07/05/08 00:59:59
雪を食べたことがある。
噛むと、微かな音をたてながら無数の氷の破片へと砕け散り、それからすぐに唾液と
混じり生温い水になる。五歳で、初雪の積もった朝。呆けた祖母と一緒に、庭の赤い
椿の枝の先に積もった雪を食べたのだ。あの日のことを、私は一生忘れない。
早朝。目覚めると、祖母が庭で雪を食べていた。
木造の古い田舎の家。廊下は静まりかえっていて、両親はまだ眠っているようだった
。冬の朝日は庭を覆う雪の白に反射して、眩しい。私は眼を細めて祖母を見た。祖母
の手が、椿の枝に積もった雪をしっかりと掴み、丸め、次々と口の中に放りこんでい
く。見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。なぜだかそんな気分になっ
た。私は庭に降りると、おそるおそる祖母に尋ねた。
「おばあちゃん、それ、おいしいの」
祖母は何も言わずこくりと頷いた。
母が見つけたら、きっと怒る。
私はそう思ったけれど、祖母の真似をして雪を食べた。湿った木の皮の味が混じり苦
い。まわりには雪の重さにたえられずに落ちた赤い椿の花が散っていた。