08/12/01 23:50:25
あんたはけいいちという名だったか。
まあ座りなさい。年寄りの話なんぞつまらんものだが少し聞いてみなさい。
仕事をやめたいということじゃが。30をすぎたということじゃが。まあ、好きにすればよろしかろうが。
今日はなんでもない。わしが若い頃狐にだまされた話をしようと思ってな。
あれはわしがまだ二十になったばかりの頃じゃった。ここらへんもほんに田舎で、わしはなにかの用で山道を歩いておった。道の途中、きれいな娘さんが猟師のしかけた罠に足をはさまれ困っておっての。わしは助けようと近寄った。
「ひどいことじゃ」。
「いとうてかないませぬ」。「外してやろう。少し痛むだろうが暴れなさんな。ん……あんたは?」。
「いえ……」。
娘っ子は狐だった。山道に似合わぬあでやかな晴着の裾からは、獣の毛がのぞいておった。おそらくまだそこまで化す力の強くない若い雌狐じゃったんじゃろ。わしは助けると行ったはずみ、雌狐の罠を解いてやった。
「ありがとうぞんじます。そのう……」。
「いいからいきなせえ」。