07/07/09 23:27:30
何年か前、親父に連れられて行った地方の公営競馬場でのことです。
ハチマキに地下足袋、毛糸の腹巻の本格派からヨレヨレスーツの不良リーマン、
一見して下っ端ヤクザとわかる地回りのチンピラや風俗嬢といった面々ばかりの中に
頭のテッペンからつま先まで真っ白なカウボーイファッションでまとめた一人の中年紳士が現れました。
それはまさに掃き溜めに鶴のごとき景観で目立つこと目立つこと、その場にそぐわないこと尋常ではありませんでした。
しかも口には20cm以上はあろうかと思われる長大な葉巻を咥え紫煙さえくゆらせているのでした。
僕が何事もなければいいけどと思っている間もなく人ごみから数人の地回りが現れ中年紳士を取り囲みました。
地回りたちは中年紳士のジャケットに付いているフリンジを引っ張ったり
ピカピカに磨かれた先が尖った皮のブーツを踏んづけたりし始めました。
中年紳士は(たぶん恐怖のため)一言も発することもできなく震えたまま突っ立っているだけです。
やがて中年紳士の股間から湯気を立てて黒いシミが広がっていきました。
親父が見るなというように私の頭を抱えてその場から離れてしまったので、
その後中年紳士がどうなったか知りませんが競馬場の帰り道、
土手下の側溝に見覚えのあるカウボーイハットが落ちているのを見つけました。
それは先ほどまであの中年紳士が被っていた帽子でした。
白かった帽子は今は見る影もなく泥にまみれ地下足袋らしき靴跡まで付けて潰れていました。
その日は僕が現実というものの怖さを初めて知った記念すべき日となりました。