16/07/27 15:09:58.65 aXU0nP1g.net
「優勝すればカネになる!」
カネが集まるところ、かならず腐敗が起こります。
競技者は「神に捧げるため」ではなく「ゼニ儲けのため」に競技を行うようになり、不正が跋扈(ばっこ)し、大会は腐敗していきました。
不正に対する罰則をどれほど強化しても焼け石に水。果ては、時の権力者の意のままに開催年を変えられたり、
敗者がむりやり「優勝」ということにされたり、オリュンピア競技会はその歴史的役割を終えて衰退していき、
ローマ帝国においてキリスト教が国教とされた(392年)ことをきっかけとして、消えていくことになりました。
●近代オリンピックの発祥
それから 1500年ほどたった19世紀の末。「世紀末」という言葉が「繁栄した時代の末期に起こる退廃した世相」
という意味を持つようになったこの時代、世の中が急速に不穏な空気に包まれていく中で、
フランスのクーベルタン男爵という人物が歴史書の中から古代オリンピックの「平和精神」を知り、これに感銘を受けます。
そして、彼の提唱がきっかけとなって、1896年を「第1回」としてアテネで始まったものが、現代までつづいている「近代オリンピック」となりました。
こうした経緯から、近代オリンピックにも古代オリンピックの遺伝子「平和の祭典」という精神が(一応は)流れていることになります。
カネが動けば…近代オリンピックの腐敗
しかし、そうした高尚な精神を掲げて開催された近代オリンピックは、アッという間に腐敗にまみれていくことになります。
1900年「第2回大会」では、早々に優勝者に賞金が与えられるようになりました。お金が動けばかならず腐敗が起こるため、
もし、大会の「崇高な理念」を守りたいという意志があるならば、大会が賞金を与えてならないのはもちろん、大会とは別に国が与えることすら許されません。
「賞金が欲しい者はエントリーしてもらわなくて結構!」というスタンスでなければならないのです。
よく「