09/05/10 18:12:14 BNKwTlC4
―読者たちは私の搾取者、吸血鬼だ。読者の群れが私の肩越しに覗きこみ、
紙の上に言葉が沈殿するのを次々と横領してしまうのを私は感じる。
誰か見ている者がいると私は書けない、私が書いているものが私のものでは
なくなるように感じるからだ。
私は消えてしまいたくなる―(p217)
―自分というものがなければどんなによく書けることだろう!
白い紙とそして自然発酵し、形造られ、誰もそれを書かずに消えて行く言葉や
物語の間にあの厄介な私という存在が介在しなければ!
文体や、好みや、個人的哲学や、主体性や、教養や、生活体験や、心理や、
才能や、作家としての粉飾など、私が書くものを私のものとして認めさすことに
なるこうしたあらゆる要素が私の可能性を限定してしまう檻のようなものに
思えるのである。
私がただ一本の手だけだったなら……誰がその手を動かすのだろうか?
無名の群集だろうか? 時代精神だろうか? 私にはわからない。
だがそれは私が自分自身を抹消したいなにか言い知れぬものの
代弁者になりうるようにと思ってではない。
ただ書かれることを待っている書きうることを、誰も語らない語りうることを
伝えるためである―(p217-218)