんぽん屋台にしようかと思ってたその時だ。

「話は聞かせてもらった!その注文、なんとかしよう!」
「あ、あんたは……!?」
 おじょうが現れたのは。

「我が名は夜魔 レミリア=スカーレット 以後お見知りおきを……」

46:創る名無しに見る名無し
14/04/01 00:22:29.31 dcV7c/Gv.net
 てるてる坊主がドアノブカバーを被ってるような可愛いお嬢ちゃんが出てきてよ、
 なんでも吸血鬼の娘さんで外の世界と幻想郷とで交易をやってるって
自己紹介されてな、これがそのとき渡された名刺だ。

『スカーレット・トレーディングス 代表取締役 レミリア=スカーレット』
と書かれた名刺をオニは二人に見せた。
「かっちりしてるホ……」
「オオ、これはワシも営業用の名刺を出せるようにしておかんといかんな」

話題のスポットへの道すがら、幾分くたびれた名刺をフロストとマミゾウは
 矯めつ眇めつして名刺を弄ぶ。
「話しを戻すぞ」

やたら広くて対戦ステージにでも使われるんじゃねーかっていう会議室の
扉を勢いよく開けて入ってきたお嬢はよ、つかつかと歩いてきたんだ。
歩幅が小さくてやたら時間がかかったけど。

「私服で失礼、着替えの時間が惜しかったもので。早速だが、
今の話のことでお聞きしたいことがある」
 
 正直ちょっとだけ気圧されてよ。かなり強いようなんだが、カタギとしての
 雰囲気っつーか、そういうのもあってよ。

「は、ハイ!なんでやしょう?」
「季節はまだ残暑、それなのにおでん屋をやるのかしら?」
「いや、開くのは冬の予定でして、開店のためにこうして仕入れ先を求めて
 当たってる最中なんでさ」

「ということは、最悪冬までに用意できればいいってことかしら?」
「そうっすね。つってもあと3ヶ月ちょいですから、無理がありまさあ。
 自分でも駄目元だったから、そこまでお願いする気は」
「一月だ」

「へ?」
「一月で用意してみせよう、他に何か入用な海産物はあるか?」
「え、あ、いやないですが、その、マジで?」

47:創る名無しに見る名無し
14/04/01 00:25:06.84 dcV7c/Gv.net
 オレも正直ハッタリかって思ったよ。でもこんな下手な打ちかたも
 ねえだろ?だからよ、ついつい頼んじゃったの。そしたら本当に用意してくれてな。
「いやなに、此度の祭りのおかげで折角の宣伝が無駄になりそうだったんだ。
 ならここが一つの勝負所だと考えたのだ。それに、私も久しぶりにおでんを
 食べたくなったのよ」
「あ、ありがとうございます!」

 いやあ、オレもう感動してよう。お嬢も和食派だっていうからおでんのレシピの写しを
 前金替わりに受け取ってもらって、一ヶ月半かけて残りの具材を集めてよ。
 でひと月半前に何とか開店まで漕ぎ着けたって訳よ。おでん槽だけに。

「……相変わらず狂ったバイタリティしてるホ……」
「涙ぐましい話じゃのう。で?その後はどうだったんじゃ?」
 オニの回想が終わり、二人はそれぞれの反応をする。

「おう、色んなとこから力を借りて創業した訳だからな。下手は打てねえ。
 オレが地底に行くまでのラスト数日は紅魔館で料理の修行をみっちり
 仕込み直してもらってよ。社長が最後の味見をしてくれた日のことは
 今も覚えてるぜ」

「なんて言われたホ?」
「『まだまだ素材の味に助けられているな。だがそれでいいんだ。続けろ。
 出汁が素材を飲み干す日まで。精進しなさいって』」
「聞けば聞くほど大人物じゃのう、会うのが楽しみになって来たわい」

 その日のうちに彼らは紅魔館の手前、妖精飛び交う霧の湖へと到着した。
 残った具材で出汁の手入れをするオニ、近くの妖精に挨拶回りをするフロスト、
 それを眺めるマミゾウ、月のない晩を、少しの間だけ、赤提灯が照らし出す。

「バタバタしっ通しだな、そろそろ二ヶ月か、緊張するような懐かしいような」
「ちゃんとオイラの仕事のことも忘れないで欲しいホ!」
「わしのこともちゃんと紹介して欲しいもんじゃのう」
 
「わかったわかった!」
 二人に言われて、オニは参ったと両手を上げる。目と鼻の先にはオニが世話になった
 悪魔の館が、夜闇の中に薄らとそびえ立っていた。

48:創る名無しに見る名無し
14/04/06 23:55:44.78 0Nr7BdHD.net
「おでん屋台、なくなってしまったんですか。残念です」
 地霊殿の主たる少女は、自分の桃色の髪をいじりながら小さく溜息を吐いた。
「んもー!だから言ったじゃないですかー!」

 隣で頬を膨らまして怒っているのは彼女のペット、とは言っても倍近い身長差がある、
 地獄鴉の霊烏路空だ。胸元の第三の目も少し吊り上がっている。

 オニのおでん屋台が正規の手続きをとって地底を去ったその次の日、
 地獄の多目的行政施設こと地霊殿での一幕である。心もとない明かりの数々が、
 獣臭いこの屋敷の輪郭を、昼なお暗い地底に浮かび上がらせる。

「さとり様、ここんとこお仕事ばっかりじゃないですか!せっかくおいしい
 お店も出来たのに!お燐も誘ったのに来ないし!」
 空はむくれていた。このところ地底に頻発している事件への対応に追われ、
 さとりと、空と同じくさとりのペットである妖怪猫の火焔猫燐は忙殺されていたのだ。

 なんとか息抜きでもと思ったのだが、日々の仕事に流されていくうちに
 その機会も失われてしまった。それが無性にやるせなかったのだ。
 殺風景な和風の執務室に誂えられた大きな文壇。机上に届かない分を座布団で
 相当数水増しして座るのは、誰あろう先ほどの少女、古明地さとりである。

「ごめんなさいね、お空。でもね、ようやく例の件も落ち着いてきたのよ」
「例の件?なんでしたっけ?」
 さとりの言葉に空は首を傾げる。空は鴉の割にあまり頭が良くなく、
 精神的にも持っている力に対してかなり遅れている。

「最近、地底に見たことのない動物たちが沢山現れるようになったでしょう?」
「はい!それでみんながうちにその動物たちを連れて来て困ってます!」
「それよ」
「それですか!」

 勢いよく頷く空、しかし「それ」が今の話に繋がっているかは怪しい。
 良くも悪くも頭が空っぽなのだが、さとりもそれを承知で飼っているので
 今更気分を害した様子もない。

49:創る名無しに見る名無し
14/04/06 23:56:31.85 0Nr7BdHD.net
 近頃、地底には奇妙な動物たちが数多く出没するようになった。地上から
 来たとは考え難く、となれば地底のどこかで幻想郷の結界に穴が空き、そこ
から外の世界の動物達が迷い込んでしまったと考えるべきというのが
彼女の結論であった。

「その動物たちに対して詳しい人たちが幻想入りしていたようでね、丁度良いから
 スカウトしたのよ。だからささやかながら彼らの就任祝いをしたかったのだけれど」
「さとり様、それってつまり新しい子ってことですよね!?どんな子なんですか?
 私の後輩ってことですよね、早く教えてくださいよう!」

 スカウトという言葉に反応し、空は身を乗り出してさとりに質問する。
大きな机に座る小さなさとりに迫る大きな空、圧迫感がひどいが
主人は慣れているようで、気にせずに軽く手を叩いた。

「お呼びですか、さとり様?」
 器用に襖を開けて現れた黒猫は、火車と呼ばれる死体攫いの妖怪であり、
空と同じくさとりのペットである化け猫、火焔猫燐であった。
「お燐、二人を呼んできて頂戴」

「クーキンとオノマンですね、分かりました少々お待ちを」
 黒猫は廊下に出ていくと、しばらくして二人を連れて帰ってきた。
「紹介するわお空、しばらくうちで新しく動物たちの世話を頼むことになった
 オークのクーキンと殺人鬼のオノマンよ。仲良くして」

「うわああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
 拒否反応を起こした空が一切の躊躇い無く右腕のバスターから熱線を放つ!
 少女が空を飛び弾幕ごっこができるほど広い地霊殿の一室を爆炎が埋め尽くす。
 
「お空!あなた新入りの人になんてことを!」
「さとり様!不審者です!侵入者です!危険人物です!」

 お空の反応は無理からぬものである。たった今炎に包まれたのは、
 方や灰色熊の主クラスに相当するほどの威容を誇る猪型の獣人、そして
 もう片方はパンツ一丁に覆面の男である。他の言い方はない。
 パンツ一丁に覆面の男である。

50:創る名無しに見る名無し
14/04/06 23:57:25.10 0Nr7BdHD.net
二人が並ぶことで圧迫感と重量感もさることながら、諸々への危機感が
 視覚を通じて見る者を強く煽るのだ。

「妖怪や死体だって見慣れているでしょう。何がそんなに怖かったの?」
「さとりさまはおかしい!って、あ、しまった!お燐!」
 空はそこでようやく友達をまとめて吹っ飛ばしたことに気づく。廊下の
 向こうで赤々と輝く炎、死体運びが死体になる。

 二人はそんなことをつい想像してしまったが、しかし!
『トーウ!』
 炎を突き破り高くジャンプして、クーキンとオノマンは飛び出した!
 空中で一回転!そしてもう一度跳ねると今度は伸身の姿勢で空とさとりの
 前にきれいに着地した。

「な、なんだってー!」
「勇儀さんから聞いてはいたけど、ここまでとは」
 二人は火傷一つ負っていない。それどころか、フレンドリーファイアされた
 お燐を庇い、救出までしたいのだ。

オノマンがお燐を空に渡す。目を回したのか気を失っている。
「先程はこの子が失礼したわ、後でちゃんと躾ておくから。勘弁して頂戴」
「え、私!?私が悪いんですかさとり様!?」

「当然でしょう。初対面の相手、それも敵対していない人に危害を
 加えてはいけません、いいわねお空?」
「う、うにゅう~~~~~」

納得いかないのか、空は口惜しそうにオノマン達を睨む。
「ほら、そんなに警戒しねいで、お互いに自己紹介して」
 さとりに促され、空は渋々といった様子で、オノマンたちは反論をするでも
 なく、顔の前で両手を合わせお辞儀した。

「ドーモ、お二人さん。『霊烏路 空』こ、今後共よろしく」
空が挨拶をすると、それを契機にクーキンとオノマンは厳かに返礼した。
「ドーモ、オークキングのクーキンです。コンゴトモよろしくお願いします」
「ドーモ、デスストーカーのオノマンです。コンゴトモよろしくお願いします」

51:創る名無しに見る名無し
14/04/06 23:59:02.93 0Nr7BdHD.net
 二人の外来者が野太い声で厳かに一礼する。
彼らは仲間なりたそうにうつほを見つめていた。

52:創る名無しに見る名無し
14/04/14 00:20:11.02 oKCXsdha.net
「さとり様、こいつら信用できるんですか?何考えてるかすごい気になるんですけど」
「それがねえ、外国の方らしくって。心の声が日本語じゃないから私もちょっと……」
「『ちょっと』ってさとり様―!」

古明地さとりは「さとり」言われる心を読む妖怪である。そのために
隠し事の類は彼女には通用せず、方々から忌み嫌われる存在であったのだが、
目の前の異形共は彼女が知らない言語で考えているので、読めないのと
大差ない状態になっていた。

「ていうか外国の妖怪って、なんだってそんなのがここに来るんですか」
「あらお空、地上では最近ホブゴブリンが来てるらしいわよ。これはもしかすると、
 幻想郷にもグローバル化の波が来てしまったのかも知れないわ」

 現在ホブゴブリンは紅魔館で丁稚同然の生活を送っている。

「あれ?でもさっき日本語で挨拶しましたよ?」
「なんとか私とお燐で最低限の会話ができるよう教えたのよ。見た目よりもずっと
 『かしこさ』が高いから助かったわ」

 言われて豚男とパンツマスクが胸を張る。褒められていることは既に分かるようだ。
「えうう、な、納得いかないぃ~」
「納得しなさい」
 お空が目の前の不審人物たちを睨む。小学生のような外見のさとりがそれを嗜める。

「そもそもなんで外国の妖怪が地底にいるんですか?こっちに来るような種類とも
 思えないんですけど」
「それは彼らから直接聞きなさい」

 さとりが顎をしゃくると、オノマンたちは頷いて、ぽつぽつと語り始めた。
 薄暗い室内に車座で座る四人の顔が、ささやかな明かりに照らされて
ぼんやりと浮かび上がる。

「オレ達、グランバニア、マツリ、イクトキ、ダッタ」
 オノマンの言葉に合わせて覆面の下部がもごもごと動く。
「ワレラ、アベル王トノ交誼アリ、魔王タオシタ、記念日ダタ」
 クーキンが後を継ぐ。この中ではクーキンの知能がさとりに次いで高い。

53:創る名無しに見る名無し
14/04/14 00:20:55.95 VLXLNihx.net
「オレ達、グランバニア行ノ扉二入っタ」
「ダガ、着イタノハココダタ」
 推測するに、旅の扉とは地上への直通エレベーターか、巫女が使っていた
けったいな瞬間移動用の結界のようなものだろうとさとりは考えた。
空間の拡張や変質は妖怪の十八番である。

(魔王は、本当に魔王って訳じゃないわよね、たぶん)
「ふんふんそれでそれで?」
空はやたら頷いているが、恐らく分かっていない。
「オレ達、喋ル、ダメ、困ル。トホホ」
「ダガ、運良クオーガノ戦士、イタ。我ラ助カタ」

このオーガの戦士とは地底の民の一人であり、鬼の国の四天王の
一角であった星熊勇儀という鬼であった。
「勇儀さんが意外に器用な方で私も助かりました。筆談といっていいのか、
 パラパラポンチ絵で意思疎通を図るとは思いませんでしたが」

パラパラポンチ絵とはパラパラ漫画のことである。適当な巻物に鉛筆で
簡単な絵を書きあうことでかろうじて対話に漕ぎ着けることができた。
この段階を踏まえていなければ彼らに身振り手振りを交えた
語学研修に至るまで、どれほど時間がかかったか分からない。

「勇儀さんのあの変な絵、私も好き~」
「それは置いといて、とにかく二人が元の国に帰れる算段がつくまでは、
 ここで働いてもらうことになったのよ。わかったわね?お空」
「う、はぁーい……」

 さとりの連れない返事に空がまた肩を落とす。ここのところ主人が
 あまり構ってくれないので、彼女の機嫌は益々悪くなる一方であった。
「あれ?でもこういうときってすぐに何とかできるところってありません
 でしたっけさとり様?」

「あったらとっくに引き渡しています。さ、自己紹介も済んだことだし、お空。
 二人をお部屋に案内して頂戴。お燐が目を覚ますまでは、あなたがお燐の分も
 頑張らないといけないわ。分かる?」
「う~!」

54:創る名無しに見る名無し
14/04/14 00:21:51.22 VLXLNihx.net
 空はハイとは答えず半ば自棄のように彼らを連れて執務室から出て行った。
(博麗神社なら、帰そうと思えば恐らくすぐにでも帰せるでしょうけど、
 せっかくだから少しの間役に立ってもらいましょう」
 焼け焦げた廊下を見ながら、さとりは眉間の揉んだ。

(まったく、動物のことといえばうちだなんて、一体誰が言ったのかしら)
 人の心は読めても、噂の出処に心当たりはなかった。
 地底の住民曰く『地底の動物王国』。いつからか定着したその言葉を
 鵜呑みした者達が、連日異国の珍獣を連れてくることがここ最近の
 彼女の頭痛の種だった。

「私も、外国語の勉強をしないとダメかしら」
 よもやこんな形で自分の読心が破れるとは思っても見なかった。
 動物たちのためにも、さとりは密かに決心する。

「それにしても、勇儀さんはあの二人が動物たちの言葉が分かると言っていたけど
 本当なのかしら……」
 彼らを紹介した偉丈婦のことを思い出し、さとりは渋面を作る。
 人手が欲しかったのは事実だし、勇儀の言葉が本当なら願ってもいないことだ。

 しかし、鬼は嘘を吐かない代わりに、ひどくいい加減である。年中酒の臭いを
 させている上、早合点や思い込みも多い。
(根はいい人なんだけど、それだけなのよね……)

 面倒な有権者の顔を思い出して、さとりはまた小さく溜め息を吐く。それに
 合わせるかのように地霊殿のどこからか、聞きなれない動物たちの鳴き声が木霊した。

55:創る名無しに見る名無し
14/04/14 00:22:37.29 VLXLNihx.net
「コレ、アルミラージ、コレ、ガスミンク、コレ、ファーラット」
「へえ、この子たちの名前が分かるんだ?」
 空に案内されて、地霊殿の裏に急造された厩舎へと足を運んだクーキンと
 オノマンは、見覚えのある珍獣たちを見つけると、その名前を彼女に
 教え始めた。余談だが、現在の時刻は昼休みが終わったあたりである。

「じゃあこの子は!?」
「そいつスカルガルー、アッチ、ケンタラウス、アイツ、ア!」
 厩舎の隅に蹲る一匹を発見してオノマンが駆け寄る。

「ブラウン!」
「ナニ!?」
「もが?」

 名前を呼ばれて毛むくじゃらの丸々とした小人が振り向く。間違いない、
 かつて彼らと共闘した魔物の一体だ。

「もが!?もがもが!もがあも!」
 驚き、次に喜び、嘆いたりを身振り手振りを交えて話すブラウン。
 それを聞いて頷く二人、時折日本語ではない言葉で二、三会話をして
 お互いの近況を報告した。

「え、なに友達?」
 空の問いに、彼らは頷いた。途端に彼女の表情がパッと明るくなる。
「コレ、ブラウン、仲魔!」

「よかったね!友達に会えて!」
 先ほどの不機嫌もどこへ行ったのか、彼女は心から3人を祝福した。
 単純だが大切なことはしっかりと躾られており、条件反射で反応するのだ。
 
「じゃあ、その子は動物じゃないんだね。後でさとり様に言わなくちゃ」
「もが!」
 ブラウンは深々とお辞儀をした。しかし彼がここから出るのは今言ったことを
 忘れた空が思い出すまで、もう少し先のことであった。

56:創る名無しに見る名無し
14/04/21 00:06:48.77 XwirEkzH.net
「全部で67匹、ですか……」
「はい!他にもあの二人みたいなのも数匹、数人?いました!」
その日の夜、動物たちについて報告を受けると、さとりは目を瞑った。
 眉間に寄ったシワが深まる。

「改めて厩舎を建てねばならないかも知れませんね」
 手にした紙束を机に置いて、そう呟く。オノマンが似顔絵を書き、
 クーキンの知識をお燐がまとめた簡易なモンスター図鑑の存在が、
 動物たち、否、モンスターたちを同じ入れ物に詰め込んでおくことは
 危険であることを彼女に教えていた。

(不幸中の幸いか……)
 さとりは現在、地霊殿に集められ、そしてこれからも増える可能性が高い
 モンスター達を収容するための場所を作ろうとしていた。

 何故かと聞けば、異変でもないのなら彼らを外の世界に返す理由がないからだ。
 個人が帰りたいというのならまだしも、動物達が幻想入りしたとて、
 それは幻想郷に動物が増えたというそれだけのことなのである。

(もっとも、預かった以上は管理しないといけないのだけれど)
「さとり様、元気ないですね……」
 空が心配して声をかける。単純な動物の思考と心理は、さとりに
 安心感を与えてきたが、気遣われることに心労を覚えるという
 誤算もあった。

「そうね、みんなのご飯を考えると、ちょっとね……」
「え、みんな放して、他の動物みたいに狩ったり食べたらいいじゃないですか?」
 空の屈託のない表情は心の底からそう思っていることを告げていた。
 大自然のコトワリに根ざした考えであったが、彼女の主人は首を横に振る。

「野生のものはそうでしょう。でもねお空、中には人様のペットも含まれている
 かも知れないの。あなただって、お燐が食べられたら嫌でしょう?」
「嫌です!」
オウム返しを繰り出す地獄鴉を見て、さとりは首肯する。
つまるところ、自分たち地霊殿の者では紛れ込んだモンスター達が、他人の
ペットか否かの判断がつかないことが問題だったのである。

57:創る名無しに見る名無し
14/04/21 00:07:56.40 XwirEkzH.net
「食べられちゃったら食べた相手にやり返すでしょう?」
「やってやります!」
「だから、ペットの子だけを預かって、残りは順次野に帰していくことにするの。
 わかった、お空?」

「え……?」
「……オノマン達にペットの子だけを分けて、残りは逃がすよう言って頂戴」
「分かりました!」
 元気よく返事をすると、お空は部屋を駆け出していった。
 屋内で走らないよう常々言っているが、これは覚えられないようだ。

 とくに怒ることもなくさとりは目を閉じた。聞き分けの良い子だが、
 鴉にしては思慮が足りないのがお空の欠点である。
 だからこそ、外から来た下品な神々に良いように騙されてしまったり、
 異変を起こしたりもした。

(あまり地獄で厄介事は起きないで欲しい物だわ。元、だけど)
 さとりは内心でそう呟きながら、机の引き出しからアメを取り出し、
 口に含んだ。まろやかな乳の甘味が口内に広がる。

(こいしは、いつもどおり捕まらないし、お燐もこのところ働き詰め。
 お空は元気だけどそれだけ、新人二人の今後も考えないといけないし、
 地底の運営にもそろそろまた手を入れないといけないし、まだまだ
 休めそうもないわ……」

 気がつけば、舌の上のアメを転がすことも忘れて、さとりは微睡み始めた。
妖怪といえど体力のあるほうではない彼女は、しかしながら他に
机仕事のできる者の少ない地底の切り盛りのために仕事一筋の暮らしに
追われていた。

何時頃からかと聞かれれば、閻魔に任されたときからだ。
(やっぱり、やめとけば良かったかしら。他に道はなかったかしら。疲れたわ……)

 もう一度だけ口内のアメ玉を転がすと、さとりは昔を思い出しながら、意図せぬ
 眠りへと落ちていった。

58:創る名無しに見る名無し
14/04/28 00:02:22.21 ocatDvYA.net
場所は戻って紅魔館。オニ一行は湖を回って吸血鬼の屋敷を訪れていた。
未だ朝靄晴れぬ妖館を前に、ジャックフロストが息を呑む。
「えっ、ここ?間違いじゃないかホ?」
「いや、どっちかってーと、場違いのほうだろ」
「いやはや目に優しくないのう」

 遠巻きから口々に言いながら彼らは歩いていく。建物は高い柵で覆われており、
入口は正門一つきりだからだ。もっとも、空を飛べる幻想郷住民からすれば
あまり意味のあるものではないが。

「ん……あれ?」
「どうかしたかの、オニ殿」
「いや、アレ……」

 オニが指さした先には大きな門と、そこに鎮座する魔物が一匹。一見獅子のようだが
 体格は大型のそれよりも一回りも大きく、全身の真白の毛並みと理性的な瞳が
 一介の猛獣とは一線を画していることを告げている。

「はーこりゃあご立派じゃあ……」
「ケルベロスが番犬してるホ、なんか感慨深いホー」
「いや、そうじゃなくてな」
オニは、ここの門番は妖怪の少女が務めていたことを二人に話した。

「面識ねえ相手だなあ、そもそも話しが通じるかな、アポとれんのか?」
「こういう時は、オイラの出番だホ!」
 フロストが一回転してから手を挙げる。交渉事には自信があるようだが、
 マミゾウは不安そうな目で眼科の「おこさま」を見る。

「大丈夫かのう?」
「任せるホ!無茶ぶりされても沈黙しないことがアイドルの必要条件だホ!」
「言ってる意味は分からんがとにかくすごい自信だ!」

 勢い込んでフロストはそのまま門の前まで駆けていくと、それに気づいた
 ケルベロスが身構える。しかし、フロストの姿を視認すると、地獄の番犬は
 驚愕の声を上げた。
「キ、キサマは二階堂!?>

59:創る名無しに見る名無し
14/05/05 00:11:39.75 x5akqJc+.net
「ホ!?」
 突然の呼びかけにフロストは急ブレーキをかける。ケルベロスは
 目の前の雪だるまをしげしげと見て、小さく頷く。

「やはり、二階堂マイケルだな。久しいな、我を覚えておらぬか?」
 晴れ空の下、名前を呼ばれたフロストの内心に雷が落ちた。あまり嬉しくないのか
 冷や汗が顔中に流れ出す。

「お、オイラの本名を知っているケルベロスっていうことは……!」
「うむ、最後に供をしたのは天海以来か……」
「オマエ、パスカルかホ!?」

 狼狽しながら問う妖精に、魔獣は趣向する。
「いかにも。数奇なこともあるものよ」
 警戒を解いて歩み寄るケルベロス。普通に起き上がるだけで既にフロストの
 2倍は大きい。

「どうしたヒーホー。やっぱダメだったか?」
 後方で様子を伺っていたオニ達が屋台を押しながらやってくる。
 特殊会話が発生したような空気を察したのだ。

「む、こやつらが今の仲魔か?」
 ケルベロスが値踏みするように二人を見る。オニは真っ向から見返し、
 マミゾウは何故か頬を赤らめる。

「あー、そうだホ。この二人がオイラの今のパーティのオニとマミゾウ、で、
 こっちが首が一つしかないけどケルベロスだホ。昔組んでた仲魔だホ」
 フロストは両方にお互いのことを掻い摘んで説明した。

 穏やかな秋の日差しを受けて、魑魅魍魎が昔馴染みと歓談する。そんな
 奇妙な光景が、真っ赤な館の玄関口に広がる。

「かくかくしかじかホ」
『なーるほーどなー』
 フロストの説明が終わると、三匹の仲魔が頷く。
「悪魔も色々大変だ」

60:創る名無しに見る名無し
14/05/05 00:12:17.31 x5akqJc+.net
ケルベロスが感慨深そうに目を細めて言う。
「それで、今日は館の主に謁見を求めてきたとな」
「そうだホ」

「分かった、とくにそういうことに約束事はないからな、案内しよう」
 そう言うと、ケルベロスが狼のような遠吠えを一つする。
 すると、正面の門が左右へと静かに開いていく。

「あ、その前に、ちょっと聞きたいんだけどよ」
「む?なんだ?」
「前にここで門番してた娘がいたろ?あのお嬢ちゃんはどうしたんだい」

「あの娘なら、いやそれも主、レミリア殿から聞くと良いだろう」
 言いよどむケルベロスに、オニは一瞬怪訝な表情を浮かべるが、
ここで気にしてもしょうがないと思ったのか、黙って後をついていく。
門の内側には、手入れの行き届いた庭木と花壇の数々が来客を出迎える。

「の、のう、ケルベロス殿」
 それまで沈黙を保っていたマミゾウが、控えめに声をかける。
 オニやフロストには絶対示さないしおらしさであった。

「む?なんだ」
「ケルベロス殿は、そのう、どうして幻想郷にいらしたのじゃ?」
(なんかおばちゃんが急に少女し始めたホ……)

 態度の違いに歯が浮きそうになるのを堪えるフロストの隣で、マミゾウは
 モロ好み(死語)の魔獣へのアプローチを開始した。余談だが屋台は門を
 潜ってすぐのところに駐車してきている。

「ふうむ。どこから話したものかな……」
「なんなら生い立ちからでも……」
「いくらなんでも時間かかり過ぎるホ……」
 
「いや、この中は見かけよりもずっと広い。議事堂並だから案外いけるかも」
以前来たことがあるオニがそんなことを告げる。一同が玄関に着くと扉が
自動で開く。

61:創る名無しに見る名無し
14/05/05 00:13:36.34 x5akqJc+.net
少女が空を飛ぶことが前提の広さとでも言おうか。とにかく広いのだ。
真っ直ぐ最上階を目指してもかなりの距離がある。

「我は昔、一匹の犬だったのだ。元はシベリアンハスキーの雌だったのだが、
 飼い主が悪魔を使役し合体させる術を手にしたことで、その材料に使われてな。
 それで今の我になったのだ」

「え、ほ、ほう……」
 いきなりのカミングアウトとその内容にマミゾウが引く。
「つまり、長生きしたり人を襲って妖怪化したんじゃなくて、邪教の儀式によって
 化物になったってことだよ」

 よく分かるようにオニがフォローを入れる。フロストが眉間の押さえて俯く。
「左様。だが中身は不思議なことに我の、パスカルのままだった。我は
 変わらず外道に落ちた主を助けるべく旅を共にしていたのだが、ある日
 転送事故とでもいうべき事態に遭遇し、主と離れ離れになってしまった」

「転送事故ってのは、簡単に言うとだな。術師が式神の召喚や口寄せに
失敗したみたいなもんだ」
オニのフォロー。

「で、当時オイラが通っていた軽子坂って高校に出たんだホ」
 懐かしむフロストを他所に、マミゾウがの表情が引き締まる。
「……確か原因不明の爆発で生徒の大半が蒸発したとかいう事件のあった学校じゃな」
「その軽子坂だホ」

「いじめられっ子でクラスに馴染めない子が邪教に手を出して学校の体育館で
 儀式を行った結果、校舎が魔界に閉じ込められたんだホ」
「なんだそのギャグ漫画みたいな話」

 オニが横合いからツッコミを入れてくれるも悲しいかな事実である。
「そして我らは魔界から脱出するために他の仲魔と手を組み、首謀者を
 打倒したのだ。我はそこからまた主の下へ戻り」

「オイラは束の間の高校生活へ帰ったんだホ」
 足元に広がる赤絨毯と入り組んだ廊下を歩き、フロストは確かに議事堂だと思った。

62:創る名無しに見る名無し
14/05/11 23:48:33.16 +pElVqK2.net
切り返しの多い廊下に妙に多い部屋数、上下の感覚を認識しづらい構造、
 時折すれ違う妖精メイドに挨拶しながらフロスト達は進んだ。

「その後は、どうしたんだったか……」
「次に会ったのはオイラがキャンパスライフを送っていたときだったホ」
「お前大学行ってたのか!?」

 知人が意外に高学歴なことに驚愕するオニ。廊下に彼の大声が虚しく響き渡る。
「そうだホ、平崎市の北山大学だホ」
「人は見かけによらんのう……」
 何故か急に態度の戻ったマミゾウが小さく唸る。

 フロストの略歴は簡単にまとめると以下の通りである。

 魔界に生まれてしばらく家族と共に暮らす。
 その後救世主の男女と共にオニや他の仲魔たちと共に世界の命運を賭けた旅に出る。

 旅が終わってからしばらくして「元通り」になった人間界へ行く。
199X年 軽子坂高校入学。相撲部に入部。全国高等選抜出場、一回戦敗退。
卒業後 平崎氏内の北山大学文学部を受験、無事入学、学生生活満喫中
ダークサマナーとの戦いに巻き込まれた人間に巻き込まれる。

 大学卒業後、ご先祖様に倣って私立探偵を開業、売り出しも兼ねてモデル都市
 『天海市』に事務所を構え、独自に事件を追う(平崎氏で得た伝手に情報を
 売り払うため)。
 天海市閉鎖後、廃業。魔界へ帰郷した際にルシファフロスト開催のアイドル
 オーディションを受けて当選、現在まで活動中。

「そこでオイラは新米サマナーをレクチュアしながら、街の怪事件を解決してたホ。
 で、あるときその新米が悪魔合体をしたら事故ってコイツが出たんだホ」
「サマナーってのは悪魔召喚士のことで、さっき言ってた邪教の術師のことな」
 階段に差し掛かると前列ケルベロス、後列フロスト達の隊形で上がっていく。

「で、その事件も無事にクリアした後、オイラ達はまたそれぞれの道を歩み始めたホ」
「とは言ってもしばらくの間は生活を共にしていたがな」
 階段の窓から見える外では妖精メイド達が鬼ごっこをしているのが見える。

63:創る名無しに見る名無し
14/05/11 23:49:17.11 +pElVqK2.net
「今度は私立探偵として事務所を開業したホ!」
「1年で畳んだがな」
「節操ねえなー」
 オニが眉間を揉む。フロストは以前レーサーになるといって自分そっくりの
 ゴーカートをどこからか拵えたことがあったが、つくづく多彩な芸歴である。

「話しが進まんのう、その経歴ってあとどのくらい続くんじゃ?」
 少し疲れたようにマミゾウが聞く。フロストだけなら話半分なのだが、水先案内を
 務める番犬は嘘を吐くようには見えない。つまり『盛ってる』としても
 大筋は合っているということだ。

(思ったよりも面倒臭い奴らと絡んでしもうたかのう……)
 ただの妖精とはぐれ物の鬼、彼女の目には最初はそのように映っていたが、
 人間に比べて妖怪はどうにも値踏みがしにくい。

(それに、まさか雌とはのう、もっと早くに気づくべきじゃった)
 好みの牡かと思えば雌。確かによく見ればふぐりがない。狸に比べて他の
 動物のものは小さいのでそういうものだと思い気にしなかったのだが、
 性別の時点で間違っていたことでマミゾウは少なからずがっかりした。

「で、おいらはここ数年の間はアイドル業に専念して地方巡業してたホ」
「我は此奴の故郷というのが気になってな、再び魔界に行っていたのだ」
 階段を延々と上がり続けながら会話は続く、外からみればだいたい二、三回建てくらい
 にしか見えない紅魔館の内部は、まさに悪魔の業とでもいうべき広がりを見せていた。

「そして、数日前に我は魔界から現世へと帰還するはずであったのだが……」
「ここに流れ着いていたと」
 オニの問いかけにケルベロスがうむ、と肯定する。

「これで三度目だ、我は召喚や転送とはつくづく相性が悪いようだな」
「なるべく一緒のタイミングで出入りしたくないホっと」
 歩き疲れたのかフロストが番犬の背に乗る。ケルベロスも慣れたもので
 嫌がる素振りも見せない。

「で、門番募集のチラシが風に流れて来たのでな、足を向けたところ妙に
 気に入ってもらい、採用してもらい今に至るとこういう顛末だ」

64:創る名無しに見る名無し
14/05/15 21:08:24.58 F5TDg07S.net
NHK提携シークレットサロン

NHK提携シークレットサロン

NHK提携シークレットサロン

65:創る名無しに見る名無し
14/05/19 22:50:41.06 KmDON/v/.net
そこまで話し終えると、階段の踊り場から扉を開けて廊下に戻る。
 かれこれ六階程度の高さまで上がっただろうか。
「ここだ」
 ケルベロスが一室の前で止まる。ドアに付いたプレートには「会議室」の文字。

「たかが三階まで上るのにえれえ時間がかかったホ」
「途中にもう少し階を増やそうぜ。律儀すぎだろ」

 延々とビルや塔の階段を上り続けたこともある彼らだが、それは途中の階に
 用がなかったり入れなかったりするからであって、あまり長くなるようなら
 やはり小休止を挟みたいのが本音だった。

「柱と床があるだけで部屋も何もないからな、入れるようにするとサボリに
 来る者も増えるし」
「世知辛いのう……」

 あまり現実的でない長い廊下、それに合わせたカーペット。内側の縮尺だけが
 雑に引き延ばされており、特に目的もないならあまり歩きたくない。
 オニとマミゾウはそんな感想を抱いた。

「で、本当に入って大丈夫なのか、ここ会議室だぞ。応接室とかじゃなく」
「問題ない。お前たちが来たことは前日、レミリア殿から聞いていた。
 来たら案内するようにともな。二階堂までいたのは予想外だったが」
「流石吸血鬼、耳が早いのう」

「え、ここの主人って吸血鬼なのかホ!?」
「あれ、言ってなかったっけ」
 フロストの顔から水が滴る。汗ではない。人間ならばきっと血相も変わっていたに
 違いない。

「オイラ極道の吸血鬼と一戦交えてから正直苦手なんだホ」
「安心しろ、レミリア殿は外道の法や毒の光は使わん」
「それなら安心だホ」
 
 ホッと胸を撫で下ろしたフロストがドアをノックする。
「どうぞ」

66:創る名無しに見る名無し
14/05/19 22:52:26.30 KmDON/v/.net
中から声がした。少女の声だ。やや高めだが細くはない、
辺りに響き渡るのではなく、遠くまで真っ直ぐに届く、そういう類の声だった。

「客人をお連れしました」
「ありがとうケルベロス、下がっていいぞ。そして久しいな店主」
「へえ、その説は」
 
 雇い主の言葉を受けて、ケルベロスが静かに退出する。
 オニが畏まって頭を下げた先にいたのは、少女だ。
 会議用の大机の前に立っているが、辛うじて肩から上が見えている。


 衣装はといえば、赤いスーツに身を包み、右に単眼鏡をかけた出で立ち。無造作風の銀髪は美しく、薄暗い室内で逆に存在感を高めている。
 彼女こそがこの紅魔館の主である吸血鬼、レミリア・スカーレットその人。
 今日まで外の世界で生き残り、弱冠500歳にして交易と妖怪稼業で生計を立て、
 多数の配下兼従業員を囲う経営者でもある。

「タネなら用意してある。後で届けさせよう。しかし今日は随分と賑やかだな」
「へえ、実は今日、用事があるのはこいつらのほうでして」
「ほう?」

 オニが手招きすると、フロストとマミゾウはそれぞれ自分の名刺を持って
 レミリアの前へ進み出る。名刺を受け取る紅い双眸がすっと細まる。

「有限会社二ッ岩ファイナンス代表取締役 二ッ岩マミゾウ殿。この時世に
 よく有限でいられましたね。新規は元より株式に転向せずにいることも
 難しいでしょう」
「いやいや、うちみたいなローカルにはそういう話がこないだけでして……」

 真っ赤な嘘である。幻想郷の外で確固たる地盤を築いている彼女はそこから
 堅実な手法で地道に勢力を伸ばしている。主に全国の荒れ寺や廃神社、休眠
 している宗教法人等をいち早く買収し、節税と金融業の二足の草鞋を履き、
 更に今は幻想郷で付喪神の育成と勧誘に精を出している。


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