09/06/24 00:11:05
名物 お祭り うちわ
かつて幾度となくよじ登っては天辺から小便を垂れた鳥居に座して凭れかかり、太郎は絶え
間なく行き来する人々を眺めていた。
誰もが何かに急かされるように歩いていた。そのくせ人の流れは一向に遅く、足踏みばかり
が響く。前の人に殆ど密着して押し合いへし合い、思うように行かない人々は出店で気を紛ら
わすことで、自ら更に流れを遅くしていった。
<相変わらずだな>
いつの間にかザックに刺さっていたうちわを見る。名物日本三稲荷駒竹神社とある。幼少時より
慣れ親しんだせいか、その響きに何らありがたみを得ることは出来なかった。三稲荷とは正確な意
味を知るところではないが、まさか日本中で三指に入る神社、というものではなかろう。
再び雑踏へ目を向ける。殺気立ったみたいな人々の顔を見て、太郎は少年時代この神社のお祭りへ
たった独りで出掛けた時の事を思い出していた。
いつも勝手知れたる境内は、そのときばかりは嫌に暑苦しく、また無闇に広く感じたものだった。
友人たちとかくれんぼをするでもなく、父の肩に跨り往来を掻き分けるでもなく、ひたすら人に揉
まれ足蹴にされたのだった。 鳥居に凭れ掛かった太郎の視点は人よりずっと低かった。見上げた人々の目は、何かに追わ
れているように、狂気を孕んでいた。太郎の胸に、懐かしい感情が湧きあがってきていた。
太郎は立ち上がった。ザックを背負う。太郎そのまま、鳥居を振り返ることなく歩き出した。
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