07/09/02 16:49:02
隣の部屋から女の声が聞こえる。
声は少しずつ大きくなり、何かを懇願している。
もう少し音量を下げればいいのにと彼は思う。
女の声は昂揚し、これから起こる身体の変化を露骨な言葉で絶叫する。
不意に家具の脚が床を叩き、男の低い呻き声がしたあと、箱の中の薄い紙を乱暴に引き抜く音が5回した。
彼は今日は止めようと思った。明日はもう少し早い時間に。
大学受験に失敗したのは5年前のことだった。
放心状態のまま半年が過ぎたあと、父親のコネで役所の清掃局に就職し、独身寮に入った。
自涜は今でも毎日することを心掛けている。
高校生のとき、テレビの深夜番組で、東大に現役合格した学生の多くは、受験勉強中、1日2回以上の自涜経験があるとするアンケート結果を知り、彼はそれを実行しようとした。
2回まではできたが、続かなかった。
ある晩、炬燵の上に脚を広げた女の性器に付着した大量の精液の写ったページを広げながら炬燵布団の中に手を入れているところを襖を開けた妹に見られた。
妹は炬燵の上から彼の腕の行方に視線を移して襖を閉めた。
「兄ちゃんが入ってると臭い」
妹は彼が炬燵に入っているときは入りたがらなくなった。
1日2回以上の自涜が続かなかったのはそのせいではなかったかもしれないが、できないのは頭が悪いからだと思い始め、結局、受験したすべての大学は不合格に終わった。
今でも彼の日課は、自涜である。
この街に住む男や女が他の生ゴミと一緒に出した精液や膣分泌液を拭い取って丸められたティッシュペーパーの入った生ゴミ収集袋を、週2回、彼は運搬車に放り込む。
運転するのは隣の部屋に棲む27歳の熊本だ。
熊本の被っている帽子の下には、毛根のない頭頂部と疎らにしか生えていない毛髪のある側頭部を有する頭蓋骨が隠れている。
顔は青白く肉厚で眉と髭が濃い。自涜常習者に見える。隣の部屋からは毎日同じAV女優の声と乱暴にティッシュペーパーを引き抜く音が一晩に何度も繰り返し聞こえてくることがある。
彼と熊本はほとんど口を利かない。
雨上がりの朝、彼の部屋のドアが叩かれた。
寮長は熊本が首を吊ったことを告げた。
揺れる絞死体からは精液の匂いがしたという・・・