07/08/23 13:06:07
ジャック・オー・ランタンを模して刳り貫かれたお化けカボチャの仮面を被った八千草は、真っ黒な外套の裾でズルズルと廊下を擦りながら歩いていた。ご丁寧に右手には庭箒、左手には厚手の学問書を携えている。
どこからどうみても完璧に魔女然とした風体だった。中世ヨーロッパなら魔女狩りにおける格好の標的として、真っ先に河へ沈められていたに違いない。
それにしても―なんとも危なっかしい足取りだ。頭に乗せたカボチャマスクがよっぽど重たいのか、首の位置がうまく定まらず左右にふらふらしている。それに連動して、生まれたての子羊ヨロシクよろめく足元。
いつ壁に正面衝突してスッころんでもおかしくない。
「……あー。ま、暇だし」
俺は、手持ち無沙汰な両手をポケットに突っ込むと、なんとなく言い訳じみた台詞をこぼしながら八千草の後をこっそりつけることにした。
「で、ここかよ……」
八千草が向かった先は旧校舎/元研究棟/四階。
設備の充実した新校舎が完成してからは部室棟として扱われている僻地だが、主に不便だからという理由で、階をひとつあがるごとに部室の数は減っていく。四階にもなれば使用しているのは、形象魔術部ぐらいで―
(確かあとは小此木と、一姫が所属してたかな―一年ばっかだと冷遇されんのかなー。やっぱ)
などと世知辛い想像が脳裏を掠めたりもする。
まあ、問題は形象魔術を研究対象にしている彼女らにもあるのだけれど。金枝篇でも読めばその辺詳しく書いてあるが、ここでは割愛させていただく。
「……さて」
八千草が入室した部屋の扉を、気づかれない程度に薄く開け中を覗き込む。
窓から差し込む陽光に満たされた部室の床には鶏、もしくは子羊の血で描かれた五芒星魔法陣と、星型の頂点各所に備え付けられた蜀台とキャンドル。
妙なアレンジが加えられた様子は無く、彼女が専攻している神秘学的要素が取り入れられている様子も皆無な、一般的陣形成だ。
(ま、それが普通なんだけど)
魔術陣の形成は、理化学の無機と大体同じで、数学や物理学と異なり履修と実践がほぼ直結している。つまり術技のバリエーションは向学心や努力と等号で結ばれているというわけで、それなりに苦手な学科だったりする。
やがて彼女は俺が見守る中、ストロベリーのように瑞々しい赤が映える可憐な唇から呪文を紡ぎだし始めた。