09/05/24 20:31:27 r0O5itKa
蒼井雄「瀬戸内海の惨劇」を読んだ。
繰り返し確認しておくが、蒼井優ちゃんでなく、また、宮崎あおいちゃんのペンネームでもない(w
戦前では唯一本格ミステリ長編の書き手と言うてよい作者の「船富家の惨劇」以外では
唯一の完成長編である。
内容は鮎作品と横溝作品を併せたような雰囲気の作とでも称すべきであろう、
トリックは鮎風、ストーリー(特に動機面)は横溝風、この意味では両者のファンに一応推せる。
風光明媚な瀬戸内海を舞台にした凄惨な殺人、風景描写に長けた著者の筆使いにより
このコントラストが鮮やかであり、印象に残る。
トリックの方は、後の黒トラ(本作にインスパイアされているとのこと)を想起させる行李の移動による
錯綜する謎は、かなり腰を据えて読まないとわかり難いものがあり、怪奇探偵小説が主流だった
戦前の作には異例であり、その分、一般受けしない面があるものの、パズラー好きには思わぬ
収穫かと思う。
(第15章における弓削警部の時系列整理、探偵南波の疑問点整理は丁寧に読んでおくべし)
なるほど、マエストロ鮎が本作の加筆を薦め、非常に気にかけていたというのがわかる作ではある。
しかし、解説(紀田順一郎)でも指摘されているとおり、極端な偶然性に頼った展開の多用(特に
偶然の目撃、冒頭からこれが繰り返される)は頂けないものがあるが、これを創りものの本格作品
ゆえの許容範囲と見るかどうかでしょうな。
併録されている「黒潮殺人事件」は、「距離÷時間=速さ」ネタとでも称すべき作、
ワンアイデアメーンだが、「船富家の惨劇」と同様に南紀の描写が見事だ。