07/05/08 01:00:52
私の記憶の中の祖母は、いつも母に叱られている。
母は祖母を大きな赤ん坊のように扱った。ご飯をこぼすな。うろうろするな。いい加
減に風呂にはいってくれないと汚くてしかたない。母の金切り声は止むことはない。
おばあちゃんはね、病気なのよ。母はよくそう言っていた。
呆けるとは、どこか向こうの世界とこちらの世界をいったりきたりするようなものな
のだろうか。祖母の病は一進一退を繰り返した。祖母は調子の良い日には、私に火鉢
で饅頭を焼いてくれた。饅頭はこうして食べるのが一番うまい。祖母が言った通り、
大人になった今でも、火鉢で焼いた饅頭より美味しいものを私は知らない。祖母は饅
頭の他にも、いろいろなことを私に教えた。優しく穏やかな諭すような口調で、庭に
咲く花や天候や風の名前などを教えてくれた。
あの日、私は祖母のために雪を食べた。一緒に雪を食べることで、私もわずかだけ
でも祖母の苦しみを感じることができるような気がしたのだ。
初雪の日には、必ず祖母を思い出す。
雪を、食べる。それは呆けた祖母が痛みを伝える唯一の手段だったのだろうか。今と
なっては、もうわからない。私の記憶の底でぼんやりとした染みとなってこびりつい
ている。ただ鮮明なのは、口の中で生温い水に変わる雪と、雪に咲く血のような椿の
赤だけ。
あの冬が終わる頃に、祖母は静かに亡くなった。
終わり
指摘をお願いします。