07/11/18 01:13:21
「吾輩は猫である」夏目漱石
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじ
めした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。
吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞
くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそう
だ。この書生というのは時々我々を捕えて煮て食うという話
である。しかしその当時は何という考もなかったから別段恐
しいとも思わなかった。ただ彼の掌に載せられてスーと持ち
上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。
掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間と
いうものの見始であろう。この時妙なものだと思った感じが
今でも残っている。第一毛をもって装飾されべきはずの顔が
つるつるしてまるで薬缶だ。その後猫にもだいぶ逢ったがこ
んな片輪には一度も出会わした事がない。のみならず顔の真
中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷ
うぷうと煙を吹く。どうも咽せぽくて実に弱った。これが人
間の飲む煙草というものである事はようやくこの頃知った。