10/06/29 22:51:48 SdaNKsSX
ユヴェール P9
渾身の愛情で育ててくれた養母―テレジアが天に召されたのは、一週間ほど前のことだ。
長い間、病をわずらっていた。死の苦しみにとりつかれながらも、養母が最期のときまで気にかけていたのは、ひとり残される息子のことばかりだった。
アネット一巻 P9
母が息を引き取る間際のことを思い出す。死の苦しみに取りつかれながら、母が最後まで気にかけていたのはこの指輪のことだった。
904 :イラストに騙された名無しさん:2010/06/29(火) 19:23:25 ID:2vNLuMvP
ユヴェール P12
その夜も、きつい酒と温かな食事を求める客たちで、『緑の羽根』亭は盛況だった。
(略)
そんななか、取っ手のついた分厚い硝子杯を掲げ、酔客のひとりが「麦酒をくれ!」と声を張りあげた。
すると他の客たちも、「こっちにも頼むぜ。付け合わせは大盛りでな!」と立てつづけに注文した。
片手に黒い銀盆を持った黒い給仕服姿のアルベルトは、急いで料理を運んでいく。注文の品を円卓に並べると、
すぐさまそこを離れて別の席へ向かう。目が回るような忙しさだ。
養母が病で倒れてから、アルベルトは働かなければならなかった。薬代や生活費を稼がなければならないのだ。
だから昼間は近所の農場、夜はこの店で働いている。朝から晩まで仕事して、けれど手にするのはわずかな給金。
食べていくのがやっとだ。しかし文句など言っていられない。このご時世、仕事があるだけマシというものだ。
アネット一巻 P11
きつい酒と質素な食事、僅かな暖さえあれば今日は生命をつなげるのだ。
その夜も、『雉の尾羽』亭は盛況だった。
「ビールをくれ、アニー。きついのをな」
「こないだのパイはまだあるかい? 付け合わせの芋は山盛りで頼むぜ!」
窓際の席を占めた客が声を張って、硬貨を投げて寄越す。それを器用に受け止めると、毎度どうも、と言い置いて、
アネットはすぐさまそこを離れた。注文を大声で怒鳴りながら次のテーブルに向かう。目が回るような忙しさだ。
昼間は工場、夜はこの店で働くのがアネットの毎日だった。酒場が閉まる夜更けまで働いて、けれど手にする給金は僅かなものだ。
パンとじゃがいもでほとんどが消えてしまう。
しかしこのご時世、どんな仕事でもそんなものだ。