10/01/18 19:53:45 zIrPgmQX
幼い頃に母が亡くなり、父は再婚もせずに俺を育ててくれた。
学もなく、技術もなかった父は、個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。
それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので、何とか父子二人で質素に暮らしていけた。
娯楽をする余裕なんてなく、日曜日は父の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに遊びに行っていた。
給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。
ある日、父が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。
俺は生まれて初めてのプロ野球観戦に興奮し、父はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。
野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。
父がもらったのは招待券ではなく優待券だった。
チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わなければいけないと言われ、
帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、外のベンチで弁当を食べて帰った。
電車の中で無言の父に「楽しかったよ」と言ったら、
父は「父ちゃん、バカでごめんな」と言って涙を少しこぼした。
俺は父につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。
新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、父に孫を見せてやることもできた。
そんな父が去年の暮れに亡くなった。
死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように「野球、ごめんな」と言った。
俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。