08/06/13 03:43:55
今はいい映像で遠くの国の野生動物も家庭にいながら見られるし
新しく動物園を作るのもけっこう愛護方面からの非難が厳しくて難しい時代。
わざわざよその国の自然の中に生きている動物を日本に持って来て檻に閉じ込めたりするなどしてまで観せなければならない必要はないという主張が力を持って来ている。
動物園も、存在の意味がさまざまに問われている。
出開帳も江戸時代には意味もあった。
写真も映画もテレビやネットも無い時代であり、旅行は盛んではあったが今よりも自由ではない。
足腰の弱った病人やお年寄りに電車やバスや飛行機でとも行かない時代だ。
そんな江戸時代の出開帳は頭ごなしに批判されるものではない。
江戸の人々は神仏を求める心が強かったから自らの足腰をたよりに廻国巡礼もし、名刹も出開帳もした。
今日は、また、違った意味で奈良の古仏が東京に来る意味があるかも知れない。
菩薩は大乗の修行者、遠い場所にいる苦海の衆生に向かって自ら進んで近付いていくのも修行なら、
人々を魅了する菩薩像が、すさんだ都会人に発心を促すために上京するのも一つの時代の意味があるのではないだろうか・・・