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寺子屋夜学2 もう一度考えてみよう、立川談志
迎撃する事は容易だったが、一つの町の人達が皆殺しにされる。
当時イギリス戦時内閣の首相としてのウィンストン・チャーチルは、その町の人々を救う事無く
見殺しにしたのだ。
それ自体をみたなら、ウィンストン・チャーチルは非情で人間性のない悪鬼、表現の出来ない
悪者なのだが、後世に伝えられているイメージは、そのようなものではなかった。
何故なのか?
当時の人達は、その事を智恵で判断したのに他ならない。
知識で判断したのなら、時間の順番にデーター上の数字を持って判断し、すぐさま迎撃したであろう。
傍受した情報を無視することで、その後のナチスの動きを連合軍は的確に捉え、ノルマンディー
上陸作戦を成功に導いたのだ。
あの時迎撃していたら、ナチスの作戦は変り、ノルマンディー上陸作戦は不成功に終わり、
イギリスの空爆を受けた町の人数より、何十倍もしくはそれ以上の人達が戦争の為に死ななくては
ならなかったと伝えられている。
立川談志の心の奥には落語で培った精神があり、今の人々に自分を守ると云う心における術を
持たないから、そういう躾け教育をされていなかったから自殺に走る若者が後を断たないから、
と言う思いで言ったように思える。
それは、親が子供が不慮の事で死んだ時、バカバカと言うのと似ており、罵倒や誹謗ではなく、
同胞を無くした悔しさから来るものと捉えるべきで、人間をしての深さ洞察力が問われる事例だ。
これは世の中の事象に対する心構えを考えるだけではなく、密教においても今様に解釈し判断し
がちなのだが、空海師の時代の考え方、時代の背景までも考察して咀嚼し取り入れて行か
なければならないのではないだろうか。
知識で考える
智恵で考える