08/04/28 04:08:56
殺してやる。
男は心の中で、そうつぶやいた。今しがたすれ違ったカップルが、
彼のことを笑ったのである。
彼にとって、すれ違う者に容姿を笑われるのは今日だけですでに
4度目のことだった。3度目の、制服を着崩した高校生のグループに
彼が笑われたとき、次笑った奴がいたら殺す。そう、心に決めたのだった。
そして、遠からずその機会がやってきてしまったのである。
カップルとすれ違い六歩ほど歩いてから、男は、くるりと方向を変えた。
そして、カップルの後を歩き出した。
男の体からは、独特の臭気が立ち上っていた。汗のすえた臭いとも違う、
生乾きの衣服の臭いとも違う、どこか、科学的で、動物的でないような、
掃除をしていない理科室を思わせる臭いだった。
男はカップルを追った。カップル達は、住宅地の方へと歩いていく。
駅から離れ、幹線道路から折れた細い道に入るにつれ、周りから人影が
少なくなっていった。男は、人通りに反比例するように、カップルとの距離を
広げながら尾行を続けていた。
男は汗をかいていた。普段から多汗症の男は、いつも以上に汗をかいていた。
男の着ていた黒っぽいシャツが、汗で背中にじっとりと貼りつき、濃い汗染みを浮かべていた。
カップルが家に到着した。3階建ての、ワンルームマンションの202号室。
男はマンションの外から、202と書かれた青いドアの中に、滑り込んでいくカップルを見上げていた。
場所はわかった。
絶対に殺してやる。
そう誓うように心の中でつぶやいた男は、彼らを殺すための凶器を購入しようと、
再び駅へ戻ろうと方向を変えた。