04/10/15 23:21:56
>>512-515
多分しばらくここに寄る暇がなくなるんでとりあえずレスを。
「私」の問題を取り扱うことが必ずしも全体性ではない、とは言い切れないのでは?
椎名がキルケゴールを耽読していたのはさて置き、では『赤い孤独者』に「単独者」を
認めるのか?というと正直僕は否、と言いたくなる。「孤独」であるとは思いますが。
また、「実存的」という言葉ですが、それがキルケゴール的なのかニーチェ的なのか
サルトル的なのかによっても(当然全て「的」が付されてしまいますが)考え方が
変わるでしょう。少なくとも広義の実存主義は現象学とともにその現前性が批判されて
いますよね?(もちろんまだまだ留保は必要ですが)
或いは、「不合理ゆえに我信ず」ってのは「信ず」である限り絶えず物語化される
危険性を孕んでいるものだと思います。