08/08/11 05:43:13 owmHlICy
僕は長い旅路の果てに そこに足を踏み入れた
ときに日本の秘境とも呼ばれ或いは
かのバミューダトライアングルとも並び称された秘所である
谷川俊太郎の街
老若男女すべからく谷川俊太郎で構成された
谷川俊太郎比100%の街である
僕はここに来て初めて街の住人と出会った
まだ十代の少年だった
彼は青い葉桜の繁る公園でベンチに寝そべって呆然と空を見ていた
一人でありながら孤独をそう感じさせない雰囲気を持った少年だった
声でもかけようかと思ったが言葉がみつからない
「空がきれいだね」なんてのはとても陳腐であるし
今日の天気の話をしても彼が関心を示しそうにはない
僕は少年から目をそらすと再びこの街を歩いた
小さな居酒屋の前では二人の男達が静かに殴り合っていた
ゆったりとした仕草で二人はお互いの頬へ拳をふるう
まるで儀式か古代の舞踏のようでおごそかでさえある
緩やかな拳の応酬が終わるとそれで用は足りたとばかりに二人は去っていった
決して会話ではなかった 街路には確かに小さな血痕が残されていた
古びた映画館では開けっぴろげにエロ映画が上映され
その絵看板には無修正のままの男女の性器が克明に描き出されていた
これがなにかおかしいですかと絵は言っていた
映画館の奥からは途切れ途切れに女の喘ぎ声が聞こえる
中年の男が胸を張りながらチケットを買い中に消えていった
僕はこの街を歩いてようやくここの美しさに気付き始めていた
どこかで諍いが聞こえ 男が女を口説き 汚れた子犬がとぼとぼと歩く
子供達が笑いながら走り 鳥が空を渡って 親子が手をつないで
しかし美と呼び額縁におさめるべき特別なものは何もない
ただ一瞬一瞬の何気ない風景が得がたい明るさでそこにあった