08/07/17 21:49:13 5R6arHMT
(幾多の病人の最期を看取ったであろうベッド。目線の少し上に開閉不能の窓があいている。)
熟した太陽が第四病棟の屋上で潰れていた。
廃油に似た太陽の果汁が街を浸した。
広告と標識と自己主張が雑踏を形成し網目状に張りめぐらされ、中華料理屋のタイルによく似ていた。
路地裏には水溜りが固形物のように横たわり、そこを黒いゴム長靴が踏みしめる。
排出口から吹く生温い風に黄ばんだ白衣が揺れる。
……具合はどうかね…
ええ、やはり外を出歩くのが一番ですよ
…興味深いね……君のほうで状況に適化しはじめたのかもしれん……
買い被りです、生来のひきこもり気質なんだな、窓があれば海外にだって旅行できるんだ
……私はね夕陽を見るとどうしても死を連想してしまうんだ…
僕は鏡を見た時に感じるね
……たしかどこぞの脳科学者も死と夕陽の関連性についての論文を書いていたっけ・・・…
あなたはやっぱり医者でしかないんだ
…いずれ医者と患者は背反した存在ではありえないよ…そして君はやはり君だ……
先生、正直に言ってくださいよ
……死ぬのが怖いのかね…
あなたが僕の立場ならどう思います
……そりゃ怖いさ…
(そろそろ夕食が運ばれてきてもいい頃合だ。
親鳥の帰りを待つ雛のように開かれた口からだらしなく涎を垂れる。)
配られた広告を片っ端から受け取り、読み漁りながら歩いた。
活字をつぎつぎと飲み下し高まる正当性に、水飴並の粘性率をもった笑みが顔面に張り付いた。
感情は僕を欺いた。論理は信頼に値した。
地平線を見ると死の頭頂部が浮きだし始めている。
鼻……口……顎……首筋……初めて僕は地球が球体であることを知る。
悪夢は当人が一番恐れているものの形をとって現れるという。
僕の眼前に迫りくるのは、白地のベニヤ板に黒ペンキで大きく描かれたゴシック体の"死"。