09/12/13 19:13:03
「野菜もうちで作れればいいね」
たっこは、前から言っていたが、近くの園芸店で、ブロッコリーの鉢を、
買ってきた。プランターに植え替えて、ベランダに置いた。
「スーパーで買ってきたほうが手軽じゃない?」僕が言うと、
「気分の問題」と、たっこは言った。植物を育てるのは、確かにひと財産、
家に導入したという気分になる。
プランターの向きを前後入れ替えたり、水をやったりするくらいだが、
丸いブロッコリーの花つぼみがだんだん成長してくると、それは可愛らしく、
動物の仔の頭のようにふくらんできて、なんとなく食べてしまうのは惜しくなった。
「食べよっか?」たっこは吹っ切るように言った。三ヶ月も育てていれば情が、
わくというものだが、たっこは、そういう点ではある意味、真摯である。
クリスマスイブ、僕が会社から帰ってくるのを待って、たっこはブロッコリー
を茹ではじめた。皿を電子レンジで暖め、それに盛り付けたブロッコリー
は、美味しそうで、クリスマス・ケーキの存在が、ちょっとかすむくらいだった。
楽しい思い出だ。
たっことは、最後までこじれた感じにはならなかった。別れた理由も、その
必然も、僕も、たっこも結局、分からないんじゃないかと思う。
「また、一緒に暮らそうと思ったら、三回だけベルを鳴らして」
僕はベランダに出た。一株だけ残したブロッコリーに、小さな黄色い花が
咲いている。その、つぶつぶとした花の集合体は、何かを誘いかけている
ような気がした。
僕は携帯電話のアドレスを見る。それは多分一度だけ有効な魔法。
魔法の番号。たっこの携帯電話番号。
次のお題。「夕日」「ホームセンター」「泣きやむ(泣きやんだ)(泣きやんで)…」
530:夕日 ホームセンター 泣きやんだ
09/12/13 22:57:28
空は泣きやんだ後の目の色をした夕日である。
午後から降り続いた雨は、買い物の合間に
すっかり止んでいた。買い揃えた一人暮らし分の
日用品は非常に軽くて、何もホームセンターでなくても
揃いそうな品ばかりである。
本当は傘を買いたかったのだが、ここに来るまでさして来た
傘に、実家の香りが染み付いている気がして、急に愛しく
なったのだ。
夕日の下、傘を広げると小さな穴が無数に見えた。そろそろ
代え時なのだが、せめて一人暮らしに慣れるまでもう少し、と、
私は周囲の目を気にせず傘をさして歩き続けた。
「オッドアイ」 「画家」 「未亡人」
531:「オッドアイ」「画家」「未亡人」
09/12/14 06:57:03
画家は夕刻前に館に到着した。門番は言い付かられていたらしく、
画家の粗末な馬車を敷地内に入れる事を許可した。広い前庭の石畳
の道を母屋へと進む。荘厳な二階建ての建物の白い壁を、曇天を
透過した夕日のほのかな光が浮き立たせていた。
画材と持ち運ぶには少々重量があるイーゼルを馬車から降ろす。
下女が画家を邸内に案内する。窓は締め切られ、そこここに蝋燭
のペンダントがゆらめいている。邸の外部は石組みにモルタルで
形成されているが、内部は渋く沈んだ木製の壁板と調度で誂えら
れている。長椅子に座りしばし待った。
扉が開き、下女を従えて今回の依頼主が部屋にゆっくりと歩みこんで
来た。古い、フレームの入ったスカートを履いている。この屋の主人だ。
また彼女の衣服も、濃い茶色の色彩で統一されており、所々にビーズ
やレース使いはしているが、重々しい、時代がかった扮装に見える。
「いらしてくれて感謝します」彼女は低く、老人特有のかすれた声で
言った。「いえ、お呼びくださったことを感謝します」
茶を飲み、時候の話をすこしして、主人の未亡人は私を地下のアトリエ
に案内した。そこは広い板の間部屋で、この館が歴史が古く、また贅沢
な構造である事を示していた。「ご依頼があります」未亡人は下女を
全員部屋から出した後で言った。「私の、一番可愛らしかった頃を、
描いてください」
画家は、左目の眼帯を外した。青い右目の虹彩と反して、隠された
左目は透き通るような紅い虹彩をしている。幼い頃、馬から落ちて、
怪我をしてから、画家の瞳は、オッドアイになった。それから、地を
さまよう亡霊や、未来の映像が左目に映し出されるようになった。
何度も恐れ、逃げ続けた未知の能力が、今は画家の生業を助ける。
未亡人は、椅子に座り、画家の指示でポーズを細かく修正した。
赤い瞳で、その姿は、未亡人の、老婆は、十四歳の彼女の姿へと
急速に変貌した。
次のお題「保存液」「自転車」「かごめかごめ」
532:名無し物書き@推敲中?
09/12/18 03:58:04
保存液 かごめかごめ 自転車
保存液から眼球を取り出しゆっくり、慎重に右の穴に埋め込む。一度強く目を閉じ、それから徐々に瞼を開いていく。何回かまばたきをし、鏡を見ながら位置を確かめる。
君と右眼を失ってからどれくらい経つだろう。今でもまだ残された左眼は君の夢を見る。君は近いようで遠い、あの時の淡い青のワンピースのままで………。
距離感が掴めないのは片方になった眼のせいだけじゃない。出会った頃からそうだった。捉えどころのない、ピントがずれた世界に生きる君。
触れたくても、触れられない。チェーンの外れた自転車を漕ぐみたいに近づく事が出来ない。むしろどんどん遠ざかっていく。そして最後まで触れる事は出来なかった。
優しい風に呼ばれ窓に目をやる。カーテンが揺れている。君のいた窓辺。君のいたキッチン。ソファー、庭。全てにまだ君の温もりが残っている。まるでついさっきまでそこにいたように。君の香りが。君の気配が………。だから僕は君を探す。
顔の無いかごめかごめ。鬼のいない鬼ごっこ。鬼だけの隠れん坊………。君はもういない、だけど僕は探し続ける。片方の眼を頼りに。僕はさまよい続ける。片方の眼だけで。
次題 囁き 火傷 侮辱
533:囁き 火傷 侮辱
09/12/19 20:29:44
土壁の部屋で俺は目が覚めた。古い畳は、薄い布団から身を起こした
ときに、みしっと僅かな音を立てた。
中庭に向かう俺の寝かされていた二階の障子は開け放たれており、
この家の子供か、女の子が庭の水道で遊んでいた。
ああ……あの囁きを思い出した。「あなたは帰ることが、もうできないの」
そうか、俺はランニング・シャツの二の腕に、ある筈の酷く引き攣れた
火傷の痕を観た。古い傷だ。
……その傷痕は既に無く、やや日に焼けた清浄な腕があった。そうか……
帰れない、帰れない。俺は、水中に転落して、ドアが開かなくなった車中の、
最後の記憶を思い出した。
記憶はまだ残っている。いつまでもつかは判らない。俺の人生を、あるいは
清めた気分だろうが、神様、これはちょっとした侮辱だ。
次のお題「悪夢」「片方」「テロップ」
534:悪夢、片方、テロップ
09/12/19 22:10:38
目を閉じれば浮かぶ言葉たちが、テロップのように頭の中を流れる。
それらは一文字一文字が鮮やかな色彩を持って美しく、
このまま眠りについた先が永遠の悪夢でも構わないと思った。
たくさんの選択肢をたどって、ついにたどりついた二択。
残されたもう片方の選択肢はまた誰かの人生に入り込んで
選ばれていくのだろう。
頭に流れる文字達はやがて透明になり、かすれて行った。
そんな形にも音にも残らぬ遺書が、綺麗に僕を堕とした。
「パンツ」 「あぐら」 「休日」
535:パンツあぐら休日
09/12/21 00:12:21
千代子はパンツ姿のまま洗面台に向かう。化粧を落としているらしい。また、
妙な店で働いてきたのか。そういえば、昨晩は帰ってくるのが随分と遅かった。
僕はあぐらをかき、テレビをつけた。しかし、画面に集中できずに首を振る。
久しぶりに見た千代子の裸体が、頭の中に張り付いていた。
「千代子、昨日はどこへ行っていたんだ」
「んー?」
やる気のない声だけが返ってきた。質問への答えはない。代わりに、水のは
ねる音がした。
「久しぶりの休日だ、って昨日言っていたじゃないか」
「ごめんごめん」
笑い声交じりの千代子の声に、僕は微かな苛立ちを覚えた。もともと、あの
店で働くことを僕はよく思っていない。千代子はまだ若いのだ。いや、幼いと
もいえる。金がないのであれば、僕が渡してやるというのに、千代子はかたく
なに拒んだ。
気にならないわけではない。だけど僕は不満を喉の奥に押し込め、それ以上
は何も言わなかった。互いのことには深く干渉しない。それが、僕たちが同居
する際に作った最初のルールだったからだ。
次「娘」「蜘蛛」「独り言」
536:娘、蜘蛛、独り言
09/12/22 17:50:55
「あの子、さっきから独り言ばかりしゃべってる」
そう母に言われたのは、夕食後の団欒時だった。
団欒時といっても、父と母、そして僕の三人だけで
過ごす時間であり、母のいう「あの子」は部屋の隅で
壁に向かい膝を抱いていた。
あの子は父の妹の娘である。事情があって我が家に
同居しているが、ちっとも僕ら家族に懐かない。
父も母も同居始めはとても気に掛けていたが、最近は
勝手にしろと言わんばかりに、関わりを持とうとしない。
僕はそんな彼女をちょっと憐れんで、話し掛けるように
している。今日も壁に向かっているあの子に近寄ると
同じように膝を抱いて座った。彼女は壁の隅に巣を張った
小さな蜘蛛を見つめていた。「何してるの?」と問うと、
彼女は「ママと話をしてるの」と言った。そして言ったと
同時に、小さな指を伸ばすと蜘蛛を摘み殺してしまった。
僕はただ彼女の指先を凝視した。指先にはタバコを押しつけ
られた火傷の跡がある。
「夜の蜘蛛は、親だと思って殺さないといけないの」
彼女が指先を擦った時、僕はそこから視線を逸らした。
彼女の母の死因は未だ不明だが、僕はさきほどの
幼い指先に、確かな殺意を見た。
「足音」「笑う」「早朝」
537:名無し物書き@推敲中?
09/12/22 23:39:45
早朝 足音 笑う
早朝のホーム。酔っ払い達が夢の後。青白い馬の蹄の音。迷子達の足音。僕はじっと線路を見下ろし、その鉄の冷たさを想像していた。
何故この場所を選ぶのだろう。死んだ事がないし死んだ者から聞いた訳ではないが、結構な痛みを味わいそうだし、電車が止まるとことで沢山の人が迷惑する。
迷惑をかけたいのさ。そうだろうか?そうだよ。迷惑をかけることで怒りであれ、憐れみであれ大勢の人々の関心が自分に集まる。
今までになかったほどの関心が。それがたとえほんの一時でも。死を選ぶやつの理由なんて大体そんなところさ。そう言って彼は自嘲気味に笑う
そんなものなのかなあ、僕は線路に散らばった僕の欠片を想像した。パーツの配分は滅茶苦茶でお世辞にも美しいとは言えない。でもどれも愛おしい僕。
何かを掴もうと開かれた手首。片方だけ立った足。その全ての部位の一方に柘榴の輝き。その全てが一つだった跡。僕は彼らを思い泣いてしまった。
けたたましいベルとともに日常が始まりだした。僕は慌ててホームに背を向け、おぼつかない足取りで亡者の群れに紛れた。溺れそうになりながら階段を上りようやく地上に出る。だけどやはり気圧が変わっただけで。息苦しさは消えなかった。
次題 人魚 シアン 竪琴
538:人魚 シアン 竪琴
09/12/23 13:15:33
「ラスプーチンって知ってますか」河童は訊いてきた。
「ロマノフ王朝に入り込んだ怪僧」
「彼は、陰謀でシアン化合物入りの菓子を食わされたけど、死なず、銃殺された」
「……河に投げ入れられたあと、十字を切っていた」
「あなた、お詳しいですね。素人とは思えない」俺はやれやれ、と思った。
「何回言えば分かる?俺は奇現象研究家だ」
「だから……ここにいるの!何度説明させるの?」俺の語尾は欽ちゃんっぽくなった。
河童はしばらく黙っていた、「……だから、あなたの尻小玉をいわば罠の餌として……」
そうだ。だからこの人里離れた河畔にいるわけだ。
「あなた、前提が間違っている。河童が尻小玉を抜くというのは俗説。溺れた人の肛門が開くのは、
体内の常在菌の活動が、停止した生命活動で活発になり、腹圧の限界を超えてガスが体外に出る事と、
肛門括約筋は、随意・不随意の支配下にありますから、死ぬと緩むんです」
俺は、尻小玉の存在そのものを……「で、わたし、河童じゃなくて人魚です」
ええ?じゃそのクチバシとか背中の甲羅とか、頭の皿は?
「ああ、これは、クチバシは呼吸用と、海中は異波長ですから変換器。甲羅は浮力体。頭の皿は塩分補給用の
行動食の電解質滴下用具です」「脚二本あるじゃねえか!」
「海でのあれは、70年代風に言うとアタッチメントです。海中を100ノットで泳ぐメカというか」
彼女は、そう言って扮装を解いた。なまめかしく意図せずして手を伸ばすことを誘うようなくびれた裸体が
硬質であり、また暖かく包み込む白い曲線を月光にひいた。
髪に、唇に甘い香りがする。彼女は自ら俺の手を秘所におずおずと導いた。俺は、彼女の潤った身体を、
幾度となく潜り、締め上げ、深く漂った。彼女は、しばらく耐えたあと深く咥え込み、不規則に痙攣した。
「ああ、いい月だ、君が人魚なら、竪琴を弾いてくれないか?」
彼女は、また驚いたような丸いまなこを開いた。
「誤解です。竪琴というのは一種の美化で、本来は『堅事』と言うのが正しい。我々種族が、
『どうでもいいことをさも重要であるように、かたっくるしく薀蓄たれる事』の意味です」
「じゃ、あなたとわたしの子供が生まれたら、連れてきます。教育は陸上の方が選択の幅があるから」
彼女はそう言うと、俺の意見も聞かずにとっとと海に帰っていった。
539:名無し物書き@推敲中?
09/12/23 13:16:27
次のお題「食玩」「デート」「ドリフト」
540:食玩 デート ドリフト
09/12/26 14:54:42
もう夜半すぎのことだった。とある山の林道沿いに車をとめて僕たちは肩を寄せ合っていた。そこ
はちょうど山間部から街を見下ろせる場所で夜景がきれいだったし、人通りもなかった。僕たちは
そこでよくデートをした。僕は彼女のウェーブのかかった髪に指を絡ませて首筋を眺めていた。視
線を上に向けると街の灯りが彼女の瞳に映ってきれいだった。彼女はずっとフロントガラス越しに
街を見ていた。
「さっきから下のほうで光が動いているわ」
光の帯が時おり真黒な山肌からレーザー光線のようにとび出たりしていたのだった。
「あれはドリフト族っていって峠を車で徘徊してる奴らのライトだよ」
彼女はそう聞くとじっと僕を見詰めたまま僕の方に頭を預け冷たい手を僕のズボンのポケットに
突っ込んできた。彼女はいつもそうすることが好きだった。
「世の中にはいろんな人がいるのね。なんだか不思議な気分になっちゃう」
僕の首筋にかかる彼女の息は熱かった。きっと僕と求めていることは同じだろうと思った。僕が
彼女の唇に近づいた時に彼女は僕のポケットからゴソゴソと何かを取りだした。
「これ何?」
それは確か昼飯の時に買ったお茶についてきたおまけだった。僕がその食玩について説明しよ
うとする前に彼女から切り出した。
「これって、いやらしい玩具じゃない?」
「お茶のおまけだったんだ。ただポケットに突っ込んどいただけだよ」
彼女はもう僕からカラダをはなしていた。
「ねえ、K子。たしかにそれはいやらしいことにも使える。でも世の中は不景気なんだ。売上を上
げるためにどこの企業も躍起になってる。ルールがありそうで生きるためなら何でもありともあ
る意味言えるんだ。おもちゃのマッサージ器と書いてあるけど、もちろん君の言ったように別の
使い方もある。それを目的でお茶を買っちゃう人もいるんだよ。悲しいけどこれが現実なんだ」
「あなたは何の目的でお茶を買ったの?」
「ただそのお茶をいつも飲んでるからだよ。それだけの理由さ」
僕は彼女のカラダを引き寄せようとした。彼女は僕を見つめたまま言った。
「世の中が狂っているのか、私が狂っているのか、ほんとうにわからなくって」
僕が彼女を抱き寄せると、彼女の言葉が僕にも感染した気がした。
「暇つぶし」「国債」「銃弾」
541:暇つぶし、国債、銃弾
09/12/28 22:11:46
まいってしまった。さて、どうしよう。
部屋が汚いことも、それを今日片付けようと
思っていたことも、今はどうでもいい。
真昼のニュースは、どこぞの国のお偉いさんが
銃弾に倒れたと緊急放送ばかりしている。
どのチャンネルにまわしても、きっと同じだから、
テレビももう気にしない。
暇つぶしに小説を書こうと思ったけれど、
さて、国債をどう使って書いたらいいものか。
「眼差し」 「無言」 「親子」
542:「眼差し」 「無言」 「親子」
09/12/29 20:20:45
YOYOYO!
年末の忙しい中、ライブに来てくれてどうもありがとおお!
浅草出身の俺が言うのも何だけどサンキュー・ジャパン!
(歓声がワーーーー)
ああ、凄い眩しいぜ!
親子で来てくれたファンの方の笑顔、最前列に座っている君の眼差し、無言でリズム取ってる玄人さん!
カップルもお一人様も、みんなみんな、愛してるぜ~~~~~~~えいえいえいええええ~~。
(歓声がワーーーー)
今年も後少しだね………………最後に一言、言わせてください…………
本当に大事なものはお金なんかじゃない。。。
「FX」「奇麗事」「便座カバー」
543:1/2
10/01/04 18:12:44
「どうして? あと3歩前に進むだけでしょう。その程度のこと、出来ないなんて言わせないわよ?」
背後から厭らしい女の声が纏わり付いてくる。
振り向き、直ぐにでも殴りつけたいのだが、拳を作り空気を握り潰すことで耐える。
そりゃあ、俺だって大人だ。赤子じゃあないんだから歩くぐらいなんでもない。三歩先に地面があるのならば。
ここのところの不況を相手にFXで勝負を仕掛け、惨敗。
今の俺の存在価値は借金返済の道具としてのみだ。否定できない。
「何も言い残すことなんてないでしょう? 早く歩きなさいよ」
「うるせえ。そりゃあ俺は借金抱えているよ。けど、たったそれだけでお前ら闇金ってのは人権すら奪うのか? 体に血すら通っていねえのかよ」
「甘いこと言い放つのは構わないけれどねえ。君がお金を返せないからこうなっているのよ。いい? お金はね、命よりも重いの。どうやっても払えないのなら、命を使うしかないでしょう?」
明らかにおかしな事を口にしているのに、女の口調はまるで変わらない。振り返っていないが、きっと薄ら笑いでも浮かべているんだろう。
女の絶対的な自信から来ている高慢な口調。どうせ、後ろにはゴツいボディーガードも居るんだろうさ。
刃向かえない悔しさ。諦めが俺を包む。
544:2/2
10/01/04 18:13:25
どーでもいいや。
俺を包んだ生暖かい感情は、FXだとか2chだとか、そういった下らない遊びに手を出す前の、人と談笑していたときの感情に―雰囲気だけだが―なんとなく似ている。
ちくしょう。せめて人の温かさに触れながら、死にたかったな。
こんな下らない女に嘲笑われながら自殺なんて、まっぴらだ。どうせ、今も女は俺が死の恐怖におびえているだろうと高を括ってる。
違うな。もう、死んでいい。金と嘘だけの社会で、老いるまで働いて死ぬなんてまっぴらだ。
けれど、どうせ逃げられないなら、せめて女の記憶に俺の存在を焼き付けてやりたい。
「―金は命より重い? どうやったらこんな勘違い女が生まれるのやら。人間に一番大事なのは、理論では割り切れない、言葉では説明がつかない、そんな暖かさなんだよ。理解しろ」
「強がりねえ。FXになんて手を出したアンタが言うことじゃあないでしょうに」
「ああ。パソコンと一日中見つめ合っていた俺はすっかり忘れていたよ。けど、ようやく思い出したんだ。折角だから、死ぬ前にお前さんに教えてやろうと思ってな」
人の温かさかあ。我ながらそんなものとは無縁の生活をしてきた。人を騙す、人が傷ついているのを楽しむ。よくよく考えてみると、あの頃の俺は死んでたぜ。
……そうだな。今までも死んでいたんだ。もう一回死んだって何だ。
「お前さんの声はムカつく。勿論俺は負債者だから偉そうなことは言えないけどよ、忠告する。その思考は変えないと、後悔するぜ。
……じゃあな」
俺に向かってくるコンクリートは、異様なほど無機質だった。
叩きつけられる直前。最後に感じた暖かさが便座カバーを通じた電気の暖かさだったと思い出しちまったのは一生の汚点だ。
……自分の詭弁に影響を受けるなんてな。
次「放課後」「教室」「雨」
545:名無し物書き@推敲中?
10/01/04 18:15:08
すまん、書くのに夢中でお題の言葉勘違いしてたorz
甘いこと→奇麗事に脳内変換してくれ。。。
546:「放課後」「教室」「雨」
10/01/04 19:03:58
放課後、私たち四人は高校の教室で怪談話をしていた。
六月の曇りの日で、なんだかじめじめした感じが雰囲気を出していた。
そして、それは三人目の康子ちゃんが、物語のオチを語ろうとしたとき。
「でね、教室に残ったA子さんが、ふと顔を上げたら、なんと……ぁ(ザアァァァ)!!」
……雨音だった。前触れもなく降り出した大雨が激しく窓を叩き、その騒音で話のオチが
掻き消されてしまった。窓を見て、いま流行りのゲリラ豪雨というやつか、と思った。
康子ちゃんは気抜けした様子で笑ってから、「帰ろっか」と言った。
「え、オチは?」と聞くと「ああ、結局は何にもいなかったっていう拍子抜け系」と答え、
私たちは「なーんだ」と、肩すかしを食わされた気分だった。
私たちが階段を下り、折りたたみ傘を手に昇降口を出ると、もう雨は降っていなかった。
ああ良かった、早く帰ろっか、としゃべりながら歩き出して、そこで私は気づいた。
地面が濡れていない。あんなに降ったのに、不思議だ。そう思って隣にいた康子ちゃんに、
「ねえ、地面が濡れて無くない?」と尋ねたら、彼女は青い顔をして、
「うん、そのこと、他のみんなが気づかない内は、黙ってて」と言ってきた。
そのただならぬ様子に思わず「うん」と頷いてから、よくよく考えると、康子ちゃんは
わざわざ「何もなかった」なんてオチの怪談話をするような人じゃないことに気がついた。
あのとき、雨が降っていなかったとしたら、あの窓を叩いた水はなんだったんだろう。
それを見て彼女が咄嗟に隠した、あの話のオチはなんだったのだろうか。
次は「正月」「事故」「幸運」で
547:「正月」「事故」「幸運」
10/01/04 19:33:03
「路面凍結による事故が多発しており」
アナウンサーがそこまで言った時、リモコンを押してチャンネルを変えた。
どんなニュースも康子の謎かけ以上の興味を惹かなかったのだ。
私は正月三が日、ずっと本当のオチを考えていた。
けれど良い答えは思い浮かばず、非現実的な、オカルトな想像までしてしまった。
たとえば康子が何らかの能力を持っているとか、そんな類の。
年が明けて、私はもう一度怪談をしようと提案した。
前と同じ場所、前と同じ時間、前と同じ四人で。
「あの雨の話、もう一度聞きたい」と私が言うと、
そう来たかというふうに康子は一瞬口元をニヤリとして、
それは康子に意識を集中していないと気づかないような
そんな一瞬だったけれど、とにかく康子はもう一度話してくれた。
私がビデオカメラを野外に向けて録画しているとも知らずに。
ビデオには全てが映っていた。窓に水のかかる様子まで、しっかりと。
ふふふ、と私は思わず微笑んだ。そう、そういうことだったのね。
─他のみんなが気づかない内は、黙ってて。
どうして康子がそんなことを言ったのか分かった。
ヒントは「康」の字……。あの雨、水は、私にだけ見えたのだ。
幸運、だったのだろうか? ふとそう思った。
見えたことではなくて、見える仲間が見つかったことが。
わからないけど、私は悪い気はしてないから、康子もそうだといいな。
「大発会」「矢」「頭」
548:「大発会」「矢」「頭」
10/01/05 04:15:23
千枝子は破魔矢を持って遊びに来た。下の姪である。
今年は彼女の就職活動が始まる。デリケートな話題なので、それ
には距離をおきつつ話をした。
格差社会と世間ではかまびすしいが、何処に勤めたから安心とも
言えない。彼女はキャリア・ウーマンを目指しているようなことを、
ちらっと言った。なれればなれたで万々歳だが、受験戦争の勝利者
という経過だけで万能感に浸るのはちょっと危険だ。それは、僕
自身がそうだったからで、比較的、堅い職場ほど、褒美は貰えず、
若い時は小突き回される傾向がある。
今年の大発会は、株価上昇で終わった、とか千枝子は最初に言った。
僕は、競馬新聞を手の中で折りなおした。赤鉛筆を架けた耳の中に、
イヤホンが入っている。それは机の下に置いたラジオに繋がっている。
「ねえ……私、ここに来るとほっとする」千枝子が小さな声で言った。
「そうか?」僕は耳から入ってくる音声に、集中しながら上の空の返事
をした。「叔父さん……ここって、幾ら位、儲かるの?」端的に聞いたな、
と思う。「……日に三千円位かな、利益は」千枝子は、身を起こし、僅か
に眉をひそめたように観えた。
「叔父さん……なんでキャリア辞めちゃったの?」
なるほど、それは気になるよね。「まあ、面白くなかっただけ、かな」
ふうん……と千枝子は店内の中古漫画単行本のラックを軽く頭を
廻らして観た。「でも、一等地なんだから、この際、商売替えとか」
僕は軽く息を吹いて笑った。「僕は漫画屋の親父が、子供の頃からの
夢だったんだよ」千枝子は、やはりちょっと不満げだ。
「子供の夢を僕は生きている。それで、満足なんだ」通信が入る。
『官邸から首相が出ました。付近の不審電波傍受を開始してください』
僕は解析用の「割れた」暗号の固有番号をラップトップ・コンピューター
に打ち込んで行く。「あ、叔父さんタッチ・タイピングできるんだ」「馬鹿に
するなよ、元国家公務員だ」ふふ、と千枝子は笑う。ただのログイン用
パスワードにしか観えないだろう。漫画がひしめく棚の裏、壁の向こう
で、決して誰にも知られることはない、大型のコンピューターと通信機が、
ビルの谷間に、ゆっくりと排熱しはじめた。
次のお題「入院」「駆け足」「美少女」
549:「入院」「駆け足」「美少女」
10/01/06 20:31:36
入院、ってのはちょっと微妙だな。
まぁ、アイツが眠っている場所は確かに病院だし、
病院になる前は施設だったけど、
別に病気ってわけじゃねぇしな。
最後に別れたのは、いや、「会った」のは、河原だった。
後悔したんだぜ。
おでこじゃなくて、唇にキスしとけばよかったって。
おまえは、覚えてないかもしんねぇけどさ。
再会のひとこと、何にしよう。
やっぱ、あの絵を見れたこと、か。
それとも、どんな美少女だろうと目もくれなかったことか。
……恥じぃ、事実だけど、そんなこと絶対に言えねぇ。
まぁ、会ってから考えりゃいいか。
あと三日でアイツは目覚める。
駆け足で、自分の足で、全力で走っていくぜ。
タイムリープなんかもう必要ねぇからな。
「蟹」「蝸牛」「猿」