10/04/25 08:32:11
続き
もうすっかり暗くなった林道。自分の足音から少し遅れてついてくる黄色い灯り。
『振り返っちゃダメだ、振り返っちゃダメだ』
何故かそう自分に言い聞かせつつ黙々と歩く。バテた足が悲鳴を上げる。
ペースはどんどん落ちてくる。ちらり、ちらりと振り返るたびに近づいてくる灯り。
ああ、もうダメだ、追いつかれる、そう思ったとき、低い男の声ではっきり聞こえた。
「バンガローまでがんばろー」
がくっ、となったね。
しかし何故か意地が沸いてきてがむしゃらに歩き続けていると、相変わらず後ろから声は続く。
「歩きすぎて足が棒の嶺」
「それにしてもこの男、川苔である」
「小丹波に降りたから肩が痛くて。古里だけに」
「三つドッケ、三つドッケ、登山者が通る」
「三の上に心配あーる三条の滝」
「今、白丸が赤丸急上昇」
「このあたりは昔、奥多摩の鼻つまみと呼ばれておってな、何故って鼻をつまんで発音するとたば」
思考をシャットダウンした状態で中茶屋キャンプ場に到着し、ふと後ろを見るといつのまにか灯りは消えていた。
不審がるキャンプ場のオヤジにわけを話すと「そういう時は、もっと下らないことを言い返してやるといい」だそうだ。
それ以来、川苔山には二度と行っていない。