09/01/05 23:56:48
さて明日から初出ってことで、長くなるが、仕事に因んだ物語をしよう。
物語と言っても心象風景や僅かな記憶違いの部分を除くと実話だよ。
実は俺の稼業は窯業でね、俺も火を扱うプロの端くれなんだ。
不燃性の無機物は温度が五百度以上になるとその物自体の質や色とは無関係に
全て同じ色調で発光し始める。六百で暗赤色、八百で赤橙、千で黄橙、千二百
で黄色、更に上では黄白色に輝くって具合。
炉内が千三百度に達した辺りで火を少し弱め、煙突の空気取り入れ口を開くと
ベルヌーイの定理の働きで煙道が外からの気流に満たされ、燃焼室に熱が留ま
り、炉内は還元雰囲気となる。
その時の煙突内部は橙色に光ってるから約九百度位だな。
そこの排気流に薪を差し込むと薪は閃光を放って瞬く間に燃え尽きるよ。
二十年以上昔の話だが、家の窯場には雌の三毛猫、玉が住み着いていた。
古老に言わせれば、玉は当時二十歳を遥かに超え、所謂、猫股の域に達してた。晩年の玉は周りの全てを掌中に納めているかのように悠然と生きてた。
野良犬が襲って来ても、寛いだまま日向ぼっこ、しかし間合いがぎりぎりに
詰まったと見た刹那、身体を翻して軒上に飛び、吠える犬を嘲笑うように
見下ろしながら、そこでまたもや毛繕い。
無駄な動きを滅し、気配を消し、何時間でも獲物を待つもんだから、鳩や鼠や
果ては大烏まで仕留め、しかも獲物を俺の前に置いて[さあ食えよ]とばかり
に俺をじーっと見つめながら寝そべる始末。
人が呼んでも餌ではまず釣られないが、自らが来たいと欲すれば気の向くまま
に身体を擦り寄せて来て仕事の邪魔をする。