07/09/09 06:11:23
早朝寺子屋
伯母の一人は、数年前に伯父が死に何度かお参りに行きました。
そこのご本尊のお釈迦様の像は開眼されていなかったので、入魂してお参りしてきたのです。
しかし、このような態度をとった、伯母のところに私がお招きしたお釈迦様に、いらしていただく
わけにはいかないと考え、お釈迦様に戻っていただくことにしました。
護摩堂の禮盤(お参りするときに座る一尺程の高さの台)に座り、撥遣(仏様の魂を抜くこと。
一度行くと、その場所に行かずともできる。)作法をしました。終わって仏様を見上げたところ
如来様(ただ如来様といったときは、大日如来をいいます。)がほほ笑んでおられました。
あのような考えの人のところにいるのは、おいやなんだなーと、しみじみ感じました。
その後、二人の家の先祖霊を呼び、ことの次第を話して、お釈迦様にお帰りいただいたことを
告げました。また、私の家族に手をだしたら、たたき切ると告げ、伯母達が仏様にお詫びに
来るならば、ゆるしてあげようと話、返しました。
その夜のことです。伯父を亡した伯母が祖母の家(長男がいる)に来て「あの子(私のこと)が
私を呪っている。恐ろしくて家にいることができない。
仏壇の戸はバタバタ動くし、部屋の中はいくら火を焚いても寒いし、なんせ恐ろしいから泊てほしい。」
幾日か泊ったが「坊さんが人を呪うことはないだろう。気のせいだろうから帰りな。」と伯父から
いわれ、しぶしぶ帰った。せっかくお釈迦様がいらして、お仏壇の中が明るくなったのに、
突然もとの暗闇になったのだから、先祖のほうは伯母以上の戸惑いだったでしょう。
伯母達は自分の過ちに気がついて辛い懴悔行をしなくては、死んだとき成仏とほど遠い人となるでしょう。
如来様はよく「人間とは、勝手な者よのうー」と時々おっしゃいます。
この世は修行の場、悪因縁を深めることは、避けたいものです。