08/05/14 17:44:31
907 名前:名無しさん@京都板じゃないよ :2008/05/14(水) 16:52:11
本来は一族(血縁)の守護神として、祀ったのが氏神様。
秦都理が祀ったのが松尾大社で、一族の氏神が松尾神。
分家の、秦伊呂具が祀ったのが伏見稲荷大社で、一族の氏神様が稲荷神、
その子孫で特に分家を名乗り新たに氏神を祀らなければ自動的に氏神様。
地域(地縁)の守り神が鎮守、後々混同されるようになり、
鎮守様も氏神様と呼ばれるようになる。
なので、氏子会に入ればそれでも広義の氏神様。
909 :名無しさん@京都板じゃないよ:2008/05/14(水) 17:27:56
>>907
>地域(地縁)の守り神が鎮守、後々混同されるようになり、
>鎮守様も氏神様と呼ばれるようになる。
神社本庁はこのように主張していますね
>なので、氏子会に入ればそれでも広義の氏神様。
氏子会と一口に言っても、本庁が主張する土地の神社であるとか
信仰支援団体であるとか色々な意味があるわけですよね
現代の神棚の祀り方を指導しているのは神社本庁です←ここがポイント
途中までは神社本庁の祭祀法に従いながら伏見稲荷となると同じに祀る
べきではないと言われると文句を言う
本庁が主張する氏神の定義とは伏見稲荷の氏子会は異なると知りながら
神社になると一般の神と稲荷神は別々に鎮座しているのに、神棚
ならば同じ場所でも良いというのは理屈から言えば矛盾してますね