07/05/07 22:35:33
「皮肉れてしまった日々」
午前11時。
聞き慣れた病的な、歌声が聞こえる。すがるような声が、私にはとても心地よい。何がわからなくて何が不安なのか、何が欲しいのか、歌声にのって伝わってくるからだ。
「私は、解ってるよ」
優しく語りかけると、君は恥ずかしそうに笑った。
昼間特有のけだるい雰囲気が、私を癒していく。コーヒーをホットで入れて、少し後悔した。今の時期では少し熱い。
「君は飲まないの?まだ歌ってるもんね」
必死に喘ぎ歌う彼はとても素敵だ。皆君が変わってしまったと嘆くけど、この魂の汗が見えないんだろうか。見えているのにそんな事言うとは、信じられない。
コーヒーを飲みながら、今日の朝刊を広げた。毎日数々の出来事を、ここから得る。最近、否、気付かなかっただけでもっと前からだったかもしれない、世界はおかしい。ちょうど彼もこの世界を歌いだした。
「そうだよね、世界が、何かがおかしいんだ」
だからだ。と言い聞かせるように私は呟いた。
夕方、空が赤く染まる。何とも言えない気持ちに圧迫される。一日の中で初めて、寂しい、と思った。
彼はまだ歌っている。悟ったのだろう、精練された詞を口にする。最近の曲は、前よりわかってほしいという気持ちが減ったようだ。わかる人がわかればいいやという気持ちが聞き取れるようになった。
一番解ってるのは私だと思うと、嬉しくなる。
「そろそろ声が枯れちゃうよ、体には気を付けて」
彼を気遣い、私はDVDを止めた。青い画面に写っていた彼の姿が消え、バカ明るいバラエティ番組が写った。皆楽しそうに笑ってるのに、本当に笑顔の人は少ない。
いつだって、そうだったんだ。気付いてないだけで、人間は思い込みが激しい生きものだもの。
「楽しい?」
それを認識するのは、脳のどこなんだろう?
煩くて嫌で、リモコンの一番上の赤いボタンを押した。
広がる闇。もう外もすっかり真っ暗になっていた。
私は闇のなかで、眠りにつこうと、体を横たわらせた。
光のない空間が私を包む。目をあけていても閉じていても一緒だ。目をつぶると彼の残像が見え、声が聞こえた。彼を思い、私は意識を落とした。