08/05/06 22:21:00
奥平の言葉には演技めいたものが見えた。私はあえて皮肉をこめて「そんなに慌てなくても、買うのを止める
なんて言いませんよ」と言った。
「そんな、買うだなんて……」と奥平は非難がましく呟いたが、私はそれを無視して、「彼らと話してもいいで
すか?」と訊 私は短髪の方、吉永に近寄って「何を描いてるんだい」と声をかけた。しかし吉永は何も答えず、黙々と、や
けに輪郭の刺々しい、よくわからないが何か四足獣のようなものを書き続けていた。私は先の挨拶の様子から、
彼はコミュニケーションが容易だろうとふんだのだが、あれは単なる反射的行為のようなものだったのかもしれ
ない。次に私は小松原の画用紙を覗いた。やはりなんだかわからない、ススキのような細長い線がたくさん伸び
たものが描かれている。彼にも同じ質問を向けると、うつぶせた姿勢から首のみを持ち上げて、「ご、おう、お
う」と答えた。
「鳳凰ですよ」
奥平が横から口を挟む。鳳凰といえば永遠の命を持った霊鳥のことであるが、小松原はどこからそんな大層な
主題を見つけてきたのだろうか。そんな私の疑問を見透かしたかのように、奥平が「小松原君は手塚治虫の漫画
が好きなんですよ」と言った。
「ああ、『火の鳥』、ですか」
「そう。彼は特に『火の鳥』が好きなんです。彼の描くのは全部鳳凰なんですよ」
それを聞いて私は壁面を見回したが、どれが鳳凰なのかまるでわからない。ただよく見ると、絵は大まかに塊
状のものと、細長い線を基調としたものとに分類できるようである。後者が鳳凰なのだろう。
「どうですか、先生。小松原君の方にされてみては」
「なぜですか?」
「鳳凰とは、確か、死と再生の象徴です。生まれ変わるために死に、また生きる。私たちのやっていることと似
ているじゃありませんか。この施設の利用者たちは一度は死んでしまいますが、しかしすぐに他の誰かの体の一
部となってここよりずっと広い世界に再生するのです。小松原君が鳳凰ばかり描くのも、無意識にそれを望んで
いるからだと解釈することはできませんか?」
私は思わず「馬鹿馬鹿しい!」と声を荒げてしまった。
いた。奥平はどうぞ、と頷く。