15/06/28 04:27:05.06 Ve32dP4H0.net
1917年一月の小樽新聞によると高商は猛寒稽古に入っていた。
1919年一月の北海タイムスによると講道館札幌分館も寒稽古に入っていた。
つまり当時の気風としても
一月の繁忙性は不変であり、そうしたなか異例に
1915年だけ
一月上旬に昇段試合が押し込まれたなどというのはありえない。正月直後に試合などは身体の摂理からしても不自然だ。
このことからもかの方に
1915年初頭に初段の時期がネジ込まれていたことはありえず
1915年かの方二段の時期に札幌事件が起きたと一意的に決定される。
>>793あと高商の三船講師と同時期に五段などとはどの史料にも書かれていないよ。嘘を吐かないように。
>>798同感だね。
>>801
>過去に何度も指摘をされているのに、直そうとしない。
>極端に負けず嫌いで、人に指摘され何かを正すのが、死ぬほど嫌なのでしょう。
>結局そういう人は、何を言っても信用されないだけなのですが・・・・
まさにその通りだね。
>取材に~ 本当は専門誌が仕事でやる領分なのにね。
その過程で更に決定的かつ深遠な内幕も掴んでしまったのだけど
それはここで語るべきことなのか未だわからないといったところかな。