09/07/06 11:06:31
東京空港で、米国務長官を襲つて未遂に終つた一青年のことが報道された。
日本のあらゆる新聞がこの青年について罵詈ざんばうを浴せ、袋叩きにし、足蹴にせんばかりの勢ひであつた。
…私はテロリズムやこの青年の表白に無条件に賛成するのではない。
ただあらゆる新聞が無名の一青年をこれほど口をそろへて罵倒し、判で捺したやうな全く同じヒステリカルな
反応を示したといふことに興味を持つたのである。
左派系の新聞も中立系の新聞も右派系の新聞も同時に全く同じヒステリー症状を呈した。
かういふヒステリー症状は、ふつう何かを大いそぎで隠すときの症候行為である。
この怒り、この罵倒の下に、かれらは何を隠さうとしたのであらうか。
日本は西欧的文明国と西欧から思はれたい一心でこの百年をすごしてきたが、この無理なポーズからは何度もボロが出た。
最大のボロは第二次世界対戦で出し切つたと考へられたが、戦後の日本は工業的先進国の列に入つて、もうボロを出す
心配はなく、外国人には外務官僚を通じて茶道や華道の平和愛好文化こそ日本文化であると宣伝してゐればよかつた。
三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より
201:無名草子さん
09/07/06 11:07:24
昭和三十六年、私がパリにゐたとき、たまたま日本で浅沼稲次郎の暗殺事件が起つた。
浅沼氏は右翼の十七歳の少年山口二矢によつて短剣で刺殺され、少年は直後獄中で自殺した。
このとき丁度パリのムーラン・ルージュではRevue Japonais といふ日本人のレビューが上演されてをり、
その一景に、日本の短剣の乱闘場面があつた。
在仏日本大使館は誤解をおそれて、大あわてで、その景のカットをレビュー団に勧告したのである。
誤解をおそれる、とは、ある場合は、正解をおそれるといふことの隠蔽である。
私がいつも思ひ出すのは、今から九十年前、明治九年に起つた神風連の事件で、これは今にいたるも
ファナティックな非合理な事件としてインテリの間に評判がわるく、外国人に知られなくない一種の恥と考へられてゐる。
三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より
202:無名草子さん
09/07/06 11:08:18
約百名の元サムラヒの頑固な保守派のショービニストが起した叛乱であるが、彼らはあらゆる西洋的なものを憎み、
明治の新政府を西欧化の見本として敵視した。
…あらゆる西欧化に反抗した末、新政府が廃刀令を施行して、武士の魂である刀をとりあげるに及び、
すでにその地方に配置された西欧化された近代的日本軍隊の兵営を、百名が日本刀と槍のみで襲ひ、
結果は西洋製の小銃で撃ち倒され、敗残の同志は悉く切腹して果てたのである。
トインビーの「西欧とアジア」に、十九世紀のアジアにとつては、西欧化に屈服してこれを受け入れることによつて
西欧に対抗するか、これに反抗して亡びるか、二つの道しかなかつたと記されてゐる。
正にその通りで、一つの例外もない。
日本は西欧化近代化を自ら受け入れることによつて、近代的統一国家を作つたが、その際起つた
もつとも目ざましい純粋な反抗はこの神風連の乱のみであつた。
他の叛乱は、もつと政治的色彩が濃厚であり、このやうに純思想的文化的叛乱ではない。
三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より
203:無名草子さん
09/07/06 11:09:45
日本の近代化が大いに讃えられ、狡猾なほどに日本の自己革新の能力が、他の怠惰なアジア民族に比して
賞讃されるかげに、いかなる犠牲が払はれたかについて、西欧人はおそらく知ることが少ない。
それについて探究することよりも、西欧人はアジア人の魂の奥底に、何か暗い不吉なものを直感して、
黄禍論を固執するはうを選ぶだらう。
しかし一民族の文化のもつとも精妙なものは、おそらくもつともおぞましいものと固く結びついてゐるのである。
エリザベス朝時代の幾多の悲劇がさうであるやうに。
……日本はその足早な、無理な近代化の歩みと共に、いつも月のやうに、その片面だけを西欧に対して
示さうと努力して来たのであつた。
そして日本の近代ほど、光りと影を等分に包含した文化の全体性をいつも犠牲に供してきた時代はなかつた。
三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より
204:無名草子さん
09/07/06 11:10:45
私の四十年の歴史の中でも、前半の二十年は、軍国主義の下で、不自然なピューリタニズムが文化を統制し、
戦後の二十年は、平和主義の下で、あらゆる武士的なもの、激し易い日本のスペイン風な魂が抑圧されて来たのである。
そこではいつも支配者側の偽善が大衆一般にしみ込み、抑圧されたものは何ら突破口を見出さなかつた。
そして、失はれた文化の全体性が、均衛をとりもどさうとするときには、必ず非合理な、
ほとんど狂的な事件が起るのであつた。
これを人々は、火山のマグマが、割れ目から噴火するやうに、日本のナショナリズムの底流が、
関歇的に奔出するのだと見てゐる。
ところが、東京空港の一青年のやうに見易い過激行動は、この言葉で片附けられるとしても、あらゆる
国際主義的仮面の下に、ナショナリズムが左右両翼から利用され、引張り凧になつてゐることは、気づかれない。
反ヴィエトナム戦争の運動は、左翼側がこのナショナリズムに最大限に訴へ、そして成功した事例であつた。
三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より
205:無名草子さん
09/07/06 11:12:20
ナショナリズムがかくも盛大に政治的に利用されてゐる結果、人々は、それが根本的には
文化の問題であることに気づかない。
九十年前、近代的武器を装備した近代的兵営へ、日本刀だけで斬り込んだ百人のサムラヒたちは、
そのやうな無謀な行動と、当然の敗北とが、或る固有の精神の存在証明として必要だ、といふことを知つてゐたのである。
これはきはめて難解な思想であるが、文化の全体性が犯されるといふ日本の近代化の中にひそむ危険の、
最初の過激な予言になつた。
われわれが現在感じてゐる日本文化の危機的状況は、当時の日本人の漠とした予感の中にあつたものの、
みごとな開花であり結実なのであつた。
三島由紀夫
「日本文化の深淵について」より
206:無名草子さん
09/07/18 13:49:29
三島由紀夫はすごいな
神だ
現人神
207:無名草子さん
09/07/20 13:56:58
…非武装抵抗の利点は、一つは血を流さないですんだ、といふことと、
一つは国家の主権が曲りなりにも保たれたといふことでなければならない。
しかし、それはあくまで「非武装抵抗」の利点であつて、「非武装」の利点ではない。
非武装(チェコは事実上非武装国家ではなかつたが)それ自体は、強大な武力に対して
何らの利点を持ちえないことは明らかである。
武力抵抗の反対概念は、非武装そのものではなく、非武装抵抗といふことであらう。
そして非武装抵抗の存立条件は、国民の結集した否(ノン)にしかなく、又、
陰に陽にサボタージュその他で抵抗する他はないが、次に来る段階は、非武装抵抗ですら
血を流さずには有効性わ発揮しえぬ、といふ段階であり、又、国家の主権が曲りなりにも保たれても、
その国家権力の実質的な主導権を奪はれるといふ状況をすでに容認するならば、そのあとで、
実質的な主導権を奪ひ返さうといふ抵抗は、抵抗の最初の論理的根拠を欠くことになる。
三島由紀夫
「自由と権力の状況」より
208:無名草子さん
09/07/20 13:57:45
なぜなら、われわれが抵抗の手段の選択を迫られたとき、その一方(すなわち非武装)によつて、
論理的に一貫するならば、敵をすでに受け入れた己れの状況に対する抵抗とは、われわれ自身に対する
抵抗に他ならなくなつてしまひ、抵抗の論理は自らの身を喰ふものになるからであり、
つひには抵抗それ自体が成立たなくなるからである。
そのとき、われわれは、非武装抵抗の利点が一つもない地点に立つてをり、
「非武装抵抗」と「非武装」とは同義語になり、つひには敗北主義の同義語になるのである。
三島由紀夫
「自由と権力の状況」より
209:無名草子さん
09/07/26 23:45:03
日本の周囲の情勢を見渡すのに、直接侵略事態はむしろ可能性が薄く、間接侵略事態がある程度進行した場合に
はじめて直接侵略事態が起こるであらうといふことが常識として考へられる。
一例がソビエトはいはゆる熟柿作戦といはれてゐるやうに、昔からいつたん相手を安心させてから、例へば
一国が両面作戦を恐れてソビエトと手を握つた時に、ソビエトは一旦これと手を握つて相手を安心させた後に、
相手がソビエトに背をむけて敵と戦つてゐる留守を狙つて背後から、その条約を破つてこれを打ちのめし、
占拠し、あるひは自分の手に収めるといふ時機を狙ふ戦略に甚だ老練であり、甚だ狡猾である。
三島由紀夫
「自衛隊二分論」より
210:無名草子さん
09/07/26 23:46:48
ソビエトが現下のやうな政治情勢で、日本に直接侵攻してくることは、すぐには考へられないけれども、
ソビエトなり北鮮なり中共なりのそれぞれ色彩も形態も異なつた共産主義諸国が、もし日本に政治的影響を及ぼして、
間接侵略事態を醸成するのに成功した場合、そしてそれが日本全国の治安状態を攪乱せしめ、国内の経済も崩壊し、
革命の成功が目の前に迫つた場合、このやうな場合にはソビエトが、あるひは新潟方面に陽動作戦を伴ひつつ
北海道に直接侵攻してくる危険がないとは決していへない。
決していへないけれども、このやうな直接侵略事態を考へる前に、最も我々が問題にすべきものは、
これを最終目的として狙つてくる、間接侵略事態の進行である。
三島由紀夫
「自衛隊二分論」より
211:無名草子さん
09/07/26 23:57:39
s
212:無名草子さん
09/07/29 20:13:55
宮崎正弘さんについて語るスレ
スレリンク(books板)
213:無名草子さん
09/08/05 23:18:13
左翼はいつも、より良き未来世界といふものを模索してゐる。
いつもより良き未来社会へ向かつて我々は進歩してゆくと考へてゐるのです。
…ところがソビエトはご承知のやうな状態になつた。
これは完全な官僚社会のみならず、その常套語を使へば、帝国主義なのです。
そして、かつて日本人が未来社会と思つたのが帝国主義になつてしまつた。
もうスターリン批判以来、日本人のソビエトに対する夢も崩れた。
では、中共はどうか。中共はどうも日本人の西洋崇拝から言ふと少し外れる処があつたんだけど、
文化大革命といふことがあつたので、ますます日本人の理想から遠くなつてしまつた。
…そこで未来社会の展望を失つたところに彼らの焦燥と彼らの一種の絶望感があることは確かなのです。
三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より
214:無名草子さん
09/08/05 23:20:25
それで、より良き彼らの本当の未来社会とは何であるか。
皆さんは、「自由からの逃走」といふエーリッヒ・フロムの本などをお読みになつたことがあるだらうと思ひますが、
…いはゆる、ヒューマニテリアン・ソシャリズムですが、完全な言論自由化の社会主義といふやうな、誰が考へても
実現不可能のやうな、より良き未来に向かつて進んで行かうと、それがまあ大体の左翼型のラディカルな革命の
行動の先にある未来国であると考へて良いと思ひます。
…何も私は共産主義に対抗して生きてゐるわけではありません。
…ですけれども彼らの考へにうつかり動かされ、蝕まれていつたならば、どういふ結果になるか目に見えてゐる。
三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より
215:無名草子さん
09/08/05 23:22:19
私は未来といふものはないといふ考へなのです。未来などといふことを考へるからいけない。
…我々はアメーバが触手を伸ばすやうに、闇の中を手探りで少し先の未来までは予測ができる。
或ひは来年くらゐまでは予測できるかもしれない。
しかし、人間が予測されない闇の中を進んでゆくためには、その闇の彼方にあるものを信ずるか、或ひはその闇といふものに
対決して本当に自分の現在に生きるかといふことの二つの選択を迫られてゐるといふのが私の考へ方の基本であります。
“未来に夢を賭ける”といふことは弱者のすることである。
そして、自分をプロセスとしか感じられない人間のすることであります。
…このやうな思考の中からは人間の円熟といふことも出て来なければ、人間の成熟といふ思考も絶対に出て来ない。
実は、人間は未来に向かつて成熟してゆくものではないんです。
それが人間といふ生き物の矛盾に充ちた不思議なところです。
人間といふものは“日々に生き、日々に死ぬ”以外に成熟の方法を知らないんです。
三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より
216:無名草子さん
09/08/05 23:23:20
そこで、何も未来を信じない時、人間の根拠は何かといふことを考へますと、次のやうになります。
未来を信じないといふことは今日に生きることですが、刹那主義の今日に生きるのではないのであつて、
今日の私、現在の私、今日の貴方、現在の貴方といふものには、背後に過去の無限の蓄積がある。
そして、長い文化と歴史と伝統が自分のところで止まつてゐるのであるから、自分が滅びる時は全て滅びる。
つまり、自分が支へてきた文化も伝統も歴史もみんな滅びるけれども、しかし老いてゆくのではないのです。
今、私が四十歳であつても、二十歳の人間も同じ様に考へてくれば、その人間が生きてゐる限り、
その人間のところで文化は完結してゐる。
その様にして終りと終りを繋げれば、そこに初めて未来が始まるのであります。
三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より
217:無名草子さん
09/08/05 23:24:48
われわれは自分が遠い遠い祖先から受け継いできた文化の集積の最後の成果であり、
これこそ自分であるといふ気持で以つて、全身に自分の歴史と伝統が籠つてゐるといふ気持を持たなければ、
今日の仕事に完全な成熟といふものを信じられないのではなからうか。
或ひは、自分一個の現実性も信じられないのではなからうか。自分は過程ではないのだ。道具ではないのだ。
自分の背中に日本を背負ひ、日本の歴史と伝統と文化の全てを背負つてゐるのだといふ気持に一人一人がなることが、
それが即ち今日の行動の本になる。
…「俺一人を見ろ!」とこれがニーチェの「この人を見よ」といふ思想の一つの核心でもありませう。
けれども、私は中学時代に「この人を見よ」といふのは「誰を見よ」といふのかと思つて先輩に聞きましたところ、
「ニーチェを見よ」といふことだと教へて貰ひ、私は世の中にこんなに自惚れの強い人間がゐるのかと驚いたことがあるのです。
しかし、今になつて考へてみると、それは自惚れではないのであります。
三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より
218:無名草子さん
09/08/05 23:27:46
自分の中にすべての集積があり、それを大切にし、その魂の成熟を自分の大事な仕事にしてゆく。
しかし、そのかはり何時でも身を投げ出す覚悟で、それを毀さうとするものに対して戦ふ。
…ここにこそ現在があり、歴史があり、伝統がある。彼らの貧相な、観念的な、非現実的な未来ではないものがある。
そこに自分の行動と日々のクリエーションの根拠を持つといふことが必要です。
これは又、人間の行動の強さの源泉にもなると思ふ。といふのは人間といふものは、それは果無い生命であります。
しかし、明日死ぬと思へば今日何かできる。そして、明日がないのだと思ふからこそ、今日何かができるといふのは、
人間の全力的表現であり、さうしなければ、私は人間として生きる価値がないのだと思ひます。
三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より
219:無名草子さん
09/08/05 23:28:49
本日ただ今の、これは禅にも通じますが、現在の一瞬間に全力表現を尽すことのできる民族が、その国民精神が
結果的には、本当に立派な未来を築いてゆくのだと思ひます。
しかし、その未来は何も自分の一瞬には関係ないのである。
これは、日本国民全体がそれぞれの自分の文化と伝統と歴史の自信を持つて今日を築きゆくところに、
生命を賭けてゆくところにあるのです。
特攻隊の遺書にありますやうに、私が“後世を信ずる”といふのは“未来を信ずる”といふことではないと思ふのです。
ですから、“未来を信じない”といふことは、“後世を信じない”といふこととは違ふのであります。
私は未来は信じないけれども後世は信ずる。
特攻隊の立派な気持には万分の一にも及びませんが、私ばかりでなく、若い皆さんの一人一人がさういふ気持で後輩を、
又、自分の仕事ないし日々の行動の本を律してゆかれたならば、その力たるや恐るべきものがあると思ひます。
三島由紀夫
「日本の歴史と文化と伝統に立つて」より
220:無名草子さん
09/08/07 11:23:41
人は、天皇と言ふと、たちまち戦前、明治憲法下における天皇制の弊害を思ひ出し、
戦争からにがい経験を得た人ほど、天皇制に対する疑惑を表明してきたのが常ですが、
私は、天皇制とは、その歴史は、あくまでもその時代時代の国民が、日本人の総力をあげて
創造し復活させてきたものだと思ふのです。
いつも新しい天皇制があり、いつも現在の天皇制があり、その現在の天皇制の連続の上に
永遠の天皇制があるといふところに、天皇の本質がひそむのです。
これは一つの例をとつても、天皇ご自身にわれわれのやうな姓名ファミリーネームがなく、
一つの非人称的な方として伝承されてきたことをみてもわかります。
新しい天皇制は、われわれがつくつていくものであり、そしてこれを抜きにしては日本の今後の
自立の精神の中心は見あたらず、また天皇をいたづらに政治権力に接着おさせすることなく、
あくまで無限受容の無我の本主体として、その日本独自の歴史・文化・伝統のみに
かかはる君主制を確立しなければなりません。
三島由紀夫
「70年代新春の呼びかけ」より
221:無名草子さん
09/08/07 11:44:51
近代西欧文明がもたらした物質万能への傾倒が、いまや極点に達していることは言うまでもない。
人間としての存在が、どうあらねばならないのか。それを問う時はきている。
三島由紀夫は、究極のところ、そのことを人々に問いかけたのだ。
作品によって問いつづけ、さらには自決によって問うた。
いや、問うたというよりも、死の世界に生きることを選び、この世への「見返し」を選んだ。
五年後、十年後、いや百年後のことかもしれない。
だか、そのとき三島由紀夫は、復活などというアイマイなものでなく、さらに確実な形……存在として、この世に生きるであろう。
小室直樹
「三島由紀夫と天皇」より
222:無名草子さん
09/08/07 11:46:06
「五十になったら、定家を書こうと思います」三島由紀夫は、友人の坊城俊民氏にそう言った。
「…定家はみずから神になったのですよ。それを書こうと思います。定家はみずから神になったのです」
神になった定家。それは三島由紀夫にほかならない。
「定家はみずから神になったのです」
これは何を暗示しているのだろうか。
仮面劇の能だが、仮面をつけるのがシテ(主役)である。シテは、神もしくは亡霊である。
亡霊をシテにして、いわば恋を回想させる夢幻能は、能の理想だといわれる。
死から、生をみるのである。時間や空間を超えたものだ。
三島由紀夫が、定家を書こうと考えたとき、やはり能の「定家」が頭にあったに違いない。
小室直樹
「三島由紀夫と天皇」より
223:無名草子さん
09/08/07 11:46:47
現代では、生の世界と死の世界は、隔絶したものにとらえられている。
だが、かつて(中世)は、死者は生の世界にも立ち入っていた。
定家は神になって、生の世界に立ち入ろうとした。そう考えた三島由紀夫ではないだろうか。
生の世界にあっては成就できない事柄を、死の世界に往くことによって可能たらしめようとしたのが、三島由紀夫だった。
…あえて死の世界へ往き、守ろうとした存在があったのだ。
小室直樹
「三島由紀夫と天皇」より
224:無名草子さん
09/08/17 11:53:55
私にとって(文学と人生双方にとって)大事なのは「文」「武」もさることながら、「作」と「商」だった。
「作」と「商」なしには、人間は生きて行けない。
ことに古来日本の「商」の中心としてあって来た大阪生まれ、育ちの私にとって重要なのは「商」だ。
私と三島との次元のちがいは、ここにおいても明瞭だろう。
しかし、今、「商」はわが日本においてあまりにはびこりすぎている。
かつて、「文」「武」において大いに三島と共感したかつての若き過激派の学生たちも
今やそのはびこりの中心にいて、したい放題のことをしているように見える。
「文」においても、今や「商」あっての「文」。
私は三島の「文」「武」に賭けた純情をなつかしく思う。
小田実
「アンケート 三島由紀夫と私」より
225:無名草子さん
09/08/17 11:54:45
…「三島由紀夫」をきわめて高く評価している。
その理由は拙著『戦後的思考』(1999年)に記した通りで、規定の枚数ではちょっと書けない。
できれば読んでいただきたいが、彼こそが、昭和天皇と戦争の死者の間の「約束違反」と、
またそれと自分の関係に目を向けた、そしてモラルということの初原の感覚を失わなかった、
例外的な戦後日本人だったからである。
三島は、戦後の小説家のうち、もっとも「戦後的」な作家だったといってよい。
戦後の天皇制から、一個人として、もっとも外に出ていた。
三島一人がいたお陰で、日本の戦後は道義的に、大いなる茶番の時代となることからかろうじて免れた、
といえるのではないかと思っている。
加藤典洋
「アンケート 三島由紀夫と私」より
226:無名草子さん
09/08/18 23:30:02
僕はたとえばね、どんな思想が起ころうが、彼ら(日本の近代主義者、知識人)は
もう弁ばくできないと思うのです。
だって自分たちがやるべきときやらなかったのだから、あとに何が出てももうしょうがないですよ。
…とにかく僕が「喜びの琴」という芝居を書いたとき、共産主義は暴力革命は絶対やらないのだと、
もうそんなのは昔の古いテーゼで、いま絶対にそういうことはやらないのだと……
あんな芝居を書く男は、頭が三十年古いとみんな笑ったものです。
そうしたらね、インドネシアの武力革命が起こりかけた。まあ、失敗しましたが。
ちょっと、五、六年さきのこともわからないのですね。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
227:無名草子さん
09/08/24 12:49:51
GHQと戦争裁判という問題はね、単なる思想問題として考えますと(いまや僕は、政治問題としての意味よりも
思想問題として影を落としていると思うのですが)GHQの理念、あるいは戦争裁判の理念というのは、
近代的普遍的諸価値のヒューマニズムがおもてだっているわけです。
そうすると、戦後にそういう諸観念がもう一度復活して、天下をまかり通って、同時にその欺瞞をあらわしたということで、
僕はアメリカの影響というのは、日本の戦後思想史には非常に強いというふうに考える。みんなが思っているよりも。
…彼ら(アメリカ人)は、自由といい、平和といい、人類というときに、それは信じていると思う。
それは彼らの生活の根本にあって、そういうものでもって国家を運用し、戦争を運用し、経済を運用してやっている。
それが日本にきてみた場合に、日本人がそういうような、ある意味で粗雑な、大ざっぱな観念で生きられるかどうかという、
いい実験になったと思う。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
228:無名草子さん
09/08/24 12:50:38
…アメリカ人の考えている自由、アメリカ人の考えている人類、アメリカ人の考えている平和というものは、
ベトナム戦争もやれるものであるということがわかってきたということだ。
これは大きな問題だと思う。
そうすると、アメリカ人はベトナム戦争をやっても、やはり自由を信じ、平和を信じていると思う。
これは嘘ではないと思う。彼らはけっしてそんな欺瞞的国民ではありませんし、彼らは戦争をやって自由のために
戦っているというのは、嘘ではないですよ。彼らは心からそう信じている。
ただ日本人は、そんな粗雑な観念を信じられないだけなんです。
というのは、日本で自由だの平和だのといっても、そんな粗雑な観念でわれわれ生きているわけではありませんからね。
そこに非常に微妙な文化的なニュアンスがあって、そこのうえで近代的な観念が生きている。
それが徐々にわかってきたというのが、いまの思想家全体の破綻の原因で、それは結局アメリカのおかげだと思うのです。
それを与えたのもアメリカなら、反省を促したのもアメリカですね。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
229:無名草子さん
09/08/24 12:51:36
林房雄:…日本弱化と精神的武装解除の軍人政治にすぎないものを、アメリカニゼーションと思いこんだのが三等学者です。
新憲法とともに登場して来た三等学者がたくさんいる。彼らが新憲法を守れというのは当然です。…
三島由紀夫:…丸山(真男)さんなどでも、ファシズムという概念規定を疑わないのは不思議ですね。
ファシズムというのは、ぜんぜん日本にありませんよ。
林:絶対ありません。どう考えてもね。
三島:そういう概念規定を日本にそのまま当てはめて、恬然と恥じない。
今度彼らを分析していくと、別なものにぶつかるのですよ。
丸山学派の日本ファシズムの三規定というのがありますね。
一つが天皇崇拝、一つが農本主義、もう一つは反資本主義か、たしかこの三つだったと思う。
そうすると、それはファシズムというヨーロッパ概念から、どれ一つ妥当しはしませんよ。
林:一つも妥当しない。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
230:無名草子さん
09/08/24 12:52:39
三島:はじめナチスは資本家と結んだのですからね。
日本の愛国運動というのは、もちろん資本家といろいろ関係も生じたけれども、二・二六事件の根本は反資本主義で、
当時二・二六事件もそうだが、二・二六事件のあとで陸軍の統制派が、二・二六事件があまり評判が悪かったので、
今度、やはり反資本主義的なポーズにおける声明書を発表したら、麻生久がとても感激したのですね。
やはりわれわれの徒だということになって、それで賛成演説などをやったりしたことがあるけれども、
そういうファシズム一つとってもそうだし……。
林:…それから二・二六事件にしても、進歩学派諸君は支配階級内部の対立だというふうにかたづけているが……。
三島:事実はぜんぜん違っている。
林:これは一つの革命勢力と支配勢力との闘いだということを認めないわけですね。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
231:無名草子さん
09/08/26 10:39:56
神風連のことを研究していて、おもしろく思ったのは、かれらは孝明天皇の攘夷の御志を、明治政府が完全に転倒させ、
廃刀令を出したことに対して怒り、…万世一系ということと、「先帝への忠義」ということが、一つの矛盾のない
精神的な中核として総合されていた天皇観が、僕には興味が深いのです。
歴史学者の通説では、大体憲法発布の明治二十二年前後に、いわゆる天皇制国家機構が成立したと見られているが、
それは伊藤博文が、「昔の勤皇は宗教的の観念を以てしたが、今日の勤皇は政治的でなければならぬ」と考えた思想の実現です。
僕は、伊藤博文が、ヨーロッパのキリスト教の神の観念を欽定憲法の天皇の神聖不可侵のもとにしたという考えはむしろ逆で、
それ以前の宗教的精神的中心としての天皇を、近代政治理念へ導入して政治化したという考えが正しいと思います。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
232:無名草子さん
09/08/26 10:42:11
明治憲法の発布によって、近代国家としての天皇制国家機構が発足したわけですが、「天皇神聖不可侵」は、
天皇の無謬性の宣言でもあり、国学的な信仰的天皇の温存でもあって、僕はここに、九十九パーセントの西欧化に対する、
一パーセントの非西欧化のトリデが、「神聖」の名において宣言されていた、と見るわけです。
神風連の電線に対してかざした白扇が、この「天皇不可侵」の裏には生きていると思う。
殊に、統師大権的天皇のイメージのうちに、攘夷の志が、国務大権的天皇のイメージのうちに開国の志が、
それぞれ活かされたと見るのです。
これがさっきの神風連の話ともつながるわけですが、天皇は一方で、西欧化を代表し、一方で純粋な日本の
最後の拠点となられるむずかしい使命を帯びられた。
天皇は二つの相反する形の誠忠を、受け入れられることを使命とされた。
二・二六事件において、まことに残念なのは、あの事件が、西欧派の政治理念によって裁かれて、神風連の
二の舞になったということです。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
233:無名草子さん
09/08/26 10:46:37
ところで僕は、日本の改革の原動力は、必ず、極端な保守の形でしか現われず、時にはそれによってしか、
西欧文明摂取の結果現われた積弊を除去できず、それによってしか、いわゆる「近代化」も可能ではない、
というアイロニカルな歴史意志を考えるのです。
…幻滅と敗北は、攘夷の志と、国粋主義の永遠の宿命なのであって、西欧の歴史法則によって、その幻滅と敗北は
いつも予定されている。日本の革新は、いつでもそういう道を辿ってきた。
…僕の天皇に対するイメージは、西欧化への最後のトリデとしての悲劇意志であり、純粋日本の敗北の宿命への洞察力と、
そこから何ものかを汲みとろうとする意志の象徴です。
…「何ものかを汲みとろう」なんて言うとアイマイに思われるでしょうが、僕は維新ということを言っているのです。
天皇が最終的に、維新を「承引き」給うということを言っているのです。
そのためには、天皇のもっとも重大なお仕事は祭祀であり、非西欧化の最後のトリデとなりつづけることによって、
西欧化の腐敗と堕落に対する最大の批評的拠点になり、革新の原理になり給うことです。
イギリスのまねなんかなさっては困るのです。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
234:無名草子さん
09/08/26 10:47:36
…僕は大嘗祭というお祭りが、いちばん大事だと思うのですがね。あれはやはり、農本主義文化の一つの精華ですね。
あそこでもって、つまり昔の穀物神と同じことで、天皇が生まれ変わられるのですね。
そうして天皇というのは、いま見る天皇が、また大嘗祭のときに生まれ変わられて、そうして永久に、最初の
天照大神にかえられるのですね。そこからまた再生する。
…僕は、経済の発展的な段階というものを、ぜんぜん信じてないのですね。
農耕文化なり、なに文化なり、資本主義から社会主義になるというのは、まったく信じてない。
だけれどもインダストリアゼーションは、土から、みんな全部人間を引き離すでしょう。
そしてわれわれのもっているものは、すべて土とか、植物とか、木の葉とか、そういうものとはどんどん離れていく。
それで土を代表するものはなにかとか、稲の葉っぱを代表するものはなにかとか、自然というものと、
われわれの生活とを最後に結ぶものはなにか。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
235:無名草子さん
09/08/26 10:49:16
…天皇制というのは、少しバタ臭い解釈になるが、あらゆる人間の愛を引き受け、あらゆる人間の愛による不可知論を
一身に引き受けるものが天皇だと考えます。普通の人間のあいだの恋でしょう……。
恋(れん)ですね。それは普通の人間とのあいだの愛情は、みなそれで足りるのですよ、全部。
それがぼくは日本の風土だというふうに思うのです。
(中略)
…僕にとっては、芸術作品と、あるいは天皇と言ってもいい、神風連と言ってもいいが、いろいろなもののね、
その純粋性の象徴は、宿命離脱の自由の象徴なんですよ。
つまりね、一つ自分が作品をつくると、その作品は独得の秩序をもっていて、この宿命の輪やね、それから
人間の歴史の必然性の輪からポンとはみ出す、ポンと。
これはだれがなんと言おうと、それ自体の秩序をもって、それ自体において自由なんですね。
その自由を生産するのが芸術家であって、芸術家というものは、一つの自由を生産する人間だけれども、
自分が自由である必要はない、ぜんぜん。そしてその芸術作品というのはある意味では、完全に輪から外れたものです。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
236:無名草子さん
09/08/28 10:52:13
―それはそうと、この間江田島の参考館へ行って、特攻隊の遺書をたくさん見ました。
遺書というのではないが、ザラ紙に鉛筆の走り書きで、「俺は今とても元気だ。三時間後に確実に死ぬとは思えない……」
などというのがあり、この生々しさには実に心を打たれた。
九割九分までは類型的な天皇陛下万歳的な遺書で、活字にしたらその感動は薄まってしまう。
もし出版するなら、写真版で肉筆をそのまま写し、遺影や遺品の写真といっしょに出すように忠告しました。
それにしても、その、類型的な遺書は、みんな実に立派で、彼らが自分たちの人生を立派に完結させるという叡智をもっていたとしか思えない。
もちろん未練もあったろう。言いたいことの千万言もあったろう。
しかしそれを「言わなかった」ということが、遺書としての最高の文学表現のように思われる。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
237:無名草子さん
09/08/28 10:53:09
僕が「きけわだつみのこえ」の編集に疑問を呈してきたのはそのためです。
そして人間の本心などというものに、重きを置かないのはそのためです。
もし人間が決定的行動を迫られるときは、本心などは、まして本心の分析などは物の数ではない。
それは泡沫のようなただの「心理」にすぎない。
そんな「心理」を一つも出していない遺書が結局一番立派なのです。
それにしても、「天皇陛下万歳」と遺書に書いておかしくない時代が、またくるでしょうかね。
もう二度と来るにしろ、来ないにしろ、僕はそう書いておかしくない時代に、一度は生きていたのだ、ということを、
何だか、おそろしい幸福感で思い出すんです。
いったいあの経験は何だったんでしょうね。あの幸福感はいったい何だったんだろうか。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
238:無名草子さん
09/08/31 10:54:28
三島:日本人はアジアでも特殊な民族で、外来文明に対する抵抗力はいちばん強いと思う。
肺結核の黴菌に対しても、清浄な空気の田舎から出てきた人は非常にかかりやすく、都会でもまれて免疫になっている人は
かかりにくいのと同じで、日本は外来文化の吹きだまりと言われているぐらいなので、抵抗力はアジアでいちばん強い。
インド人は依然としてサリーを着ている。インド人は外来文化に対して立派に抵抗している。
日本人の男は似合いもしないセビロを着、女はドレスを着ている。
皮相な観測をする外国人は、日本人は無節操で外来文化に対する抵抗力がないというが、そんなことはない。
似合わないセビロを着ていられるから抵抗力があるのだ。
そういう恰好ができないということは、逆にいえば抵抗力がないということだ。
ガンジーが糸車で抵抗したのはそれを知っていたからだ。
三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より
239:無名草子さん
09/08/31 10:55:21
三島:トインビーが言っているように、東南アジアから近東地方にかけての西洋文明の侵略に抵抗しえたのは
ガンジーの糸車である。もし、たとえ小さな機械でも、あれを機械に変えていれば、堤に穴があいたように、
そこからどっと西洋文明が入って来る。
そして社会が改革され、経済が改革され、西洋人が教えたとおりにやっていく。
現に東南アジア諸国は西洋をまねて革命を起こそうとしているが、日本はその点、いつもぐずらぐずらしている。
明治維新だってしようがないからやったんだ。のらりくらりで、相手を受け入れても抵抗力を失わない。
これは自信を持っていいと思う。
冷蔵庫やテレビをおいても、もう一つの世界を持っていける力がある。
人生をフィクションにする力は、日本人の大きな力だ。
三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より
240:無名草子さん
09/08/31 10:56:05
三島:アメリカ人をご覧なさい。アメリカ人は六つの頃からセビロを着て、死ぬまでセビロを着なければならない。
ほかに着るものがない。人生をフィクションにする部分は一つもない。
教会に行ってもプロテスタントの教会だから、カソリックと違って飾り物やお祭があるわけでもない。
その一生は、人生のフィクションを味わうものがなにもないから、じつにさびしいものだろう。
そうだから、日本の文化に見られる人間精神の、純粋な結晶に、憧れを感じる。
日本人はそれをケロっとして持っている。自信を持っていい。
千:私もそれを考えて、ある席で言ったことがある。
日本人は模倣性が強いというが、そんなことは考えなくともよい。
無意識のうちに外にいるときは洋服、畳の上にいるときは着物を着る。
衣食住に関しては、外国人ができないことを平然としてやれる。
ですから、こういう機械文明の時代になっても、茶室で静かに自分の境地をさがし出すこともできる。
三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より
241:無名草子さん
09/08/31 10:56:53
編集者:…お茶事は演出するもの、フィクションである。
しかも、それは歌舞伎の「先代萩」とか「菅原伝授」とか、たとえ俳優がかわっても繰り返して
なんべんでもやれるというものではない。だから一期一会……。
千:一期一会はお茶から出ているんだが、べつにお茶だけに限らなくともいいでしょう。
人間はおたがいに生活に追われているから、一日の一瞬間でも、ほんとうに心からとけあってお茶事を構成していこう、
そういう解釈でいいんじゃないですか。
今日会えば二度と会えなくても満足だという真剣勝負のような気持、そういう気魄は当然あるべきだと思う。
ただ、それを押しつけては、おたがいに窮屈になってしまうけれど。
三島:最高の快楽というのはそういうもんじゃないか。
現在の一瞬間を最高に楽しむ。非常にストイックな快楽ということになりますね。
三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より
242:無名草子さん
09/08/31 10:57:34
千:瞬間瞬間をいかに満足するか。お茶を出す亭主はどういうようにすればお客さんに喜んでもらえるか、
また客のほうは、どうすれば雰囲気のなかに溶け込んで、自分というものが亭主に快く受け入れられるかという
瞬間的なふれあい、それは今言われたように、最高の快楽、和・敬・清・寂というものだろうと思う。
三島:たいへん教養のあるアメリカの婦人が、日本にきて、北鎌倉のあるお寺に行ってそこの高僧に会った。
春で庭に梅の花が咲いていた。その人は日本語ができないので、おそるおそる座敷に入って、端近に座った。
やがて和尚さんが現われてニッコリした。彼女もなにもわからないがニッコリした。
その瞬間、彼女はここで死んでもいいと思ったそうです。
これまで五十何年間生きてきたけれども、自分が死んでもいいと思った瞬間はあのときがはじめてだといっていたが、
ここに道を求むる人ありという感じでした。(笑)
三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より
243:無名草子さん
09/08/31 10:59:55
三島:…これは古い言葉ですが、伝統芸術というのはおしなべて「捨身飼虎」の精神がほしいと思う。
身を捨てるということは、現代ではセビロを着ること、テレビを見ること、洗濯機を使うこと、地下鉄を乗ること、
これが現代の捨身。お茶はほんとうにおそろしいものですよという位置まで高めるのが飼虎。そうしなければいけないと思う。
いま歌舞伎や能の人のやっていることは、虎が檻から勝手に出てしまって、自分では虎を飼っていない人が多い。
そこで身を捨てないで、着物、羽織、袴をはいても、虎がいないのでは人の心をつかめない。
お客さんは檻のなかに虎がいないことを知っている。
編集者:…お茶は虎だというのは非常に大切だと思います。盲蛇におじずで、虎を猫だと思っている人が多いから、
猫じゃなくて虎だということを知らせるのは伝統を守るために必要なことでしょう。
外人を茶室に入れたら、キチッと坐らせて、猫じゃなく虎だと思わせることは非常に必要なことですね。
三島:ますますこれから必要でしょう。総理大臣までチョロチョロしている世の中で、日本の凜然たるものを
持っているのは伝統芸術だけだということになるかもしれないね。
三島由紀夫
千宗室との対談「捨身飼虎」より
244:無名草子さん
09/09/02 14:15:32
所詮
あのような破滅的行動で最後を迎え、生首晒すことしかできない愚かな男。
どんなに優れた小説を書こうが思想を唱えようが、生首晒すことしかできなかった男。
割腹、介錯の時点でただの真性。
こんな真性を称賛する輩もまた同じく低俗なただの自己満バカ。
245:無名草子さん
09/09/03 15:54:19
「三島由紀夫の憲法論」高森アイズ
URLリンク(www.youtube.com)
246:無名草子さん
09/09/07 17:57:35
…近代主義者はとにかくだめだということは、二十年でよくわかった。
そうして日本の近代主義者の言うとおりにならなかったのは、インダストリアリゼーションをやっちゃったということで、
これが歴史の非常なアイロニーですね。
普通ならば、近代主義者の言うとおりに、思想精神が完全に近代化することによって近代社会が成立し、
そしてインダストリアリゼーションの結果、そういうものが社会に実現されるという、じつは必ずしも
コミュニズムであってもなくても、彼らの考えていることはそうですよ。
ところがなに一つわれわれのメンタリティーのなかには、近代主義が妥当しないにもかかわらず、工業化が進行し、
工業化の結果の精神的退廃、空白といってもいいが、そういうものが完全に成立した。
それと、日本人のなかにある古いメンタリティーとの衝突が、各個人のなかにずいぶん無秩序なかたちで
起こっているわけですね。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
247:無名草子さん
09/09/07 17:58:16
…僕が思想家がぜんぜん無力だというのは、経済現象その他に対してすらなんらの予見もしなければ、
その結果に対して責任ももってないというふうに感ずるからです。
第一、戦後の物質的繁栄というのは、経済学者は一人も寄与してないと思いますよ。
僕が大蔵省にいたとき大内兵衛が、インフレ必至説を唱えて、いまにも破局的インフレがくるとおどかした。
ドッジ声明でなんとか救われたでしょう。政治的予見もなければなんにもない。
経済法則というものは、実にあいまいなもので、こんなに学問のなかでもあいまいな法則はありませんよ。
それで戦後の経済復興は、結局戦争から帰ってきた奴が一生懸命やったようなもので、なんら法則性とか
経済学者の指導とか、ドイツのシャハトのような指導的な理論的な経済学者がいたわけではないし、
まったくめくらめっぽうでここまできた。
これは経済学者の功績でも、思想家の功績でもない。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
248:無名草子さん
09/09/07 17:59:02
三島:やはり林さんの明治維新の根本テーマでも、開国論者がどうしてもやりたくてやれなかったことを、
攘夷論者がやった。あの歴史の皮肉ですね。
林:攘夷論者のみが真の開国論者だった。これが歴史のアイロニイだが、敗戦史家たちには、
このアイロニイがわからないのだな。いまにわかります。
三島:そういう大きな歴史の皮肉ですね、そういうあれがあったでしょうか、戦前、戦後を通じて、文学で……。
林:アイロニイだらけだ。…ドイツ文学の鴎外と英文学の漱石が乃木大将の殉死を最も正確に理解した。…
東西文明の接点に立つ日本文化のアイロニイではないでしょうか。…
…すべて内的な自己展開であって、時流におし流されてものを言ったのではない。
…だから人間は戦争を避けて通ろうとしてはいけないのですよ。
平和は結構だが、戦争は必ず起こると覚悟していなければ、一歩も進めない。
平和が永久につづくなどと思っていたら、とんだ観測ちがいをおかすことになる。
地球国家ができましたら、こんどは宇宙船を飛ばして……。
三島:ほかの遊星を攻撃する……。
三島由紀夫
林房雄との対談「日本人論」より
249:無名草子さん
09/09/10 15:44:12
三島:…日本の状況をみますと、…少なくとも自民党が危ないときになって国民投票をやったとします。
そうしてウイかノンかといのを国民に問うたとします。
できることは、安保賛成(ウイ)か安保反対(ノン)かどっちかしかない。
安保賛成というのは、はっきりアメリカですね。安保反対というのはソビエトか中共でしょう。
日本人に向かっておまえアメリカをとるか、ソビエトをとるか中共をとるかといったら、
僕はほんとうの日本人だったら態度を保留すると思うんですね。
日本はどこにいるんだ。日本は選びたいんだ、どうやったら選べるんだ。
これはウイとノンの本質的意味をなさんと思うんですよ。
そういたしますと、…まだ日本人は日本を選ぶんだという本質的な選択をやれないような状況にいる。
これで安保騒動をとおり越しても、まだやれないんじゃないかという感じがしてしようがない。
三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より
250:無名草子さん
09/09/10 15:45:23
三島:それで去年の夏、福田赳夫さんと会ったときに、
「自民党は安保条約と刺しちがえて下さいよ」と言ったんですよ。
私が大きなことを言うようですが、私の言う意味は、自民党はやはり歴史的にそういう役割を持っている、
自民党は西欧派だと思うんです。
西欧派は西欧派の理念に徹して、そこでもって安保反対勢力と刺しちがえてほしい。
その次に日本か、あるいは日本でないかという選択を迫られるんであるというふうに言ったことがある。
いま右だ左だといいましても、安保賛成が右なのかということは、いえないと思うんです。
安保賛成も一種の西欧派ですよ。安保反対はもちろん外国派です。
そうすると国粋派というのは、そのどっちの選択にも最終的には加担していないですよ。
三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より
251:無名草子さん
09/09/10 15:46:20
三島:ですからナショナリズムの問題が日本では非常にむずかしくなりまして、私が思うのに、
いま右翼というものが左翼に対して、ちょっと理論的に弱いところがあるのは、われわれ国粋派というのは、
ナショナリズムというものが、九割まで左翼に取られた。
だって米軍基地反対といったって、イデオロギー抜きにすれば、だれだってあまりいい気持ちではない。
それからアメリカは沖縄を出て行け、沖縄は日本のものであったほうがいい、なにを言ったところで、
左翼にとってみれば、どこかで多少ナショナリズムにひっかかっているから広くアピールする。
三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より
252:無名草子さん
09/09/10 15:47:34
三島:そうして私は、ナショナリズムは左翼がどうしても取れないもの―九割まで取られちゃったけれども、
どうしても取れないもの、それにしがみつくほかないと信じている。だから天皇と言っているんです。
もちろん天皇は尊敬するが、それだけが理由じゃない。
ナショナリズムの最後の拠点をぐっとにぎっていなければ取られちゃいますよ。
そうして日本中が右か左の西欧派(ナショナリズムの仮面をかぶった)になっちゃう。
林:…僕は今の左翼の“ナショナリズム”は発生が外国指令だと思う。
いくら彼らに教えても反米はできるが反ソ、反中共はできない。
したがって尊王ということは、彼らにとっては、もってのほかです。…
三島:…やつらは天皇、天皇といえばのむわけないです。
のむわけないから、やつらから天皇制打倒というのを、もっと引出したいですよ。
…これをもっとやつらから引出さなければならない。
やつらのいちばんの弱味を引き出してやるのが、私は手だと思っているんですがね。
三島由紀夫
林房雄との対談「現代における右翼と左翼」より
253:無名草子さん
09/09/12 23:37:00
このきちがいどうでもいいわ
首切って死ぬとか
異常すぎる
最低な男だ
東大法学部っていったって推薦合格だろ
次席っていっても今よりも作文みたいなの書くだけでいいから楽
254:無名草子さん
09/09/13 11:40:55
…核兵器というのは男で、世論というのは女という考えを非常に強くもっているんですよ。
…それをさらに敷衍しますと、こういう世の中にしたのは、どうも核が原因じゃないかと思えるんです。
というのは国家権力でも何でも、権力というのは力ですから、「“力”イコール兵器」で、
兵隊の数と強い兵器をもっている方が強い。当然でしょう。それが世界歴史を支配してきた。
いままでは兵器は使えるからこそ強かったんです。ところが使えない兵器をついつくっちゃったんですね。
広島で使ってあんな惨禍を起こして使えなくしてしまった。
使えない兵器というのは、あるいは力というのは恫喝にしか用をなさない。
恫喝ないしは心理的恐怖、ひとつのシンボリックな意味だけが強まってきた。
そうなると、片一方の方は使えぬ兵器に対するものとして人民戦争理論みたいに、ずっと下の方から
しみこんでくるやつが出てくるのは当然ですね。
それをみて被害者意識というのがだんだん勝つ力になってくる。
三島由紀夫
小汀利得との対談「天に代わりて」より
255:無名草子さん
09/09/13 11:41:56
広島市民には非常に気の毒だけれども、つまり「やられた」ということが、何より強い立場とする人間ができてくる。
そうすると、やられないやつまでも、やられたような顔をする方がトクだというようになるわけです。
つまり女が男にだまされたといって訴えるようなものです。
とにかくトクなのは、なぐることじゃなくて、なぐられることだと。
そして痛くなくとも、「あっ、イタタタ!」というほうがいつも強い立場をつくれる。
それで全学連がヘルメットの下に赤チンを綿にしみこませていて、なぐられると赤チンがダラダラと
垂れるようになっているという話もききますが、それも被害者ぶる者の強さの一例ですね。
…被害者という立場に立てば、強いということがわかっちゃっている。
…力対力という関係が、戦後の世界ではだんだん薄れてきつつあると思うんですよ。
…主婦連じゃないけれども、弱いわれわれの生活を守るのにはどうすればいいのか、
すべて「弱いわれわれ」が前提になっている。
三島由紀夫
小汀利得との対談「天に代わりて」より
256:無名草子さん
09/09/13 11:42:42
これは世論のいちばん大きな要素で、われわれが世論に迎合するためには、自分が強者、あるいは
加害者であったらたいへんなことになっちゃう。
自衛隊があんなに悪口をいわれるのはもう、自衛隊が力だということがはっきりしているからですね。
…これは戦略をよほど考えないと、いまわれわれは左翼の言論を力だと思って評価したらまちがいで、
あれは弱さの力なんですね。
…「ウエストサイド・ストーリィ」というミュージカルがありますが、実に皮肉な歌が出てきます。
暴力団の不良少年どもが、お巡りがやってくると、みんなで被害者意識を訴える歌を歌うんです。
…ああいう逆手のとり方というのは、日本では一般的になっちゃった。
…誰も個人が責任をとらなければ、罪を人になすりつけるほかない。
そうすると金嬉老のような殺人犯の罪さえ、誰かに、あいまいモコたるものになすりつけることはできるんですね。
これは人間が、本当に自分個人の責任をとらなくなった時代のあらわれですね。
三島由紀夫
小汀利得との対談「天に代わりて」より
257:無名草子さん
09/09/13 11:43:34
…たとえばわれわれの中に、自立感情というのがあり、…何とか一人立ちしたい、人に頼らずに生きたいという
気持ちがあることは右も左も問わないと思うんです。
その気持ちを左に利用されるというのは非常につらいですね。
たとえば米軍基地反対とか、沖縄を返せとか、どこかに訴える力がありますよね。
それは右にも共通するからですね。
ぼくはこのあいだアメリカ人にいったんです。ここらが君たちの性根のきめどころだと。
安保条約をやめて双務協定にするとか、そのためには憲法をかえなければならない。
そのときには君らの国に基地をくれといったんです。(笑)
ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨーク、ワシントンの四ヶ所でいいから、基地をほしいと……。
…そのまわりに基地反対デモが押し寄せても、その一坪の中にはいってきたら、撃っちまえばいいんですからね。
…向こうで基地反対闘争でも起これば大成功です。(笑)
三島由紀夫
小汀利得との対談「天に代わりて」より
258:無名草子さん
09/09/13 11:44:39
…もうひとつは自立という問題に関係するんですが、自衛隊がどうもいざというときには、アメリカの指揮で
動くんじゃないかという心配をみんなもっているわけですよ。
これは自衛隊によく聞いてみても、最終的な指揮権がどこにあるかということになると、実にむずかしいですね。
…最終指揮権については、いろんなカバーがあるわけですね。
…私はどうしても日本人の軍隊をもたなければいかん、どんなに外国から要請があっても、条約がない限り動かんと、あるいは
こっちはこっちの判断でやっていく軍隊がなければならん、そうすると、どうすればいいんだということをいろいろ考えた。
どうしても二つに自衛隊を分けて、全くの国土防衛軍と、それから国連協力軍の二つに分ければいい。
…ぼくは陸上自衛隊の九割までは国土防衛軍でいいと思う。
そうすれば、その軍隊はどんなことがあっても日本をまもるため以外は動かないんだから、国民の信頼を得ますよね。
三島由紀夫
小汀利得との対談「天に代わりて」より
259:無名草子さん
09/09/15 22:54:38
小汀利得との対談「天に代わりて」より
これ面白いね。今の時代だからよけい体に沁み渡るようなコメントだ。
260:無名草子さん
09/09/17 10:23:41
今も昔も、弱者を楯にとるサヨマスコミのやり方は変わってないってことだね。
261:無名草子さん
09/09/24 22:27:55
三島:僕はいつも思うのは、自分がほんとうに恥ずかしいことだと思うのは、自分は戦後の社会を否定してきた、
否定してきて本を書いて、お金をもらって暮らしてきたということは、もうほんとうに僕のギルティ・コンシャスだな。
武田:いや、それだけは言っちゃいけないよ。あなたがそんなこと言ったらガタガタになっちゃう。
三島:でもこのごろ言うことにしちゃったわけだ。おれはいままでそういうことを言わなかった。
武田:それはやっぱり、強気でいてもらわないと……。
三島:そうかな。おれはいままでそういうことは言わなかったけれども、よく考えてみるといやだよ。
武田:いやだろうけど、それは我慢していかないと……。
三島:それじゃ、我慢しないでだよ、たとえば、戦後社会を肯定して、お金をもうけることは非常に素晴らしいことだ、
これならだれに対しても恥ずかしくない、と言えるかな。
武田:言えないでしょう、それは。
三島由紀夫
武田泰淳との対談「文学は空虚か」より
262:無名草子さん
09/09/24 22:28:49
三島:言えないでしょう。そうすると、われわれだってどっちもいけないじゃないの。どうするのよ……。
武田:だから最後まで強気をもつということよ。
三島:強気をもつということは、もう小説を書くことじゃないだろう、そうすれば。
文学じゃそれは解決できる問題じゃない。
武田:だって、小説だって、あの長いもの書くのに、強気でなければ書けないよ。
三島:しかし僕は、それは絶対文学で解決できない問題だと気がついたんだ。
…たとえば政治行為というものはね、あるモデレートな段階で満足できるものなら、自分の良心も満足するだろう。
たとえば、デモに参加した、危険を冒して演説会をやった、私は政治行為をやったということで、
安心して文学をやっていられる。私は自分の良心にこれだけ忠実にやったんだぞ、ということで、文学をやる、
小説が売れる、お金が入る、別荘でも建てる、犬でも飼う、ヨットを買う、そんなことほんとうにいやだな。
武田:それは、あなたはいやでしょうね。
三島:ほんとうにいやだな。
武田:だけども、つまり政治行動というものは、ほんとうはそうじゃないからね。
三島由紀夫
武田泰淳との対談「文学は空虚か」より
263:無名草子さん
09/09/26 15:32:46
あんまりコピペするなよ。三島と信者の頭の程度が知れるだろうが。
264:無名草子さん
09/09/26 17:12:38
武田泰淳との対談での三島発言に対しては
「四十を過ぎた大の男が語る内容じゃない」と野坂昭如が一笑に付してたな
265:無名草子さん
09/09/26 22:36:32
>>264
野坂昭如なんてただの電波芸者だから、戦後テレビ界、大衆社会を生きていく保身のためには、
世間的にそう言わざるをえなかっただけの話でしょう。
266:無名草子さん
09/09/28 10:07:09
それを言うなら三島も間違いなく電波芸者を気取っていただろうに
野坂も石原も完全に三島の亜種だよ
ただ両者には三島のような平衡感覚を伴った透徹した批評眼が徹底的に欠けているだけ
267:無名草子さん
09/09/28 10:42:43
>>266
欠けていたというより、根本的に心構えが全然違う。
268:無名草子さん
09/10/04 23:54:18
ある晩、事件の年の春頃でしたか、伜(三島由紀夫)は茶の間で、
「日本は変なことになりますよ。ある日突然米国は日本の頭越しに中国に接触しますよ、
日本はその谷間の底から上を見上げてわずかに話し合いを盗み聞きできるにとどまるでしょう。
わが友台湾はもはやたのむにたらずと、どこかに行ってしまうでしょう」と申しました。
これを後で伜のある先輩に話しますと自分もあなたよりずーっと早い四十三年の春に、
銀座で食事中にまったく同じ予言を聞かされたものです、と驚いておりました。
平岡梓
「伜・三島由紀夫」より
269:無名草子さん
09/10/05 10:45:42
私には三島由紀夫が、自分がロボットだと気付いてしまったロボットのように思えてしまう時がある。
自分の内部構造、背負わされた宿命、世界の実相……、その仕組みを、それを創造した者と同じくらい
完全に理解できる能力を持っていた三島由紀夫は、結局、自分が何者であるかを知ってしまった。
三島由紀夫は自分が【人間】であることを理解してしまったのだ。
精神の奇跡待望の不可避とその不可能の自覚という性質。
告白は不可能であり、真の自己は規定し得ないということ。
人間は自由意志を持ってはいないということ。見えない誰かに何かを強いられて生きているということ。
人間であるということそれ自体がひとつの罠にかかってしまっているということ。
そして、自分が誰からも理解されてはいないということ……。
三上秀人
「三島由紀夫の遺言 観世音」より
270:無名草子さん
09/10/05 10:48:20
世界についても理解した。
それは涅槃の文学である三島文学の最終的な主題「奇跡自体よりもふしぎな不思議」だ。
即ち古代存在論にはじまり、中世スコラ哲学へと続き、デカルトやウィトゲンシュタイン、ライプニッツらも
問うた『神秘的なのは、世界が如何にあるかではなく世界があるということ』という命題。
数多くの哲学者が求めたこの命題に対する三島由紀夫の答えは、「仮面の告白」における
素面の不在と同じように、世界存在そのものの実体の不在だった。
『「海と夕焼け」は、奇跡の到来を信じながらそれがこなかったという不思議、いや、奇跡自体よりも
さらにふしぎな不思議という主題を凝縮して示そうと思ったものである。
この主題はおそらく私の一生を貫く主題になるものだ』(花ざかりの森・憂国 あとがき)
…『本多は夢の生に対する優位を認識した』(天人五衰)
三上秀人
「三島由紀夫の遺言 観世音」より
271:無名草子さん
09/10/05 15:05:34
「最初はご自宅に伺ったんです。『論争ジャーナル』発刊の主旨、論調は当時反主流でした。
先生(三島由紀夫)は、その当時から一つの輝く北斗の星でしたよ。
思想的な評論など出していましたからね。
例えば、『対話・日本人論』とか、思想的な評論関係の著作を出していましたから。
文学者としてではなく、思想家として見ていましたよ。
小説家三島由紀夫と我々は見てなかったですよ。おそらく誰も。
…あの頃は、慶応で最初の学園紛争がありまして、それから早稲田、日大、明治、東大って
どんどん広がっていったわけです。
当時の思想風景というのは、左翼でなければ人にあらずという……。
想像できないでしょうが、そうだったんです。
で、やっぱり、そのうちとんでもないことが起きる、と。
今見れば漫画みたいになっちゃうかもしれないけど、革命というのを、我々は真剣に
危機的に感じていました。
そういう時代風潮を押さえて見ないと、あの頃の行動というのはわからないんですよ。
今の、この社会状況から見てたんじゃ」
持丸博(元楯の会初代学生長)
鈴木亜繪美
「火群のゆくへ 元楯の会会員たちの心の軌跡」
272:無名草子さん
09/10/06 01:06:02
三島のギリシャ紀行いいよな
エーゲ海や彫刻美術を見て作品の肥やしにしたんだなとわかる
273:無名草子さん
09/10/06 12:07:33
小説は難しいけど、評論文や紀行、エッセイは抜群に面白いね。
274:無名草子さん
09/10/06 19:35:18
カップクさみー
実況なくて良かったよ
何様なんだ
275:無名草子さん
09/10/07 17:03:31
潮騒詰まんなかった
276:無名草子さん
09/10/07 17:30:43
↓楽天ブログユーザーの人、誰か米尼で簡単に入手できることを教えてやってくれ。
URLリンク(plaza.rakuten.co.jp)
277:無名草子さん
09/10/07 20:14:21
潮騒って言ったら、薬師丸ひろ子の世代
278:無名草子さん
09/10/07 23:46:18
>>277
高一でがす
279:無名草子さん
09/10/08 00:12:09
「あの頃は、全共闘全盛の時代だった。俺は九州生まれで、全共闘の考え方に馴染めなかった。
ああ、俺の考えは世の中に合わないのかな、と思ったよ。
…学校へ行ってもどうも自分と考えてることが違うなという連中が、我が物顔で歩いている。
肉体的には負けないけど、論争して負けたくないから理論武装したいと思った。
先生(三島由紀夫)の人柄とかに興味津々だったから、たぶん、先生が辟易するくらい質問したよ。
根ほり葉ほり訊いたね。先生は、目が非常に純粋で、僕らのようなひよっこにも丁寧な言葉を使ったし、
時間を守る、威張らないし、そういうことからも魅力を感じた。文豪なんていうそぶりは全然見せなかった。
礼儀正しさとか非常に親切心があるとか、何回かのお付き合いの中で敬意を持つようになった」
仲山徳隆(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
280:無名草子さん
09/10/09 17:23:57
「三島先生は、『君が田村君か、さあ座りなさい』とおっしゃり、これが最初の言葉だった。
じっと見られた大きな目がキラキラ輝いていて、印象に強く残った。実にあっけない最初だった。
(中略)
体験入隊終了直前、緊張の連続と疲労の極みで胃液を吐きダウンしてしまった。
薬を飲まされ、隊舎のベッドで横になっていると、三島先生がいらしたんです。
ベッド脇に座られて『大丈夫か』と声を掛けてくださった。『幾つになった』と訊かれ、
『十八です』と答えると、『そうか、俺は君の親の世代なんだなあ。無理するなよ、行けるか?』と。
先生のあの声は忘れられないですよ」
田村司(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
281:無名草子さん
09/10/09 17:24:50
「とにかく入学した前後って、大学紛争が一番大変だった時、最初に入試を受けた時は
バリケードがあって機動隊が出てましたよ。
早稲田の文学部は革マル派の本拠地だった。圧倒的に、革命論争だとか新左翼系の話が主流でした。
でも、いわゆる左翼系の議論には違和感があった。どうもちょっとおかしいと。
それでいろんなものを読んでる中で、一番明解に論を展開していたのが三島先生だった。
そういう意味じゃ、『論争ジャーナル』に出て来て論陣を張ったというのは画期的だった。
自衛隊に行こうと思ったのは、当時はマイナーな存在で、どちらかというとマイナスの評価だった。
それと規律で全部縛られている所では自分がないと言われていましたから、本当に徹底してがんじがらめの
規制の中で人間がどうであるか、自由でありうるか、それを一回やってみたいと思ったんです」
佐原文東(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
282:無名草子さん
09/10/09 17:25:36
「三島先生の『楯の会』は、思想的に自由な所だったというのが大きかったと思います。
思想的束縛がありませんでした。会自体すごく幅広い人が入って来ていました。
僕なんか、従来型の右翼系の人とは随分違ったと思います。
僕は、三島先生といろいろ話していて、今まで会ってきた人の中であれ程頭のいい人はいなかったですね。
非常に明晰で、クリア。透明なんですよ、透明。なんていうかクリスタルガラスのような、
水晶のような、そんな印象でした。
森田さんは、ともかく明るい人でした。話していて非常に気分のいい人。裏表がない人。
そういう意味で翳のない人だよね。生き方にも翳がないし」
佐原文東(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
283:無名草子さん
09/10/09 17:26:21
「三島先生は先駆的な考えをお持ちで、当時、『論争ジャーナル』という雑誌で民兵構想というのを
出されていました。こういうのは、これから面白いなと思った。
つまり自衛隊だけではなくて、民間人が防衛組織の一翼を担うという構想を出されていた。
アメリカでもヨーロッパでもそういう民兵というのはあるわけで、日本だけがそのような民兵組織がなかった。
自衛隊自体が、むしろほとんど否定されていたような世の中だったから、ああいう考え方は非常に新鮮でした。
今でもよく覚えているのは、訓練の時に小銃を持って走るわけですよ。
あの時、三島先生は『銃の重さを知ることが非常に大切なことなんだよ』と語っておられた。
よく記憶しています。国を守るということは、銃の重さを身体で感じることなんだと、理屈ではないんだと。
全くその通りだなと思いました。
ほとんどの話は忘れてしまったけれど、これはよく記憶していますね、銃の重さのことは」
イニシャルO、元京都大学生(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
284:無名草子さん
09/10/10 09:31:00
三島の文章をぺたぺた貼ってるのは全部同じ人?
ありがとー
三島の文豪アルバムみたいなやつを見たんだけど、
どうも当時の四ツ谷っていうのは、
あまり栄えていない所だったみたいだね。
日の当たらない角部屋で育てられたそうで。
三島の上流階級出身のポーズから、勝手にもっといいとこで育ったもんだと思ってた。
285:無名草子さん
09/10/10 11:17:00
>>284
自身で、私には百姓の血が入ってる、って述べてるから、上流階級のポーズはしてないと思う。
286:無名草子さん
09/10/10 23:14:29
民族主義とは、本来、一民族一国家、一個の文化伝統・言語伝統による政治的統一の熱情に他ならない。
(中略)
では、日本にとつての民族主義とは何であらうか?
…言語と文化伝統を共有するわが民族は、太古から政治的統一をなしとげてをり、
われわれの文化の連続性は、民族と国との非分離にかかつてゐる。
そして皮肉なことには、敗戦によつて現有領土に押し込められた日本は、国内に於ける
異民族問題をほとんど持たなくなり、アメリカのやうに一部民族と国家の相反関係や、
民族主義に対して国家が受け身に立たざるをえぬ状況といふものを持たないのである。
従つて異民族問題をことさら政治的に追及するやうな戦術は、作られた緊張の匂ひがするのみならず、
国を現実の政治権力の権力機構と同一し、ひたすら現政府を「国民を外国へ売り渡す」買辧政権と
規定することに熱意を傾け、民族主義をこの方向へ利用しようと力めるのである。
三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より
287:無名草子さん
09/10/10 23:15:23
しかし前にも言つたやうに、日本には、現在、シリアスな異民族問題はなく、又、
一民族一文化伝統による政治的統一への悲願もありえない。
それは日本の歴史において、すでに成しとげられてゐるものだからである。
もしそれがあるとすれば、現在の日本を一民族一文化伝統の政治的統一を成就せぬところの、
民族と国との分離状況としてとらへてゐるのであり、民族主義の強調自体が、この分離状況の
強調であり、終局的には、国を否定して民族を肯定しようとする戦術的意図に他ならない。
すなはち、それは非分離を分離へ導かうとするための「手段としての民族主義」なのである。
…前述したやうに、第三次の民族主義は、ヴィエトナム戦争によつて、論理的な継目をぼかされながら
育成され、最後に分離の様相を明らかにしたが、ポスト・ヴィエトナムの時代は、この分離を、
沖縄問題と朝鮮人問題によつて、さらに明確にするであらう。
三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より
288:無名草子さん
09/10/10 23:17:09
…戦後の日本にとつては、真の民族問題はありえず、在日朝鮮人問題は、国際問題であり、
リフュジーの問題であつても、日本国内の問題ではありえない。
これを内部の問題であるかの如く扱ふ一部の扱ひには、明らかに政治的意図があつて、
先進工業国における革命主体としての異民族の利用価値を認めたものに他ならない。
三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より
※リフュジー … 難民
289:無名草子さん
09/10/10 23:17:49
…手段としての民族主義はこれを自由に使ひ分けながら、沖縄問題や新島問題では、
「人質にされた日本人」のイメージを以て訴へかけ、一方、起りうべき朝鮮半島の危機に際しては、
民族主義の国際的連帯感といふ論理矛盾を、再び心情的に前面に押し出すであらう。
被害者日本と加害者日本のイメージを使ひ分けて、民族主義を領略しようと企てるであらう。
しかしながら、第三次の民族主義における分離の様相はますます顕在化し、同時に、
ポスト・ヴィエトナムの情勢は、保守的民族主義の勃興を促し、これによつて民族主義の
左右からの奪ひ合ひは、ますます先鋭化するであらう。
三島由紀夫
「文化防衛論 戦後民族主義の四段階」より
290:無名草子さん
09/10/11 13:10:04
同性愛サロンについて
同性愛者をはじめとするセクシュアルマイノリティが集い、独自の観点・視点から様々な事象を語る板です。
(同性愛とは直接関係のない芸能・音楽・テレビ・映画等の娯楽、日常生活、一般時事など)
セクシュアルマイノリティ(Lesbian, Gay, Bisexual and Transgender)限定の板です。
★次の行為は禁止です
* ブラウザクラッシャー・ウィルスコード等の貼付け・リンク。
* 同性愛者、その他の同性愛等に関する、差別、蔑視、挑発、誹謗中傷発言。
特定の人物や固定ハンドル、お店への叩き。
* 板違いである話題。801、ボーイズラブ、同人。実況。同性愛者になりきりで書込み。
同性愛者独自の視点で語れない内容。
* 単発質問スレッド。板を跨いだ重複スレッド。
以上の板の看板を見ればわかるように同性愛サロンは、非同性愛者、とくに腐女子と言われる人々の
書き込みをローカルルールで固く禁じている板です。
非同性愛者、腐女子の書き込み・スレ立てはそのまま板荒らし行為になります。
また、同一のスレタイ・内容のスレを多数の板へ板をまたいで乱立するのはガイドラインでもローカル
ルールでも二重に禁止されている違反行為です。
2ちゃんねるには書き込みするユーザーを制限している板もあります。
おすすめ、検索から書き込みするときには注意しましょう。
291:無名草子さん
09/10/13 12:38:01
「森田とは同じ年だった。ある時、先生が俺をからかって、
『森田には命預けますっていう学生がいっぱいいるんだよ』と言ったんだ。
そうしたら、森田は顔を真っ赤にして、『いやあ、僕の命は先生に』って言った。
僕は自分の日記に書いても先生に直接そんなふうに言ったことないよ」
川戸志津夫(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
292:無名草子さん
09/10/13 12:38:58
「高校一年の時に、文化大革命が起きて、新聞は『文化大革命』礼賛一色ですよ。
『毛沢東万歳!』ってすごかった。ものすごい理想国家のように持ち上げていた。
ところが、新聞にちっちゃく記事があって、大陸から香港に逃げてフカに食われて死んじゃう人が
何百人もいるのを目撃したって。そんな素晴らしい国ならなんで亡命して逃げて来るんだ。
変じゃないかって、子供心に思っていたわけです。
…右でも左でもなかった。ところが、昭和四十五年一月頃、早大キャンパスに確か『三島由紀夫と
自衛隊に体験入隊しよう』というタテ看板を見て、俺が求めていたものはこれだと、決心。
楯の会という意識はなかった。自衛隊に行くことが主で入会はついでだった。」
村田春樹(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
293:無名草子さん
09/10/13 12:39:49
「そのあと、サロン・ド・クレールで三島先生に会いました。非常にさっぱりした感じだった。
どんな本を読んでいるかと訊かれて、大江健三郎と。
その時、先生は大江健三郎の絶版になった本の話をしたんだよ。『政治少年死す』ていうやつを。
読んでないから答えられなかったんだよね。先生は、なんでこんなヤツが来たんだみたいな顔して、
森田さんの方を見た。森田さんは『いやいや、なかなか元気がいいですから』と言ってくれました。
森田さんの一言で、私は救われたようなもんです。
そうでなければ、こんな軟弱な学生が入れるわけないじゃないですか。
森田さんて人は、知れば知る程素晴らしい人でしたね。快活という言葉、一言。」
村田春樹(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
294:無名草子さん
09/10/13 12:41:18
「三島由紀夫先生と楯の会のことは、田舎にいる時は全然知らなかった。興味もなかったし。
父親が靖国会をやっていて、その関係で森田必勝さんに会ったんです。
確か、森田さんが橘孝三郎(祖父)のことを知って、靖国会の事務所を訪ねて来たんです。
その後、私も紹介されました。親父は森田さんのことをこう言ってました。
『森田必勝という、なかなかいい男が俺を訪ねて来たぞ。凄く気骨のある人間だ。凄くいい青年だぞ』って。
くりくりっとした坊主頭の人で、本当にね、少年みたいにね、本当に裏のない人でした。
森田さんは兄と同じ二十年生まれ、ずっと兄のように思っていました。
(中略)
西新宿のルノアールで、三島先生にお会いしました。ほとんど何も言えなかったけどね。
『橘先生、お元気ですか?』と、祖父の橘孝三郎のことを訊かれたことを覚えています」
塙徹二(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
295:無名草子さん
09/10/13 12:42:05
「私は、正式な会員じゃないんです。
もともと大学が早稲田だったから、楯の会のことはよく知っていたんですよ。
でも、その当時は入ろうという意識はなかったですね。
…国学院の友人に、三島先生に心酔しているものがいて、仲間と一緒に先生に会いに行くことになったんです。
それにも、たまたま行かなかった。
友人は、念願の先生にお会いして、頭の中が真っ白になって
『先生は、いつ死ぬんですか?』と訊いたそうですよ。
先生は、『わっはっはっ』と大笑いされて、『まあ、お茶でも飲め』と、紅茶をご馳走になった。
何も聞けなかったけど、気さくな人だったと。夏の暑い日だった。
社交辞令だろうけど、募集してるから、また来い、ともおっしゃってくれたそうです」
須賀清(元楯の会幻の六期生)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
296:無名草子さん
09/10/16 00:22:19
国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇は、
日本の近代史においては、一度もその本質である「文化概念」としての形姿を如実に
示されたことはなかつた。
このことは明治憲法国家の本質が、文化の全体性の侵蝕の上に成立ち、儒教道徳の残滓をとどめた
官僚文化によつて代表されてゐたことと関はりがある。
私は先ごろ仙洞御所を拝観して、こののびやかな帝王の苑池に架せられた明治官僚補綴の
石橋の醜悪さに目をおほうた。
すなはち、文化の全体性、再帰性、主体性が、一見雑然たる包括的なその文化概念に、見合ふだけの
価値自体を見出すためには、その価値自体からの演繹によつて、日本文化のあらゆる末端の
特殊事実までが推論されなければならないが、明治憲法下の天皇制機構は、ますます西欧的な
立憲君主政体へと押しこめられて行き、政治的機構の醇化によつて文化的機能を捨象して
行つたがために、つひにかかる演繹能力を持たなくなつてゐたのである。
三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より
297:無名草子さん
09/10/16 00:23:25
(中略)
「みやび」は、宮廷の文化的精華であり、それへのあこがれであつたが、非常の時には、
「みやび」はテロリズムの形態をさへとつた。すなはち、文化概念としての天皇は、
国家権力と秩序の側だけにあるのみではなく、無秩序の側へも手をさしのべてゐたのである。
もし国家権力や秩序が、国と民族を分離の状態に置いてゐるときは、「国と民族の非分離」を
回復せしめようとする変革の原理として、文化概念たる天皇が作用した。
孝明天皇の大御心に応へて起つた桜田門の変の義士たちは、「一筋のみやび」を実行したのであつて、
天皇のための蹶起は、文化様式に背反せぬ限り、容認されるべきであつたが、西欧的立憲君主政体に
固執した昭和の天皇制は、二・二六事件の「みやび」を理解する力を喪つてゐた。
三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より
298:無名草子さん
09/10/16 00:24:17
明治憲法による天皇制は、祭政一致を標榜することによつて時間的連続性を充たしたが、
政治的無秩序を招来する危険のある空間的連続性には関はらなかつた。
すなはち言論の自由には関はりなかつたのである。政治概念としての天皇は、より自由で
より包括的な文化概念としての天皇を、多分に犠牲に供せざるをえなかつた。
そして戦後のいはゆる「文化国家」日本が、米占領下に辛うじて維持した天皇制は、
その二つの側面をいづれも無力化して、俗流官僚や俗流文化人の大正的教養主義の帰結として、
大衆社会化に追随せしめられ、いはゆる「週刊誌天皇制」の域にまでそのディグニティーを
失墜せしめられたのである。
天皇と文化は相関はらなくなり、左右の全体主義に対抗する唯一の理念としての
「文化概念たる天皇」「文化の全体性の統括者としての天皇」のイメージの復活と定立は、
つひに試みられることなくして終つた。
三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より
299:無名草子さん
09/10/16 00:26:46
(中略)
時運の赴くところ、象徴天皇制を圧倒的多数を以て支持する国民が、同時に、容共政権の
成立を容認するかもしれない。
そのときは、代議制民主主義を通じて平和裡に、「天皇制下の共産政体」さへ成立しかねないのである。
およそ言論の自由の反対概念である共産政権乃至容共政権が、文化の連続性を破壊し、
全体性を毀損することは、今さら言ふまでもないが、文化概念としての天皇はこれと共に崩壊して、
もつとも狡猾な政治的象徴として利用されるか、あるひは利用されたのちに捨て去られるか、
その運命は決つてゐる。
このやうな事態を防ぐためには、天皇と軍隊を栄誉の絆でつないでおくことが急務なのであり、
又、そのほかに確実な防止策はない。
もちろん、かうした栄誉大権的内容の復活は、政治概念としての天皇をではなく、
文化概念としての天皇の復活を促すものでなくてはならぬ。
文化の全体性を代表するこのやうな天皇のみが窮極の価値自体(ヴエルト・アン・ジッヒ)
だからであり、天皇が否定され、あるひは全体主義の政治概念に包括されるときこそ、
日本の又、日本文化の真の危機だからである。
三島由紀夫
「文化防衛論 文化概念としての天皇」より
300:無名草子さん
09/10/17 12:45:32
われわれは絶対的暴力否定の抵抗思想としてガンジーの思想の如きを知つてゐるが、
ガンジーは少なくとも抵抗の思想である。
日本の非暴力主義には、抵抗の思想は稀薄であり、エゴイズムのみが先行してゐる。
絶対平和主義は、自分たちの集団に対する攻撃をも甘んじて容認するといふことにおいて、
少なくとも集団に対する攻撃を容認しない、といふ原理に立つ国家の不可侵性を
否定するものだからである。
国家は力なくしては国家たり得ない。国家は一つの国境の中において存立の基礎を持ち、
その国境の確保と、自己が国家であることを証明する方法としては、その国家の領土の
不可侵性と、主権の不可侵性のために力を保持せざるを得ないことは、最近のチェコの
例を見ても明らかであらう。
三島由紀夫
「反革命宣言」より
301:無名草子さん
09/10/17 12:46:24
もちろん十九世紀的な主権国家の幻はすでに崩れ、国際的な集団保障の時代が来て、国家概念は、
社会主義共同体と、自由諸国の国々とに別れ、ヨーロッパですら、将来のイメージとしては、
共同体的な同盟国家よりも、さらに強固なつながりを持つた国家形態を求めてはゐる。
しかしながら、現実に支配してゐるのは国家の原理であり、イデオロギーの終焉はまだ
絵空事であつて、むしろ、技術社会の進展が、技術の自己目的によるオートマティックな
一人歩きをはじめる傾向に対抗して、国家はこのやうな自己内部の技術社会のオートマティズムを
制御するために、イデオロギーを強化せねばならぬ傾向にある。
社会主義インターナショナルは単に多数民族、強力民族が少数民族をみづからの手中に
をさめるための口実として使はれてゐるにすぎない。
三島由紀夫
「反革命宣言」より
302:無名草子さん
09/10/17 12:47:14
まだ国際政治を支配してゐるのは、姑息な力の法則であつて、その法則の上では
力を否定するものは、最終的にみづから国家を否定するほかはないのである。
平和勢力と称されるものは、日本の国家観の曖昧模糊たる自信喪失をねらつて、
日本自身の国家否定と、暴力否定とを次第次第につなげようと意図してゐる。
そこで最終的に彼ら(左翼)が意図するものは、国家としての日本の崩壊と、無力化と、
そこに浸透して共産政権を樹立することにほかならない。
そして共産政権が樹立されたときにはどのやうな国家がはじまるかは自明のことである。
三島由紀夫
「反革命宣言」より
303:無名草子さん
09/10/17 12:48:06
(中略)
一般大衆は、革命政権の樹立が、自分たちの現在守つてゐる生活に、将来どのような時間をかけて
どのように波及してくるかについてほとんど知るところがない。
彼らは、現在の目前の問題としては、いつもイデオロギーよりも秩序を維持することを欲し、
ことに経済的繁栄の結果として得られた現状維持の思想は、一人一人の心の中に浸み込んで、
自分の家族、自分の家を守るためならば、どのようなイデオロギーも当面は容認する、
といふ方向に向つてゐる。そして、秩序自体の変質がどういふ変化を自分たちにおよぼすか、
といふ未来図を彼らの心から要求することは、ほとんど不可能である。
人々はつねられなければ痛さを感じないものである。
もし革命勢力、ないし容共政権が成立した場合、たとへたつた一人の容共的な閣僚が入つても、
もしこれが警察権力に手をおよぼすことができれば、たちまち警察署長以下の中堅下級幹部の首の
すげかへを徐々に始め、あるひは若い警官の中に細胞をひそませ、警察を内部から崩壊させるであらう。
三島由紀夫
「反革命宣言」より
304:無名草子さん
09/10/17 13:09:29
「森田必勝とは同じ二十五歳だった。当時、森田たち十二社のメンバーはすぐにテロだとか言っていた。
できるわけねえじゃないかこいつら、と思っていた。
でも、事件が終わってから、森田の見方が変わった。あの男に対する見方は変わったよ。
先生に対しては変わらない。もともと凄いなと思っていたからね。
…何かの折に触れ思い出すと、『あいつは凄かったな』と思う。
要するに、腹を切る切らないの前に、あの状況に立てるかどうか考えた。
それから介錯して、短刀を取って……。あの状況に立った古賀、小賀、小川、森田は凄いと思う。
三期で一緒だった牧野隆彦が、先生が亡くなった四十五歳を越えた時、『先生に、すまない』と言った。
そして、翌年四十六歳、くも膜下出血で死んでしまった。その時は、ショックだったね」
川戸志津夫(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
305:無名草子さん
09/10/17 13:14:38
「フルコガ君(古賀浩靖)とは事件後、品川だったか、電車の中で偶然会ったことがあります。
その時、彼は『すみませんでした』と言ったので、僕は『そんなことないよ。君がそんなことを思うことは
サラサラないね』と答えた記憶があります。
先生は、残すべき人間は残したんだと思いますよ。おそらく。
だから、残った人間は、重い荷物を背負っているんですよ。
私以外に、楯の会の会員で二人、自衛隊で定年を迎えた人がいます。
彼らと違うのは、私は事件が起きる前に自衛隊に入隊していたことです。
二人は事件が起きたあとに入ったから。まあ、どちらが大変という比較は難しいですが、それぞれ
大変だったと思いますね。ずっとマークもされてましたから。
多分、三人とも定年までマークされていたと思います。
…事件当日に市ヶ谷で斬られた人と会ったこともあります。
腕を斬られて、背中を何針か縫った人を知っています。でも、三島先生のことを悪く言う人はいません。
先生の心情はわかるということを、随分言われました」
イニシャルK、元明治大学生(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たち
306:無名草子さん
09/10/19 16:48:43
「たぶん、先生は最初一人で死ぬつもりだった。森田さんも死ぬ覚悟を決めていたんですよ。
『森田の精神を恢弘せよ』とは、その森田さんの純粋な行為、行動、信条を後の人に伝えろというのが
あるのだと思います」
佐原文東(元楯の会会員)
「三島先生という存在自体は亡くなられても、文学者としての三島由紀夫、社会的な立場にある人としての
三島由紀夫は残ると思います。しかし、森田についてはおそらく何も残らない。
森田について言いたいことは政治的な森田。日本には『自決』という政治的表現があるんです。
諭したい相手がダメだと思ったら、自らの命を捧げて訴えるという政治的な表現法です。
行動主義の森田だったから、西洋的にしゃべり尽して相手に伝える事をせず、『自決』という行動で、
『日本の真の姿を見よ』と訴えたかったんだろうと思います」
伊藤好雄(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
307:無名草子さん
09/10/19 16:52:55
「先生はもうそれなりに著名で確立されている方です。でも、森田さんは無名でした。
三島先生は、ものすごく森田さんの身の上を案じ、今後、森田さんの精神がそのまま埋もれてしまうことに対して
危機感があったんだと思います。
僕の進んできた道を―商社に入ってずっと普通に生活してきたことを、申し訳ないという気持ちがあります。
(中略)
僕は、大学で中国語を学び、中国という共産主義の国が隣にあって、日本がどう思われているのか、最近の
反日の運動を見るにつけ、その前から中国はずっと日本に対して辛く当たっていることを経験してきました。
みなさんは日本の中で日本を見てきたと思うけれど、僕は中国というフィルターを通して日本を見てきたんです。
預言者としての三島由紀夫というのは、ものすごく的確だと思います。
今の日本の政治はぶれている。外交上、中国にしてやられています。そういういたたまれない状況にあるだけに、
非常に的確に予言していたな、と思います。それだけに、三島先生や森田さんのやった行動が余計光ってくると思います。
一条の光というか、僕は、やがてもっともっと輝いてくると思っています」
古屋明(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
308:無名草子さん
09/10/19 16:53:48
「三島先生と一緒に行動を起こし、残った三人のうちの二人古賀浩靖と小賀正義は、自分が楯の会に誘ったんです。
警察に留置されている二人のことをずっと考えました。
(中略)
フルコガ(古賀)とチビコガ(小賀)が出てくるまでは、東京にいるのが義務だと思いました。
彼らが出てきたので、その年の秋、秋田に帰ることになりました。
お金がなかったので、トラックをレンタルして、運転手を古賀と友人が手伝ってくれました。
一日かかって秋田に着き、夜に三人で酒を飲みました。その時、古賀に訊いたんです。
『古賀(ヒロヤン)、ひとつだけ訊きたいことがある、いいか?』
『何だ?』
『十一月二十五日、あすこの現場を出る時、投降して捕まって出る時、どういう気持だったんだ?』
今考えると、バカな質問をしてしまった。自分でさえ頭がまっ白になったのに、彼らがその時のことを
言葉に表現できるはずかない……。気付かなかった」
伊藤邦典(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
309:無名草子さん
09/10/19 16:54:41
「なかなか答えてくれないから、『あの事件は、何があなたに残ったんだ?』と訊いた。
すると、古賀は、カウンターの上で、ゆっくり右の手のひらをただ上に向け、何かを持つようにした。
古賀はその手をじっと見つめたまま、一言もなかった……。
それが何を意味しているのか理解したのは、一ヶ月か二ヶ月たってからだった。もう声も出なかった。
それは、三島先生と森田さんの、首の重さ……。それを知った時、ふーっと血の気の引くような衝撃に襲われた。
あの人が首を落とし、安置した。古賀だけが首の重さを知っている……。
彼らに事件のことを訊いたのはそれだけ。あとはもう訊けない。
今でも時々会うが、一切そういう話はしない。失礼に当たると思っています。
(中略)
あの行動を凌駕する言葉とか文章、表現はない。
それを残された会員みんな、漠然と確実に持ってしまっているんです」
伊藤邦典(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
310:無名草子さん
09/10/21 11:10:59
「僕が、どうしてしゃべる気になったかというと、結局、あの事件は、『三島由紀夫』だけが
前面に出ているから。
だから、世間の評価というのは、いわゆる作家が起こした結末だというのがほとんどでしょ。
もし、三島先生一人だけだったら、僕はそれは認めるわ。だけど、森田さんが一緒だった。
まるで森田さんなんて、さしみのツマみたいなもんや。
だから、僕はそれが我慢できへんかった。ずっと、今でも、そう思う。
三島先生は、もの凄い追い詰められたと思うの、森田さんに。本当に。
もし森田さんがいなかったら、三島先生、絶対せえへんよ。ああいうことは。思い切れなかったと思う。
違った形でしたかもしれへんけど。自分で腹切って死ぬことはあったかわからへんけどね。
ああいうことはしなかったと思う。うん、すべて森田さんの影響よ、あれは。
森田さんの言動でもわかっていたし」
野田隆史(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
311:無名草子さん
09/10/21 11:12:10
「…森田さんは『自分でテロするなら、必ず自分の命を絶たなきゃいけない。
生き残ったらいけないんだぞ。
そんなヤツいるか?今の日本で、自分の命を賭けてもいい奴がいるか?』そう言った。
森田さんは、その時、もう覚悟できてたし、三島先生について行ったらいいと、
自分の命を捨てる覚悟だったんやろうね。
三島先生は、すべて規定済みやった。たぶん野次で、自分の声がかき消されるのもわかってた。
それを上回るようなマイク使ったら、値打ちもない。演説と違うんだから。やっぱし、最後は肉声よ。
明治維新から百年たって、高杉晋作や坂本竜馬がどうだったか、今では我々もわかる。
五十年、百年たって、わかる人がわかればいいのよ。
当時、二十歳前後だった我々は、他のみんながこれからどうして生きようという学生時代に、
どうして死のうか考えてた。それだけの覚悟をしてしまった。
それは、森田さんも、我々も一緒だった」
野田隆史(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
312:無名草子さん
09/10/21 11:13:14
「拘置所にいる時、記録として残しておこうと思った。
日記のような形にしようと思って、それを看守に言ったら、あかんと言われた。
ノートは手に入ったので、洗面所にあった釘で書いた。結局、検閲で見つかって没収されてしまった。
三島先生は、日本は文化概念として天皇陛下がいらっしゃると言われてきた。
『我々の一番の根幹は、天皇を守るか守らないか。これから稲を植えて収穫するのは、
天皇家しかやらないんじゃないか、そういう未来が来るよ、工業化のあげくに……』
先生はずっとそう言っていた。
森田さんに対して…忸怩たるものがある…何もできていない…。
しかし、僕をはじめ、みんなも表に出なくていいと思う。本来埋もれていくべきだと思う」
小賀正義、三島由紀夫と共に決起(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
313:無名草子さん
09/10/21 11:14:09
「森田さんのことを語り合うのは価値があるが、自分たちのことを話すのは間違っていると思う。
先生は偉大な人だから、それは置いて、我々は埋もれていげばいい。埋もれなければならない。
活動したことは価値あることで、先生が『楯の会』という、今までにない団体で行動したのは、
時代に夢があったからだと思う。今後とも出て来ないだろうし、価値があった。
でも、我々が、楯の会の会員だったということを口にするのは、違うと思う。
森田さん自身、そんなに言ってほしくないと思っているのではないか…。
僕は黙って死んで行く…という人だから。
…『森田の精神を後世に恢弘せよ』とは、三島先生と森田さんの、感性を持てということだと思う。
先生があそこまでできたのだから、僕もできるだろうと。それがずっとある…。
自分はそれだけのことをやっている自信はある」
小賀正義、三島由紀夫と共に決起(元楯の会会員)
鈴木亜繪美
「火群のゆくえ 元楯の会会員たちの心の軌跡」より
314:無名草子さん
09/10/21 11:38:43
一瞬ミステリ板に来たのかと思った。
315:無名草子さん
09/10/21 12:22:15
>308
>フルコガ(古賀)とチビコガ(小賀)
かわええw
316:無名草子さん
09/10/23 10:57:50
私は小説と肉体との関係といふものを、これもずいぶん考へました。
私も実は昔胃弱で、大蔵省にゐた頃は非常な胃弱でした。
当時から、小説の締め切りが近づくと胃が痛んでしやうがないんで、壁に足をのせて逆立ちして、
しばらく我慢したりしてた。こんなことを続けてゐたら今に肉体的破産である、さう思ひまして私は、
自分の身体を鍛へ直さうと思つたわけです。
(中略)
私は、文士といふものは肉体のもうひとつ奥底にあるもので書くんだが、肉体といふものは
それを媒体にして出てくる大事な媒体だといふふうに考へるんです。
三島由紀夫
「日本とは何か」より
317:無名草子さん
09/10/23 10:59:00
小説を書くときには、自分の幼時記憶やら、あるひはもつと生まれる前の記憶もあるかもしれません、
人類のいろんな記憶がわれわれの精神のなかに堆積されてゐる。
自分の無意識のなかへ手を突つ込めば、どこまでズルズル入りこむか分からない。
しかしその奥そこに何かがあつて、それが自分に芸術作品を書くやうにそそのかしてゐる。
多少神秘的な考へですけれども、ユンクの言ふやうな集合的無意識、その集合的無意識がある人間に
技術を与へて小説を書くやうに促してゐるんだといふふうに私は考へるわけです。
(中略)…書くといふ行為にも肉体が媒体になつてゐるのがはつきりしてゐるんですから、したがつて
その媒体に何かの故障があれば、もつと基にあるものが出てくるときにどこかでひつかかるに違ひない。
これは、フィルターで濾されるやうなものであります。
私は、小説家としてなるたけ濾されないで、途中で何かにひつかからないで出てくるやうに
自分の身体をこしらへようと思つたのが、私が体育に精を出した端緒でありました。
三島由紀夫
「日本とは何か」より
318:無名草子さん
09/10/23 10:59:54
と申しますのは、前にお話ししたやうに、堀辰雄さんの小説といふものは非常にいいけれども、
堀辰雄はどうしても旋盤工の話は書けない。どんなに頑張つても新宿デモの話を書けない。
堀さんの小説の世界といふものは、完全に限られてゐる。それからまた川端康成さんは、
これは非常な胃弱といひますか不眠症の方でありまして、やはりこの方の小説は非常に優雅な
美しい小説でありますけれども、川端さんがストライキの小説を書いたといふものはひとつもない。
さういふ具合に、作家といふものはかなり肉体によつて掣肘されてゐるやうな感じがする。
人間の問題全部に興味を持つのが作家であるとすれば、その媒体でもつてひつかかるものを
とらなきやならない。
媒体をなるたけ自由に、透明に自在にしておいて、さうすることによつて媒体の力をフルに使つて
媒体以前のもの、自分のもつとも源泉的なものを表に出さなきやいかんといふふうに考へてきたわけです。
三島由紀夫
「日本とは何か」より
319:無名草子さん
09/10/24 12:34:31
私はやはり、安保反対か賛成かで分けられないものが日本人のなかにある。
(中略)安保は自動延長になるでせうが、さういふ時期を経過して日本が揺れ動いていくときには、
表面上のかたちは安保賛成か反対かといふことで非常な衝突が起こるでありませう。
しかし私は、安保賛成か反対かといふことは、本質的に私は日本の問題ではないやうな気がするんです。
…私に言はせれば安保賛成といふのはアメリカ賛成といふことで、安保反対といふのはソヴィエトか
中共賛成といふことだと、簡単に言つちまへばさうなるんで、どつちの外国に頼るか
といふ問題にすぎないやうな感じがする。
そこには「日本とは何か」といふ問ひかけが徹底してないんぢやないか。
三島由紀夫
「日本とは何か」より
320:無名草子さん
09/10/24 12:35:55
私はこの安保問題が一応方がついたあとに初めて、日本とは何だ、君は日本を選ぶのか、
選ばないのかといふ鋭い問ひかけが出てくると思ふんです。
そのときには、いはゆる国家超克といふ思想も出てくるでありませうし、アナーキストも
出てくるでありませうし、われわれは日本人ぢやないんだといふ人も出てくるでありませう。
しかし、われわれは最終的にその問ひかけに直面するんぢやないかと思ふんです。
(中略)
「戸籍はあるけど無国籍だ。俺は日本人なんてもんぢやない。人間だ」
…かういふ人たちがこれから増えてくる、「あくまで私は日本人だ」「オレは日本人ぢやない」
―さういふ二種類の人種がこれから日本に出てくる。
そのときに向かつて私は自分の文学を用意し、思想を用意し、あるひは行動を用意する。
さういふことしか自分には出来ないんだ。これを覚悟にしたい、さう思つてゐるわけであります。
三島由紀夫
「日本とは何か」より
321:無名草子さん
09/10/24 21:59:29
来週の朝日ニュースターの「学問のススメ」三島だって
322:無名草子さん
09/10/27 12:42:47
言ひ古されたことだが、一歩日本の外に出ると、多かれ少かれ、日本人は愛国者になる。
先ごろハンブルクの港見物をしてゐたら、灰色にかすむ港口から、巨大な黒い貨物船が、
船尾に日の丸の旗をひるがへして、威風堂々と入つて来るのを見た。
私は感激措くあたはず、夢中でハンカチをふりまはしたが、日本船からは別に応答もなく、
まはりのドイツ人からうろんな目でながめられるにとどまつた。
これは実に単純な感情で、とやかう分析できるものではない。
もちろん貨物船が巨大であつたことも大いに私を満足させたのであつて、それがちつぽけな
貧相な船であつたとしたら、私のハンカチのふり方も、多少内輪になつたことであらう。
また、北ヨーロッパの陰鬱な空の下では、日の丸の鮮かさは無類であつて、日本人の素朴な
明るい心情が、そこから光りを放つてゐるやうだつた。
三島由紀夫
「日本人の誇り」より
323:無名草子さん
09/10/27 12:43:57
それでは私もその「素朴な明るい」日本人の一人かといふと、はなはだ疑はしい。
私はひねくれ者のヘソ曲りであるし、私の心情は時折明るさから程遠い。
それは私が好んでひねくれてゐるのであり、好んで心情を暗くしてゐるのである。
これにもいろいろ複雑な事情があるが、小説家が外部世界の鏡にならうとすれば、そんなにいつも
「素朴で明るい」人間であるわけには行かない。しかし異国の港にひるがへる日の丸の旗を見ると、
「ああ、おれもいざとなればあそこへ帰れるのだな」といふ安心感を持つことができる。
いくらインテリぶつたつて、いくら芸術家ぶつたつて、いくら世界苦(ヴエルトシユメルツ)に
さいなまれてゐるふりをしたつて、結局、いつかは、あの明るさ、単純さ、素朴さと清明へ
帰ることができるんだな、と考へる。
三島由紀夫
「日本人の誇り」より
324:無名草子さん
09/10/27 12:45:24
いざとなればそこへ帰れるといふ安心感は、私の思想から徹底性を失はせてゐるかもしれない。
しかしそんなことはどうでもよいことだ。
私は巣を持たない鳥であるよりも、巣を持つた鳥であるはうがよい。第一、どうあがいたところで、
小説家として私の使つてゐる言葉は、日本語といふ歴然たる「巣鳥の言葉」である。
「いざとなればそこへ帰れる」といふことは、同時に、帰らない自由をも意味する。
ここが大切なところだ。帰る時期は各人の自由なのであつて、「いざとなれば帰れる」といふ
安心感があればこそ、一生帰らない日本人がゐるのもふしぎはない。
私はこの安心感を大切にするのと同じぐらゐに、帰る時期と、帰る意思の自由とを大切にする。
人に言はれて帰るのはイヤだし、まして人のマネをして帰つたり、人に気兼ねして帰るのもイヤだ。
すべての「日本へ帰れ」といふ叫びは、余計なお節介といふべきであり、私はあらゆる
文化政策的な見地を嫌悪する。日本人が「ドイツへ帰れ」と言はれたつて、はじめから無理なのであつて、
どうせ帰るところは日本しかないのである。
三島由紀夫
「日本人の誇り」より
325:無名草子さん
09/10/27 12:46:29
私は十一世紀に源氏物語のやうな小説が書かれたことを、日本人として誇りに思ふ。
中世の能楽を誇りに思ふ。それから武士道のもつとも純粋な部分を誇りに思ふ。
日露戦争当時の日本軍人の高潔な心情と、今次大戦の特攻隊を誇りに思ふ。
すべての日本人の繊細優美な感受性と、勇敢な気性との、たぐひ稀な結合を誇りに思ふ。
この相反する二つのものが、かくもみごとに一つの人格に統合された民族は稀である。……
しかし、右のやうな選択は、あくまで私個人の選択であつて、日本人の誇りの内容が命令され、
統一され、押しつけられることを私は好まない。実のところ、一国の文化の特質といふものは、
最善の部分にも最悪の部分にも、同じ割合であらはれるものであつて、犯罪その他の暗黒面においてすら、
この繊細な感受性と勇敢な気性との結合が、往々にして見られるのだ。
三島由紀夫
「日本人の誇り」より
326:無名草子さん
09/10/27 12:47:32
われわれの誇りとするところのものの構成要素は、しばしば、われわれの恥とするところのものの
構成要素と同じなのである。きはめて自意識の強い国民である日本人が、恥と誇りとの間を
ヒステリックに往復するのは、理由のないことではない。
だからまた、私は、日本人の感情に溺れやすい気質、熱狂的な気質を誇りに思ふ。
決して自己に満足しないたえざる焦燥と、その焦燥に負けない楽天性とを誇りに思ふ。
日本人がノイローゼにかかりにくいことを誇りに思ふ。
どこかになほ、ノーブル・サベッジ(高貴なる野蛮人)の面影を残してゐることを誇りに思ふ。
そして、たえず劣等感に責められるほどに鋭敏なその自意識を誇りに思ふ。
そしてこれらことごとくを日本人の恥と思ふ日本人がゐても、そんなことは一向に構はないのである。
三島由紀夫
「日本人の誇り」より
327:無名草子さん
09/10/30 14:13:09
剣道は柔道とともに、体力が必要であることはむろんであるが、柔道は一見強さうな人は実際に強いけれど、
剣道は見ただけでは分らず、合せてみてはじめて非常に強かつたりする“技のおもしろさ”がある。
それにスピードと鋭さがあるので僕の性にあつてゐる。また剣道は、男性的なスポーツで、
そのなかには日本人の闘争本能をうまく洗練させた一見美的なかたちがある。
西洋にもフェンシングといふ闘争本能を美化した格技があるが、本来、人間はこの闘争本能を
抑圧したりするとねちつこくいぢわるになるが、闘争本能は闘争本能、美的なものに対する感受性は
さういふものと、それぞれ二つながら自己のなかで伸したいといふ気持があるものです。
三島由紀夫
「文武両道」より
328:無名草子さん
09/10/30 14:13:59
さらに剣道には伝統といふものがある。稽古着にしたつて、いまわれわれが着てるものは、
幕末の頃からすこしも変つてゐない。また独特の礼儀作法があつて、スポーツといふよりか、
何か祖先の記憶につながる―たとへば相手の面をポーンと打つとき、その瞬間に
さういふ記憶がよみがへるやうな感じがする。
これがテニスなんかだと、自分の祖先のスポーツといふ気はしない。
だから剣道ほど精神的に外来思想とうまく合はない格技はないでせう。
たとへば、共産主義とか、あるひはほかの思想でもいいが、西洋思想と剣道をうまく
くつつけようとしてもうまくくつつかない。共産党員で剣道をやつてゐる者があるかも知れないが、
その人は自分の中ですごい“ギャップ”を感じることでせう。
僕は自分なりに小さい頃から日本の古典文学が非常に好きでしたし、さういふ意味で、
剣道をやつてゐても自分の思想との矛盾は感じない。
三島由紀夫
「文武両道」より
329:無名草子さん
09/10/30 14:14:44
戦後、インテリ層の中で、「これで新らしい時代がきたんだ、これからはなんでも
頭の勝負でやるんだ……」といふ時代があつた。その頃僕は、僕を可愛がつてくれた故岸田国士先生に
「これから文武両道の時代だ……」といつてまはりの人に笑はれたことがある。
当時、先生のまはりにゐた人達にしてみれば、新らしい時代がきたといふのに、なんで
古めかしいことをいふと思つたのでせう。
元来、男は女よりバランスのくづれやすいものだと僕は思つてゐる。
女は身体の真中に子宮があつて、そのまはりにいろんな内蔵が安定してゐて、そのバランスは大地に
しつかりと結びついてゐる。男は、いつもバランスをとつてゐないと壊れやすく極めて危険な動物です。
したがつてバランスをとるといふ考へからいけば、いつも自分と反対のものを自分の中に
とり入れなければいけない。(私はさういふ意味で文武両道といふ言葉をもち出した)。
さうすると、軍人は文学を知らなければならないし、文士は武道も、といふやうになる。
実はそれが全人間的といふ姿の一つの理想である。
三島由紀夫
「文武両道」より
330:無名草子さん
09/10/30 14:15:36
その点、むかしの軍人は漢学の教養もあり、語学などのレベルも高かつた。私はいま二・二六事件の
将校のことを研究してゐますが、当時の将校は実に高い教養の持主が多かつたと思ふ。
末松太平といふ方の「私の昭和史」(みすず書房刊)なんかみると、実にすばらしい文章で、
いまどきのかけ出しの作家などはちよつと足元にも及ばない。
ああいふ立派な文章を書くには、よほどの教養が身につかなければ書けないものです。
また、文士も、漢学を学び武道に励むといつた工合で、全人間的ないろいろな教養を身につけてゐた。
ところが大正に入り昭和になつてくると、この傾向はだんだんやせ細つてきてバランスが崩れ
片輪になつてきた。そして大東亜戦争の頃の日本人の人間像といふものは、一見非常に
立派なやうですが、実際はバラバラであつた。近代社会の毒を受けたかたちの人間が多かつた時代です。
つまり先にいつた文武両道的な―自分に欠けたものをいつも補ひたい気持、
さういふ気持がなくなつてゐたのです。
最近はさらにかういふ考へ方がなくなつてゐる。また余裕もないだらう。
三島由紀夫
「文武両道」より
331:無名草子さん
09/10/30 14:16:32
…しかし、僕は思ふのだが本を読むにしても本当に読む気があれば必ず読めるものだ。
とかくいまは無理をするといふことを一般に避けるやうになつてきてゐる。
そこで、またバランスのことにもどるが、一般に美といふ観点からも“バランス”は大事である。
古いギリシャ人の考へは、人間といふものは、神様がその言動や価値といふものをハカリでちやんと
計つてゐて、一人一人の人間の中の特性が、あまりきはだちすぎてゐると、神の領域にせまつてくる、
として神様はピシャつと押へる。
すべての面で、このやうに一人一人の人間を神様はじつとみてゐるといふのですね。
…このやうな考へ方は、当時ポリス(都市国家)といふ小さな社会で均衡を保つた政治生活をおくる
必要から生れたものと思ふが、なかなかおもしろい考へ方です。
人間が知育偏重になれば知識だけが上がり、体育偏重になれば体力だけがぐつと上がる。
―これはバランスがくづれるもとで、神様はこのことを、蔭でみてゐて罰する。
だから理想的に美しい人間像といふのは、あくまで精神と肉体のバランスのとれた、
文武両道にひいでたものでなければないといふわけです。
三島由紀夫
「文武両道」より
332:無名草子さん
09/11/02 11:24:35
このごろでは先生が鞭を鳴らしながら授業でもしたら、「サーカスぢやあるまいし」と、忽ちPTAに
いびり出される始末になるが、むかしは先生は、ちやんと「教鞭」を持つてゐたものであつた。
私自身の小学校時代をかへりみるに、賞罰は実にはつきりしてゐた。
しかし、そこには先生の人徳といふもので、同じひどい目に会はされても、カラッとした人柄の先生には
いつまでもなつかしさが残り、陰気な固物の先生にはやはり面白くない記憶が残る。
(中略)
そのうちに怖いのは先生よりも上級生といふ時代がはじまる。
そのころ鬼よりも怖かつたA先輩など、今会つても頭が上がらない。
私の母校は敬礼のやかましい学校で、一級上の上級生にでも挙手の礼を忘れたら、どやしつけられた。
…小説を書く奴なんか軟派だと言つて目をつけられてゐたから、運動部の猛者は殊に怖ろしかつた。
私は旧制高校の最上級生のとき、総務委員といふものになつて、運動部の予算をもすつかり握る権力を得てから、
はじめて彼らに復讐する快感を満喫したのである。
三島由紀夫
「生徒を心服させるだけの腕力を―スパルタ教育のおすすめ」より
333:無名草子さん
09/11/02 11:26:43
…文学者としての自分を考へると、一般的に「文学を否定する」雰囲気があつたといふことは、
自分の文学を育てる上で、大へんなプラスになつたことはたしかである。
私は天才教育などといふアホなものを信じない。「何クソ」といふ気持を養はせるだけの力がなければ、
何事も育ちはしない。
現在の学校教育の実態にうとい私だが、ほぼ確実だと思はれることは、そこには軟派と硬派の区別もなくなり、
文学芸術を否定する空気もなければ、一方、スポーツ万能を否定する空気もないことだ。
むりやり右へ行けと言はれるから、あへて左へ行く勇気も生まれるので、西も東もわからぬ子どもに、
「どつちへ行つてもいいよ」と言へば、迷ひ児がふえるだけのことである。
その意味で、丹頂鶴の日教組の極端な左翼教育も、私には、失ふに惜しいもののやうな気がする。
この行き方をもつと徹底させれば、反骨ある愛国少年を、却つて沢山輩出させることになるのではないか。
もつとも、そのための極左教育は反抗期の中学生時代からやつてもらひたいが。
三島由紀夫
「生徒を心服させるだけの腕力を―スパルタ教育のおすすめ」より