08/05/15 15:15:06
そのとき透の望遠鏡からは、見るべからざるものを見た。
顎をひらいて苦しむ波の大きな口腔の裡に、ふと別な世界が揺曳したような気がしたのである。
透の目が幻影を見る筈はないから、見たものは実在でなければならない。
しかしそれが何であるかはわからない。海中の微生物がたまたま描いた模様のようなものかもしれない。
暗い奧処にひらめいた光彩が、別の世界を開顕したのだが、たしかに一度見た場所だというおぼえがあるのは、測り知られぬほどの遠い記憶と関わりがあるのかもしれない。
過去世というものがあれば、それかもしれない。
三島由紀夫
「天人五衰」より