07/08/22 23:04:10
無人のセンター街を逃げ回っていたアレクサンドルは、高架下のコンクリート塀の傍にうずくまった。
胃の内容物を全部吐き出すと、周りの異臭や音が一気に押し寄せてきて、気を抜くと空っぽのペットボトルのようにぺしゃんこに潰されそうになった。
ゴミや汚物の散乱した木立からは蝉の鳴き声ばかりがわんわんと鳴り響き、すえたような悪臭に混じって、時折ひんやりとした空気が彼の火照った耳をなでていった。
もう振り返るのさえ恐ろしかったが、アレクサンドルは彼が逃げてきたセンター街の方角に目をやった。
空も見えないほど乱立していたビル群はみな破壊され、せいぜいが四、五階分までの高さしか残されていなかった。
その向こうの夕日ばかりがガラスのように美しく、黒煙をあげる鉄塔は疑問符の曲線を真似た姿でねじまがり、その先端は荒廃したこの街のどこかを指していた。
これらはすべてあの謎の老人と軍隊が戦闘を繰り広げた跡だった。いや、老人の姿をしていたのは最初の五分だけで、戦う時は五十歳ぐらい若返って熊のような大男に変身していたのだから、老人が戦った跡と言うのがふさわしいかどうかは分からない。
とにかく敵の身長は熊をも超えていた。全身のあらゆる筋肉が岩の塊のように強固で、超自然のオーラをまとい、体の表面のすべてが赤みがかっていた。端正だが野性味のあふれる顔立ちは、思い出すだけで腹のたつ余裕の笑みを浮かべていた。
不意に獣じみた唸り声が聞こえ、アレクサンドルは素早く辺りを警戒した。
来た。ビルに挟まれた道路を、ゆらゆらと赤い光の群れが近づいてくる。兄弟で散歩ですかと尋ねたくなるような風景、全く同じ姿の大男が全部で八人。
化け物め。アレクサンドルは奥歯を噛み締めると、突撃銃を携えて高架下の木立に分けいった。ドラグノフの射程範囲はせいぜいが四百メートルだ。高架の巨大な柱に背を付け、ビルの影から敵が顔を出すのを息を潜めて待ち続けた。
異様な熱気が顔に吹きつけ、ビルの表面が赤みを帯びて見えた。
夕日が沈み、通りの奥から噴き出す赤い光が次第に濃くなる。
すぐそこの地面にひっくり返っていた蝉の死体が、バチッと音を立てて弾けた。
木立の中は数歩先も見えない闇に落ちていった。