09/12/05 22:51:01 sh2BKUBp
「ここのパスタおいしかったぁ。それとケーキも。幸せ…」
ああ、確かにおいしかったよ。でも君の幸せってパスタとケーキ程度かい?
僕は食後のコーヒーを飲みながら彼女の話を聞いていた。小春日和の穏やかな日差しが、
土曜の午後のカフェラスに降り注ぎ、テーブルの上のグラスにきらきら反射している。
いつもは混み合うこの店も、幸い今日は僕と彼女を含め数人程度の客しかいなかった。
「そのあとね、ゼミの先生何と言ったと思う?親指突き出して『グー!』だって。私絶句したわ」
その話もう三度目だよ。しかも、なんで君は初めて話すように新鮮なの?感心するよ。
「ねぇ、聞いてるの?来月の旅行の話なんだけど」
ああ、聞いてるよ。どうして女の子って、こうポンポン話が飛ぶんだろ。脈絡が有りそうで
全然繋がんないしさ。きっと頭の中の引き出しの配置が、男とは違うんだろな。
ひとしきり話を終えると彼女は席を立ち、化粧室へ向かった。
「えっ?」化粧室の前で、僕に呼び止められ彼女は驚いたように振り向いた。手にはさっきまで
女友達のユミと話していたケータイがまだ握られている。僕は黙って彼女の顔をジッと見つめた。
彼女の揺れるフワッとした髪、クリッとした大きな瞳、形の良い唇。
それらが…もうすぐ僕だけのものになる。
「あのー、どこかで逢ったことありました…?」
僕が黙ったままなので、彼女は怪訝な顔で尋ねた。でも僕には、話す必要は無かった。
だって僕は、これまでずっと君と「話」をしてきたのだから…。
僕はポケットに突っ込んでいたナイフをギュッと握り締めた。