【割腹自殺】●●三島由紀夫2●●【肉体改造】at BOOKS【割腹自殺】●●三島由紀夫2●●【肉体改造】 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト500:無名草子さん 10/03/30 10:53:02 (中略) 三島君の人生も作品も、あんまりひと筋で、そこに余裕がなかったので、私はむしろ、それを三島君の擬装とし、 遊びとして受けとろうとしていたようだ。そこで遠慮なく揶揄し、あなたの文学は新官僚派の文学ではないかと 悪口を云った。あなたは少しも弁護しなかった。弁護などすることが、男らしくないと思っていたのだろう。 腹の底では、腹を立て、ほんとうに理解する人のいないことを、くやしがっていたのだ。 併し、いまになってみると、あの人は、どんな作品に於いても、エッセイ、評論、日記、又、どんな座談会の 尻っ尾ででも、素直に、右顧左眄することなく、手を振り、声を高くして、おのれを語り、決意を云っていたのだ。 擬装などと、どうして私は受けとっていたのだろう。 いまになって、「仮面の告白」という文壇に登場して来た時の作品のほんとうの意味が判ったような気がする。 林富士馬 「死首の咲顔」より 501:無名草子さん 10/03/30 10:53:31 あの仮面は、「素顔」に対しての「仮面」ではなかった。告白するために「仮面」を使用したのではなかった。 「失われた世代」の一人として、私が在来の文学現実で考えていた「素顔」などを、既に喪失した人間として、 持ってはいなかった。その悲しみを、いっしんに訴えていたわけである。ほんとうの意味の新しい世代、 戦後派文学のほんとうの意味が、あそこにあったのだ。あの人は、仮面しかない悲しみを、一生懸命、文学の 世界に定着させようとしていた。(中略) 人間はいつでも、告白をするとき、うそをついて願望を織り込んでしまう。それを潔癖に嫌悪した。文学という ものは、あくまで、そうなるべき世界を実現するものだと信じ、作品における告白は、実は告白自体が フィクションになっていた。(中略) 三島君の文学を一口に云うと、明治、大正、昭和の三代の近代日本文学にあって、はじめての意識された世界的 作家であったことではないか。 林富士馬 「死首の咲顔」より 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch