07/07/15 19:14:00
淡い空の青に、ぬっと突き出した煙突の先から白い煙が細く溶けてゆくのが見えた。今日、この斎場を利用し
ているのは佳恵のグループ以外にはいないはずであるから、煙は中町草庵が姿を変えたものにちがいない。微か
な春の風にも簡単にたなびく煙の様子が、いかにもあの人らしい……。
句会の集まりが終わると、卑屈なほどに腰を低くして、何度もメンバーにさようならと挨拶する、初老の中町
草庵を思わせた。
先ほどから酒井佳恵は、中町草庵に送るべき言葉を探している。
―こんなにも別れを急ぐから。
その思いは夢の中で感じる喉の渇きに似ていて、いくら言葉を探し、呟いてみても癒されることがない。その
うちにも煙は確実に薄くなってゆく。「ずいぶん痩せた仏様のようですから」と、斎場の係員が告げた予定時間が、
もうすぐそこに来ていた。
眼を凝らして煙の行方を追うと、額に春の日の温もりが感じられた。恐ろしく希薄な温もり。かつて一度だけ
佳恵の額にあてられたことのある中町草庵の掌も、果たしてこのように温かかっただろうか。思い出そうとして
もかなわぬほど、記憶は遠い。
―草庵さん、本当はあなたは誰だったのですか。誰にも知られぬまま、煙になってそれでいいのですか。
最後の煙が消え、場内マイクが佳恵たちのグループの代表者名を告げた。その案内に導かれるまま小さな部屋
に入ると、白い灰の塊となって中町草庵が皆を迎えた。
小5さん、どうぞ。