07/11/15 03:26:31
祭壇への階段の下、息子も息子の嫁も孫娘も、口々に私に祝いの言葉を贈ってくれた。
20の歳から40年連れ添った一つ年下の妻が、私の手を握った。
「ワタシもすぐに行きますから、先に行った皆さんによろしくご挨拶しておいてくださいね」
「わかった。皆も元気でな。向こうで待っているからな」私は妻の手を握り返してから、天使の待つ祭
壇への階段を上った。
「ようこそ、天国の入り口へ」優しく微笑んだ天使は私の手を取り、祭壇にしつらえられた椅子に導い
てくれた。私を椅子に座らせると、天使は自分の頭の上の光る輪を両手で持った。
「さあ、これをつけたらあなたは天国の住人になります。飢えもなく、病も無く、痛みも無く、老いも
無い。現世の方とはテレビ電話でしかお話できなくなってしまいますが、それもわずかな期間のこと。
すぐにお相手も天国に来てくれますからね。では、心の準備はよろしいですか?」私は天使の言葉に力
強く頷いた。
天使は私の頭にうやうやしく光る輪を載せた。そして、目の前が真っ白に輝いた。
祭壇の椅子の上、親父の頭に載せられた光の輪は次第に輝きを増し、やがて見つめていられないほどに
なった。まばゆい光が去ると、祭壇にいた親父もホログラフの天使も消えていた。
「おじいちゃん、天国に行っちゃったね」娘の言葉に「そうね」と嫁が頷く。「明日には設定を終えて
電話をよこしてくるかしら?あの人、優柔不断だからもっとかかるかしらね?」母がくすくす笑った。
人間の脳の構造を人工知能に移植することが可能になった現在、環境問題・人口爆発・食糧難・老人介
護などの問題を解決する究極の手段として生まれた「60歳天国移住法」。
人々は60歳の誕生日を迎えると、その記憶と人格を人工知能に完全に移植してコンピューターの中の
仮想空間に「移住」するのだ。そして、残された肉体の抜け殻は、原子レベルに分解され、再構築され、
再利用される。
チーン。
移住者の家族にだけ与えられる特別配給食ができたことを知らせる音が響いた。
「さあ、ご馳走をもらって帰りましょう。」「おじいちゃんは体格良かったから、きっといっぱいでき
てるわよ」嫁と母が笑いあう。俺は妻と一緒に娘の手を引いて配給口へ向かった。
次は、「電話」「脳」「給食」で。
301:404
07/11/15 12:43:40
同級生の奴ら全員が馬鹿に見えて仕方なくって、学校に行かなくなった。
案の定、先生が家にやってきたり電話をよこしたりしてきた。始めのうちは、穏やかな受け答え
でもって、優しく「佳子は今、何しているんだい?」なんて聞いてきたり、「みんな心配していた
ぞ」などと、クラスの奴らの授業中での面白おかしい言動だとか、給食中に出てきた美味しいデザート
の話などをしていたのだが。
ある日、先生がやってきたのだけれど、顔がやや赤味を帯びていて、なんだか動きが大雑把で、
目つきがいたずらに鋭かった。声も、なんだか脳に響きそうな音質だった。
「なあ、佳子~。先生はなぁ~、今まで一度だって、一度だって、不登校児を出した事が無いんだ。
本当に、一度だって無かった。それで今度教育委員会の方から特別栄誉賞をもらえる事になってたん
だよ。なあ、不登校児を出したくないんだよ。先生は。だからこれまでだって、生徒たちがおかしな
事してたって先生は・・・・・・」そこから先は、聞くに耐えなかったから、便所に行くフリをして
逃げちゃった。
いつも寛容で温かく、「ニッコリ先生」と呼ばれる程の先生だったのです。
302:404
07/11/15 12:45:46
次お題
「大樹」「地平線」「力」
303:かえっこ ◆vKR9dNUc2M
07/11/15 15:18:32
「大樹」「地平線」「力」
72歳で亡くなった 結城大樹さん の葬儀が青山で行なわれていた。
海洋冒険小説家として数々の賞を受けている有名な人物。
そのため、2000人を超える各界有名人の弔問者、国内海外のマスコミ関係者も多数そろっていた。
会場の最前列には、子供に先立たれた、老夫婦98歳の父親、95歳の母親が座っていた。
式も終わりに近づいた頃、ゆっくりと立ち上がった父親。
歳をとってはいても彼は昔、有名な海洋冒険家として世界の海を一人航海し続けていた人物、その足どりと声はしっかりしていた。
力強い表情で微笑んでいる息子の遺影に向かい、父は、子への思いを語り始めた…
「おい!大樹。オレは、お前が産れた時の事は今でもはっきり覚えてるぞ!」
「オレはあの時、太平洋のど真ん中。衛星電話でお前が産れたと報告をもらったんだ」
「オレは、ナ!!その時、母なる海に感謝し、地平線に昇る太陽に向かい叫んだぞ!!」
斎場にいた人たちは心の中で…「間違ってる!それ!水平線!!」
「中学もろくに出ていないオレがお前みたいな立派な息子に恵まれて…」
「ガキの頃のお前はヒョヒョロで医者のやっかいになってばかりで母ちゃんに心配ばかりかけてたな!!」
斎場にいた人たちの中ですすり泣く人たちの声がもれる。
「オレはあの時、地平線から昇る太陽に願いをかけ、でっかい男になるようにって大樹って名前にしたんだぞ!!」
「30、40、ってお前はボーっとしてて女の腐ったようなヤツだって心配してたがな!!」
「じじいになってからやっと、名前通りのすごいヤツになったな!!あの…なんて言ったかな!!…おう!!た・い・き・ば・ん・せ・い・だ!!」
「とにかく!オレは、お前がオレの息子で本当に良かったぞ!もうすぐ、母ちゃんとそっちに行くから待っとれ!!」
いっせいに拍手が聞こえ、そして、斎場にいた人たちは心の中で思った…
「字…間違ってる!それを言うなら大器晩成」
304:かえっこ ◆vKR9dNUc2M
07/11/15 15:23:09
次お題
「優勝」「5本の指」「汚れた路地」 で
305:名無し物書き@推敲中?
07/11/16 06:09:08
甲子園で決勝の晴れ舞台
すべてはこの勝負で決まる
奴は拳を突き出してきた
苦渋の表情がここまでの長い戦いを物語っている
血と汗で汚れた路地裏で相当な練習を積んできたのだろう
俺は5本の指を突き立てた
ジャンケン甲子園は俺の優勝で幕を閉じた
次のお題
「特典」「マグカップ」「鳥肌」
306:「特典」「マグカップ」「鳥肌」
07/11/16 16:20:36
出張で行った街で、見覚えのある男を見かけた。まさかと思って声をかけたら、やっぱりAだった。
「凄い偶然だな」と再会を喜んだが(A相手なら不思議じゃないか)と俺は思った。
大学の時、同じサークルだったAはやたらツキのある男だった。
二人でコンビニに買い物に行っって、会計を終えてお買い物特典のクジをどうぞと勧められると、
Aは「一等は何?マグカップ?いらねえから引かねえ」と言い出すのだ。「なんだよ、お前、一等
引く自信があるわけ?」「自信とかじゃねえよ。引くに決まってるだけだ」「じゃ、証明してみろ
よ」とクジを引かせると、確かに一等が当たる。一緒にいるとそんなことばかりだった。
「宝くじでも買えば一攫千金だな」俺が言うと、「賭け事はしないことに決めてる」とAは言った。
「親父は会社の同僚との付き合いで初めて買った宝くじで、一等前後賞合わせて7千万が当たった
数日後、通り魔に刺されて死んだ。爺さんは、初めて連れて行かれた競輪で230万車券の大穴が
当たったが、数日後に玄関でつまづいて転んで打ち所が悪くて死んだ」
「過ぎたツキは身を滅ぼすんだよ」と笑ったAの顔に寒気を感じたのを憶えている。
「実はな、クジを当てたんだ」一通り再会を喜んだ後、唐突にAは言った。
「ザ・ビッグってやつか?この水曜日に当選が決まったやつ。キャリーオーバー発生中で、最高額
の6億円」「家訓はどうしたんだよ?」と聞く俺に、Aは娘が病気なのだと言った。多臓器移植が
必要なのだが、子供の臓器移植は国内ではできない。海外に行って手術するのに大金が必要だと。
「女房は泣いて喜んだよ。『5億5千万も余っちゃうね』と泣き笑いしてたけど、どうせ俺は死ぬ
だろうからな。死んだ後に女房と娘が生活に困らないように国内最高額のクジにしたんだ」Aの笑
顔に、俺は鳥肌が立つのを感じた。
数日後、新聞がAの不運な死を報じた。
上空9000メートルを飛ぶ飛行機から整備不良のために落下したネジが、Aの頭を直撃したのだそうだ。
次は、「飛行機」「家訓」「大穴」で。
307:人形師 ◆wa1a4mh476
07/11/18 02:46:23
「で、あの男は始末できたのか?」
そう言ったのは、流行のスリーピースにボール帽をかぶった紳士風の男。
「始末シニ行カセタ四人、ヤラレテ帰ッテキタ。相手ハ三人、シカシ強イノハ一人」
と答える黒人は遥に大きく、その拳の一振りで紳士風の男を血みどろにも
できそうなのに、紳士風の男の前では完全に萎縮しているようだった。
そのとき、鳥眼鏡で顔を隠した令嬢が二人の従者(のちに機関車アックス、
毒鍋ライザと呼ばれることになる)を従えて、つかつかと部屋へ入ってきた。
「だ、だれだ貴様。どうやってここへ」紳士風の男の方が顔を上げて叫ぶ。
「・・・あたしの名はリース。皆さまの悪事、残らず聞かせてもらいましたわ」
「リ、リース?! 大英帝国を騒がせているという、あの英雄気取りの馬鹿女!」
「まあ失礼ね、レディに向かって。でも、一攫千金を夢見る貧しい人々を
たぶらかした上、ボクシングの賭け試合で大穴を当てたキスリングさんを
殺そうだなんて・・・もっと許せない。お亡くなりになられたヴィクトリア
女王の名に誓って、このレディ・リースがお仕置きを致しますのっ!」
「まさかキスリングを助けた謎の三人組というのは・・・」
「そういうことね。ってギャァァァーッ!! あ・ん・た! ひとが話してる
最中に襲わないでよ!」
「お嬢さま、襲われたときはもっと可憐にと申し上げたはず! あとで家訓を
百遍復唱して頂きます」とはライザ。
リース嬢がいい気になって話しているうちに、紳士風の男は黒人に目配せして
彼女たちを始末するよう合図したのだ。アックスが気付いて間一髪リース嬢を
かばったものの、その黒人の足取りは軽快で蜘蛛のように素早く、少しでも
アックスが遅れていれば、彼の重い一撃によってリース嬢の華奢な首はへし
折られていただろう。
「お嬢、こげなクロ○ボ、わしが・・・」
そのときライザが鋭く声を上げた。
「お嬢さまっ、あの不細工が逃げますわ!」
リース嬢がアックスの下からのぞき見ると、ライザに不細工と断定された
紳士風の男が、窓を蹴破って一直線に走り去るのが見えた。その先には――
308:人形師 ◆wa1a4mh476
07/11/18 02:47:26
「飛行機?!! フランスで実用化されたという噂は本当だったの?!」
紳士風の男は右手で帽子を押さえながら疾走していたが、飛行機の前まで
たどり着くと、リース嬢の一行に向かって大声で叫んだ。
「ぶはははは! お前たちになぞ捕まるものかっ!! ロンドンのポリ公どもと
一緒に地べたをはいつくばってろ低脳!」
次のお題「砂時計」「氷」「甘露」
309:「砂時計」「氷」「甘露」
07/11/18 16:18:01
その時、ある女は夕飯に何を作るかを考えるために冷蔵庫のドアを開けて中を眺めていた。
その時、ある男は高騰したガソリン代と燃費の悪さに悪態をつきながら ダッジバイパーのエン
ジンキーを回していた。
その時、ある女はダイエットのために半分食べ残したランチの皿をウエイトレスに下げてもらっ
ていた。
その時、ある男は暖房のきいた部屋でアイスクリームを食べていた。
その時、ある女は切れたタバコを買いに行くためにテレビもビデオも部屋の電気もつけたまま
で部屋を出ようとしていた。
その時、ある男はシャンパングラスを片手に次期大統領選挙のための根回しをしていた。
その時、ある女は化学物質の塊を塗りたくった顔で次の映画の宣伝をしていた。
その時、ある男は砂漠の村で銃を磨いていた。
その時、ある女は飢えて死んだ子供の亡骸を抱いて声を上げて泣いていた。
その時、過去最大の大きさになったオゾンホールはかつてなく美しいオーロラを躍らせていた。
その時、南極の巨大な氷の塊は上昇する気温に巨大な氷壁から引き剥がされて海に崩れ落
ちていた。
そこを越えてしまったら二度と戻ることの出来ない一線を、人間たちはそんな風に意識もせずに
あっさりと踏み越えた。
落ち始めた砂時計の砂は、下に落ちることしかできない。
急坂を転がり始めて勢いを増した泥団子は、坂の最後、平坦になった地面にぶつかって壊れ
るまで止まることはできない。
消費文化のもたらす甘露を存分に味わい恩恵を享受しまくった一部の人間も、そのために踏み
つけられてきた多くの人間も区別しない「やがて無慈悲にやってくる終わり」は、誰にも知ら
れることなく始まった。
次は、「ガソリン」「銃」「坂」で。
310:「ガソリン」「銃」「坂」
07/11/19 23:32:15
(大丈夫だ、今なら客もいない)
今朝、俺はコーヒーを飲みながらガソリン代高騰のニュースを見ていた。
(くそっ、また値上げしやがったか。おまけに俺の車燃費悪いからなあ)
これは痛い目に合わせるしかない。ガソリン強盗が増えれば、きっとガソリン代を高くしたことを反省して、また前の値段に戻すに違いない。
そう決心した俺は、深夜を待ち、24時間のガソリンスタンドの近くに車を停めて張り込んでいた。今ならい行ける。俺は去年海外旅行中に
砂漠の村で購入した銃を右のポケットにひそめ、ガソリンスタンドに車を入れた。とりあえずガソリンを満タンまで入れてもらう。10L…
…11L……どんどんガソリンが入っていく。満タンになったところで店員が近づいてきた。領収書を持っている。
「こんなにするはずないだろう?」
「それが、ガソリンがまた値上がりしまして。ほら看板にも書いてある」
そこで僕は銃をだした。脅してみる。
「お、お客様。銃は危険です!もし火花が散りでもしたら気化したガソリン
に引火しかねません!」
「知ったこっちゃない。どうせここで払うくらいなら死んだほうがましだ」
店員は少し悩んだ後、こう言った。
「わかりました。今回はタダでいいです」
帰り道、俺は今までにない興奮を味わっていた。喉が異常に乾いていたけど、そんなの関係ないくらい興奮していた。スピードを上げて急な坂を一気に上った。下り坂は思ったよりも緩やかだ。
(あとはこれを何回か続けて、値下がりするのを待つだけだな)
坂の直後が交差点になっているのが見えた。ひとまず興奮を抑えて、安全確認のため一時停止をした。
(これは犯罪なのか。いや、ただ値上がりに反抗しているだけだから大丈夫だよな。いいんだよなこれで)
ボンネットの前から黒い丸いものが出ていった。車の下を通って泥団子が俺を追い抜いていったのだ。泥団子は、坂の最後、平坦になった地面にぶつかってド派手に壊れた。
次は、「ワイン」「コカイン」「タンジェント」で。
311:310
07/11/19 23:36:30
あ、銃を出すとき一人称が僕になってしまいました^^;ごめんなさい;;
312:名無し物書き@推敲中?
07/11/20 08:48:45
「イタリアワインとコカインを一緒に飲むのが
最高の快楽だって言ってた作家がいた」
由美はコンビニで買ったサントリーのワインを
グラスに入れながらそう言う。
「好きな女と一緒に飲むワインが最高においしいって
言ってた作家がいるよ」
僕は読書好きのヒキコモリの由美に
村上龍の本を貸したのだが僕の知らないうちに他の小説も
自分でも図書館で借りて読んだらしい。部屋にカバーの
ついた本が置いてある。
「村上龍だろ?」
由美は微笑む。由美は精神病のヒキコモリで
ヒートの僕とクリスマスイブを過ごしてる。
「俺たち幸せかな?」
酔いは不思議な思い出を引き起こす。
高校の教師、教室の匂い、黒板の文字、タンジェント、サイン。
幸せかどうかなんてたぶんどうでもいいんだ。今の僕は。
次は、「焼酎」「デパス」「古文」で。
313:「焼酎」「デパス」「古文」
07/11/20 19:54:10
弱い暖房が効いた部屋。
皮張りのソファとガラスのローテーブル、コンポから流れるジャズが、精一杯の高級感を演出していた。
しかし嗜むのはブランデーではなく焼酎。
それもまた一興か。僕は呟いて一口呑む。
せめて電気の明度を落としてそれらしくしたいところだが、彼女の願いでそれは叶わなかった。
古文のテキストを片手に、テーブルの上のノートパソコンで彼女は調べものをしている。
自分が好きなこととなると、他のことはお構い無しになる彼女。
子供のように目を輝かせるその姿が微笑ましく、愛しく、嗜虐心を掻き立てられる。
眠剤代わりのデパスを片手に、僕は彼女に寄り添った。
ふと、僕の目に飛び込むパソコンの画面。
―思ふにはしのぶることぞ負けにける 逢ふにしかへばさもあらばあれ
次のお題「10円」「デポジット」「ポスト」でお願いします。
314:404
07/11/22 00:30:40
「もう、いいよ! そんなに文句言うんなら君達がやれよ!」
言うなり、委員長の松田は、四角くて真っ赤な、まるでポストのような顔を机に伏せ、
それなり動かなくなってしまった。みんな、伏せ目がちに視線を交わしあった。
と、そこにバカの鈴木が帰ってきた。軽快なステップで教卓の前を横切って、己の股ぐらに
1メートルの竹定規を挟み
「アンニュ~イ、アンニュ~イ・・・」
下向きだった竹定規を上向きに立てて
「デポジット!デポジット!!!」
そんな事を何回も繰り返すものだから、みんな笑いだした。
委員長も顔を伏せたまま、小刻みに震えだした。
315:404
07/11/22 00:37:41
次のお題
「傘」「灰」「平穏」
316:名無し物書き@推敲中?
07/11/23 22:05:28
「君の傘を貸してくれないか?」
バス停でバスを待つ僕のとなりに立っていた30歳くらいの男が
突然そう言った。」
「嫌ですよ。あなた返してくれるんですか?そのままでしょ。」
「君の傘を貸してはくれないか?」
「だから嫌ですよ。」
「これから僕の行こうとしているところは雨がひどくてね。
雨がやんでいる時などほとんどないんですよ。君達の住んでいる
ところとは違ってね。でも虹がとても綺麗で何十本もの虹が
いっぺんに出たりするんですよ。かえるがたくさんいてね。
虹がそんな風に出た時などは何百匹もいっぺんに現れるんですよ。
虹の下でいっせいに鳴きましてね。それがまるで美しい音楽のよう
に聞こえます。あじさいも何千本も咲いていましてね。赤いの白いの
青いのと様々です。そして何千匹のかたつむりが虹がたくさんかかった
時はやはり同じ様に現れます。そこは空気の色が違いましてね。
薄い青の空気が流れています。空は一面灰色の雲です。
平穏な場所なのでとても静かです。そこに住んでいる人達も
とても静かで丁寧に話します。
なんと言いますかね。なんだか少しだけ薄暗くて青くて静かな場所
ですね。雨がいつも降っていまして。」
「そうですか。」
僕はそっぽを向きながらその話を聞いていた。
話が終わったので振り向くとその男は消えていた。
そして手にしていたはずの傘も消えていた。
海 太陽 風 で。
317:「海」「太陽」「風」
07/11/25 01:08:36
夕暮れの海を、俺は綾香と二人で歩いていた。
砂浜に打ち寄せる波。綾香の長い髪を躍らせる風。
綾香は片手で髪を押さえながら、口を開いた。
「寒いよ。もう帰ろうよ」
太陽は垂れ込める厚い雲の向こう。
吹き付ける北風と、波うち際で泡立ち始めた波の花。
晩秋の日本海は、俺が考えていた以上にデートには向かなかったらしい。
ふと、手に冷たいものが触れた。
冷え切った綾香の手だった。
「手、温かいね」
俺の顔を覗き込んで笑う綾香。
いや、意外と、こういうのも悪くないか。
そう思いながら、俺は綾香の手を握り返した。
次は、「夕暮」「デート」「手」で。
318:「海」「太陽」「風」
07/11/25 01:30:01
女にとってはじめての横浜であった。
もう四月で、更に言えば快晴だと言うのに風が強い。風は女から体温を奪って行く。
念願かなって、一人ではあるが、ついに横浜を泊まりで観光することとなった。
田舎育ちのこの女は、ずっと横浜に憧れていた
東京の様なビルが立ち並ぶ賑やかな都会ではなく、今もなお明治辺りの雰囲気を残した横浜にだ。
すでに目当てのところは一通り見てしまった。
外国人墓地の、退廃的なあの雰囲気が今でも忘れられない。
赤レンガ倉庫のお店はもう少しゆっくり見て回りたかった。
女はそんなことをぼんやりと思っていた。今はなんとなしに、横浜の海を眺めている。
「もう少し、楽しい人生なら良かったのに」
赤い靴を履いていた女の子は誰に連れて行かれたんだっけ。異人さん?良い爺さん?
「私も連れて行って欲しいな」
女は海に身を投じた。
その後の女のことは誰も知らない。
空には太陽が、変わらず光を注いでいた。
次は「キャンディ」「チョコ」「依存」で
319:名無し物書き@推敲中?
07/11/25 01:30:43
しまったw
318はスルーでよろしくです。
320:404
07/11/28 01:01:15
「エンジントラブルにより、まもなくこの機は墜落します。
しかし、あと4名だけ飛び降りてくだされば、他の全員は助かります」
まずはアメリカ人の初老の夫婦が2人、手と手を握り合って、夕暮れ空を背景に落ちてった。
次に、スペイン人の神父らしき人が、なにやらブツブツ唱えながら、落ちてった。
最後に、初老の日本人が、イチャつく若いカップル二人をポイと放り出した。
321:404
07/11/28 01:03:35
次お題「風車」「トタン」「連続」
322:「風車」「トタン」「連続」
07/11/28 09:49:29
「おじいちゃん、あれ何?」
トタン屋根の農具小屋から鎌を取ってきた老人に、孫娘が聞いた。
ぶかぶかの白い軍手をした手が指差している先には、巨大な純白のプロペ
ラが起立していた。
「風力発電の風車だな。さあ、掘るぞ」
老人は鎌を使って畝にのたくる葉のついたツルをざっと刈り取り、「ツルの
根元にあるから掘ってみろ」と孫娘を促す。
最初は、指先でちょいちょいと土を掘っていた孫娘は、土の中に紫色のイ
モを見つけて歓声を上げた。「おじいちゃん、あったよ!」
最初に孫娘が見つけたのはひょろひょろの細長いイモだった。
「そんなブタの尻尾じゃ土産にならんなあ。もっと太ったのがいっぱいある
ぞ。ほらほら」
老人が良く肥えた柔らかく黒い土を掘り返すと、コロコロに太ったサツマ
イモが連続して出て来る。孫娘は目を輝かせて両手で土を掘り返し始めた。
老人は芋掘りを孫娘に任せて、一服するために畑の横に用意してある椅子
代わりの丸太の輪切りに腰をかけた。タバコにライターで火をつけて、ふと、
設置されて以来殆ど回っていない三本羽根の風車を見上げる。
この風車は、もう十何年も前に役場が業者の口車に乗って設置を検討し
始め、業者の調査報告を鵜呑みにして、業者に何億も払って「町に新しい
エネルギーを」と鳴り物入りで設置したものだ。
しかし、実際には吹く風の風力が足りず、台風でも直撃しないと回らない。
業者の提出した事前の風力調査の報告書が捏造されていたのだ。
「何が『新しいエネルギー』だ」老人は鼻で笑った。
「おじいちゃん、これならお土産になる?」
真っ黒に土で汚れた軍手で、ひときわ大きなイモを持ち上げて孫娘が言う。
「おお、立派なイモだ。ママもパパも喜ぶぞ」
老人の言葉に、孫娘が笑った。娘が子供の頃に見せたのとそっくりな笑顔
だった。
323:322
07/11/28 09:50:19
お次は318さんの「キャンディ」「チョコ」「依存」で。
324:「キャンディ」「チョコ」「依存」
07/11/28 11:56:22
たとえば、今こうしてバスを待って並んでいるときにも、禁煙と書かれたポス
ターを無視してタバコを吸い始めるスーツ姿のおじさんを見ると、ああ、依存
しているんだな、と他人事のように傍観してしまう。
僕は左手にはめた腕時計を見る。バス到着予定時刻まであと六分。
僕の後ろに並んでいるおばさんがハンドバッグからキャンディを
取り出して舐め始める、この五分間でもう三個目だ。
僕は腕時計を見る。あと三分。
停留所のベンチに座っている女の子が、隣りに座る母親にチョコをねだってい
る。母親は膝に置いた買い物袋に手を添えながら、帰ってからね、と嗜める。
僕は腕時計を見る。あと一分。
携帯電話を睨んだままだった女子高生が、バスのブレーキの音に気付き、メー
ルを打つ手を止めて顔を上げた。低いエンジン音をうならせながら、バスが僕
たちの目の前に止まる。
僕は腕時計、ゼニスのエル・プリメロ44万円、を見る、恍惚と。
次は「サンダル」「ミネラルウォーター」「懺悔」でお願いします。
325:「サンダル」「ミネラルウォーター」「懺悔」
07/11/30 11:27:04
俺は小さな花束とミネラルウォーターのペットボトルを、ひしゃげたガードレール
の根元に置いた。
懺悔など意味は無い。俺が何をどう悔い改めようとアカネは帰ってこない。
「サンダルじゃないの、ミュールよ!」
新しく買ったサンダルを可愛いでしょと自慢したので褒めてやったら、そう言って唇を
尖らせたアカネ。
「車できてるんだから、飲んじゃ駄目だって」
俺の頼んだビールを取り上げようとするアカネ。
「絶対だよ、絶対代行呼ぶんだよ?約束だよ」
指切りしようと指を立てて言うアカネ。
「飲んでるんだから車を運転しちゃ駄目だって」
眉根を寄せて、心配そうに言うアカネ。
「もう知らない!私はタクシーで帰る!」
怒って、送ってやるという俺の手を振り切ったアカネ。
勝手にしろと自分の車で帰った俺は、飲酒検問に捕まることも無くアパートに着いた。
しかし、タクシーを拾って県道沿いの家に帰ろうとしたアカネは、県道を渡ろうと
ガードレールの切れ目で車の切れ目を待っていた時、ハンドル操作を誤って突っ込んで
きた車に跳ねられた。飲酒運転だった。
自慢していたサンダルが片方、ガードレールの脇に転がっていた。
俺が殺した。
そう思った。
次は、「花束」「ビール」「県道」で。
326:「花束」「ビール」「県道」
07/11/30 11:52:24
初投稿です。よろしくお願いします。
「もし俺が先に死んだら、仏壇に胡瓜の花をあげてくれ」
それが病床に臥したA男の最後の願いだった。
菊なんかの花束ならわかるけど、胡瓜の花っていったいどんなものなんだろう。
そもそもきゅうりに花なんて咲くのだろうか。
A男は半年前胸の痛みを感じ、心配で病院に行ったら
いきなり癌と診断された。もちろん本人は直接通知されたわけではなく後で母親から聞いた。
A男母親と僕は数年前からのっぴきならない関係になっていた。何だよ、のっぴきならないって?
ある日A男と渋谷に行こうと誘いに行ったが留守で変わりに母親が庭で小さな畑の手入れをしていた。
畑には胡瓜が植えられていたようで、大きく長く成長したものを鋏で採っていく。
「少しだけでいいからついでに手伝ってくれると助かるんだけど」
と母親は気軽に言ってきた。渋谷にどうしても行かなくてはならないこともなかったので、
A男が帰るまで手伝うことにした。夏の暑い日だったので一通り胡瓜の収穫を終えた後のビールは最高だった。
眩暈がして一瞬意識を失い、気がつくとA男の母親と寝ていた。お互い身体を重ねた縁側の向こうでは、
荷物を積んだトラックがひっきりなしに
走っていた。そこは県道66号線だった。
感想いただけますか?
そしてお次は同じく325さん発題の「花束」「ビール」「県道」で。
327:名無し物書き@推敲中?
07/12/02 03:22:59
「花束」「ビール」「県道」
「花束のプレゼントを贈るなんて……少しキザかな」
贈られた花束は真っ赤なカーネーション。
私より贈ってくれた彼の方が、なんだかそわそわと落ち着かなかったっけ。
今日は母の日じゃないわよって私が首を傾げたら、彼はちょっと困った顔をしてたわ。
県道沿いの喫茶店が私たちの待ち合わせ場所だった。
田舎の喫茶店だから、古くて全然オシャレじゃなかったけどコーヒーだけは美味しかったな。
彼ったら背筋をピンと伸ばしなかがら椅子に座っていて、人形みたいで可笑しかった。
「カーネーションの花言葉、知ってるかな」
普段はぼんやりして、花言葉なんて全然知らなさそうなのに、急に尋ねてきたのよ。
今はガーデニングもするから大好きだけど、当時の私は花に特別興味も無かったし、知らないって答えたわ。
「あなたを熱愛しますって言うんだよ」
そして、指輪をそっと差し出してくれたの。
ホント、嬉しかったわ。私、思わず感動して泣いちゃったもの。
だけどこれは後から聞いた話なんだけど……花も花言葉もお店の人が決めてくれたんですって。
せっかくだから、嘘を突き通してくれたらよかったのにね。
月日はあっという間に流れるものね。子供達も中学生と小学生になったのよ。
あんなにスマートだった彼も今はビール腹を突き出して枝豆を食べてるんだもの。
現実って厳しいものね。
「母さん、これ、プレゼント」
彼はそわそわしながら、突然、私に花束を手渡してきたの。もう何年もプレゼントなんて貰ってなかったのに……。
急にどうしたんだろうって、最初はビックリしたわ。でもね、その後すぐピンと来たの。最近、携帯ばかり気にするし、出張がとても多いんだもの。
私は庭に出て、まだ緑色のアジサイを出来るだけたくさん摘んだわ。
花言葉は浮気。彼にこのアジサイを投げつけたら、少しはすっきりするのかしらね。
次のお題は「台詞」「犬」「ポスト」
328:「台詞」「犬」「ポスト」
07/12/02 23:08:45
チャイムが鳴ったのでのぞいてみれば、どこか落ちつきない犬が立っていた。
「犬の独立支援募金のお願いにまいりましたでござる」
その犬がいうには、現在の犬の隷属制度から、犬権を確保し自立していきたいのだという。
「もともと犬という種族は封建社会に生きているのでござる」犬は呼吸を荒くしながら説明してきた。
「現在の浮草みたいな社会制度では、犬は犬らしく生きていけないのでござる。
いまこそ、犬は権利を主張し、犬の住み安い社会を構築していく必要があるのでござる」
「つまり、新党を立ち上げたのね」ぼくは欠伸を堪えながら相槌を打った。2時間しか寝ていなかったのに、朝っぱらから起こされたのだ。
「その通り」犬はぼくの手をとって熱くいった。「新しい日本を、社会のために作っていこうでござらぬか!」
「いや、ぼくは人間だもの。募金ならしてもいいけれど」ぼくは財布から100円玉をとりだして渡した。
「や! 感激! ありがたや!」犬は感動のあまり遠吠えをして、ぼくに名誉会員のワッペンをくれた。
後日、犬独立運動の党から冊子が送られてきた。
中には会報誌とアンケートが入っていた。今後の活動のために意見をいただきたいと書いてあった。
差別からの脱却という政策はいいにしても、とぼくは書いた。
あの侍の台詞みたいな口調では、現在の有権者の支持は得られないので、現代の日本語を覚えられてからにしてはいかがでしょうか。
返信用の封筒があり、あとはポストに投函するだけなのだけれど、ぼくは腕組みしてしばらく考えて、そのまま黙って破って捨てた。
つぎのお題は「馬油」「カーテン」「スパッツ」
329:「馬油」「カーテン」「スパッツ」
07/12/03 07:37:13
部屋干ししていた洗濯物をハンガーから外していく。
スパッツはまだちょっと湿っていたので、もっと干しておくことにした。
ふと、窓の方に目をやると、レースのカーテンの向こうには嫌になるほど
晴れ渡った春の空があった。
昔は、こんな日は気持ち良くお日様の下に洗濯物を干したんだけどな。
お日様で乾かした洗濯物の匂いを、良く乾いた綿のTシャツをお風呂上り
に着た時の何ともいえない気持ち良さを、私は何年味わっていないんだ
ろう?
窓の外を見ていたら何だか鼻がむずむずしてきて、私は綿棒と馬油の
ビンに手を伸ばした。ビンは殆ど空だけど、綿棒でこそげるとまだまだ十
分な量の馬油が取れた。馬油がついた綿棒を鼻の穴の中に突っ込んで、
鼻の内側に馬油を塗る。
鼻水対策にはこれが一番なのよね。
塗ってる姿を見られたら、百年の恋も冷めそうだけど。
ああ、花粉症なんてこの世からなくなってしまえば良いのに。
次は、「綿棒」「百年」「この世」で。
330:「綿棒」「百年」「この世」
07/12/03 12:26:50
美術大学創立百年祭。美大の女と言えば、全身を高級ブランドで固めた嫌味な女か、ひたすら課題
に打ち込む機能的スタイルの女。そんな女ばかりを見るにつけ俺は生きてゆくのが嫌になる。
だがその日に俺が出会った女は、そのどちらの属性にも当てはまらない奇妙な女だった。いかにも
古臭いデザインのスーツ。ざっくりと編み込まれた黒髪を纏めたシニョンと、髪型まで中
世の絵画から抜け出てきたような古臭さだ。が、その懐古的な様が逆に、この世のものとは思えな
い美しさを醸し出している。
「ここの初代学長って釘で耳を掻く癖があって、そこからばい菌が入って亡くなったのよ」
女は俯きながら微笑し、「その頃は綿棒なんてなかっただろうからなあ」と俺はショルダーバッグ
から綿棒を取り出し掲げて見せた。女といると不思議と懐かしい想いに満たされ笑みが零れてくる。
女は初めて見た物のように、瞳を輝かせると綿棒を手に取り、「これ、貰っていいかしら」と尋
ねた。俺は笑いながら頷いた。
女が立ち去るとき、「また会えるかな」と俺は思い切って尋ねてみた。
「あなたが長生きすればたぶん、ね」紅唇を綻ばせると女は去ってゆき、そのあと参加したセレモニ
ーの会場で、俺は不思議な懐かしさの正体に漸く気づいた。会場の舞台に初代学長の絵画、学長の隣に
は艶やかなシニョンの愛娘。入学式のときにも見た絵画だ。俺はあと百年生きてみたくなった。
331:名無し物書き@推敲中?
07/12/03 12:28:59
次は「冬枯れ」「木枯らし」「教会」で。
332:404
07/12/12 14:05:38
病室の窓から見える、冬枯れの樹木と教会の尖塔。窓がガタガタ揺れている。
木枯らしかしら。
私が全身火傷を負って病室に担ぎ込まれた日から、彼はあまり私に会ってくれ
なくなった。両親はと言えば、私が金髪でピアスで無職の彼と真剣に付き合いた
いと言い出した日に勘当されちゃって、今はもう余所の人。
もう、駄目なのかな・・・・・・私なんて、もう誰にも必要とされていないじゃない。
彼も来ないし、両親も来ない。顔だって醜く焼けただれてしまった。こんなんじゃ
彼を幸せにできない。重荷になるだけ。ふられても仕方ない。もう嫌だ。これ以上
人に迷惑をかける前に・・・・・・。
「今までありがとう。さようなら」と彼にメールを送った。
その日、彼は交通事故で死んだ。
バイクで慌てて交差点に飛び出した時、トラックに撥ねられて死んだ。
誰かさんの治療費のために連日連夜バイトしてクタクタになった体なのに
無茶したせいで、死んだ。
333:404
07/12/12 14:07:48
次お題「連」「調和」「心」
334:名無し物書き@推敲中?
07/12/25 08:34:14
子供達が手と手を取り合い連なって草原で一つの大きな輪を作っている。
真っ青な空の下、子供達は無邪気に笑っている。
牧師はその輪から少し離れたところで草原に腰を下ろし微笑みながら
子供達を見つめている。
異界、そんな言葉が似合うような光景だった。
牧師は毎日午前中に自然との調和が目的というこの行為のために教会から
子供達を連れてこの場所にやって来る。
しなびた牧師の心を従順な子供達のエネルギーが何とか今日もつなぎ止める。
延髄 手首 夢 で。
335:名も無き冒険者 ◆bc3kq9Tcow
07/12/25 10:56:09
>>334
昨日の未明、交通事故の救急搬送で運び込まれた三十代男性の患者は、宿直医師の的確な措置により一命は取り留めたものの、
延髄の損傷による自発呼吸の停止がみられ、現在も集中治療室で植物状態になっていた。
担当は最近、この病院に入ってきた平岡という若い医師だったが、出血のひどい手首と大腿部の止血・縫合は完璧だった。
他院で脳死患者からの臓器移植に立ち会った事のある院長が、脳死判定に必要な炭酸ガス刺激を行おうと提案した時、
今津が炭酸ガス分圧のレベルを60mmhgから100mmhgまで試して見ようと言ったのは、さすがだと思った。
今津は大抵の医師が措置を諦める患者であっても、ぎりぎりまで治療を試みるタイプの医師だった。
彼の名字である今津は「忌まず」に通じると言って、年配の患者がありがたがるのも全く根拠の無い話ではないようだ。
今回もそのような今津の通じるかは定かではなかったが、日本で脳死判定の基準とされている60mmhgでは呼吸が見られなかった患者が、
70mmhgやそれ以上の濃度で自発呼吸が見られ、結果的に脳死ではない事が判明する症例は自分も知っていたため、彼の炭酸ガスの濃度を上げる意見については、賛成の意思を表明しておいた。
336:名も無き冒険者 ◆bc3kq9Tcow
07/12/25 10:58:16
脳死判定を行う事について、患者の家族の了承はすぐに取れた。
妻に子が一人という典型的な家族構成を持つ患者の家族が、判定の結果遺族と呼ぶ事になるのか、いずれにしてもあまりいい心持ちではなかった。
何年も植物状態の夫のために、安いとは言えない入院費用を負担し続けるよりは、かえって死んでしまっていた方がいいのではないか。
こういった植物状態の患者を見るたび、医師としてあらざるべきそんな疑問が、自分の中で沸き上がるのだ。
脳死判定は午後に行われた。
炭酸ガス刺激の最中に臓器や脳を傷める事がないよう、患者へ十分に酸素を吸わせた後、酸素のチューブが外され、
代わりに炭酸ガスのチューブが取り付けられた。
看護婦が脈拍や脳波といったバイタルをチェックし、異常のない事を伝える。
しばらくして、炭酸ガス分圧が基準となる60mmhgに達した。
自発呼吸はまだ見られない。
一度炭酸刺激を中断し、しばらく酸素を吸わせた後、もう一度炭酸ガスに切り替え、
次からは65、70と5mmhgきざみで濃度を上げていく。
337:名も無き冒険者 ◆bc3kq9Tcow
07/12/25 11:02:45
80に達した時、自分の気のせいか、患者のまぶたが微かに動いたような気がした。
「呼吸は?」
しかし、やはり自発呼吸は無く、バイタルも変化がみられないようだった。
患者を見守る医師達の表情が曇った。
「90まで上げてみましょう」
今津は暗たんたる面もちながらも、淡々と言った。
分圧を80まで上げた時、脳波が少し乱れた。
延髄は損傷しているものの、その上にある大脳まで機能を停止している訳ではないからだ。
「85にしてください」
そう言った瞬間、患者の胸が動いた。
今津を含め、医師達は目を見張った。
患者が自分で呼吸をしているのだ。
それからすぐに炭酸ガス吸入をやめ、酸素マスクを取り付けた。
「何はともあれ、生きていて良かった」
集中治療室を出るやいなや、院長はガーゼマスクを外し、安堵の表情を浮かべながらそう言った。
「時々目を動かしていますよ。レム睡眠のようですね。何の夢を見てるんでしょう」
やれやれ、これでまた患者の間で今津の株が上がるな。
自分はそう思いながら、そう院長に答えた。
そして、植物状態の患者を覚醒させる方法について書かれた論文をチェックするため、自分は院内にある書庫へ向かう事にした。
以上。
338:名も無き冒険者 ◆bc3kq9Tcow
07/12/25 11:12:47
次の題は「漢字」「三角形」「カレンダー」だな。
で、ちょっと他板で書いてる文章の感想をもらいたいんだが、読んだらどうかスレ内に批評をレスしてくれないか。
第二章は時間に追われて書いたせいか、少々描写不足が否めないが、まあまあだろうと思っている。
ぴんく難民板
URLリンク(sakura02.bbspink.com)
「ドキッ!女だらけの海賊団」スレ
スレリンク(pinknanmin板)
339:名も無き冒険者 ◆bc3kq9Tcow
07/12/25 11:56:51
とは言え、自分だけ感想を求めるのもアレだから、このスレにレスされてる文章を批評してみる。
>>316
短編として完結しているな。
文句の付けようもない。
>>317
文章はまあまあだが、内容がありきたり過ぎて新鮮味がない。
>>318
内容も文章もまあまあ。
特に問題はないな。
>>320
ワロス。
短過ぎるが面白い。
>>322
なかなかだな。
俺の路線と少々似ているようだ。
>>324
赤川次郎的な雰囲気がするな。
まあまあ面白い。
>>325
文章が軽薄過ぎる上に内容も平凡だな。
>>326
純文学的な匂いがするな。
まあまあ文学的だ。
340:名無し物書き@推敲中?
07/12/25 12:03:41
>>327
>>324に同じ。
>>328
面白い短編だな。
ソフトバンクのCMを思い出した。
>>329
汚い。
それだけは回避すべきだろ。
>>330
スプリガンのアーカム会(ry
MMO板でも話題に出たが、随分人気のキャラなんだな、あれ。
>>332
内容はガクブルだが平凡過ぎる。
文章はやや難がある。
>>334
題を消化しただけなんじゃないか。
平凡以下。
ここまでだな。
341:名無し物書き@推敲中?
07/12/25 19:22:55
ageておく。
342:名無し物書き@推敲中?
07/12/25 20:00:17
>338
いつからか私は手帳のカレンダーに記号を書くようになった。素晴らしい日には二重丸。良かった日には丸を。可もなく不可もない日には三角を。悪かった日にはバツを。
几帳面でない私が、髪を三つ編みにしていた頃から、唯一今も続けていることだ。結婚して娘が出来た今でも変わらない。
だけど主婦になった、私の手帳には三角ばかりが並ぶ。掃除も洗濯も終わりがない。毎日部屋には埃が、洗濯機には洗い物がたまっていく。
時々、そんな繰り返しが嫌になる。
「ただいまぁ」
娘が狭いマンションには大き過ぎる声で、叫んだ。
「おかえり」と私はリビングのドアを開けて、玄関へ娘を出迎えた。
「ママー、見て!!漢字テスト!!」
娘は靴も脱がずに、ランドセルを下ろすと、中を開けて解答用紙を満面の笑みで取り出した。点数は80点。私に似てケアレスミスが多い娘にしては偉業だ。
「あら、良かったじゃない」
「うん。そうでしょ?先生もあたしががんばったからオマケしてくれたの。『羊』の字を半分の『半』って間違えちゃったんだけど
惜しいからバツじゃなくて三角をもらったの。これでギリギリ80点!!」
見てみると、テストには三角の隣にプラス1点と書かれている。
「そうよね、三角だってプラスじゃない」
私は自分に言い聞かすように呟いた。
ずっと、三角じゃダメなんて思っていたけど、違うのね。ちゃんと、ちゃんとプラスがあるじゃない。
こうして家の子だって他の子より時間がかかったけど80点を取れたみたいに。
私は三角ばかりの手帳を少し誇りに思えた。
おわり
343:名無し物書き@推敲中?
07/12/25 20:12:51
>342
次のお題を書くのを忘れた。
「汽車」「窓ガラス」「ヘルメット」
344:名も無き冒険者 ◆bc3kq9Tcow
07/12/25 21:25:32
>>343
文章はまあまあだな。
「汽車」「窓ガラス」「ヘルメット」か。
貴社の記者が汽車で帰社した、なんていう文があるが、汽車がネックだな。
気が付くと、私は見知らぬ駅にいた。
どこか知らない、来た事もない田舎の駅だった。
空は良く晴れていて、全天には青空が広がっている。
辺りを見回したが、荒れ果てたホームには自分の他に誰もいないようだ。
ホームの屋根を支える柱につけられている板や、駅から線路を挟んだ向こうに立てられている看板から駅名を読み取ろうとした。
しかし、どれも見事に茶色に錆びついていて塗料が剥がれ落ち、判読する事はできなかった。
自分はここへ来る前に何をしていただろうか。
ふと、記憶を掘り返してみた。
確か今日は配達ピザの深夜勤務で、顧客の住所に向かうために店の三輪スクーターを運転していたはずだ。
屋根のついたスクーターに跨がる時、きつめに締めたヘルメットのあご紐の感触が今でも思い出せる。
私はするりと首のあたりを撫でてみた。
一体全体、私はどうしてこんな場所にいるのか。
345:名も無き冒険者 ◆bc3kq9Tcow
07/12/25 21:49:10
そこまで考えた時、私は衝撃と共にある事実に気付いた。
それは、スクーターを走らせて、顧客から聞いた住所のある辺りまで来た時の事だった。
片側二車線の広い道路だからと油断して、交差点に差し掛かった時、信号が黄色に点滅していたのにも関わらず減速せずに突っ切ったのが事の始まりだった。
いや、今思い起こしてみると、交差している道路の信号は一時停止を示す赤の点滅だったため、アクセルを吹かしてさえいたかもしれない。
そこへあの車が、音も無く交差している車線の左側から飛び出して来たのだった。
黒く車高の低いスポーツカーのような形の車で、車体の前面には暴走族やトラックがつけるような色とりどりの妙な電飾をつけていた。
相手の車の窓ガラスにはスモークがかかっており、こちらが見えていないようだった。
それからは、あっと言う間だった。
疾走していたスクーターは、相手の車のボディーをへこませる重々しい音を立てて、ウィンカーランプの辺りに激突した。
私の身体は衝撃で前のめりに投げ出されて、スクーターの前面にある樹脂製のフロントガラスを突き破り、宙を飛だ。
346:名も無き冒険者 ◆bc3kq9Tcow
07/12/25 22:15:35
飛んでいる身体が重力によって少しずつ弧を描き、地面へ吸い寄せられている最中も、私には周りの光景が見えていた。
ヘルメットが固いアスファルトに当たって削れる音がし、それからの記憶はなかった。
突然、ボシュッという何かが吹き出すような、聞き慣れない音が耳に入った。
良く注意して聞いてみると、ボシュッ、ボシュッと連続しているようだ。
彩度の一切ない、黒くくすんだ汽車が線路の向こうに見えた時、私はここがどこなのかを悟った。
汽車はゆっくりと減速しながら、ホームへとやって来た。
私はどこか遠くへ逃げ出したかったが、恐怖で身が凍りつき、足が上手く動かなかった。
それから支離滅裂に叫びながら、私は駅の改札へと走った。
途中、改札口にある鎖に足をとられて転んだが、したたかに打った膝の激痛にかまわず起き上がり、駅を出た。
駅舎から花畑の中を伸びる一本の道を、どこまでも走った。
しばらくすると呼吸が苦しくなり、私はついに倒れた。
倒れたまま、私は何度も息を吸った。
もう大丈夫だ、という不思議な感覚が、私の中に沸き上がり、そのまま私は道端で休む事にした。
ここには、死の不安は無かった。
以上。
最初は刑事物っぽいのを考えたが、今日書いた脳死判定と絡めた方が楽な事に気付いた。
347:名も無き冒険者 ◆bc3kq9Tcow
07/12/25 22:20:38
次の題は「ひまわり」「コンビニ」「縄文土器」で頼む。
なにより、ぴんく難民板のスレへの感想が欲しいな。
348:名無し物書き@推敲中?
07/12/25 22:44:31
感想と雑談は感想スレへ
この三語で書け! 即興文スレ 感想文集第12巻
スレリンク(bun板)
>>1
> お約束
> 3: 文章は5行以上15行以下を目安に。
まあ目安だけどな
349:名無し物書き@推敲中?
07/12/27 12:37:03
ひまわりの種を握り締めて、あの子は私に質問した。
「ねぇ、コレを植えたらどんな花が咲くの?」
私は思わず言葉が詰まった。どう説明すればこの子は理解できるだろうか。
悩んだ私は、この子を連れてコンビニへと向かった。
土と肥料と水とこの子が欲求したチョコレートを購入した。
私の家へ着くと、ベンチに座らせて先ほどコンビニで買ったチョコレートを与えた。
この子がそれを頬張っている間に私は、倉庫から種を植える容器を取り出した。
ベンチに座るその子の横に置くと、不思議な顔で何を置いたのか問いてきた。
「これは、縄文土器と言う古代の植木鉢だよ」と、その子に触らせ説明した。
初めて触るその凸凹の表面に思わず声を上げて面白がる。それを見て私も微笑む。
やがて、チョコを食べ終え口をチョコだか泥だかで分からなくなったのを気にせず私の手伝いをする。
縄文土器に土と肥料を入れ、ひまわりの種を埋める。そして、少量の水を与えた。
「それで、お父さん。この種はどんな花が咲くの?」
「今のお前の様な花が咲くさ」目の見えない息子は、私の言葉を理解したのか泥のついた手で喜びの拍手をした。
350:名無し物書き@推敲中?
07/12/28 14:41:29
次の御題は??
351:名無し物書き@推敲中?
07/12/30 15:07:39
>>1
5: お題が複数でた場合は先の投稿を優先。前投稿にお題がないときはお題継続。
352:名無し物書き@推敲中?
08/01/11 10:48:08
だれか頼む…2008年最初の名作を!
353:名無し物書き@推敲中?
08/01/11 12:11:09
縄文土器とコンビニという時代を超越したお題が、歴戦の即興erの指を鈍らせる
354:書いてた人いたらゴメン
08/01/11 14:26:21
コンビニのバイトを始めて今日で一週間目だ。やっと着慣れてきた制服に身を包み、レジの前に立った矢先に、お客がやってきた。
「あの~、この店に縄文土器って売ってますか?」
「は・そんなのモノ置いてませんけど」と、内心コイツは池沼かよ、と俺は思いながら一応真顔になって答えた。
「おかしいなあ、確かここに置いてあるって聞いてきたんだけどな」男は諦めきれないという顔で辺りを見回した。
すると、カウンターの奥から店長が血相を変えて飛んできた。
「すみませんね、お客さん、こいつ新入りなもので、へへへ。縄文土器でしたよね、確かにございますですよ」
店長がカウンターの下から縄文土器を取りだし男に見せた。日本史の教科書で見た記憶のある、前衛芸術家が造った植木鉢のような物体を目の当たりにして、私は大いに驚いた。
「これでよろしいでしょうか」
「うん、これ、これ。ウチで飼ってるヒマワリを植え替えようと思ってたところなんだよね」男は目を細めて笑った。
な、何言ってるのだ、正月早々、こいつは?
「お客さん? あんた、いまヒマワリって言ったよね?」店長が血相を変えて男を睨んだ。そうだよね、店長だって、おかしいと思うよな。
「え、言ったけど、それが何か?」男は半歩後に下がり、すでに店から逃げだだんばかりだった。
「そんな目的じゃ売れないよ、こいつはね、朝顔専用なんだよ。帰ってくんな」店長は縄文土器を両腕に抱え込み、語気を強めた。
店長の言葉が終わるより早く、男は店から姿を消えていた。私が呆然としていると店長は土器をカウンターの下にしまい、何事もなかったかのように奥へと引っ込んでしまった。
私は訳がわからず、ふと思い出したようにカウンターの下を覗き込んだ。
棚の上には客の立ち読みで売り物にならなくなった雑誌がぽつんと置かれているだけだった。
次のお題は、「肉まん」「引っ越し」「選挙」で、どう?
355:選挙 引っ越し 肉まん
08/01/22 11:27:50
新しい部室に引っ越してからも、活動の内容は以前と全く変わりはなかった。ゲーム、漫画、雑談、それらが日常になりすぎて、ときたまここが本来何部だったかも忘れるほどだ、
「したがって、彼らにも選挙権があるはずだ!!」
始まった、Yの演説だ。
Yは変わっていて、本来の部活動をやらないという点では他の部員と変わりはないのだが、たまにこのような演説を披露する事がある。完全な自己満足なので他の部員が聴いていようがいまいが関係ない。
Yのこういう考え方が好きな僕は、ときどき耳を傾けることがある。ただ今日の演説の内容は些か説得力と面白みに欠けている。
僕はさっきコンビニで買った肉まんの最後の一口を食べ終えるとYに提案した。
「Y先生、今日はここまでにして次は女性の生態について知識を深めるのはどうでしょうか」
「よろしい。」
演説を中断されたのに少しだけムっとしたが、先生と呼ばれたことに気を良くしたYは鞄のなかからDVDを取り出した。
下らない毎日、ただ意味もなくすり減らす毎日、だけど僕はこの糞みたいな日々を忘れないだろう。
356:名無し物書き@推敲中?
08/01/22 11:34:37
あ、スンマセンお題忘れてた。次のお題は
「青い鳥」「冬眠装置」「コントラスト」
でお願いします。
357:名無し物書き@推敲中?
08/01/22 15:18:26
『我々は滅びるだろう。
しかし、もし神の気まぐれで生き残ることを許された人々がいるのであれば、
我々は彼らに小さな幸せを運びたいと思う。
最後の冬眠装置には、青い鳥を入れることが決まった。
願わくば、人類の未来に幸あらんことを』
カプセルの蓋を開けると、そんな音声と共に一羽の小鳥が飛び立っていった。
青い鳥だ。
空の色とのコントラストが、眼に痛いほど鮮やかだった。
「なんて不吉な」
私は複眼を閉じて頭を振る。視神経に不吉な青の色が焼き付いてしまっていた。
「まったく、美を理解しない生物など滅びて当然だ……」
澄み渡った空の下を、一羽の青い鳥がどこまでも高く羽ばたいていく。
そして、赤い空の色の中に、溶け込んでいった。
お次は、「スリングショット」「花束」「共感」で。
358:名無し物書き@推敲中?
08/01/22 21:23:43
もし僕が天使なら見えないスリングショットに
花束を込め彼女に向けて放つだろう。
彼女は大学のカフェテリア、午後の日差しが
美しいテーブルに血を流して倒れるに違いない。
学友達が取り囲む。何が起こったのかと。
彼女はどうしたのかと。
その時、僕はそっとそばにより彼女に刺さった
棘を抜けば彼女は目を覚ますに違いない。
「あなたは誰?」
いいや、僕は首を振る。
こんなのフェアじゃない共感が得られることじゃない。
そして見えないスリングショットを空に捨て
いつか彼女に相応しい男になって彼女の前に現れるよう努力する。
そう青春の時だ。
「白雪姫」「知らんがな」「新聞社」
359:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/01/22 22:48:46
森はだんだん暗くなってきた。踏みしめる落ち葉の音も湿ったものにかわる。
カリウドは肩越しに目をやり息を飲んだ。ついてくる七歳の子供の周りだけが
白く輝いている。カリウドは足を止め体ごと振り返った。子供はカリウドを見
上げ、どうしたの? と聞いてくる。顔を見つめると白い光がゆっくりと消え、
白い肌と赤い頬、そしてつややかな黒髪の白雪姫がカリウドの瞳を占める。
カリウドは目をつぶる。狩に使う刀に手をやり、とまってしまう。
「知らんがな」
ようやく言葉をしぼりだしつぶやく。瞑目のままゆっくり、鞘ずれの音を聞
きながら刀を抜く。目を開ける。白雪姫はおびえていた。余計なことを聞いて
ごめんなさいといった。
「いや、違うんです。お姫様」
そういって切っ先を白い喉に向けると、白雪姫にはもうなにもかもわかった
ようだった。城にはもう帰らないから助けてくれと泣いた。刀を持つ右手を白
雪姫の両手が包んだとき、カリウドは自分がぶるぶると震えていることに気づ
いた。はっとして白雪姫の喉もとから刀を離した。すると白雪姫はありがとう
といいながら、森の奥へと足音もなく消えていった。
カリウドは、あしたのグリム新聞社のヘッドラインは王女失踪になるだろうか
と考えながら腰が抜けて座り込んでしまった。
「だいだらぼっち」「波」「ミネラル」
360:だいだらぼっち 波 ミネラル
08/01/23 11:53:47
ペットボトルが地面に落ち、ミネラルウォーターが無重力状態で放たれたように飛散した。男は落としたものを気にもせず、ただ見上げていた、彼だけではない、周囲にいたほとんどの者、いや、世界中が、真っ昼間の空に突然現れた「それ」をただ呆然と眺めていた。
「だいだらぼっち…」
彼は昔祖父から聞いた妖怪の話を思い出していた。しかし今頭上をゆっくりと漂っている「それ」はそんな架空の妖怪よりはるかに巨大だった。
「それ」は液体のようであり個体のようでありピンクでもあり緑でもあった。ある者は神だといい、ある者は悪魔だといった。見る者によって変わるらしい。
「ただ共通していることがあります」
電気屋のテレビのニュース中継が「それ」についてまくし立てる。
「あの巨大な物体が通過した後には生物が消えるということ、次第に大きさを増していること、そして…」
中継は途切れた。自衛隊や軍は必死に抵抗したが一切の攻撃が効かず、核さえも取り込まれた。人々は諦め「それ」と一つになることを望みはじめた。そして「それ」の何周目かの巡回の後、地球から生物は消えた。「それ」はゆっくりと深呼吸して、宇宙の波を泳いでいった。
361:名無し物書き@推敲中?
08/01/23 12:08:58
またお題忘れた。
「夕焼け」「踏切」「転校」
362:名無し物書き@推敲中?
08/01/25 22:02:00
僕は、かれこれ20分もこうして上がっては下がる遮断機の前で
駅から吐き出され家路に着く人並みの中、道路の端で立ち尽くして
決断するかしないか決めかねていた。
「君さあ自殺するつもりなんだろ?おいらはずっと君を見てたんだよ。」
僕が驚いて少年の顔をまじまじと良く見ると少年は微笑みながら
分かってるんだよというようにうなずいた。
少年の背中には二つの大きな翼が見え、僕と目が合うと
翼を羽ばたかせ空に飛び上がる前のヘリコプターのように
徐々にランプの上に浮かび始め宙で静止した。
「おいらのことが怖いかい?自殺する人間は怖いものなんてないかな?
おいらが自殺するときは何も感じなくなっていたけど君も同じかい?」
少年の顔から微笑が消えた。
「おいらもここで自殺したんだよ。君が生まれた頃だよ。
何も楽しいことなんてなくてさ。唯一、自殺が救いだった」
電車がやって来て少年が話すのをやめると大きな金属音と空気を切る音と共に
目の前を通り過ぎた。見慣れた電車の色だ。憂鬱なその色。
「自殺はね駄目だよ。君は友達がいないんだろ?
誰にも相談できないし相談しても意味が無いと思ってる。違うかい?」
遮断機が上がると少年は消え僕は世界に引き戻された。
町を夕焼けが染めてるのに気づいたのはそんな時だ。
363:名無し物書き@推敲中?
08/01/25 22:02:41
「突然ですが今日から新しいクラスメートが増える事になりました。
転校生のS君です。みんな仲良くしましょう」
僕は昨日からずっと踏切であった少年のことを考えていた。
彼はいったい何者なんだろう? 自分に妄想が始まったのかと
怖くなった。あの少年は僕の心が生み出したものなんだろうか?
「では席は・・・K君の隣が空いてるからとりあえず今日は
そこに座ってもらうことにしましょう」
僕は転校生のことなど上の空で昨日のことを考えていた。
学校に居場所は無く興味も持てなかった。
歩いてきた足音が止まり僕の隣の椅子が引かれる。
「K君、よろしくね」
突然のあいさつにびっくりした僕が顔を上げると
見慣れない顔がそこにあった。転校生、僕には関係ない。
いや・・・僕がふと気になって、転校生の顔を見ると
転校生は微笑んでいた。
「僕の友達になろう」
転校生はそういった。
364:名無し物書き@推敲中?
08/01/25 22:04:48
「タイムトラベル」「自転車」「オリンピック」
365:名無し物書き@推敲中?
08/01/25 22:07:29
「ねえ君。ほら二中の制服を着た君」
僕がぼんやりと顔を上げると遮断機の点滅する大きな赤いランプの上に
僕と同じくらいの年齢の少年が座っていた。
最初のこの文章コピペするの忘れた。orz
366:名無し物書き@推敲中?
08/01/26 17:47:14
いっちゃんが、結婚するのぉー、と言った。
いつものように、語尾をのばして鼻にかかった甘ったるい声で私の耳にささやいた。
多分いっちゃんは、私の「誰だれ、相手は」という言葉と、不意をつかれた慌てぶりを
期待していたんだろう。
でも、私は彼女の期待に沿わなかった。
「おめでとう」と、うっすら笑って彼女の肩を軽く叩き、そのまま教室を抜けて出た。
コートと鞄はもうすでに手に持っていたから、不自然な感じにはならなかったと思う。
学校の玄関の重いガラス扉を開けると、空気はもう淡い夕焼けの色に染まっていて、
私の吐く白い息が浮いて見える。
握る自転車のハンドルはこれ以上ないくらい冷え切っている。
いっちゃんが、私の耳にいろんなことをささやくたびに、心配だの、分別だの、友情だの、
なんだの、みとめたくないけど嫉妬だの、ありとあらゆる感情が私の中に生まれていた。
いっちゃんが夜中に泣きながら電話をしてくるたびに、少しずつ返事をしている私の声が、
他人のものに聞こえてきた。
一緒にいるだけで楽しかった昔の私たちを、今の私が見たら、どんな気持ちになるんだろう。
携帯電話ができて、いっちゃんの打ち明け話は24時間になったけど、タイムトラベルはまだ実現していない。
川べりの道を、自転車で走ると風は頬を切るくらい冷たい。
「結婚かぁ」
私は風にまぎれるように声に出してみた。
いっちゃんのように、細い顎も、桜色の頬も、よくうごく大きな瞳も持っていない私には、
オリンピックの金メダルのように遠い言葉だ。
鞄の中から、メールの着信音が聞こえてくる。きっと、いっちゃんだ。
でも、私には風の音の方が強くて、聞こえない。
かじかんだ指では、返事も打てないから。
私はペダルをいっそう速くこぐ。
次は「泡沫」「イタリア」「信号」で。
367:sm ◆.CzKQna1OU
08/01/27 15:14:53
イタリア人アンリ・ベール、フランス本国での筆名をスタンダールと名乗る男は、死の一年前、アルバノ湖畔の砂上に12人の愛した女の名を書いた。
彼は恋愛に生きた男だった。つまり彼はもてない男であり、女につきまとってはあしらわれ、苦汁を舐めた年月をもって彼は真の恋愛の証だとした。
アンリの目は生涯を通じて情熱の湯気に曇らされており、愛人も、もちろん自分をも公正に判断できなかった。著作の中で彼は自分のことをそれはたくさん語ったが、自分に優しい嘘を並べたに過ぎなかった。
所変わってアメリカ、天才”少女”作家として騒がれていたリリーという少女が書斎の窓からその小さな身を投じるという事件が起こった。
皆が言うように執筆の苦しみから逃れたかったのだろうか。あるいは小人症という自分の運命をやはり克服できなかったのだろうか。
ここに彼女の言葉を引用してみよう。「ライフ・イズ・ア・フェアリーテイル!」。人生は、おとぎ話だ。
彼女は悲しみという優しい案内人に手を取られ、おとぎの国に旅だっただけなのかもしれない。
スタンダール「パルムの僧院」の主人公ファブリスは、監獄に囚われた我が身のことも省みず、あろうことか監獄長官の娘クレリアにラブサインを送り続ける。
それはみじめといってほどかすかな信号であった。ファブリスは外に彼女の気配を感じると、窓のわずかな隙間から棒を出しひらひらと振るのだ。
一方ファブリスに対しておなじくかすかな信号を送る者もあった。叔母のサンセヴェリナ公爵夫人である。彼女は脱獄の手はずは整ったと、灯籠の小さな火をもって、牢中のファブリスに伝えんと
していたのである。
もちろんそのどちらの信号も現実的ではない。そんなかすかな信号など、実際の現実の前では、荒波に飲まれる泡沫のようなものだ。
だが、これは小説の話である。かすかな信号も伝わる。良い運命が待っている。
私たちは十分に皮肉屋であるから、もうひとつのとびっきりの皮肉をつぶやいてみることもできるはずだ。「人生はおとぎ話だ」。
馬鹿馬鹿しいことだが、おとぎ話の中にはなんと、救いがあるのだという。
368:sm ◆.CzKQna1OU
08/01/27 15:17:40
そうかお題か。
カツレツ、菊花、アンダルシア
ではどうでしょうか。
369:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/01/29 22:55:46
「カツレツが食いたいいいいい」
彼女の言葉はずっしりと湿っていて重い。まだ「い」が続いている。た
だの「カツ」じゃないし「食べたい」でもない。彼女はたまに言葉の選択
の仕方で僕をにやりとさせる。仰向けになって読んでいたR25と背景の天
井の間に、R25の右上の角からのそりと顔をだした彼女の目はオニだよ。
オニ。おなかへってるんだね。R25の角でチョンとオニ目をつくとギャっ
といって床をドタドタいわせて後ずさった。
アパートを出てアーケード街をいきつけのとんかつ菊花豚(きっとかっ
と)まで歩いてると駅に折れる角に新装開店のレストラントがどでかく構
えていた。入口がまるで魚眼レンズで誇張された犬の顔みたいにでかい。
でかいでかいと思っているうちに立ち止まった僕ら二人を自動ドアが左右
にぐわっと開いて噛み付くように迫ってきた。かまれちゃ大変だと一歩進
んでドアを入って舌なめずりするような赤いフロアマットの上にジャンプ
した。
店員に案内されて席につきメニューに顔をうずめていた彼女は「すみま
せんガスパチョ2つ」と手を上げた。トンカツにしないのかなと彼女の顔
を見ると「ガスパチョ知らないの? アンダルシアだよ?」と言って鼻と
あごをつんと上げてうす目で僕を見下ろす。オロカモノメって。でもすぐ
に「ぐふっ」といつもの下品な笑いがこぼれる。なんだ彼女も知らないん
だ。にやりとする僕の頭を「バカにしないでよ」と手のひらでポコリとた
たく。手の重さで首が傾いで「あイテ」
開いて見せてくれたメニューには黄色いスープの写真があった。指差し
ながら、これよ。飲んだらトンカツ屋さん行きましょ。と微笑んだ。急に
普通で冷静になっちゃった。僕もおなかがすいてきた。
AV サプリメント ラジオ
370:AV サプリメント ラジオ
08/01/30 04:52:41
シップ・ナヴィが目的宙域周辺を告げた。地球との相対速度が0となるようオートパイロットをセットする。
(いよいよだな。この時をどれほど待ったことか。私の原点であり、永遠に追い求める対象でもあった、あの懐かしい時間を…)
わが懐かしいスゥィートホーム・コロニィを発って以来、幾光年もの距離を(それも、うら寂しい銀河辺縁方向に!)旅してきた。そして今日、ついに追いついたのだ。
すでに仮想アンテナを構成するプローブ子機は散布されている。
ディスプレイキューブの中にはそれらの位置を示す夥しい光点が、船と地球とを結ぶ線分を半径とする球面状に、船の周りを取り囲んでいるのが表示されている。
すべての準備が順調であるのを確認すると、私はシャック区画へと移動した。
シャックは、今は取り外されているが、各年代のさまざまな受信機と、それらと対を成す録音・録画機器が、隔壁に埋め込めるようになっている。
もちろんコクピットのAVコンソールには、あらゆる変調方式に対応した高性能なソフトウェア受信機が内臓されているが、
私は、レディオ・ハンティングにはその放送の当時のリグを使うことにこだわっていた。
この大変に重く嵩張るペイロードのために一体どれほどのイオン・ペレットを余分に消費してきたかわからない。
地球人類が、電波の発明以来宇宙空間に向かって放出し続けてきた、さまざまな情報の断片、時代の声、
あるいは他愛もないパーソナリティのトーク…それらは光の速度で宇宙を飛び続けていた。
その、宇宙に散りぢりになった地球文化の残滓を、超光速の宇宙船で追いつき、捉え、「回収」するのが、レディオ・ハンターの仕事だった。
この最後の航海は、自分のための旅、そして原点への旅と決めていた。あの日、徹夜でエアチェックした、あの番組……。
この航海ではは一切の録音機器を積んでない。さあ、二時間半の「生放送」。長丁場だ。食事がわりのサプリメントをかきこむと、ラジオのスイッチを入れた。
あのときのままだ。中波AMの甘いノイズ。周波数と放送日時は今でも諳んじることができる。
「レディオ・オオサカ。1314kHz。」ダイヤルを合わせると、ノイズが止んだ。
『こんばんにゃ~。起きてますか?桃井はるこです。2月19日深夜の、ウラモモーイ!…』
スペシャル ライター ゆりかご
371:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/01/31 23:30:28
# レンチャン失礼します
デスクに釘付けになって契約ライターの送ってきた原稿をチェックしていると、スペシャ
ルウィークという懐かしい単語が聞こえてきた。目を上げると洋介がこちらに背を向けて
後ろの席の女の子に話をしている。先週の競馬の話をしているようだ。引退した馬の名が
出てきたのは血統の話でひとしきり盛り上がっていたせいらしい。十年前のダービーの日
のことをふと思い出した。
あの日、俺は大学時代のクラスメートと十人ほどで久しぶりに集まり、横浜の駅ビルに
ある「ラウンジ」という店で酒を飲んでいた。
俺が隣の席の男友達とその日のダービー馬の騎手の話をしていたとき、店の自動ドアが
開いて胸を上下させ息を整えている美広と目があった。目で笑いながら美広は駆けよって
きて「あっちゃん、久しぶりだね」と右の手のひらを挙げる。反射的に俺も手を挙げた。
挙げた手を振り下ろして美広と手を合わせる。しめった破裂音が鳴った。なぜかわからな
いが、俺は美広の手を離せず、そのまましばらく手を握っていた。美広の顔に広がる微笑
に誘われて、俺も自分の顔が崩れるのがわかった。ハイタッチにしては微妙に長すぎる時
間が経ったとき、握った手を前後左右に数回振り、その勢いのまま離した。
なぜ、あのとき美広と寝たのか。大学のころはそんな対象ではなかった。美広の艶やか
な手のひらを握ったとき、華奢な手のひらが俺の指の力でしなやかにたわんだとき、身体
の内側がまるで背骨が震えるように振動した。ゆっくりと揺れるゆりかごのように穏やか
な波が体中を満たしていった。
「アキラさん、ねえ、そうですよね」
自分を呼ぶ声に記憶の断片は消え去り、蛍光灯の明かりに白く照らされたオフィスが視
界に戻ってくる。パソコンのファンの低い音が耳を占めた。何を聞かれたのかわからなかっ
たが、眼鏡を上げ「ああ」と返事をして原稿に目を戻した。
風 歌 足音
372:名無し物書き@推敲中?
08/02/01 08:51:12
風が、鳴った。僕は動きを止めて、空を見上げる。
何処までも高く遠くあって、青く澄んだ雲一つ無い空。
照りつける日差しは島に比べると凄く優しくて、涼しささえ感じさせた。
「……ここまで、来るなんてね」
懐に入れたパスケースに話しかけながら、僕はただ静かに歩く。
たったったっと、アスファルトを踏む僕の足音と、風の鳴る音だけが響く大地。
目的地はもう目に映っていた。
「……風に誘われて歌う……君への歌を」
遠くから、歌が聞こえてきた。
僕が、彼女の作った曲に付けた歌詞。それは、彼女と僕だけが知っている歌。
「風にたゆたせて歌う……君への思いを乗せて……」
目的地へ、彼女の家へ、家の前の柵に腰掛けて歌う彼女の元へ。
逸る気持ちが抑えられなくて、僕は気が付けば走り出していた。
たった数日だけ島へ来た彼女。そこで仲良くなって、でも彼女が帰るのは当たり前のこと。
けど、僕と彼女は別れなかった。インターネットが、距離を繋いでくれたから。
彼女の歌声を聞きながら、僕は彼女の前に立った。
ただ視線を交わして頷き合う。
そして、僕は彼女の後に合わせて歌い始めた。
花 日差し 帽子
373:お題「花 日差し 帽子」
08/02/02 11:13:55
後輩が花屋で薔薇を買っていた。
誰にあげるの、なんて聞くまでもない。
この間、つきあい始めたばかりの彼氏と旅行に行ったと、私にお土産をくれた。
小さな博多人形。後でこっそり、ほほえむ顔を爪ではじいたら、じんと指先がしびれた。
彼氏とうまくいってない私の気持ちに似た痛み。
幸せそうなあの子がうらやましい。
いたずら心を起こし「お疲れさま」と声をかけると、照れた顔で店から出てきた。
「お疲れ様です、先輩」
「きれいな花。彼氏にあげるの?」
「えへっ。ほかの人には言わないでくださいよ。あっちにいるのが彼氏です」
後輩の視線の先には、日差しを避けるように深く帽子をかぶった男性がいた。
「今日から、彼氏と一緒に暮らすことにしたんです」
「良かったじゃない」
後輩は目を輝かせてうなずき、彼氏に向かって手を振った。彼は突っ立ったまま。
「もう、いつもすぐ気づいてくれるのに」
後輩が駆けていって帽子を取る。と、私の彼氏の顔が現れた。
次のお題「春 豆 瓦」
374:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/02/02 21:53:13
左の高台へと続く踏み固められた土の道を駆け上る。道の両側に
植えられた桜の木々は真っ黒だ。中には深い緑色の苔が生え、毛皮
のコートを着込んだように温かくしているものもいる。冷たい空気
のなか枝をいっぱいに伸ばし、駆け抜ける僕を応援するようにアー
チをつくり道を取り囲む。見守ってくれる黒い観客のなかを風の歓
声を耳に感じながら走り抜ける。激しくなる息が心地よい。坂を上
っていくと花も葉もない枝の隙間から崖沿いの家々の屋根の角度が
徐々に変わっていくのが見える。薄っぺらい線だった瓦の一枚一枚
が僕に気づいたように顔を出してこっちを向いてくる。少しずつ。
一斉に。
輝く雲を切りとるアーチの出口が迫ってくる。僕は歯を食いしば
って勢いを増していく。もう少し。最後の一歩、右足を思い切り踏
みつける。足を取り囲む土煙。そのまま思い切りジャンプする。顔
を上げると高台のてっぺんの一本桜が黒い姿を現す。空一面の薄雲
がこぼす白い光の中、一本桜はくっきりと黒い枝を広げている。枝
の先には豆のようにまん丸くつぼみがふくらんでいる。
僕は振り返り、足を踏ん張って乾いた空気を胸に思いっきり吸い
込んで、とめて、叫んだ。
「春がッ!」
「来るよッー!」
見えない 岩 トーチ
375:見えない トーチ 岩
08/02/02 23:41:55
松明を片手に一人の少女が真っ暗な森のなかを走っている。少女は思った。もうどれぐらい走っただろうか、振り向いてみたが街の灯りはもう見えない。
松明の炎も次第に弱まってくる。それはそのまま少女の心を表していた。
夜明けを待てばよかった?そんな暇はない。すぐに薬を届けなければ。
こうしているいまも姉は熱でうなされているだろう。母も父も病に奪われた。姉は残されたたった一人の家族。急がなければ。
風が枝の間を吹き抜け、不気味な音をたてる。悪魔の娘達の笑い声のようで、外套を深く被り耳を塞ぐ。姉からもらった団栗の御守りを力強く握りしめる。
途中何度転んだだろう。寒さも力を奪っていく。もう駄目かと思ったそのとき見覚えのあるものが目に飛び込んだ。狼岩!ということは村まであとほんの少しだ。
少女は走った。残りの力を未来を全てをその足に込め、村をめざした。
「あなたにも見せてあげたかったわ」
真っ白なドレスを纏った女性はそう呟いた。
「有難う…本当に有難う…」
そう言って彼女は花束を墓の前に置き、花婿のもとに戻っていった。彼女の手には団栗の御守りが握られていた。
376:名無し物書き@推敲中?
08/02/02 23:48:39
次のお題
「遭難」 「逃避」 「回顧」
377:名無し物書き@推敲中?
08/02/03 22:16:02
若いころはどこか不良=かっこいいみたいなものがあった
親に反抗して先生に従うことを嫌い、仲間と呼べる友人たちとだらだら過ごす時間こそが生きている実感だった。
社会から外れること、若さからの所以かそこに惹かれるものがあった。
常識から外れ、皆と違うことをすることでしか自を表現できなかったのかもしれない。
しかし今となって回顧をしてももうどうしようもない。
安酒を飲み現実逃避してももう手遅れだ。
外を出ればネクタイをした俺と同世代の人間が堂々と闊歩している。
着実にステップアップしている周りに比べ俺はなんだ。
俺は、社会から外れているのではない、ただ遭難していただけだった。
378:名無し物書き@推敲中?
08/02/03 22:18:07
次のお題
みかん 雪 子供
379:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/02/04 22:31:55
ぺたんとお尻をつき、膝の先だけ炬燵に入れて、靴下の裏をこちらに向け、毛足の長い
綿の部屋着に幼い身体をくるんで、もう赤ちゃんの時のようにぷっくらしてはいない、す
こし細くみえるようになった小さな手にみかんを二つ、ぎこちない手つきでお手玉してい
る綾の後ろ姿を見ていると、翔子はなにかほっとした気持ちになった。
「冷凍みかん」
両手にひとつづつのみかんを掴んで振り向き、左手のみかんを翔子にむけて差し出した。
「ダメよ。こんなに寒いんだから」
窓の外に目をやりながらそう言うと、朝よりも雪が激しくなっているのが見えた。隙間
を見つけるのが難しいくらい、舞う雪が空間を満たしている。お風呂場の屋根に積もった
雪が気になる。昨日の雪かきが中途半端なままだった。まだ日のあるうちに一通り掻いて
しまおうと思い、防寒着を着込みにかかった。すると綾も上着を着始める。
「綾はおうちで待っててね。ちょっとだけ雪掻きしてくるから」
上着を着込んで膨らんだ綾は、翔子を見上げ、ちょっとの間不服そうに立っていたが、
すぐに「はい」といってその格好のまま炬燵に足を入れた。服がかさばり寝っ転がってし
まい、顔を向けて笑った。
外からお風呂場の屋根にあがり、大まかに掻いて、降りも激しいままだし、そろそろあ
がろうかと思っていたとき、玄関で音が聞こえた。ドアが開けられ、しばらくして閉まっ
た。その後は何も音がしない。
「綾」
呼んでも返事はない。ふと、このまま子供を失うのではないか? という思いが、なん
の脈絡もなく、降りしきる雪の中から翔子の心に吹きつけてきた。
「綾」
もう一度叫んで、一歩踏み出したとき、雪が崩れ、足をさらう。右側に転んでスコップ
の柄が変な形で横腹に入り、痛みが走った。そのまま流され今掻いたばかりの雪の上に膝
から落ちた。子供の名を呼ぼうにも横腹を打った痛みで息ができない。急に暗くなった。
押しつぶされていた。掻き残した雪がまとめて降ってきたんだと思いながら、白い闇の中
で気を失った。
……お母さん!
生還 微笑み 傷
380:生還、微笑み、傷 (上)
08/02/05 23:59:40
その兵士は運が悪かった。彼は肩を怪我した状態で戦場に取り残されてしまった。出血が酷く、早く治
療しなくては大事に至るが、砂嵐の中ではそれも困難である。だから彼は彷徨っていた。
やがて彼は洞窟を見つけた。朦朧とした意識で洞窟に駆け込むと、そこには敵であるテロリストの兵士
がいた。テロリストは素早くナイフを構え、こちらを警戒した。彼もなんとかナイフを取り出して構えた。数分
ほどそのまま対峙していただろうか。だんだん兵士はどうでも良くなってきた。彼はこらえ性のない人間で
あり、仕事でも運動でも、本当につらくなると現実逃避してしまうタイプだった。その悪い癖のせいで、彼は
自分のナイフを投げ捨ててしまった。辛さから逃れるため。
するとどうだろう、テロリストも構えを解いてしまった。よく見ればこの男も怪我している。彼は包帯を二つ
取り出し、片方を彼に投げた。どうやら一時休戦らしい。
四日間、彼らは洞窟で暮らした。言葉は通じなかったが、食料と水を分け合い、共に生き延びようとした。
それはおそらく、お互いの利害関係が噛み合っている間だけの短い平和であったが、その兵士には心地
よかった。
381:生還、微笑み、傷 (下)
08/02/06 00:01:53
しかし平穏も長くは続かなかった。テロリストが無線機で連絡を始めた。どうやら友軍との連絡が取れた
ようだ。同時に兵士のところにも友軍から連絡が入った。兵士とテロリストはお互い目配せをした。そして
テロリストはナイフを兵士に投げて渡し、自らもナイフを構えた。
兵士は渡されたナイフを構える。傷も癒えた今となっては体調的な問題は何もないはずだった。しかし彼
は今回もまた辛くなってナイフを捨ててしまった。
テロリストはそんな彼を見て、驚いたような顔をした。しかし、すぐに微笑み、ナイフで十字を切り、そのまま
自分の喉を切った。それからテロリストは何か喋ろうとしていたようだが、兵士には何も聞きとれなかった。
やがて友軍が洞窟にたどり着き、兵士は祖国へと帰った。
彼にはテロリストが自殺した理由が分からなかった。自分を殺さなかった理由は分からないでもない。情
が移ったのだろう。しかし自害する理由などなかったはずだ。「殺すか殺されるか」と言う言葉が頭をよぎる。
このまま考え続ければ答えが分かりそうな気がした。しかし彼は辛くなって思考を中断した。
分からなくてもいいこともある。彼はそう自分に言い聞かせ、空を見上げた。空は青く、雲は白かった。
―――――――――
次は
クラゲ 大河 心臓
でお願いします
382:クラゲ 大河 心臓
08/02/08 00:57:37
猿に近しい人なのか、人に近しい猿なのか
毛むくじゃらの動物は大河から海へと流されていった
イカダとも言えぬ木の屑に乗り、不思議な物体を追い求める
以前、毛むくじゃらは透明な、まるで心臓のようなものを塩辛い水の中に見た
それは動物の中にあるものと大きく違うものだった
我を持ち、目的を持ち、生きる心臓に毛むくじゃらは驚き逃げ出した
逃げ出したと同時に後悔し、強い好奇心が芽生える
毛むくじゃらはその時の生きる心臓をもう一度見たかった
部族の者に手伝ってもらい、イカダらしきものを作る
毛むくじゃらは流れていく
クラゲの群れの中には木の欠片と、木を降り海へと帰った心臓が残った
次:「期待」「結果」「夢」
383:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/02/09 01:28:38
ナオミが言ったことが、最初頭に入ってこなかった。
話がうますぎるというのはこのことなのかもしれない。それでも身体の内側
から湧きだしてくる喜びの噴流は押さえきれない。期待していたことがこんな
結果となって現出するなんて。自分の心の中だけじゃなく、この世界、このく
されきったはずの世界で、体中の細胞を一斉に破裂させるような喜びが顕れて
くるなんて。ただ期待していただけのときは真実じゃなかったのに、ナオミの
言葉によって真実になってしまった。ナオミが現れた。ナオミがここにいる。
ナオミ。ナオミ。拳を握りしめる。手のひらに爪が食い込む。開いてしまった
ら消えてなくなりそうで、怖くて力を抜けない。拳に蓄えられた力が腕に伝わ
ってくる。肩をふるわせる。体中の筋肉という筋肉が全てのグリコーゲンを消
費しようと一斉に収縮している。夢なら冷めさせない。永遠に夢を見続けてや
る。ナオミの言葉を引き受け、自分の言葉を伝えるために力をゆるめた。精一
杯冷静に。でも気持ちをこめて。右手をさしのべて。言った。
告白 ダメ 雲
384:告白 ダメ 雲
08/02/10 00:32:56
「このまえ高橋先輩に告った」
ストレッチをしながら美幸が突然切り出した。
「ふぅん」
僕は側で屈伸をしながら必死に動揺を表面化させないよう気のない素振りで応えた。
「ダメだった…」
「そっか」
今度は深い安堵を顔に出なさいように言った。見つめる先の助走路にはその憧れの先輩が今まさに砂に向かって走っている。
ふと美幸の記録がここ数日落ちていた事を思い出した。
「今日は空が高いな」
「…うん」
すがすがしい秋晴れの日、浮かぶ雲も青い天井もとても高くて、今日はいつもより飛べそうな気がした。
今砂の上で笑っているあいつよりも。
次の題 「荒涼」「寂漠」「残像」
385:名無し物書き@推敲中?
08/02/10 00:47:19
最近はいつも心に雲がかかってるな。
思い返すとここ半年は仕事に追われ自分の時間が持てず心の余裕がない生活を送っている。
実家に帰ってないなぁ。かーちゃん元気かなぁ。
この前の同窓会、久しぶりに学生時代の友人たちに会った、結構変わるもんだな。
出世しているやつもいたし首切りに怯えてるやつもいた。
明るく堂々としているやつもいれば、自信をなくしているやつもいる。
恋心を抱いてたけどついに告白できなかったあいつはもう結婚して子供もいるってさ。
今の生活、俺は満足しているのかな。
かーちゃんごめん、当分嫁さんの紹介は無理そうだわ。
でも仕事は頑張ってるよ。俺なりにね。
落ち込むことはあるけど辛いのは自分だけじゃないからな。
いい人生を歩んでるとは決していえない、むしろ駄目な人生かもしれない。
ただ
「前を見て進むしかない」
そう自分に言い聞かせて生きていくよ
次のお題
コーヒー 車 恋人
386:名無し物書き@推敲中?
08/02/10 00:49:09
かぶった
次の題 「荒涼」「寂漠」「残像」
でお願いします
387:名無し物書き@推敲中?
08/02/10 23:24:56
もう随分長いこと歩いているような気がした。
歩いても歩いても、同じような景色ばかりが続く。
高層ビルの間を歩く人々。その人々のなかを歩く私。
群集はまるで私には気がつかないようだ。
そんな人々が楽しそうに生活している様子は、
もはや西部劇の白黒映画の一場面のように
荒涼とした風景にしか見えなくなっていた。
「西部劇か……」私は、ふと、
「ああ、ここは本当に砂漠みたいだな」と思った。
するとどうだろう、本当に地面に砂漠が現れ、
ビルも人々も砂漠に呑まれ沈んでいった。
そしてあたりにはビルの残像が、ヒトの残像が、この世界の残像が、
「そこにはそういうものがあった」という感覚だけが寂漠として残った。
私は、私は、まだ生きているのでしょうか?
次のお題
「つり銭」「殺人事件」「浅漬け」
388:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/02/11 01:36:17
繋がれた岩牢はひとりが入れるだけの狭いものだった。顔の前に開いた小窓
から荒野だけが見える。枷を留めた者は去り際にずっとこちらを見ていた。ま
るで子犬を捨てたことを嘆いているかのように。その尊大で、しかし寂しげな
眼差しから、自分が永遠の縛鎖についたのだと知った。死が軛を取りのぞくま
で。小窓から天頂に昇った太陽が見える。雲は走り、荒野は吹きすさぶ。まば
らに生えた草木は引きちぎられまいと必死に大地にしがみついている。やがて
日は沈み。月がやってくる。夜の荒野は静かだ。草木も安らかな眠りを得て音
もない。なにか音がしたように感じて目を上げた。しかしあるのは月の青い光
にてらされた動かない大地だけだ。耳を澄ます。右腕をかすかに動かすと音が
した。また動かす。音がする。むなしさが胸を満たす。音を発するのはこの荒
野で自分だけなのか。やがて風が太陽を運んでくる。月が照らし始めると風は
去ってゆく。荒涼の太陽と寂寞の月だけが自分のすべてとなる。まぶたを閉じ
れば、太陽と月とが同じように繰り返している。いま見ているものが実際目に
しているものなのか、まぶたの裏の残像なのか、区別はつかない。
長い時を経て、馬の蹄を遠くに聞いた。時は満ちたのか。
猿 王 インド
389:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/02/11 01:38:18
かぶ
「つり銭」「殺人事件」「浅漬け」
でどうぞ
390:名無し物書き@推敲中?
08/02/11 14:51:30
今日も仕事が遅れた。終電には間に合いそうもない。
駅まで来たものの電車がないんじゃしょうがない。
ホテルに泊まるかタクシーで帰るか、そう迷っていた時に駅下の飲み屋を見つけた。
仕事に失敗はつきものだ。それが自分のせいならまだいい。
しかし中には失敗を押しつけられたり客から不条理なクレームによるものも多い。
そういう時はただただ心が腐る。世の中の全てが憎たらしくなる。
満員電車の中でのちょっとした小突かれから殺人事件に発展するのも
仕事によるストレスからだろう、今になって理解ができるようになった。
飲み屋のテレビでは今日も暗くなるニュースばかりが流れてる。
昔はどうだったか、24時間働けますかなんて言葉が流行るぐらい
仕事にみな情熱を持っていた。金もあった。希望があった。
浅漬けなんかじゃなくもっといいものを気軽に食っていた。
偽物なんかじゃなく本物のビールも飲んでいた。
時間はもう2時を回っている。こんな所で酒を飲んでる場合じゃなかった。
店を出る時、心なしか釣銭をもらう手が昔より小さく見えた。
391:名無し物書き@推敲中?
08/02/11 14:53:25
お題
部室 テスト コンビニ
でお願いします。
392:部室 テスト コンビニ
08/02/12 00:04:06
七年ぶりの部室は見慣れない物や配置が変わっていたりはしたが、名残はそこそこあった。壁や机の落書き、棚にはコンテスト入賞の賞状やらが飾られている。そもそもここがまだ放送部の部室として使われていることが少し嬉しかった。
「瀬戸君」
驚いて振り返る。だがそこには誰もいなかった。
「泉…」
泉は部員のなかでは目立たないほうだったが、僕は彼女に密かな想いを抱いていた。でも結局最後まで気持ち伝えることは出来なかった。僕の意気地の無さと、彼女を奪った事故のせいで。
雑誌やコンビニの袋などで散らかった机のうえに放送用のスタンドマイクがあった。スイッチを押す。繋がってないので意味はないが、なんとなく。向かいあい、喋ってみる。
「チェック、チェック、聞こえてますか? そっちはどうですか? 僕は…まあ相変わらずです。チェック、チェック、届いてますか? 伝えたいことがあるんです…」
スイッチを切った。繋がってないので意味はないが。
埃をかぶり、やがて色褪せていく記憶。ただ棚に飾られた写真の二人だけは何も知らずにいつまでも笑顔のままだ。
393:名無し物書き@推敲中?
08/02/12 00:10:39
お題
境界線 既成概念 擬態
394:「境界線」「既成概念」「擬態」
08/02/12 14:36:31
草木にまだ露が光る頃、一匹のカマキリがその眼をぎらりと尖らせていた。
鋭い視線の先には、灌木の若い枝。
枝の上には何もない。ただ他の枝と違うのは、その下縁に滴が見えない。
獲物。露の付いていないその背景を見たか、それともわずかな臭いを感じたか、
カマキリは野生の勘と経験とでそう判断した。木の枝に擬態した節足動物。
直後カマキリは高く跳躍した。大きな両の鎌をより大きく振り上げて、獲物の胴体を
がっしりと掴んだ。
と、カマキリが確信した瞬間、捕らえたはずの獲物の、いやむしろ美しかった朝の空の、
境界線がぐにゃりと歪んだ。獲物と見た昆虫の体はぽっかりと開いた口に変わり、
うっすらとかかっていたもやはよりはっきりと何者かの殻を形作った。カマキリは
二つの鎌を残してばりばりと砕け空に消え、それを食い尽くした何かは、静かにもとの
灌木の外形を覆いやがて見えなくなった。
ありふれたものの「内側」が本体であるという既成概念を、そして肉食昆虫の野生を
上回る何かが、この世界には潜んでいるのである。
次「雪」「タンス」「セロハンテープ」
395:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/02/14 22:23:41
タンスを持ち上げる。重い。緻密で堅い木材が手に食い込む。と感じたとき、軍手が滑
った。倒壊するビルのようにタンスが傾く。息を呑む。喉がヒュッと鳴る。肩胛骨を滑ら
せて腕をのばす。かろうじてとどいた。指先をタンスの底に吸いつかせる。セロハンテー
プなみの粘着力を発揮しやがれと自分を鞭うち、そのまま少し引き上げ、すばやく指の根
本まで入れ直す。タンスは二度三度とゆっくり揺れた。
「うぃぃーー」
一緒に運ぶマサルが声を上げる。安堵80%非難20%といったところか。
「おう、あぶなかったぜ」
「気をつけてくださいよ。アキラさぁーん」
「わかったわかった、行くぞ」
「うぃー」
マサルはこの言葉をよく使う。Ouiということか。
歩き始めると、タンスの重さが増すようだ。一歩進むたび腕が下に引っ張られ肘が抜け
そうだ。マサルは一歩ごとに、喉を擦るような短い息を吐いている。
「どうしたんだ、疲れたか。よっこらしょ」
足元を確かめながら言った。
「え? どうしてですか?」
「その息の仕方だよ」
目を上げてそう言ったが、大きなタンスの向こうのマサルにはよくわからなかったらし
い。え、別にどうって事ないっすよ、と素っ気ない。
「アキラさんのこのあごのほうが微妙っすよ。うぃー」
顎を突き出して口をすぼめ、首をゆっくり振りながら言う。俺のまねをしているようだ。
なるほど自分も顔に力が入っていたことに気づく。
「まあな。俺は腕もやばい」
「あー、でも俺もきついかもしれないっす。話してるのも苦しくなってきました」
「そうだな、おっしゃ、とりあえず運んじまおうぜ。おうりゃ」
気合いを入れ、持ち直す。タンスの側面に顎を密着させ空を見上げると、左目に何かが
入った。とっさに閉じたまぶたから、冷たい涙があふれて流れた。雪だ。
「急ぐぞ! マサル」
救急車 ドーナツ バリアングル
396:名無し物書き@推敲中?
08/02/16 00:33:57
その頃の私は、休日出勤が好きだった。
誰もいないオフィスで、誰にもじゃまされず、自分の仕事を機械のように片付ける。
猛烈なスピードでキーボードを叩いていると、ドアを開ける音がした。
振り向くと、私服の小笠部長と目があった。
「ありゃ」「どうも」
私はぎこちない笑顔で頭を下げ、部長は頭をかいた。いたずらを見つけられた子供のようだ。
「部長もお仕事ですか」
失礼とは思いつつ、私はキーボードを叩く手をゆるめなかった。
うーん、そのね、仕事じゃないんだ。いやね、実はこれ、新しいカメラなんだけどね、
一眼レフでね、田辺くん、カメラわかるかな、デジカメ、画素数も多くてね、ほら、
ファインダーがバリアングルなんだよ、これ。新機種なんだ。
部長は言い訳のように言葉を並べながら、手に持ったカメラを私に見せる。
「部長、写真がお好きなんですね」闖入者をとがめるようなキーボードの連打を、私は止めた。
「うん。趣味ってほどでもないけどね。好きだねえ」
仕事場を撮ってみようかなと思ったんだよ、と小笠部長は言った。
ここ、この机。部長が自分のデスクを指さす。
ここから職場を眺めてるでしょ、いつも。
「なんかこう、もっとキャッカンテキに? 見てみたい、というか」
あきらかに照れている部長を前に、私も少し困ってあいまいに笑みを浮かべる。
田辺くん、ちょっと待ってて、と言い残して、急に部長は出て行った。戻ってきた部長は、手にミスドのパックを提げていた。
「これ差し入れ。休出の邪魔をしてすまなかったね」
帰ろうとした部長を、私はひきとめた。
部長、まだ写真をとってないじゃないですか。
いや、いいよ、また今度にする。
部長はやっぱり、いたずらを見つけられた子供のようにそそくさとドアに消えた。
ひとりでゆっくり撮りたかったんだろうな。
私はまた無人になったオフィスで、コーヒーを淹れて、ドーナツをかじった。
窓の外で救急車のサイレンの音がする。はっきりしたドップラー効果を残して音は通り過ぎていった。
私は再び、キーボードを叩く音で部屋を満たす。
「鴛鴦」「鍬」「バイオハザード」
397:「鴛鴦」「鍬」「バイオハザード」 1/2
08/02/16 14:45:45
一陣の涼風が吹き抜け、鳶がゆるやかに円を描く。
老人は皺だらけの額に汗を浮かべつつ、澄み渡った空を見上げて眉根を緩めた。
先日傘寿を迎えたものの、日々の過酷な労働で鍛えたその肉体は老醜に程遠い。
鍬を振り上げ大地を耕し、肥料を与えて生命を育み、全てに感謝しながら実りを穫る。
誰に讃えられることもなく年々ただ愚直に重ねてきたその営為が、今は無性に誇らしい。
それもみな妻のお陰だ。多少の照れを感じながらも老人は想いを馳せる。
数十年前。箱入り娘だった妻と半ば駆け落ち同然に故郷の村に戻ってきた。
白く細かった手指はひび割れ節くれ立ち、夜のように美しかった黒髪は雪のように白くなった。
それでもいつも笑顔を絶やさずに、気難しい自分を気遣い支えてくれた妻。
言葉にこそ出せなかったが、鴛鴦の夫婦のように睦まじく添い遂げたいと心から願っていた。
398:「鴛鴦」「鍬」「バイオハザード」 2/2
08/02/16 14:55:33
いきなり鳴り響いたサイレンに思考を遮られ、老人は目の前の建物に厳しい視線を投げる。
数年前川上に工場が建設されて以来、この一帯の空気も水も悪化の一途を辿っていた。
バイオハザード。耳慣れぬその言葉が囁かれ始めたのは、川で奇形の魚が獲れ始めてから。
地元民が何度か交渉に臨んだが、多大な寄付金が貧しい過疎村の上層部を沈黙させた。
そうこうしている間にも、村では密かに、そして急速に奇病が流行り始めた。
最初は悪質な風邪だと思われていたそれは、まずは視覚を、やがて聴覚を、そして最後に心を奪っていった。
妻の名が罹病者リストに書き加えられた時、彼の中である決意が生まれた。
背中で力無く首をしなだれる妻に、あるいは自分自身に言い聞かせるように彼は小さく、しかし力強く呟いた。
お前と過ごせて俺は幸せだった。すまない、そしてありがとう……愛しているよ。
妻のために長らく止めていた煙草を懐から取り出して火を付け、深く煙を吸い込み、またゆっくりと吐く。
そのまま目の前の導火線に煙草で火を点け、爆ぜながら短くなっていくのを見守る。もう大丈夫だ。
妻を優しく草の上に下ろして寝かせ、自身もその脇で横になってまた空を見上げる。
そっと手を繋いだちょうどその時、二人を閃光と爆音が包んだ。
「人でなし」「∞」「タピオカ」
399:名無し物書き@推敲中?
08/02/17 21:02:40
妹はタピオカとココナッツが入った乳飲料が好きだった。
今その妹の笑顔だけを心に浮かべ闘っている。
相手はボクシングフェザー級日本チャンピオン。現在は7ラウンド。場所は後楽園ホール。
そのチャンピオンがゆっくり、ゆっくりと距離を詰めている。
彼のパンチの破壊力は凄まじい、かすっただけでまるで内臓をえぐられる様な感覚に陥る。
相手のパンチを喰らってはいけない、一発でも喰らってはもう起き上がることが出来ないだろう。
ここまでの7ラウンド、闘ってみて、わかる、私はもう、彼には勝てない。。。。
しかし私には負けられない理由がある。その理由があるからはるばるアジアの島国まで遠征までしてきているのだ。
なんとしても勝って、ファイトマネーを、チャンピオンの名声を、そして愛らしい妹のためにも!
苦しい生活から逃れるために、病弱な母さんに十分な療養を受けさせるために、
私はどんな汚いともしてみせよう、例え妹から嫌われても、故郷から人でなしと言われようとも。
私はぎり、と歯を食いしばり相手に近づこうとしたとき
チャンピオンは∞の軌跡を描き、彼もまた私に近づいてきた。
次のお題
ファーストフード、匿名掲示板、腕時計
400:>399
08/02/20 05:07:38
それは低く冷たく、人間味のない声だった。
―だからお前はダメなんだよ。
どこから聴こえたのかも誰の声かもわからない。後ろと言われれば後ろな気もするし、部屋の外と言われればそんな気がする。だがやっぱりわからない。
確かなのはここ最近、私はこの声に苛まされていることだった。
―お前は、作家になりたかったんだろ?だけどなれずに狭いアパートで一人暮らし。笑えるよな。
ふざけるな。文句があったら出てこい。
「おい、誰なんだよ!」
―なにキレてるんだよ?図星だったからか?
と言うと声は私を嘲笑った。
「いい加減にしろよ!」
私は部屋の壁を拳で思いっきり殴った。築30年の土壁はあっけなく破れた。ぱらぱらと欠片が落ちていく。
右の拳からは血が流れている。ポタポタと血は私の手から外へ溢れ、畳に散っていく。
―そうカリカリすんなよ。また書けなくなるぞ。作家になりたいんだろ?ほら、また一日が終わるぞ。
腕時計を見ると、針はもう夜中の0時になろうとしていた。
「うるさい!邪魔するな!終わりがなんだ!オレはまだ始まってもいねぇ、始まってもいねぇんだよ!」
そう言い返すと私は腕時計を引っこ抜くように外し、何度も何度も畳に叩きつけた。
その腕時計は亡くなった父が私に与えた就職祝だった。作家になることを誰よりも反対していた父からの最期の贈り物だった。もう20年も前の贈り物だが。
401:つづき
08/02/20 05:30:23
―お前の父親の言っていたことは正しかったんだよ。お前にゃ才能がねぇ。
声は、けたけたと笑う。
私は頭をかきむしった。手の血が頭皮をなぞる。
『頭に血がのぼる』、そんなフレーズを思い出すと私の口から微笑が漏れた。イライラするのが馬鹿馬鹿しくなり、血をティッシュで拭い、適当に包帯を巻いた。月日のせいか、管理が悪かったせいか包帯は黄ばんでいた。
そしてさっき買ってきた安さだけが売りのファーストフード店のハンバーガーを片手にパソコンにむかった。ハンバーガーはチンケな味がするが、腹が満たされるならそれで良い。
私はマウスを動かした。手が痛む。インターネットへアクセス。匿名掲示板にクリック。気晴らしに匿名掲示板はもってこいだ。
私は小説家を目指す人たちが集まる掲示板にクリックした。画面に文字が表示される。
1:>ケータイ小説なんてくそくらえ!
2:>1よ。お前がクソだろう?デビューしなきゃケータイ小説以下!
それは違う、と私は思った。いくら本を出していないからといって、あの文法が間違ってばかりで、語彙も乏しいケータイ小説以下なんて……ありえない。ありえない。ありえない。
痛みを無視するように指がキーボードを叩いた。
3:>2さん。お言葉ですが、それはありえないでしょう。義務教育を受けていればケータイ小説以上の作文は書けます。書けるに決まっています。
402:つづき
08/02/20 05:52:02
4:>あのなぁ、小説は文法が正しければいいとか、語彙がありゃあイイってもんじゃねえんだよ。センスがあれば駄文だっていいのさ。だからケータイ小説は売れてるんだろ?
違う。違う。ケータイ小説など間違いだ!間違いに決まっている。
私の指がピアノでフーガを奏でるかのように激しく動いた。
5:>それは間違っています!ケータイ小説などあんなの誰でも書けるに決まっている!くだらないくだらないくだらない!
書き込みが終わると私はすぐに、更新ボタンを押した。
すると、パソコンの液晶から声が聴こえた。
6:>5へ、だからお前はダメなんだよ!
私は確信した。コイツが私を苦しめる声の主だと。犯人がわかれば恐くない。
頬が緩む。勝てる。私はコイツに勝てる。なぜなら正義はいつだって勝つのだ。ゲームの支配者はこの瞬間から私になったのだ!
7:>卑怯者め!お前の正体は知ってるんだよ!お前が6で発言した瞬間から形勢は変わったんだ。オレが主導権を握る!
清々する。ついに反撃の機会が巡ってきたのだ。
私は嬉々として更新ボタンを押した。
8:>お前、ヤバくね?
9:>8へ、関わらない方がいいぞ。
私の答えは正解だったようだ。焦っていやがる。もっともっと懲らしめてやる。楽しくなってきたぞ。
私は即、返信してやった。
10:>関わらない方がいいぞ?はっ逃げるんだな!犯罪人!
私はまたまた更新をクリック!返信がくるまでクリッククリッククリッククリッククリック!
はははは!私は勝利する!戦って戦って戦って戦って戦って、勝ち抜くのだ!はははは!
また声が聴こえた。
―おまえ、廃人だな。
私はそれをかきけすようにキーボードを叩いた。
おわり
403:名無し物書き@推敲中?
08/02/20 05:53:46
次のキーワードは、『タバコ』『野球場』『ラブホテル』で。
404:名無し物書き@推敲中?
08/02/20 09:28:25
この間は誘ってくれてありがとうな。
合コンとか久々でさ、かなりハメはずせたわ。
あの後、あの女とどこまでいったって?
ははっ、やっちゃいました。好きモンだったぜアイツ。速攻ラブホテル行こうだもんな。ちょっとビビった。
マジで変な女だったぜ。ゴムつけようとしたらキレるしさ。生で三発。ごっつぁんですって感じだけどよ。妙なトコで神経質なのな。
タバコ吸おうとしたら、鬼みてーなツラしてブン盗りやがんの。嫌煙家ってヤツ?こえー、こえー。
なんか知んねーけど気まずい雰囲気になっちゃってさ。しょーがねぇから適当に話振ったんよ。都市伝説。
「知ってる?●●球場って宇宙人の秘密基地なんだぜ」って。ほら、あの飲み屋から近かったじゃん。●●球場。
そんだけの理由なんだけどさ。ノってきたんだよ、あの女。いやー、変なヤツには変な話題が一番だな。ははは。
なんだよ?お前まで興味あんの?
結構有名な噂だぜ。あの球場が宇宙人の秘密基地でさ、地球人に変装しておかしな病原菌広めまくってるってヤツ。
何でもその宇宙人には弱点があるらしいんだけどさ、俺もうろ覚えだからよ。そこだけ忘れちまった。
信じるか信じないかはアナタ次第です!なんちって。くっだらねー。
あー、かゆい。あの女に病気でもうつされたかな俺。
ん?お前タバコ駄目だったっけ?まぁ、いいじゃん。ちょっとぐらい我慢してよん♪
余計に税金払ってんのに肩身狭いわー。ふぃ~。
……おいおい、大丈夫かよ。おい、しっかりしろって。うっわ~マジかよ。なんか顔色ヤバイってお前。
救急車呼ぶか?
405:名無し物書き@推敲中?
08/02/20 09:32:49
次のお題は
「サル」「CPU」「匂い」
406:サル CPU 匂い
08/02/20 16:56:36
荒れた果てた都市、ビルは殆ど倒壊し、灰色の空が広い。世界規模の荒廃。何が起こったのだろうか。世界大戦?伝染病の蔓延?隕石の衝突?原因を知る者は既に存在しない。
どうやって災厄を免れたのか、一匹のサルが大通りをゆっくりと歩いている。
食べ物を探し散策していた彼は、ふと遠くに何かがキラっと光るのを見た。近づいて広い上げる。それはCPUと呼ばれるものだった。科学技術の遺産、文明の匂い。しかし今の彼にとってそれは何の意味もなく、空腹を満たすものではないことが分かるとポイッと投げ捨てた。
そのとき、偶然。偶然それがそばに落ちていたカセットデッキの再生ボタンにぶつかった。同時に朗らかな声が歌い始める。急に鳴り響いた音に彼は驚き、無意識に近くにあった鉄パイプを取り、デッキに何度も振り下ろした。
音はいつの間にか止んでいた。彼は冷静になると今度は今手に持っているものの力に驚き慌ててそれを投げ捨てた。だがやがて彼は、何故かその鈍い光りに引き寄せられていった、そしてそれがいつか役に立つ気がしてまたそれを拾い上げた。
新しい人類は再び瓦礫の森を歩きだした。
407:名無し物書き@推敲中?
08/02/20 16:59:32
次のお題
「砂」 「壁」 「箱」
408:名無し物書き@推敲中?
08/02/21 23:06:14
>>406
修正
×「食べ物を探して散策していた彼は」
〇「食べ物を探し歩いていた彼は」
409:「砂」 「壁」 「箱」
08/02/27 03:01:00
よく目を凝らして壁を凝視すると、はらはらとなにやら細かいものがこぼれる音がした。
この巨大な箱の密室に閉じ込められてから初めて聞こえた音に男の心は踊った。
―この不条理不可解摩訶不思議の状況から抜け出すチャンスだ!
と壁に向かって駆け寄り、音が誕生した場所を、己の全神経を総動員して探る。探る。
四つんばいになりながらも懸命に探索を続けていると、指のつま先に「じゃりっ」という感覚が走る。
「見つけた!これが俺の光明!脱出口!っっっううっうー!」
発狂したように、口から唾液を迸らせながら奇声を上げる。その感情の激流に乗るかのように
脱出口と思われる場所を掘る手の勢いは止まらず、先ほどは針ほどにしか見えなかった光明も
今では希望が確信へと実感できるほどの域にまで達している。
男はその光の優美さに、はやる衝動を抑えきれなくなり、気づけば穴に向かって突進していた。
ぶつかる砂が凶器となり己を傷つけるのも厭わずに、何度も。何度も。意識が朦朧となってもその狂気の沙汰は続けられた。
人事不省の挑戦の果てに、鈍い衝撃音とともに男の頭のみが穴を突破した。
外界へと抜け出せた男の表情は至極晴れやかであったという。
次
「オオサンショウウオ」「ザッハトルテ」「掘り炬燵」
410:名無し物書き@推敲中?
08/03/04 09:11:39
ageてみた
411:名無し物書き@推敲中?
08/03/04 10:12:58
ハイの術中に填まるな。
412:名無し物書き@推敲中?
08/03/04 17:22:33
ハゲ死ね
413:晴田雷稲 ◆/QeJSIyurw
08/03/05 00:07:35
雪の積もった道を急いでいた。一歩進むたびに足をとられる。駅前のケーキ屋さんで
買ってきたザッハトルテが、包んでくれた箱の中で行ったり来たりしている。ヒールは
履いていくんじゃなかった。でもまだ重なったりつぶれたり壊滅的な損害は受けていな
いはず。そう考えながら家路を急いだ。足を慎重に進めながら、早くうちに帰りたい、
と小さく呟いた。演歌調のリズムがついていて、自分の言葉に思わず微笑んだ。足元が
悪くなってきた。シャーベット状の雪の溜まりを小さく飛び越える。着地のとき足首が
グラリとした。足首の揺れはそのまま膝に伝わり、腰に伝わり、肩を揺らして腕をあげ
させ、タコのように両腕をくねらせてなんとか体勢を立てなおした。ぐらつきが止まっ
てからも腕をあげたままもう一度くねらせて、早くうちに帰りたい、とさっきの節を繰
り返して一人で喜んでみた。口許の笑みにマフラーを巻き直しながら歩き始める。マフ
ラーに暖かい息が篭り、頬を暖める。温もりが心地よい。家に帰ったら掘りごたつの中
に潜り込んでしまいたいと思った。あの赤い光の中でずっと過ごしたい。マフラーの隙
間から頬を差す冷気が掘りごたつへの愛をさらにかきたてる。でも堀ごたつでずっと過
ごしていると、ザッハトルテみたいなケーキでブクブクと成長して掘りごたつの口より
自分のからだのほうが大きくなって、もう二度と出られなくなってしまうかもしれない。
あのオオサンショウウオのように、とどこかで読んだ山椒魚の小説のことを思い出した。
「おかえり」
母の声に目をあげるともう家の前まできていた。
成仏 石鹸 商い
414:青空銀香 ◆PK7G.7777I
08/03/06 17:17:32
「この石鹸で身体を洗いますとね、あなたの身体にとり憑いている悪い幽霊が成仏するんですよ」
幽霊とはお前のことだろッ! と思わず突っ込みたくなる風貌の男が言った。
玄関先で、もう二十分以上話が続いている。気まぐれに、訪問販売の男を家に入れるんじゃなかった。
わたしは後悔していた。しかし、男は、そんなわたしの顔色などお構いなしという様子で、とにかく喋る。
男は長身だが細身で、まるで針金みたいな身体に、頬のこけた頭がのっかている。銀縁の眼鏡の
奥はうつろで、唇は青い。その石鹸はまず自分が使って見たらいいんじゃないのと、言いたくなるのを
わたしは必死でこらえていた。しかしだんだん、それをこらえる必要性がわからなくなってきた。
男が息つぎするところを間髪入れずに言ってやった。
「まずあなた自身が使ってみることをお勧めしますよ」
すると男は、
「あぁ、それはよく言われます」
言われちゃいけないだろう、とわたしは心の中で突っ込んだ。
「その石鹸を使いますとね、売ったわたしのところへ幽霊が、怨念を込めてとり憑いてくるんですよ。
つまりわたし自身が、この石鹸の効果を身をもって証明しているのです」
この男は、商い上手なのかわからないと思いながら、わたしは一つ買ってやった。
ビビンバ ハムスター ウルトラマン
415:名無し物書き@推敲中?
08/03/07 22:18:08
それは彼女との3度目の旅行だった。
前回はヨーロッパだったので、今回は趣向を変えて韓国グルメツアー。
骨付きカルビやビビンバを味わい、おみやげ物を見て回る。
露店で彼女が足を止めた。「かわいい・・・」それはハムスターだった。
「おいおい、これ日本には持って帰れないぞ」と言うのに、
店のオヤジまでがにこにこして一匹取り出し、彼女の手のひらに乗せたのだ。
「あっ・・・」
ハムスターが手から滑り降りて走り出し、彼女はつられて追いかけた。
「おい、危ないっ!」
軽トラックが走ってきたのだ。
僕は咄嗟に彼女を突き飛ばした。その後どうなったのかはよくわからない。
遠いところから、彼女の声が聞こえてきた。
「ねぇ、ねぇ、起き上がって!
いつまでも、私のところに飛んできてくれるヒーローだって、
ウルトラマンよりも強く守ってくれるんだって、約束したじゃない!」
薄れいく意識の中、僕は彼女のヒーローにはなりきれなかった、その悔いだけが残って消えた。
太陽 ダブルベッド ペリカン