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[2015年08月29日]
戦後70年の沖縄の夏、名護市辺野古の米軍基地建設現場には不自由な体を押して座り込む「おじい」「おばあ」の姿があったーー。
なぜ、彼らはそこまでして抗議を続けるのか。その中にいる多くの戦争体験者が抱く強い思い、エネルギーの源泉となる沖縄戦とはなんだったのか?
1945年3月に始まり、米軍が凄まじい戦力で進攻する中、3ヵ月以上続いた無謀な戦いで県民の4人にひとり、12万人以上が亡くなった。そこで起こったことに戦後70年の今、体験者の証言から思いを馳せてほしい。シリーズ第3回。
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昨年9月9日、大潮の日。辺野古の海はリーフ(珊瑚礁<さんごしょう>の内海。沖縄では「イノー」と呼ばれる)で浅瀬ができるほど潮が引いた。干潮時間に合わせ、一斉に市民が海に入って、埋め立てボーリング調査に抗議した。
その時、警備にあたっていた若い海保隊員に「私は『集団自決』の生き残りだ、もう二度と戦争はイヤだ」と語りかけている宮里洋子さんの姿があった。
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