09/05/14 02:37:44
>>773
あなたの話が釣りでないことを妄信します。
私の自宅はあなたの指摘する通り、仏生山町南部で旧集落名を上新町といいます。
偶然かどうか親戚では花園から嫁いだきた女性が数名います。
父親の話では平家の源平合戦での落武者だそうです。
母親は部落出身者でなく結婚当時に生家より激しい反対を受け絶縁状態で結婚しました。
他界した明治45年元旦生まれの祖父は生年月日が定かでなく、当時一族の戸籍が存在していなかったように言っていたようです。
祖父は読み書きができませんでしたが頭が悪いのではなく学校に行けなかった為と聞いてます。
祖父は若い頃に行商で近所で作った竹細工を売り歩き高松市内は勿論ですが何故か遠方の徳島県山間部まで歩いて行ってそうです。
祖父の父親は古くから仏生山町に住んでいて同じく長尾町の山間部にある集落から嫁をもらったそうです。
あと、当家の墓は明治以前の物は存在してません。
これらの事は断片的に聞いた事で祖父は多く語らず、家系について語ろうとしませんでした。
その為か父親も詳細を知りません。親戚一同も同様です。
最近まで私も部落問題をタブーとしてましたので、生い立ちから逃げてました。
しかし、エタ・ヒニンでないのに何故に差別をうけるのか疑問に思い、ネットでサンカについて調べるうちに共通点が多いのに気付きました。
いろんな著書があるのは知ってますが、まだ呼んだことはありません。
というのも、2ch人権問題の神いわれる方がサンカは著者の創作だと言われた為です。
母親は山賊だから差別を受けていたと言ってます。
最後に、あなたが高松市民で私の親族で無いことを望みます。
776:底名無し沼さん
09/05/14 04:41:09
>>775
まず、私の書き込みは「釣り」ではなく、高松市民でもございません。
そして貴方のご親族でもありません。どうぞご安心下さい。
サンガイと呼ばれた方々には、川魚や小動物を獲る方、竹製品を商う
方がいらしたようで、花園町には川魚や小動物を扱う問屋・小売店が
ありました。つまりサンガイとは商いの種類をさす言葉のようです。
またサンガイは被差別部落の方もされていたし、山に住む方々もして
いたとの話を聞いたことがあります。
曾祖父様やお祖父様のお話から、山のネットワークを感じます。しか
し、お母様の言われる「山賊」は何かの誤りでしょう。
もし、お祖父様がサンガイをされていたとしても、21世紀の今日まで
差別を受けることはありません。今回も、貴重なお話をお聞きできて
感激しております。
<ご参考までに>
屋島で敗れた平家の中に、屋島-新田街道-十河-東植田-西植田-
菅沢-内場池-相栗峠-貞光-三加茂-東祖谷とたどった者がいたと
いうことは分っています。全て仏生山町から近いですね。
三角小説に出てくるようなサンカは確かに著者の創作ですが、実際に
そのような言葉で呼ばれた人々がいらしたことは事実です。
777:底名無し沼さん
09/05/16 08:11:11
>>776
ご回答ありがとうございました。
私の小学生低学年(昭和45年頃)まで、近所で竹籠を作っている家がありました。
また、祖父の話では内場の少し上にある上西地区や貞光まで徒歩で行っていたと聞いた記憶があります。
当時は年寄りの誇張と思っておりましたが、今は信じてます。
香川県は部落差別がいまだに強く残っている土地ですが、
私自身も直接、差別を受けた経験は前にも述べた一度だけです。
殆ど、貴方のお話と一致します。
最後に、お薦めの著書を教えていただければ幸いです。
778:底名無し沼さん
09/05/16 12:08:42
四国繋がりで大歩危・小歩危の部落が平家の落武者の末裔ってのもよく聞くな
779:底名無し沼さん
09/05/16 19:53:07
>>778
大歩危・小歩危の集落が平家の落ち武者だなんて初耳だな
祖谷と間違えてないか?
780:底名無し沼さん
09/05/16 21:47:07
>>778
大歩危(読み方は、おおぼけ)は、地図を見るとよく分かりますが、
ちょうど四国のまんなかあたり、徳島県三好市山城町に所在しています。
近くには小歩危や祖谷峡があり、「大歩危・小歩危」といった具合にひっくるめて表記される場合も多いようです。「ぼけ」とは古語で「がけ(崖)」を表わしているのだとか。またこの周辺(祖谷)は、平家の落武者が逃れ住み着いたとの言い伝えがあります。
781:底名無し沼さん
09/05/16 22:08:59
>>780
大歩危小歩危は吉野川本流沿いの交通の難所が語源の狭い場所を指す地名で、
集落を形成する面的な広がりを持った地域を指す言葉ではないよ。
祖谷は平家の落ち武者が住み着いてかずら橋が造られたと言われているけど、
大歩危小歩危とは山で隔たっている別の場所。
782:底名無し沼さん
09/05/29 23:04:21
>>777
サンガイに関する文献は、香川大学教育学部准教授の山下隆章先生が書かれた
論文がありますが、残念ながら香川大学図書館にも蔵書されておりません。
次に、ご先祖様のことですが、失礼ながら貴人末裔譚ではないかと思われます。
庵治町や牟礼町にも平家子孫という方がいて「あげは蝶」の家紋をお使いです。
昔の人はサンガイという言葉を差別的に使いましたが、民俗学や民衆史という
観点から、職業としての「サンガイ」の事は正しく歴史に残すべきと思います。
貴方の情報は大変希少なものです。許せる範囲で、またお教え下さい。
783:底名無し沼さん
09/05/31 00:02:36
>>782
いつもながら、お気遣いと的確な返信ありがとうございます。
あとは内場ダム建設での立ち退きで隣人を含め数軒が近所に転居してます。
どのような情報を、お知りになりたいか具体的におっしゃって下されば、
知っている範囲で回答します。
784:底名無し沼さん
09/05/31 23:43:15
>>773
>無くなった祖父は、自分ですることを「メンメでしよう」と言ってました。
>自らをメンメというのは讃岐弁では存在しません。
私も香川県出身(高松市近郊)ですが
うちの無くなった祖父や祖母も「自分」に相当する単語として「メンメ」を良く使っていました。
この書き込みを見るまで「メンメ」は讃岐弁だとばかり思っていました。
ただ家系としましては、終戦後の農地改革の際、広く所有していた土地をかなり取られてしまったとう話を聞いていますので
どちらかといいますと地主系の家系だったのではないかと勝手に想像しております。
785:底名無し沼さん
09/06/01 13:53:20
>>783
貴方こそ、貴重な情報をありがとうございます。具体的にご質問すると・・
サンガイと呼ばれていた方々の、職業について教えていただければ幸いです。
淡水漁関連の情報は多いのですが、それ以外の情報は極めて乏しい状況です。
私はそこから発生し、今日まで受け継がれている技術と消えてしまった技術、
また開発した商品や商材、そしてそれらの販売方法を調べています。
香川の漆産業の源流には、徳島の木地師の存在があったように、人にも職業
にも昔からの交流が存在し、それを知ることで温故知新を得たいと思います。
>>784
香川では、自分を指す言葉として「オタイ・オタシ」がよく使われますね。
786:底名無し沼さん
09/06/01 14:14:11
新たな差別利権のための工作活動、今日もお疲れ様です^^
787:底名無し沼さん
09/06/02 10:02:21
↑ アホアラシ出没中
788:784
09/06/08 00:32:03
>>785
「オタイ」は、うちの祖母が良く使ってました。
789:底名無し沼さん
09/06/24 08:06:47
(´・ω・`)百足衆とは違うの?
790:底名無し沼さん
09/06/28 00:32:37
筒井功の「サンカの真実」読んだ。
三角がケチョンケチョンに貶されててワロタw
まあ、三角をラブクラフトのように捉えれば、彼の功績もちょっと認められるかな。
「サンカ神話」なんてw
791:底名無し沼さん
09/07/19 19:20:58
>>50>>100>>150>>200>>250>>300
>>350>>400>>450>>500>>550>>600
>>650>>700
792:底名無し沼さん
09/07/19 21:07:55
>>1
俺会ったことあるよ。
からかったらウメガイで斬り付けられた。
793:底名無し沼さん
09/07/22 21:31:13
サンカだった人を知ってるが、いつも昔の暮らしが懐かしいと言っている。
794:底名無し沼さん
09/07/29 16:54:35
>>790
あのネクラか
795:底名無し沼さん
09/07/31 17:21:54
尾瀬の奥地にサンカの神殿があるハナシを聞いたことがある。
796:底名無し沼さん
09/08/01 10:37:46
山窩 俘囚 蝦夷 隼人 熊襲
スレリンク(min板)
山窩、蝦夷(エミシ)、隼人は同一民族ではないか?
スレリンク(min板)
漂泊の民・山窩<サンカ>に会ったことある?
スレリンク(out板)
○●○●○ サンカ 山窩 山家 山稼 ○●○●○
スレリンク(min板)
日本史におけるサンカの重要性
スレリンク(history板)
797:底名無し沼さん
09/08/02 00:49:09
筒井功って人は初めて知ったな。
読んでみる価値は・・・あるのかないのか。
798:底名無し沼さん
09/08/02 01:51:23
>>797
要は「一般的に知られてるサンカ像は三角が捏造したものである」ということを
ひたすら検証してるのが筒井本。
799:底名無し沼さん
09/08/06 11:02:41
昭和40年代くらいまでは不定住者を犯罪者として取り締まっていた
わけだから、三角のサンカ像は警察や行政が都合が良く作り上げた
サンカ像がベースなんだけどな。
800:底名無し沼さん
09/08/06 11:35:19
>>798
なる。
でもそれって磯川全次ラインだよな。
801:底名無し沼さん
09/08/08 14:37:07
サンカ
スレリンク(occult板)
802:底名無し沼さん
09/08/10 00:28:37
尾瀬 岩塔ヶ原について
URLリンク(yasai.2ch.net)
尾瀬 岩塔ヶ原について Part-2
URLリンク(yasai.2ch.net)
尾瀬 岩塔ヶ原について Part-3
URLリンク(ton.2ch.net)
○藤とマサヒロのコンビが面白過ぎる
803:底名無し沼さん
09/08/10 00:34:20
ウメガイの形からして竹細工に向いてる形じゃないよな
今ならダガー所持禁止で逮捕されるだろうな
ただ筒井本の「サンカなど居なかった、、只の乞食」説はちとツマラン結論だ
804:底名無し沼さん
09/08/12 10:37:50
飢餓や落剥で漂泊して、やがて数家族が集まって世代交代もしたら、
彼らをなんと呼ぶか、ただそれだけということなんだろうね。
乞胸の家族と呼ぶか、賤民と呼ぶか、非定住者と呼ぶか
サンカと呼べば、サンカはいたということになる。ウメガイだって
そんなに特殊な刃物には見えん。
805:底名無し沼さん
09/08/12 12:17:37
大昔から山の民で山間を漂浪してるから、○○藩とかに所属せず
獲物や、木の実等食糧求めて、季節なんかで移動しながら生活
時折里に降りてきて竹細工とか売って、必要なもんを仕入れた人達なのかと
806:底名無し沼さん
09/08/12 13:30:42
>>803
「イエティは森に逃げ込んだ浮浪者」説があるけど似たようなモノを感じますね
807:底名無し沼さん
09/08/12 16:48:02
>>805
竹細工がサンカの専業だったか否かが、けっこう決め手だと思うけど
もともと木工製品や竹細工は細民が稼業にしてるわけで
混同されたんじゃないかなあと思うよ。
808:底名無し沼さん
09/08/18 11:40:06
>尾瀬 岩塔ヶ原
はガセ、にし0はオツムがふぁにぃ
タコが海からあがって畑で大根抜いてたのを見た、という一文で完了
809:底名無し沼さん
09/09/01 11:22:26
>>177
上田伝承のアヤタチ説により、図らずも明らかになったのが謎の民サンカの
由来である。サンカ研究家で知られた三角寛によると、
「サンカは出雲族で、純粋の大和民族を自負する。
頭領アヤタチ(乱破)は丹波山中で一族の統率と子弟の教育に当たり、
補佐にミスカシ(透破)とツキサシ(突破)がいる」と指摘して、
「世間はサンカと呼ぶが、彼ら自身はそれを嫌い・・・ 以下略
URLリンク(2006530.blog69.fc2.com)
810:底名無し沼さん
09/09/01 11:42:56
>>679
「やまが」
って、それ、出雲弁で「山ん中」っていう意味
そのままですね。
>>776
>屋島-新田街道-十河-東植田-西植田-
菅沢-内場池-相栗峠-貞光-三加茂-東祖谷
の中に、見てすぐそれとわかる
出雲系の名前が5つ。ヤ、植(上)田、菅、加茂
811:底名無し沼さん
09/09/06 12:31:10
サンカとはヒバゴンでも盗賊でもなく、全国組織を持った無法集団でもない。
サンカとは、常民になれず、貧困や差別に苦しんだ者たちが、生きてゆくた
めにとった職業・生活手段である。ゆえに、経済成長とともに消滅した。
サンカという形態は消滅したが、今でも彼らを差別視する悪習は残っている。
812:底名無し沼さん
09/09/11 16:52:30
だが、それがいい。
813:底名無し沼さん
09/09/24 20:31:37
URLリンク(www.okamijuku.com)
↑こんなの見つけた。
三角 寛の旧居宅が現存し料亭として営業してるのな。
オフ会の会場としては若干敷居が高いか。
814:底名無し沼さん
09/10/06 21:11:06
うーむ、高いがそこも捨てがたい。
しかし、溝ノ口の河原でフクロアライみたいなのが、オフ会としてはシブイだろうな。
815:底名無し沼さん
09/10/25 21:00:02
知り合いの埼玉県入間市の料理店のご主人(50歳代)談によると、「子供の頃サンガの家族が近くの河川敷にセブリしており、そこの子供とよく遊んでいた。」
と言っていました。
話によると彼らの魚獲りの技術はすごいものがあり、追い込み漁のような方法で根こそぎ獲っていたらしいです。
816:底名無し沼さん
09/10/26 23:15:00
>>813
三角さん儲けたんだな
昼の3500円のお弁当があるけど、一番大きい部屋で定員8人だね
>>815
入間なら山も近いから、移動するにも都合が良いのかな
ところでオフ会やるの?
817:底名無し沼さん
09/10/28 07:30:40
>>815
それ川徒だね
川越の河川敷内に集落があるけど彼らが定住したのかな?
818:底名無し沼さん
09/10/31 01:32:57
サンカも今は市民に溶けこんでいる。もう探らないほうがいいと思う。
819:底名無し沼さん
09/10/31 01:34:58
個人情報保護法遵守に賛成
820:底名無し沼さん
09/11/26 00:43:04
俺サンカらしき人を見かけたことあるよ。
薄汚い恰好して一人でずっと歩いていた。
821:底名無し沼さん
09/12/20 01:26:39
良すれあげ
822:底名無し沼さん
10/01/26 17:52:04
北九州ですが、小さい頃汚い格好をしていると母がよく「ほいと」の子かねと
言っていたんですが、サンカと関係ありますか?
823:底名無し沼さん
10/01/27 03:23:08
>>822
関係ないですね。ホイトとは乞食(コジキ)のことでサンカとは違いますね。
824:底名無し沼さん
10/01/31 22:56:33
サンカとは縄文時代から続く民で、大和朝廷に帰属する農耕稲作管理社会をいさぎよしとしない
狩猟形民や、反朝廷部族民などが山に入り、定住せず漂泊した山の民。
彼らは独特の文化と山のネットワークを持っていて山伏など役行者に由来する者達とも深くかかわっており、あるいは同じ民ともいわる。(木師氏もそうとの説あり)
性格は平和的で網籠や炭作り、木わん、木工品などを平地民と交易し交流があったらしい。
義経も東北へ落ち延びるとき、山の民の、朝廷や幕府の力が及ばない山ネットワークをつかったらしい。
サンカは昭和近代まで戸籍編入それにともなう義務を拒否していた。
(現在は同化した。ある意味、原日本人ともいえる。)
(B落民とは別)
825:底名無し沼さん
10/03/07 18:51:11
サンカは幕末~明治期に発生したもので、常民になれず、貧困や差別に苦しんだ者たちが
生きてゆくためにとった職業・生活手段である。ゆえに、経済成長とともに消滅した。
ポンも箕作りも顧客は農家が主であり、生活基盤は田園地帯にあった。商品や材料の調達
から商いまでを田園地帯で行っており、山奥へ分け入る必要など無かったのである。
小説には山の民として木地師や金堀、山伏等がよく出るが、21世紀の今日でも強い意志で
山奥に住む人々が現存している。彼らを調査すれば、本当の山の民のことがわかるよ。
826:底名無し沼さん
10/03/07 22:45:31
短パン殺し
827:底名無し沼さん
10/03/07 22:53:02
昔、鳥と話せる女と付き合った。サンカなのか?
828:底名無し沼さん
10/03/08 01:28:38
サンカは川魚や竹製品等を常民(農民)販売して生活をする。そのため田園地帯に
ある雑木林や河原に小屋掛けをして、短期間の作業場兼住居としていた。
829:底名無し沼さん
10/03/09 13:14:35
箕作りや竹細工はサンカの専売じゃないけどね。
それぞれに従事してきた村人がいる。
サンカが商売してたところは
こういう在地の竹細工作りや箕作りの居ないところなのかな?
830:底名無し沼さん
10/03/10 02:03:57
>>829 ビジネスライクに言うと、同じ商圏に属するライバルとも言える。
831:底名無し沼さん
10/03/10 04:52:02
そんな競業するところに、よそ者が来て商売してたら追い出されるでしょ。
832:底名無し沼さん
10/03/12 02:12:00
追い出されないよ。ビジネスモデルが違うからね。
833:底名無し沼さん
10/03/12 02:53:41
村落で営まれている商売は代々世襲(というよりその家に
任された義務であり縛り)の一種の権益だし、
そこに同業種を営む流れ者が来て、ただで済むわけがないじゃない。
834:底名無し沼さん
10/03/12 03:03:56
竹細工なんて村の誰でも作るし、近隣村落の連中でも作って売りに来るし、そんな
既得権益めいた特別なものじゃない。ただで済むわけがないとか妄想も良いとこだな。
商品としては木工ロクロ品やなんかと一緒に売りに来るし、専業でやってて大物も作るから
売れない様なことはない。売るというか、たいていは庄屋がまとめて引き取って、米や塩と
変えて山に戻るんだが。
835:底名無し沼さん
10/03/12 03:36:57
>>834
>竹細工なんて村の誰でも作るし、近隣村落の連中でも作って売りに来るし、そ
ちがいます。地域差はあるにしても竹細工はある特定のグループが
作るものです。いろり端でわらじやむしろを編んだり、もっと
器用な品を稲わらや他の素材で作ることはあっても
竹細工製品は専門の職人が作る。
木地師などもそう。この辺は基本だよ。
836:底名無し沼さん
10/03/12 03:43:29
うそをつくな。
837:底名無し沼さん
10/03/12 04:20:00
専業の職人は居たかも知れないが、そんなのは階級的に下っ端の貧乏人だよ。
村吏や庄屋すっとばして流通まで牛耳ってギルド化するような力も人数もない。
竹細工なんて農閑期の農民も落ちぶれた武士も作って売ってたよ。笠地蔵もそうだろう。
あと江戸時代のサンカや木地師は藩の許可を得て山の木伐って仕事をしている
れっきとした邦民だから排除されるような対象ではないし。
838:底名無し沼さん
10/03/13 02:15:51
竹に関する民衆史は、技術や差別問題の観点から様々な研究がされています。
西日本においては非差別地区の人々が竹製品を作ることが多いものの、どこ
ででも入手できる材料なので、誰でも生活必需品を作っていました。
NHKの竜馬伝では、岩崎弥太郎の父(最下級武士)が鳥籠を作っています。
839:底名無し沼さん
10/03/13 16:54:58
鳥かごは江戸でも大坂でも武士の副業の定番ですね。
竹細工って、アミカゴやザル、投げ入れなどで鳥かごとは違うようですよ。
漁師は魚籠などは自分で作るようですが、「自作する・自作はしない」の
境目があるようです。この辺は現代人には何が違うのかは判りにくいところですが。
実際に品を見てみると竹をひごで切り出し編み上げるような工芸品と呼んで良い品が
特定の職人が手がけていたもののようです。
838さんが触れているけど被差別階級の歴史に直結するんで微妙な、
というか慎重な書き方を要する話ですね。
840:底名無し沼さん
10/03/17 03:17:27
明治になり人々の移動が自由になると、様々な漂泊者(行商人・サンカ・
etc)が生まれました。そして多くは貧困にあえぐ者たちでした。
箕作りサンカは竹製品を販売する行商人で、川魚を扱うサンカもまた同様
と言えるでしょう。両者の共通点は、独自の技術を有することと、原価が
不要でどこでも仕事ができることで、漂泊生活にはぴったりの職業です。
故郷では生きづらい条件や属性を持った人々がこの職につき、高度経済成
長の果てに滅したのです。乞食やルンペンンは全く異質なものです。
841:底名無し沼さん
10/03/17 07:50:05
あっしには 関係のねえ事でやす
842:底名無し沼さん
10/03/17 10:04:31
賛同反駁あれど皆さんマジメに語りあっているところなのに
自分からはなにも情報も意見も書かないで「ウソ」と
決めつける>>836みたいな奴ってほんとにクズだと思うわ
843:底名無し沼さん
10/03/17 13:48:49
関係ないけどつい5年前までは借金から夜逃げして
住み込み土建で働いてノホホンと暮らして時効で逃げ切った人がいたが
このご時世、市橋の件で今は厳しいでしょうか?
若干スレチですいません。
844:底名無し沼さん
10/03/17 16:56:23
>>843
>時効で逃げ切った人がいたが
借金で夜逃げなんていくらでもいるだろ。
ただ借金は姿を隠したって債権者が時効中断のための
処置をとればいつまでも借金はついてまわる。
普通は自己破産して、きれいになるもんだろ。
845:底名無し沼さん
10/03/19 19:25:19
BSで放送してるよ
846:底名無し沼さん
10/03/21 17:33:11
>>845
BS朝日を見逃してしまった。どんな内容だったか教えてください。
847:底名無し沼さん
10/03/22 22:31:12
「サンカの末裔を訪ねて」(批評社)の映像版。
サンカ本人がペラペラ当時の瀬ぶり生活をしゃべっていました。
今は亡き藤倉修一さんのインタビューも。
テントが数十張り並んだ写真も登場。
848:底名無し沼さん
10/03/23 00:16:57
見たかったなぁ~
849:底名無し沼さん
10/03/23 19:07:08
>>848
K 64335
850:底名無し沼さん
10/03/23 22:11:12
>>849
アクセスキーか何か?
詳しく書けないんだと思うんで、色々試行錯誤中
851:底名無し沼さん
10/03/24 01:18:50
>>850
わかったら教えてくれ。俺も俺なりに試行錯誤する。
ああ、書けないことは書かなくていいんだ。
849とはまったく関係なくそれを、そう無意味に唐突に書けばいいんだ。
852:底名無し沼さん
10/03/24 01:42:04
たしか三角は埼玉の嵐山渓谷あたりでやらせ写真撮ったんだっけ?
自分あそこよく歩くからこんな深山幽谷でも無い単なる山間の集落近くの河川敷でロマンも糞も無いなぁと思うわ。
853:底名無し沼さん
10/03/24 01:58:54
㌧㌧
854:底名無し沼さん
10/03/24 14:45:45
>>851
斧
855:底名無し沼さん
10/03/24 19:01:11
㌧クス
856:底名無し沼さん
10/03/24 21:27:06
△DIS っててワロタ
857:底名無し沼さん
10/03/25 18:51:58
>>849
ありがとうございました。映像を見る事が出来ました。
858:底名無し沼さん
10/04/03 12:58:37
12歳くらいの可愛い女の子がオッパイやマムコ丸見えのサンカの写真があったよな。
859:底名無し沼さん
10/04/12 13:48:00
いや、牌乙はともかく、魔婿は晒してない。
860:底名無し沼さん
10/04/26 15:00:02
フラライ
861:底名無し沼さん
10/06/07 02:16:52
荒川アンダーザブリッジはサンカのメタファー
スレリンク(asaloon板)
1:西日本横断ブログ旅 2010/06/07 02:08:25 O [あ]
あいつら、あきらかにサンカ
どう見てもセブリ生活
参照リンク
サンカ (民俗学) - Wikipedia
URLリンク(ja.wikipedia.org)(%E6%B0%91%E4%BF%97%E5%AD%A6)
日本史におけるサンカの重要性
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○●○●○ サンカ 山窩 山家 山稼 ○●○●○
スレリンク(min板)
■関連URL
・TVアニメ公式:URLリンク(www.starchild.co.jp)
・テレ東・あにてれ:URLリンク(www.tv-tokyo.co.jp)
・原作漫画:URLリンク(www.square-enix.co.jp)